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第十九話

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「その…」

カリーノ様が言いたいことは、すぐに検討がついた。2日前にシャロルに抱かれたことだろう。

「あら私ったら、すぐに話を聞きたいから急かしすぎたわ。こちらにどうぞ」

カリーノ様はわざとらしく言うと、座っている場所に向かい合わせで置いてある一人がけのソファを手差しする。

ソファに腰掛けようとした時に、この部屋の違和感の正体が分かった。この部屋に元々あったソファはベロア素材のもの。それが今は同じ色の革張りに変わっていた。

「あぁ、ソファ変えたのよ」

俺がソファを見ていたことに気づいたカリーノ様が口を開く。

「あのっ…」

俺とシャロル…(9割くらいはシャロルが原因だと思うが)のせいで変えるはめになったのだろう。まず先に、それを謝ろうとした俺の言葉を遮ってカリーノ様は話を続ける。

「どっかの誰かさんの借りを返すためにエイメ侯爵の姫君とお茶して帰ってきたら、部屋が大惨事になってたからビックリしちゃった。前のソファ、結構気に入っていたけど、あんなグチャグチャの状態のもの使えないし。あ!あとね、カーペットも変えたのよ!気づいてた?」

言葉の端々に棘を感じるのは気のせいじゃないはず。俺はカリーノ様の発言にどこか既視感があった…故意に人を傷つけようとする悪意。シャロルの男娼と言われていた時代の俺に向けられていたものと同じだ。

-カリーノ様にとって、俺は目障りで仕方ない存在になったのかもしれない。

そう思うと胸がギュッと締め付けられる。俺が不誠実だったばっかりに、優しかったカリーノ様を変えてしまった。

「カリーノ様、お口が達者になりすぎています。リディも驚いて固まってますよ。リディは、とりあえず座りな」

固まり動けなくなった俺を見兼ねたアルヴィさんが助け船をだしてくれる。

「あら、アルヴィ。まるで私がリディを苛めているみたいじゃない。ただの事実の確認よ」

「カリーノ様にはそうでも、リディにとっては違うみたいなので、もう少し優しくしては?あと、飲み物を用意しますが何がよろしいですか?」

「いつものでお願い。リディにも」

「わかりました」

「あの、カリーノ様」

「なあに?

そういえば、カリーノ様にはリーテの偽名しか伝えていないはず。ダンテからも身元は明かさないように釘を刺されたし。それならアルヴィさんから聞いたのか?

「俺の名前ご存知だったんですね」

「えぇ。あんな現場に遭遇したのだもの。さすがにシャロルに問いただしたわ」

「そうですよね…あの、シャロ、殿下は俺との関係を何ておっしゃられたんですか?」

シャロルを信用していない訳ではないが、相手はシャロルの寵妃。シャロルが話していないことを俺が勝手に話すことはできない。

「ねぇ、リディ。私はに説明を求めているの。シャロルがどう言ったかは、今は関係ない。はシャロルをどう思っているの?」

「俺は殿下を…」

俺はシャロルを愛してる。自分から離れた期間も未練がましく思い続けてた。もう二度と触れてもらうことなんて、ないと分かってたけど、ずっと諦められなかった位、深く深く愛してしまったんだ。

『リディ愛してる』
『リディが居てくれたら、もう何も望まない』

肌を重ね合わせた時に、囁かれた言葉が耳の奥にリフレインする。シャロルも俺と同じ気持ちだと信じたい…

「シャロルを愛しています。カリーノ様がシャロルと出会うずっとずっと前から。シャロルと再会して、もう思いを抑えることができなくて、カリーノ様を裏切る結果になってしまいました。大変申し訳ございません」

ソファから立ち上がって膝を折り頭を床につけ、誠心誠意の謝罪をする。もちろん、俺の土下座に価値がないことなんて分かってはいる。

「……」

「……」

カリーノ様は無言で、頭を下げている俺からは、どんな表情をしているのか分からない。でも足音が近づいてきて、俺の首筋の髪をさらりとはらう。

「ねぇ、この噛み跡は愛の証?それとも、望まない枷かしら?」

「……」

カリーノ様は俺の首筋の噛み跡を指先でなぞりながら聞いてくるが、言っている意味がよく分からなくて言葉を返せ無かった。

「カリーノ様、薬湯をお持ちしました。温かいうちに飲んだ方が味がまぎれるので、早めに飲んでください。ほら、リディも」

場の雰囲気を和らげるようにアルヴィさんがカリーノ様に声をかけ、俺を立ち上がらせる。

改めて席につくと、目の前に置かれたティーカップに、草の味のあの液体が注ぎこまれる。
これは俺を試しているのかと変に勘繰ってしまう。カリーノ様はというと、顔色一つ変えずにカップに口をつけた。

「拒絶反応から体調が完全に回復した訳じゃないでしょ?味は最悪だけど、効果はあるから飲みなさい」

「はい。ありがとうございます」

カリーノ様に促され俺も渋々口をつける。それにしても、シャロルの寵妃のカリーノ様が、何でこんな不味い薬湯を飲むのだろうか?という疑問も湧く

「あの、カリーノ様。さっき話していたことなんですが、あれって一体どういう意味で…」

「噛み跡のこと?言葉のままの通りよ。あなたを迎え入れるとき、番を失ったオメガだって聞いてたの。でもあなたは拒絶反応を起こしたってことは、番はまだ生きているわよね?別人を番と言い張った理由は番への愛なのか、それとも言えない何かなのか、どっちかと思って」

俺は自分の首筋の噛み跡を手で触れる。噛まれてから大分時間が経っているのに、そこにはくっきりと歯の凹凸が刻まれている。
ここまではっきり言われたら、子爵が番だと言い張るのは難しいと悟った。

「おっしゃるとおり、番…俺を噛んだ相手は別にいます。それを隠してたのは、シャロルに相手を知られる訳にはいかないからです」

「シャロルには知られたくないって、番もシャロルも手放したくないってことかしら?」

「それは違います。この噛み跡は愛の印なんかじゃないです。俺にとっては呪いみたいなものです。シャロルの側から1秒でも早く離れろって、噛んだ相手の怨念の形です」

「そう。じゃあ、あなたはその怨念を一度受け入れてシャロルから離れたけど、また再び彼との縁を得たって訳ね」

「そうです。…カリーノ様にとっては、噛み跡は愛ですか?それとも、枷ですか?」

寵妃のカリーノ様に失礼な質問だとは分かっていたけど、知りたかった。この人がどれくらいシャロルを愛しているのか。だって俺はもうシャロルを失いたくないから。例え、この人を傷つけようと。

「私の噛み跡は…」
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