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エピローグ

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「リディ、こっちよ!早く!」

初夏の日差しに照らされ、薔薇の香りが立ち込める中庭の一角に少女の元気な声が響く。

「うん!今いくよ」

小さな体を一生懸命動かし俺を呼ぶ少女のもとに、ゆっくり転ばないように向かう。
住み慣れた公爵邸、その中庭の噴水の前で少女はキラキラした目を俺に向ける。

「あのね、リーヴィね、リディのお腹の赤ちゃんの名前考えたの!」

「そうなんだ。何て名前なの?教えて」

噴水の縁に座り、少女もといリーヴィに聞く。するとリーヴィはツインテールにした茶髪を揺らし得意気な顔になる。

「えっとね、女の子だと思うから、名前はシャディよ!」

「シャディ、素敵な名前だね。じゃあ女の子なら、その名前を貰ってもいい?」

「ふふ、仕方ないわね!リディにあげるわ。言っておくけど、リディは特別だからよ!」

「リーヴィありがとう」

俺がお礼を言うとリーヴィは母親譲りの緑の目を細め笑う。普段のお澄まし顔は、父親似だけど笑った顔は母親と瓜二つだ。

「リーヴィ、リディをあんまり連れ回さないの。リディはお腹に赤ちゃんがいるから、あんまり歩けないのよ」

「母さま!来ないでって言ったでしょ!」

俺たちのやり取りが一通り終わった後に、薔薇園の合間からカリーノ様が顔をだす。ここに来る前に、俺以外は来ないでと言っていたからかリーヴィは自分の言いつけを破った母親に怒る。

「そうは言っても、リーヴィはまだご飯を食べ終わってないでしょ?きちんと食べなきゃ、夕ご飯前にお腹空くわよ」

「わーかーあーってーまーす。あのね、リーヴィはリディと秘密のお話してるんだから、母さまは父さま達の所に早く戻ってよ!」

「リーヴィ、母さまにその言い方は良くないよ」

リーヴィとカリーノ様のやり取りに、次は穏やかな声が水を差した。

「もおっ!父さまと、シャロル君も来たの⁈やだ!リディ以外はみんな帰ってよ!」

アルヴィさんと、シャロルまで来たことを分かると、自分の思い通りにならなくてリーヴィは、みるみる不機嫌になる。

「そちらのお嬢様はご機嫌斜めだな」

「まぁ、そういうお年頃みたいで」

リーヴィの様子を見たシャロルがアルヴィさんの肩を叩くと、アルヴィさんは苦笑いを浮かべる。

「リーヴィ、さっき話したことは秘密にしておくから、みんなで戻って昼ごはん食べよ。ね?」

「でもぉ、まだリディとお話したいの」

「うん。俺もリーヴィと、もっとお話したいから、ご飯食べながら話そ?」

「うーん。でもぉ」

なかなか納得してくれないリーヴィをどう説得しようか悩んでいると

「可愛い小さなレディ、私達とランチしていただきませんか?」

シャロルがリーヴィの前に跪き、手を差し出す。まるで絵本の中の王子様がお姫様にするように。

「まぁっ!仕方ないわねっ!」

リーヴィお姫様扱いされたことが嬉しかったのか、言葉とは裏腹な笑顔でシャロルの手をとる。
お年頃の女の子だから、そういったものに憧れもあるのだろうし。

「じゃあ、リーヴィはシャロル君とリディと一緒に戻るから、母さまと父さまは先に戻ってて!」

「リーヴィ、あんまりワガママ言わないの。ワガママばっかり言っていると、シャロルの公爵邸ここには、もう来れなくなるのよ?」

「ワガママじゃないもん!」

俺たちの負担を考え、カリーノ様はリーヴィを諌めるが、お年頃の子には火に油を注ぐのと変わらなかったようま。眉間に皺を寄せたリーヴィがカリーノ様に不満をぶつける。親に対して反発する年頃なら、親よりも第三者の言葉の方が通りやすいだろうと思い、俺とシャロルは互いの顔を見て頷く。

「まぁまぁ、カリーノさん。俺たちも、リーヴィと遊べるのは楽しいので大丈夫ですよ。リーヴィもこう言ってくれてるので、少しの間、アルヴィさんとゆっくりしててください」

「そうよ、そうよ!母さまと、父さまは、あっち行ってて!」

「リーヴィのワガママに付き合わせちゃって、ごめんなさいね。じゃあ、私達はリーヴィの言う通りに先に戻るわね」

「お言葉に甘えさせてもらいます。リーヴィ、二人にワガママばかり言わないようにね」

「分かってますぅ!リーヴィは、しゅくじょなんだから大丈夫ですぅ!」

カリーノ様とアルヴィさんが折れるとリーヴィは満足したように、また得意気な顔になる。カリーノ様達が苦笑いし、リーヴィに悟られないよう俺達にごめんと目線を寄越した。そして二人で寄り添い昼食会をしていたテラスに戻っていく。子供が産まれても仲睦まじいのは、いくつもの障害を乗り越えたからだろう。

---

シャロルが王太子を降りた後すぐ、オメガの園の姫達は次々に降嫁された。そして新しい王太子のために別の姫達が集められたそうだ。オメガの園は、王太子の側妃選びの場であると同時に、臣下達の権力闘争の場だかららしい。
俺は政治とか難しい話は、よく分からないけど、シャロルの番だったカリーノ様が複雑な立場だったのは知っている。降臣したといえど、王家の血筋の番というだけで政治的に利用価値があるからだ。だから王家はカリーノ様がリドール帝国から出国することを禁じ自分達の目の届く所に置いた。
シャロルがカリーノ様が不自由しないように取り計らい、アルヴィさんと結婚しリーヴィが産まれた。
アルヴィさんもリドールに生涯滞在できるように祖国に嘆願したそうだ。
だから、あの二人は一緒にいるための努力を重ね今も供にあるんだ。
---

「ねえ、リディ。お腹に触っていい?」

「うん。いいよ」

リーヴィは俺の返事を聞くと、優しくお腹を撫でる。

「あったかい。あっ、今動いた!動いたわ」

「動いたね。最近、よく動くようになったんだ」

「何故か私が触ると動かないんだ」

「そうなの?シャロル君が触ったときにも動いてあげてね」

シャロルも噴水の縁に腰掛け、苦笑いで話す。それを聞いたリーヴィはお腹の子に、ヒソヒソ話をするように手で筒を作り囁く。

「リーヴィ、優しいね。ありがとう。赤ちゃんも父さまには、まだ緊張してるのかも」

「そうなんだ。ねぇ、赤ちゃんって、どこから来るの?リーヴィね、お姉さんになりたいんだけど、母さまのお腹に赤ちゃんは、どうやったら来るかな?」

「うーん。それは…。」

「あぁ…」

リーヴィからの無邪気な質問に俺とシャロルは目を見合わせる。年頃の女の子だから、お姉さんになりたい気持ちは分かる。でも、赤ちゃんのことって、どうやって説明するんだ?

「レディ、リーヴィ。赤ちゃんは、父さまと母さまが仲良くしているとやってくるんだ。だから、レディは二人が喧嘩していたら仲直りさせてあげればいいんだ」

「そうなのね!父さまと母さまは、毎朝チューするくらいの仲良しだから、赤ちゃんはすぐ来るわね!」

当たらずも遠からずな答えを聞いて、リーヴィは喜び噴水の縁から勢いよく立ち上がってスキップする。
それにしても、子供はよく見ているんだな。あの二人も、まさかこんな所で毎朝のルーティンを暴露されているとは思わないだろう。

「じゃあ、私は父さまと母さまに、赤ちゃんはすぐ来るって伝えてくるわね!」

「うん。転ばないようにね」

リーヴィは赤ちゃんのことを早く伝えたくて仕方ないようでスキップから小走りになり、カリーノ様達のもとに戻っていった。

「赤ちゃんがもうすぐ来るとリーヴィに言われたら、あの二人も流石に驚くよね?」

「そうだな。後でカリーノ達には、リーヴィに伝えた内容は話しておく。それよりリディの体調は大丈夫か?動き回っていたから、腹が張って痛んだりはしてないか?」

シャロルは横並びに座る俺の腰を抱いて、愛おしそうに腹を優しく撫でる。

「大丈夫だよ。ありがと。あっ、今、動いた!シャロルも分かった?」

「あぁ。元気に動いたな。私にも慣れたんだな。早く会いたいな」

「そうだね。3ヶ月後には会えるって分かってても、待ち遠しいよ」

俺の腹を撫でるシャロルの手に自分の手を重ねる。シャロルが俺の顔を覗き込み、そのままどちらからともなく触れるだけのキスをした。


アルファとオメガを繋ぎあわせる番契約がなくても、俺達は側に寄り添い人生を歩んでいる。
互いの愛情が俺達を繋ぎ合わせ、これからは、子供を含めより一層強い家族の絆で結ばれるはずだ。
番になれなくてもいい、そう言ってくれたシャロルだから、俺の人生を賭けて愛していきたい。

このすぐ後にキスをしている所をリーヴィに目撃されアルヴィさんやカリーノ様に苦笑いされ、俺達は二人して赤面していた。

fin



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