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 そうこうしている内に、ミアサが朝食の準備が出来たと呼びに来た。ミアサの後を付いていき、食堂に向かう。食堂に着けば、既にルヴァインが何時もの席についていた。微かに濡れた髪に、シャワーを浴びてきたのだろうと推測できる。自然と先程見た半裸の彼を思い出してしまい、頭を振って脳裏から消し去った。その行動を訝し気に見たルヴァインは、声を掛けてくる。
「どうした」
「な、何でもねえよっ」
 頬が若干赤いが、そんなのお構いなしに席に座る。運ばれてきた本日のメニューである鶏ささみの蒸し焼きに勢いよく齧り付き、意識を逸らすことにする。そんなリューイを見ながら、「そうか」とだけ答えて食事に手を出し始めるルヴァイン。肉を頬張りながら見つめる男は、綺麗に料理を切り分け咀嚼している。
 相変わらず、綺麗な食べ方だよな――。
 見つめながら、ごくんと頬張っていた肉を咀嚼する。
 この屋敷といい、やはりいい所の坊ちゃんなのだろうか?
「なあ」
 声を掛けると、ルヴァインはこちらに視線を向けた。
 人との会話の際は必ず相手の目を見つめてくるのも、育ちの良さなのだろうか。
「なんだ」
「この家、お前の家なんだろ? あっちは?」
 顎をしゃくりながら指すのは、母屋の方角。ルヴァインは食事を再開しながら、「兄の家だ」と答えた。
「兄貴? んじゃなんでお前はこの家にいるんだ?」
「本当は借家に住もうと考えていたんだがな。兄の意向で離れを作られ此処に住んでいるという訳だ」
「ふーん……」
 頷きつつ、パンをちぎる。あぐ、と一口で食べる様子を見つめられ、少々気恥ずかしくなる。
「……何だよ」
 そんなリューイに、ルヴァインは微笑みながら食事を進めていく。
「いや、食事もちゃんととるようになって良かったと思っただけだ」
「……そりゃ、美味いし……」
 人差し指で頬を掻きながら、照れくさそうに答える。すると横に待機しているジェニスがガッツポーズをしていたが、気にしないでおこう。美味いものは美味いのだし。
「ならば良かった。好き嫌いも無さそうで良かった」
「小さい頃、みっちり言われたしな」
 そう言ってから、少し寂しくなった。視線を落とし、持っていたパンを皿に戻す。
 もう母に会えないのはわかっているが、それでも、今でも時折会いたくなってしまうのだ。過去に戻れたら……そんな出来もしないことを考えてしまう。
「リューイ」
「んだよ」
 感傷に浸っていたリューイに、ルヴァインが話しかける。視線を上げれば、ルヴァインが微かに微笑んでいた。
「過去は過去だ。だが、その過去を忘れるな。きっと、お前の支えになる。前を向け」
「……わかってるよ」
 口先を尖らせ、目を閉じる。
 そう、過去は過去だ。でも、母さんと父さんの思い出があったから、今まで乗り越えてこれたんんだ。それは今もそうだ。
 ルヴァインに言われて、改めてそう思えた。
「つーか、んなの俺だってわかってるっての」
「そうか」
「そうだよ」
 言い合い、互いに笑みが零れる。
 そうか、俺、次第にこいつに心を打ちとけて来ているんだ。発情期というやつが来た時、助けてくれたこと。一人は嫌だと言った俺に、一晩中ずっと側にいてくれたこと。それが閉じていた心を少しずつ開かせてくれているんだ。
 ルヴァインとこうして食事をとろうと思ったこと、会話をしてみようと思ったこと、どれも自然なことなんだ――。
「なあ、夕飯も一緒にいいだろ?」
「構わんが……お前はいいのか?」
 首を傾げるルヴァインに、リューイは微かに微笑む。
 いいも何も、俺がそうしたいんだから。
「いいんんだよ。たまにはこういうのも悪くない」
 お前との食事は嫌いじゃないし……。
 そう言うことは出来なかったが、ルヴァインは口角をあげつつ「そうか」と答えた。




 ルヴァインが仕事に向かい、暇になったリューイはミアサの側で彼女の仕事を見ていた。洗濯物を洗う彼女の背中を見ながら、ただただ時間が流れるのを待つ。洗剤を綺麗な水で落としすすぐ姿は、似ても似つかないが母の面影を感じられた。
「よい、しょっと……」
 すすぎ終えた洗濯物を籠に入れていく。庭先に干すのだろう。リューイはその後ろをついて行き、一緒に庭先に向かう。洗濯物を干しだすミアサに、リューイは話しかけた。
「なあ、なんであいつは自警団や騎士団に預けないで、この家に俺を保護したんだ?」
 その言葉に、ミアサは洗濯物を持ちながら、暫し考えるとリューイに向き直った。
「そうですね……きっと、ここが一番安全だと判断したのでしょうね」
「なんでだ?」
 首を傾げるリューイに、ミアサは微笑みながら答えていく。
「この家はデルクトを治めている家でもあります。自警団でも騎士団でも、三毛猫の先祖返りとなると邪な考えを持つ輩が現れるかもしれない……そう思ったのではないですかね?」
 私には想像でしか話せませんが……と付け加えるミアサ。そんなミアサに、「そっか……」とだけ言い、壁に凭れ掛かった。
 やはり、三毛猫の雄というのが一番なのか……。そうでなければ、保護すらして貰えなかったのだろうか……そんなマイナスなことばかり考えてしまい、リューイは頭を振った。
 なんだか、ルヴァインに心を開きだしたんだと自覚してから、少し自分が変な感じがする。言葉では表せないが――。
「さあ、洗濯物も干し終わりましたし、お茶にしましょうか」
 ミアサの声にハッとし、リューイは頷いた。ミアサとのお茶は好きだ。たまにガルスも同席するが、彼ともだいぶ打ち解けられてきた気がする。彼も獣人なのだろうか?
「なあ、ミアサ」
「なんです?」
「ガルスも獣人なのか?」
 その言葉に、ミアサはにっこりと微笑んだ。なんだろう、変なことでも聞いたか?
「このお屋敷に務める者は、皆さん獣人ですよ。勿論、私も獣人のハーフです」
「そうなのか……」
 知らなかった事実に、目を丸くしたリューイであった。
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