上 下
8 / 22

フェリの性別

しおりを挟む
 ギルドのパーティーがあったその日から三日後。主であるフェリが帰ってきた。顔にも血の跡がこびり付いたような状態で、タクマとミルファリアは慌てた。
「ちょ、主さんっ、大丈夫かよ!」
「主さまっ」
 駆け寄ろうとする二人に、慌ててサイファが衿元を掴み引き止める。く、苦しい……。
「何するんですかサイファさんっ」
「あの時の主さんは、ガイアスさん以外が触れると殺されるぞ」
 殺される。その言葉に、ゾッと悪寒がした。仕方なく様子をみていると、ガイアスが近付き頭を撫でた。
「おかえり、フェリ」
「……疲れた」
「体を清めよう」
 そう言い、ガイアスは服が汚れるのも構わずフェリを抱き上げる。そのまま、浴室へと向かって行った。
「……ふう、今回は何もなかったか」
「その口ぶりからするに、前は何かあったのですか?」
 おずおずと質問するミルファリアに、アイシャが代わりに応える。
「前回は機嫌が悪くて、家のドアとその周辺の壁が壊されたの」
 と呑気に言うアイシャ。サイファはやれやれと肩を落とす。
「いや、機嫌が悪いのは仕方がねえよ? でも直すのは俺なんだよね……」
 知らなかった。この家の補修とかはサイファの仕事だったのか――。そんなことを思っていると、ふと、前から気になっていた疑問を投げかけた。
「あの、二人は主さんの性別、知ってます?」
 その言葉に、二人は目を瞬かせた。


「うーん……主さん、どっちにもとれる顔立ちしてるからなあ」
「考えたことなかったわ。主様は神だからってことで納得してたし」
 守り人の先輩である二人も、フェリの性別は知らないらしい。ミルファリアに視線を向けるが、首を横に振るだけだ。
「前に聞いたら『どっちでもあるしどっちでもない』って言われて……」
 そう、前に聞いた時、フェリは確かにそう言った。どちらでもあるし、どちらでもない……さっぱりわからない。
「今お風呂に入ってるんだし、覗いて来れば?」
 アイシャの爆弾発言に、サイファが慌てる。
「おいおいっ、覗いてそれがばれて風呂場壊されたら、誰が直すと思ってるんだよ」
「それは勿論、覗きに行くタクマとあんたでしょ」
「俺もう確定!?」
 あまりにも突然のことに、タクマは目を見開く。アイシャは「当たり前でしょ」と言葉を続けた。
「仮に男だったら私達は覗けないわ。それにガイアスさんも一緒の筈だし、尚更無理よ。サイファは匂いでばれるだろうし、となったら消去法でタクマしかいないわ」
 あまりの正論に、言葉が返せない。というか、覗きに行くこと前提では?
「……よし、頑張れタクマ」
「あ、逃げた!」
 サイファはタクマに任せる気満々らしい。……仕方ない。言い出したのは自分だ。行ってみるとするか。そう考え、家の外に出た。

 浴室は家の中でも大きく作られている。換気扇なんてものがないこの世界では、窓を開けて入浴するのが一般的だ。そっと窓に張りつき、ゆっくりと中を覗き込む。湯気の向こうからは、ガイアスの逞しい胸筋と腹筋が見える。フェリは此方に背を向けているので、髪で後ろ姿からは性別がわからない。というか、上を見るべきか? それとも、下を見るべきなのか? タクマは頭を抱えながら悩んだ。
「フェリ、背中を流そう」
 ガイアスに言われ、フェリが向きを変える。横向きになったフェリは普段見る険しい表情ではなく、穏やかな表情だった。ガイアスの前では、あのような表情を見せているのか――。
「今回も、頑張ったね」
「頑張ってない。私の使命だ」
 そう淡々と答えるフェリに、ガイアスはそれでも、と言葉を続ける。
「君は頑張っているよ。君が自分を褒めない分、私が君を褒め続けよう」
「……ありがとう、ガイアス」
「それほどでも」
 一体、何を頑張ったのだろうか――。血が大量に付着することが、頑張ったこと? 訳がわからない。
 横向きになったとしても、フェリの上も下も見えない。ガイアスの立派なガイアスは見えるのに……。
「翼を出して。洗ってしまおう」
「ん……」
 言われて、フェリは真紅の大量の木の枝を彷彿とさせる翼をゆっくりと背中から出現させる。その一本一本を、ガイアスは丁寧に磨いていく。気持ちいいのか、フェリのは眠たそうだった。
「次は前だ。こっちを向いて」
(来た!)
 ガイアスに向き合うように振り返るフェリ。ガイアスは髪紐を口に咥え、髪を手で梳きだす。これでこのハラハラドキドキの覗き見ともおさらばだ……! そう思った瞬間、足元の尖った石を思いっきり踏んでしまった。
「いっでえ!」
 その声に微睡んでいたフェリは目を覚まし、翼の一部を窓の外に突き出す。タクマは咄嗟に避けたが、確実に頭部を狙っていた。冷や汗が頬を伝う。

「貴様……何をしている」
 ドスの効いた声でフェリが窓の側に歩み寄る。やはり髪の毛で胸は見えない。
「え、いや、その……あはは……」
「……」
 フェリの視線がとてつもなく痛い。というか怖い。心臓を握られているみたいに胸が苦しくなる。
「さっさと消えろ。我は機嫌が悪い」
 コクコクと頷き、タクマは痛む足を気にすることなく走って家に駆け込んだ。
「あ、おかえりなさーい。どうだった?」
 にこやかかつ呑気に話しかけてくるアイシャに、タクマは深呼吸して息を落ち着ける。
「……ばれました」
 その言葉に、アイシャはミルファリアを連れて部屋に逃げて行った。サイファはというと、頭を抱えながら自室へと向かった。
「ちょ、みんな狡い!」
「何が、狡いと……?」
 背後から掛けられた声に、思わず体が跳ねる。振り返れば、苦笑しているガイアスと不機嫌を表情にはっきりと表す主の姿があった。
「全員ここに呼べ」
「……はい」
 この後、守り人全員して正座を三時間するという罰を与えられるのだが、それは別の話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...