今日もまた孤高のアルファを、こいねがう

きど

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第二十六話

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「ん…いたぁ」

「リディ様…大丈夫ですか?」

微睡の中、寝返りをしようとしたら体に痛みを感じ意識がはっきりする。
俺が目覚めたことに気づいた乳母が心配そうに俺を覗き込む。その隣には面識のない初老の男性がいる。
朝日が差し込む見慣れない天井に、心配そうな乳母、全身は痛くて、特に頸筋は肌がひきつり違和感があった。

数秒遅れた後、自分に降り掛かった厄災を全て思い出し、慌てて起き上がる。そして乳母がいる側と逆の端に体を寄せる。

「あのっ…リディ様!大変申し訳ありませんでした!謝ってすむ問題ではないと分かっています。私のせいで、リディ様に辛い思いをっ…ごめんなさいっ」

「……」

乳母は跪き床に頭をつけ謝罪する。その様子をぼんやり見ながら、自分の頸を指先で確認した。そこには昨日まで無かったはずの凹凸がしっかりと刻まれているのが分かり、心臓がギュッと痛む。土下座は彼女なりの誠意なのかもしれないが、そんなことをされても到底許す気にはなれない。謝るくらいなら、初めからヒュイに協力なんてしなければ良かったんだ。

「…謝られても無理だよ。許せない」

俺は頭を下げた乳母を見下ろし告げる。多分、俺は彼女を一生許すことはできない。シャロルと番になるはずだった…それなのに、こんなことはあんまりじゃないか…。

俺と乳母の間に嫌な沈黙が流れる。それは俺たちの溝を表しているようだった。
その沈黙を破るように初老の男性が口を開く。

「リディ殿のお気持ちは痛い程、よく分かります。妻のことを許して欲しいとは言いません。ですが、どうか妻のしたことは殿下には黙っていていただけませんか?」

「は?そんなこと出来るはずない。シャロルと番になれないことを俺は説明しなきゃいけないんだよ?」

気持ちは分かるといいながら自分の妻を庇う子爵にイラつき、怒りで声が震える。

-俺の気持ちが分かるなら、シャロルに黙っててくれなんて言うはずない。結局、自分たちを守りたいだけじゃないか

「それは重々承知しています。しかし、今回の件にエイメ侯爵子息様が関わっている以上、殿下に真実を打ち明けるのは得策ではございません。どうか私のお話を聞いていただけないでしょうか?」

「乳母とヒュイに嵌められて、勝手に噛まれたことを、なんでシャロルに話したらいけないの?分からない!結局、あんたは自分の身内を守りたいだけなんだろ⁈」

俺の気持ちを蔑ろにして、話を進めようとする子爵が腹立たしくて仕方なくなる。そのせいで声を荒げ、口調は粗雑になっていく。

「妻の罰は私が代わりに受けます。エイメ侯爵子息様が、リディ殿を嵌めたことを殿下に伝えても、彼が処罰を受けることはありません。シャロル殿下はエイメ侯爵家を敵に回せないからです」

「え?なに?じゃあ、ヒュイが何をしても奴は許されるってこと?そんなのおかしい!おかしいよ!」

子爵の話す内容は全く理解できなくて、処理できない感情だけが昂っていく。興奮して、話し合い所ではなくなった俺の耳に手拍子の音が入る。

「はいはい。ギャーギャーうるさいよ。スラム育ちはすぐ喚くから嫌だよね」

音のした方に顔を向けると、今回の元凶が普段と変わらない様子で俺に嫌味を言ってくる。普段なら受け流せる嫌味も、今は火に油を注ぐように俺の怒りが沸々と湧き上がっていく。

「ふざけんな!元はといえば、お前がっ…!」

体中痛いはずなのに、ヒュイの姿を見た途端に体は動き、奴の胸ぐらを掴んでいた。

「ヒュイ様!」

子爵が焦った声をあげるが、ヒュイは顔色ひとつ変えず俺に冷めた視線を向ける。

「そろそろシャロルがこいつを探すために憲兵を派遣させるから早くしなって言いに来たら、こんな大層なお出迎えをされるなんてね。それでさ僕が何?勘違いしているようだから言うけど、僕はシャロルのためにやっただけだから」

「は⁈シャロルのためじゃないだろ?お前、俺が嫌いだからって言ってただろ⁈」

「それはあくまで僕の理由ね。お前をシャロルの側から引き離すのは、シャロルのため。スラムの男娼を正妻にするシャロルに国を任せて大丈夫なのかって、シャロル派の貴族で議論になってるの知らないでしょ?お前のせいでシャロルの立場が危うくなってるの。だから、僕は幼馴染としてシャロルを守りたかっただけ」

「なんだよ、それ…」

「まさかさ、僕以外の貴族はお前を祝福してるって思ってた訳じゃないよね?逆だよ、逆!お前の存在は貴族にとっては邪魔でしかない。シャロルの選んだ相手だから表立って批判しないだけ。だって、ハルバー侯爵もお前を正妻にすることは反対していたんだ。でも、シャロルが交渉して了解を取り付けたみたいなんだよね。相手が正当な家柄出身だったら、シャロルがそんな苦労せずに済んだんだよ?だからお前なんかがシャロルの側にいちゃいけないの」

「なんでお前に、そんなこと決められなきゃいけないんだよ!」

「あぁー。スラム出身のバカは頭が悪いから、話を理解することもできないのか…。話すの嫌になっちゃった…それより、お前は僕のに土下座させるなんて、何様なの?」

ヒュイは乳母を指差し、威嚇するような声音になる。

「母さんって、どういうことだ?」

「何?言葉も理解できないの?そのままの意味だけど。彼女は僕を産んだ人。だから、今回のことにも協力してもらったの。子供を助けるのは親の役目でしょ?」

ヒュイの話が本当なら、乳母は親子関係を盾に協力を迫られたのだろう。それなら乳母の言動がちぐはぐだったことも納得できる。

「一方的に命令していて、親子には見えなかったけど?上官と部下の間違い…んぐっ」

「うるさい。お前に僕たち親子の何が分かる!知ったような口を聞くな!」

俺はここぞとばかり煽り返すが、俺の感想を皆まで聞く前にヒュイは手の甲で思い切り俺の頬を引っ叩いて、中断させた。

「お前たちの関係なんて知らないし、興味ない!でも、今回のことは全てシャロルに打ち明けるつもりだ」

「はぁっ…子爵の話をきちんと聞いてた?シャロルに話したとしてもお前の望む結果は得られないよ。シャロルはエイメとハルバーの後押しがあって王太子になったんだ。そこには、もちろんシャロル自身の努力もあるけどね。だから、シャロルはエイメ侯爵家の嫡男の僕を切り捨てることはできないよ。替えのきくお前と違って、僕とダンテはシャロルにとって唯一無二の存在なんだから」

「結局は家の力で、お前自身がシャロルの唯一無二な訳じゃないだろ!俺は」

「家の権力も僕の能力の一つだろ?それに今回のことをお前がバカ正直に言ったら、傷つくのは他でもないシャロルだよ?」

「は?なんでシャロルが傷つくんだよ?」

「頭悪い相手と話すと、1から全て説明しなきゃいけないから疲れる…だってさ、シャロルからしたら信頼していた相手に裏切られたのと変わらないんだよ?しかもそれが一人じゃなくて、幼馴染の僕と乳母の二人。ショックだろうなぁ。かわいそうなシャロル」

「シャロルを傷つけるって分かってて、お前はやったんだろ?」

「うん。だからバカ正直に全てを話したいなら話していいよ。僕はお前を排除した理由をきちんと説明できるし、周りの貴族を納得させられるからお咎めはないと思うし。ただ、乳母はどうだろうね?シャロルを裏切ったから何らかの罰はあるよ。それに幼い頃から自分を可愛がってくれた乳母が裏切ったって知ったらシャロルはどう思うのかな?」

「お前が巻き込んだなら、乳母を守るくらいできるだろ?」

「うん。ただ、僕にはそんな義理はない。なぁ、頭の悪いお前でも分かっただろ?真実を話せばシャロルは腹心を失って疑心暗鬼になるだけ。でも、お前が男娼らしく身を引けばシャロルは過去の恋として忘れるだけだよ。シャロルに操すら立てられなかったお前が出来ることは一つだけだろ?お前はシャロルに幸せになって欲しいと思わないの?愛しているなら、無意味に傷つけたりしないよな?」

俺が真実を話せばシャロルを傷つけるとヒュイは繰り返す。繰り返されるたびに洗脳のように頭の中に刷り込まれ、自分の判断に自信が持てなくなる。俺が黙っていれば、シャロルは傷つかない…いつしか、そう錯覚してしまっていた。
そうなると、ヒュイの胸ぐらを掴む手から力が抜け、「わかった」と力なく返事をするしか出来なかった。

---
そして俺はシャロルに最低な言葉を吐き捨てた。それがシャロルを傷つけていると、気づけない程に思考は麻痺してしまっていた。


* * *

「おーい。起きてるか?寝るなよ?」

走馬灯のようにヒュイに噛まれたときの記憶が蘇り、俺はいっとき無反応になっていたらしい。ヒュイは俺の髪をつかみ頭をグラグラと揺さぶっていた。

「はぁっ…寝る訳ないだろっ…お前を殴らなきゃ気がすまないんだからっ」

「なんかの冗談のつもりなのかな?全然面白くないよ。サージャ、こいつを押さえてて」

「はい。ヒュイ様」

サージャはヒュイの命令に従って俺の頭を床に落とすと、肩を固定する。体格は変わらないはずなのに、サージャを振り解けなかった。強制的に発情期が起きているせいで力が入らないのだろう。
ヒュイは鼻で笑うと、胸元から何かを取り出す。
それは照明の光を綺麗に反射させるほど、研がれた鋭利なナイフだった。

「あの日の続きをしようか」

ヒュイはそう言って、ナイフを持つ手を振りあげた。
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