上 下
21 / 34

第二十話

しおりを挟む
「愛の証だって
だけど、私とシャロルの何を知って言っているの?と思うの」

「本当は何も知らないのに、分かっている情報から知ったつもりになるのかもしれません。実際、このオメガ棟にシャロルが来るのはカリーノ様の発情期ヒートのときだけですから、シャロルがカリーノ様を寵愛しているって思うのは自然な気がします」 

自分で言った言葉に傷ついて胸が痛み、嫉妬の感情が渦巻く。

「すごい的確な分析だね」

アルヴィさんが感心したように言う。

「いえ、そんな。経験したことを少し話しただけで」

「そうなの。じゃあ、リディ、あなたは私の首筋の噛み跡は、どっちだと思う?」

「俺は…愛の証じゃなくて、枷であって欲しいと、どうしても思ってしまいます。シャロルが他の誰かを寵愛しているなんて…やっぱり嫌なので」

俺のちっぽけな願望を聞いたカリーノ様は、今までの真剣な表情から一変し笑顔をこちらに向ける。不機嫌になるならまだ分かるが、何故笑顔になるのかが分からなくて、若干不気味にさえ思えた。
混乱している俺をよそにカリーノ様は

「シャロルが私を噛んだ理由を知ってる?」

と俺に聞いてきた。
カリーノ様はシャロルに見初められて番になったこと以外、俺は何も知らない。

「理由は聞いたことがありません」

俺が素直に答えると、カリーノ様は
「あら、やっぱり、まだ話してないのね」と小さく呟いて、何かを閃いた様子でニコニコと満面の笑みをこちらに向ける。カリーノ様の情緒が全く読めない俺は、次にくる言葉に備える。

「シャロルがね、私を噛んだ理由は簡単にいうと人違いなの」

「人違い?それって、本当はカリーノ様以外と番になろうとしていたってことですか?」

シャロルが番になりたかった人物がいたことに衝撃を受けた。俺は離れている間のシャロルのことを知らないのだと思い知らせる。人違いで番になったカリーノ様でさえ、こんなに寵愛しているのだから、本当に番になりたかった相手には、もっと…。シャロルは、その人より俺を選んでくれるだろうか。

「そうよ。わたしオメガのフェロモンに当てられて、衝動的に噛んでしまったって言ってたわ。オメガのフェロモンに耐性のある、あのシャロルが。でも、よくよく理由を聞くと、私のフェロモンの香りが、忘れられない恋人のフェロモンと似た香りだったから本能的に噛んだみたいなの」

「忘れられない恋人…」

「蜂蜜のような甘い香りがするってシャロルに言われたことあるでしょ?私達のフェロモンは香りが似ているんだって。自分たちじゃ全然分からないけど」

「それって…」

カリーノ様の話から一つの結論に辿り着いたが、それはあまりにも自分に都合がよすぎる気がして

「シャロルは、私をリディだと勘違いして、番にしたの。私を噛んだときには、あなたにはもう番がいたはずだけど、フェロモンの香りで理性が吹き飛んでたんでしょうね」

「俺と間違えた…」

「ええ。シャロルが番に望んでいるのは、昔も今もリディ、あなただけ」

だから私は偽物の寵妃なのよ。と言うカリーノ様の表情は晴れやかだった。

「話してしまって、よろしかったのですか?殿下に叱られますよ」

アルヴィさんがカリーノ様を案じるように言う。

「いいのよ!叱るって言っても、番になった経緯を、まだ話していなかったシャロルが悪いのよ。あぁ、話せてスッキリした!部屋の中でも寵妃を演じるの大変だったのよ」

偽物の寵妃や、寵妃を演じるといった予想外の言葉が次々出てきて、頭の整理が追いつかなくなる。

「じゃあ、あのっ、カリーノ様はシャロルを愛しては…」

「私達は互いに性愛の感情はないわ。番になって以降、シャロルとそういった関係もないの。シャロルはリディを一途に思い続けていたから、安心して」

カリーノ様はさらりと話すが、それなら発情期の時はどうしていたんだろう。カリーノ様の発情期のときにシャロルは部屋に来ていたはずだし。

「もしこれ以上、何か聞きたいことがあるなら、それは私じゃなくてシャロルに聞いた方がいいわ。執務が終わったら、すぐにここに来るだろうから。今朝だって、あなたの側を中々離れなかったから、執務に行かせるの大変だったのよ」

「そうだったんですか」

朝にそんなことになっていたなんて、全然知らなかった。

「それよりも、さっきは意地悪しちゃってごめんなさいね。もし、あの程度で音をあげるようならシャロルには諦めるよう言うつもりだったの」

カリーノ様が言った内容にギョッとする。
今まで、試されていたということか。だから、あんなに情緒の振れ幅があったのかと納得した。

「それは、どうしてですか?」

「身分違いの恋愛は、ただでさえ障害が多いのよ。それでシャロルは王太子でしょ?周りからの妨害ややっかみが通常の比じゃないわ。寵妃の立場でも、そうだったから、恋人なら尚更そう。だから、リディ。あなたは、シャロルに愛される覚悟を持ちなさい。どんな障害が立ちはだかっても、シャロルと乗り越えるっていう意思を」

「はい。何があっても、もう二度とシャロルの側から離れないって決めたので」

「それなら、安心して私は寵妃を引退できそうね。ねぇ、アルヴィ」

「そうですね。そうしたらこの窮屈な生活とももう少しでおさらばですね」

カリーノ様とアルヴィさん、互いに見つめる目は、いつもより熱がこもっていた。

「あのっ、もしかして、二人は…」

「…リディ、体調はもう大丈夫か?」

俺の質問は、いつの間にか部屋に入ってきたシャロルに後ろから抱きしめられたせいで、聞くことは出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日恋心に終止符を打った筈なのに。。

yumemidori
BL
どうしようもなく君が好き。だからといって相手が同じ気持ちを返してくれるとは限らない 相手からのその気持ちを期待できるほどの"何か"を自分は持ち合わせていないから せめてもの思い出に。。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

上位種アルファと高値のオメガ

riiko
BL
大学で『高嶺のオメガ』とひそかに噂される美人で有名な男オメガの由香里。実際は生まれた時から金で婚約が決まった『高値のオメガ』であった。 18歳になり婚約相手と会うが、どうしても受け入れられない由香里はせめて結婚前に処女を失う決意をする。 だけどことごとくアルファは由香里の強すぎるフェロモンの前に気を失ってしまう。そんな時、強いアルファ性の先輩の噂を聞く。彼なら強すぎるフェロモンに耐えられるかもしれない!? 高嶺のオメガと噂される美人オメガが運命に出会い、全てを諦めていた人生が今変わりだす。 ヤンデレ上位種アルファ×美しすぎる高嶺のオメガ 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 お話、お楽しみいただけたら幸いです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【短編】農夫の僕が騎士様を救うために奇跡を起こす物語

cyan
BL
小さな村で農夫をしているシルフはある日、騎士のレグナーと出会う。 二人は仲良くなって恋人になったが、レグナーは戦争に行ってしまった。 初めてキスをして、その続きは帰ってからといったレグナー しかし戻ってきたのはレグナーのドッグタグとボロボロの剣。 絶望するシルフは奇跡を起こせるのか? 少しシリアスなシーンがありますがハッピーエンドです。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす
BL
 αやΩへの劣等感により、幼少時からひたすら努力してきたβの男、山口尚幸。  努力の甲斐あって、一流商社に就職し、営業成績トップを走り続けていた。しかし、新入社員であり極上のαである瀬尾時宗に一目惚れしてしまう。  世話役に立候補し、彼をサポートしていたが、徐々に体調の悪さを感じる山口。成績も落ち、瀬尾からは「もうあの人から何も学ぶことはない」と言われる始末。  失恋から仕事も辞めてしまおうとするが引き止められたい結果、新設のデータベース部に異動することに。そこには美しいΩ三目海里がいた。彼は山口を嫌っているようで中々上手くいかなかったが、ある事件をきっかけに随分と懐いてきて…。  しかも、瀬尾も黙っていなくなった山口を探しているようで。見つけられた山口は瀬尾に捕まってしまい。  あれ?俺、βなはずなにのどうしてフェロモン感じるんだ…?  コンプレックスの固まりの男が、αとΩにデロデロに甘やかされて幸せになるお話です。  小説家になろうにも掲載。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

処理中です...