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第十一話
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「うわっ」
「ダンテ、なぜここに居る?」
俺を自分の腕の中に閉じ込め、苛立った低い声で問う。
「んー。第一王子様が珍しく、素直に婚約者選びのお茶会に出てるって聞いたから、見に来たんだよね。シャロルのお気に入りには、何もしてないから怒らないで」
シャロルの苛立ちなど、ものともせずにダンテは飄々としている。
その中でひっかかる言葉があった。
-シャロルのお気に入りって何だ?
まさか、俺のことか…?
「いい加減に離せよ!」
そう理解したら、シャロルに抱きしめられている状態が居た堪れなくなり、腕を振り解く。俺たちの間にたちまち気まずい雰囲気が漂う。
「シャロルぅ!待ってよー!」
この雰囲気に似つかわしくない甘えた猫撫で声が廊下に響く。俺はその声に、体をこわばらせる。
「何だヒュイ」
「『何だ』じゃないよ!お茶会はまだ終わってないんだから、席に戻ってよ!」
ヒュイと呼ばれた青年は、シャロルの腕にまとわりついて言う。シャロルやダンテに比べると華奢で、顔立ちも中性的だから何も知らなければオメガと間違えてしまうだろうが、れっきとしたアルファらしい。というより、第一王子であるシャロルの側近はアルファで固められているそうだ。シャロルの使用人になってから、側近達とも度々顔を合わせるから、互いに顔を覚えてしまった。俺はキッと睨んできたヒュイからそっと視線を逸らす。
「会をお開きにしても問題ないと、ご令嬢方も言っていただろう」
「じゃあ、せめて、ご令嬢方を執務棟までお見送りして!
シャロルが婚約者を選ぶつもりがあるんだって、周囲にきちんと態度で示して!」
ヒュイは、甘えた声とは正反対にシャロルに食い下がる。ヒュイの主張は第一王子の側近なら真っ当だろう。でも、その間もシャロルの腕に絡まり上目遣いをしているのだけは理解できない。
「今回はエイメ侯爵の顔をたてるために、お茶会に出席したんだ。何度も言っているが私は当分、結婚するつもりはない」
「父の顔をたてるなら、今日のお茶会で婚約者を決めてよ!」
「まぁまぁ。ヒュイ、そんな熱くなんなよ。シャロルがすぐに婚約者を決めたら、つまんないだろ。不本意なくせに、さわやかな作り笑顔をきめるシャロルがみれなくなるんだぞ」
ヒュイの発言をとめてまで言った内容は、悪趣味極まりなかった。多分、シャロルの状況を面白がっているのは、ダンテくらいだろう。俺だけでなく、シャロル達もダンテの発言をくだらないと思ったようで、シャロルは目頭を揉んでいる。ヒュイはというと怒りで肩を戦慄かせていた。
「ダンテ、君ね、何度も言っているけど、侯爵家の長男の自覚を持った方がいいよ!シャロルが立太子するために、有力貴族との婚姻は何よりも最優先事項でしょ!」
「あー、はいはい。それ、聞きまくって耳にタコができてる。分かった、分かった」
興奮したのか、一息で言い切ったヒュイに、ダンテはいつもののらりくらりだ。暖簾に腕押し状態。
「…?リディ、体調が優れないか?」
ダンテとヒュイがやり合っている間に、シャロルは俺の顔を覗き込み、また肩を抱く。反対の手に巻きついているヒュイは真っ赤な顔で俺をキッと睨みつける。
-あ、これはヤバいかも。
直感がそう告げるのと同時に、ヒュイの怒りが大爆発して
「ところでさ、お前はいつまでここに居るつもり?お前には全く関係ない話だから、職務に戻りな」
と叱りつけるように言う。
ヒュイはシャロルの側近だから、俺がここに来た理由を知っている。そのせいか俺のことが気に食わないようで、ここに来た当初から
『ここは、お前のいる場所じゃないよ?』や
『早く男娼は帰りなよ』とシャロルに見つからないように嫌味を言ってくる。
俺がシャロルに告げ口することは、考えてないのか、俺の顔を見るたびにほぼ毎回だ。
さすがに、俺もここまでされたら関わりを持ちたいとは思わない。
「…そうですよね。じゃあ、俺は失礼します」
「ヒュイ、リディに謝れ」
「は?やだよ。何でさ?」
ヒュイからの追撃が来る前に退散しようと、一礼したタイミングで、シャロルがそんなことをのたまう。もちろん、ヒュイは即答で拒否。
-いや、何言ってんの?火に油をそそぐなよ!あとで、嫌味言われんの俺なんだから!
お前、バカだろ!このバカ王子ー!
頭をあげるタイミングを見失った俺は、心の中でシャロルをなじる。シャロルは俺が嫌味を言われているのは知らないのだから、仕方ないといえば仕方ないが。
そんな俺をよそにシャロルは言葉を続ける。
「私の居ないタイミングを見計らってリディを詰っているのは、不愉快だ。ヒュイ、お前は今後、第一王子の居住棟には立ち入り禁止だ。何か、用がある時は執務棟で聞く」
「は?やだよ!だいたい、こいつが身の程をわきまえず、シャロルの側にいるのがおかしいでしょ⁈
他の重臣だって心配してるんだよ?
シャロルがスラムのオメガに誑かされてるって!」
側近の中で、俺に親しげに話しかけるのはダンテくらい。他の側近達が、どう思っているか何となく予想はしていた。でも、実際にそれを聞かされれば、傷つく。
-シャロルと俺じゃ全然釣り合ってないことくらい、分かってるよ。俺がスラム出身のオメガだからって、大して知りもしない奴らに、なんでこんなこと言われなきゃいけないだよ
「ヒュイ、お前たちは誤解をしている。リディが望んで私の側にいるのではない。私がリディに側に居て欲しくて、ここに留めているんだ」
シャロルの言葉に驚いて顔を上げる。シャロルはいつもと変わらない澄ました表情をしている。ヒュイは感情が昂ったのか、シャロルの胸に縋りついていた。
「シャロル、やっぱり誑かされてるよ!シャロルは今、立太子を控えている大事な時期なんだよ!もしこいつの存在が国王に知られたら、王弟が王太子に選ばれるかもしれないんだよ!目を覚ましてよ!」
「もし私が王太子になれなかったのなら、リディが原因ではなく、私の能力不足のせいだ。過去のリドール王の寵妃の中にはオメガもいたのだから、何ら問題ないだろう」
-え?それって、もしかして
「はぁ⁈寵妃って、シャロル何言ってんのさ!こんなスラム出身の、しかも男娼をまさか娶るつもりじゃないよね⁈」
ヒュイはシャロルの胸を叩き必死に訴えるが、シャロルは冷たく一瞥し
「それを伝える相手はお前ではない」
シャロルはヒュイを押し、自分から引き剥がす。
「ちょっと、待ってよ!シャロル!」
「はいはい、ヒュイはご令嬢方のお見送りしなきゃ。みんな、待ってるよ」
「やだ!ダンテ離せよ!」
シャロルに食い下がろうとしたヒュイの肩をダンテが抱いて、窓の外を指差す。そこには優雅に茶を飲んでるご令嬢達。修羅場になってるこちら側とは対照的な雰囲気だ。
ダンテは、抵抗するヒュイを軽々と肩に担ぐ。そして、シャロルの方をみると、何故かウィンクをしてから中庭に向かった。
こんな状況でもいつものテンションでいられる、ダンテの緊張感の無さに肩から力が抜ける。
「リディ、すまない」
「いや、別に。ってか、シャロルが謝ることなんか何も無いじゃん」
シャロルにキツく抱きしめられ、心臓がうるさいくらい脈打つ。
「ヒュイのことを、すぐに対処しなくて悪かった。私が口を出しをしたらヒュイを刺激すると思って、リディが伝えてくれるまでは静観しているつもりだった。でも、結局はリディを傷つけた」
すまない。と言うとシャロルは俺を一層強い力で抱きしめる。
「っ!大丈夫だから!謝るなんて、シャロルらしくない!」
「いや、さすがに私も自分が悪いと思えば謝るぞ」
「別にシャロルが俺に何かした訳じゃ…いや、うん。元凶はシャロルだな。
俺さ、シャロルの子を妊娠してなかったじゃん。それなのに未だにリドールに保護されてるのは、何でなんだ?」
シャロルを庇おうと思ったが、そもそも理由も聞かされないままリドールに保護されていることが発端だと思い至る。
「それは、私がリディを離したくなかったんだ」
「それって、自分の周りにはいない物珍しさとかじゃなくて?」
初体験の後の苦い記憶のせいか、曖昧な言い方でぬか喜びしたくないと思ってしまう。
はっきりした言葉が欲しいと。
「それとは違う。私はいままで、他人を恋しいと思ったこともなければ、愛しいと思ったこともない。愛や恋なんて感情は自分には無関係だと思っていた」
「うん」
「でも、リディと出会って、自分とは全く違う価値観に驚かされたに、それに心が動かされた。最初は、未知の世界を知ることに胸が高鳴っていたのは事実だ。でも、私を王子だと知っても態度を変えず、私個人と常に向き合ってくれるリディに心が惹かれていったんだ」
「…ありがとう。でも、俺じゃシャロルに全然釣り合わないよ」
本当はシャロルの気持ちがすごく嬉しい。でも、ヒュイの言葉が棘のように心に刺さって抜けないんだ。だって、王子とスラムの男娼じゃ身分が違いすぎるって自分でも思うのだから。
「リディ、好きだ。釣り合わないというのが身分のことなら、王子の私じゃない。ただのシャロルという男のことは?」
「…上から物を言う所も、意外と不器用なとこも、人間味があって…」
「うん」
嫌いじゃない。といえばいい。そう思っているのに、口に出たのは
「好きだよ」
シャロルは嬉しそうにくしゃっと笑う。
-あ、この顔は初めて見た。嬉しいときは、こう言う顔するんだ。
「リディ、好きだ。自分のなかに、こんな気持ちがあるなんて初めて知った」
シャロルの気持ちに体が反応したのか、シャロルから金木犀のような香りがしてくる。その香りは心地よくてずっと嗅いでいたくなる。顔をふっと上に向けると、シャロルと目が合った。そして、どちらからともなく唇を重ねた。シャロルと触れ合うのは、初めて抱かれた日以来だった。
* * *
「俺とシャロルは、こんな感じで恋人になりました。でも、俺がシャロルを裏切って今に至ります」
「…そうなんだ。うーん。後半の部分はあまり触れられたくないよね?」
俺の話した内容では、やはり納得しきれなかったのだろう。アルヴィさんが念の為といった様子で尋ねる。
「ダンテ、なぜここに居る?」
俺を自分の腕の中に閉じ込め、苛立った低い声で問う。
「んー。第一王子様が珍しく、素直に婚約者選びのお茶会に出てるって聞いたから、見に来たんだよね。シャロルのお気に入りには、何もしてないから怒らないで」
シャロルの苛立ちなど、ものともせずにダンテは飄々としている。
その中でひっかかる言葉があった。
-シャロルのお気に入りって何だ?
まさか、俺のことか…?
「いい加減に離せよ!」
そう理解したら、シャロルに抱きしめられている状態が居た堪れなくなり、腕を振り解く。俺たちの間にたちまち気まずい雰囲気が漂う。
「シャロルぅ!待ってよー!」
この雰囲気に似つかわしくない甘えた猫撫で声が廊下に響く。俺はその声に、体をこわばらせる。
「何だヒュイ」
「『何だ』じゃないよ!お茶会はまだ終わってないんだから、席に戻ってよ!」
ヒュイと呼ばれた青年は、シャロルの腕にまとわりついて言う。シャロルやダンテに比べると華奢で、顔立ちも中性的だから何も知らなければオメガと間違えてしまうだろうが、れっきとしたアルファらしい。というより、第一王子であるシャロルの側近はアルファで固められているそうだ。シャロルの使用人になってから、側近達とも度々顔を合わせるから、互いに顔を覚えてしまった。俺はキッと睨んできたヒュイからそっと視線を逸らす。
「会をお開きにしても問題ないと、ご令嬢方も言っていただろう」
「じゃあ、せめて、ご令嬢方を執務棟までお見送りして!
シャロルが婚約者を選ぶつもりがあるんだって、周囲にきちんと態度で示して!」
ヒュイは、甘えた声とは正反対にシャロルに食い下がる。ヒュイの主張は第一王子の側近なら真っ当だろう。でも、その間もシャロルの腕に絡まり上目遣いをしているのだけは理解できない。
「今回はエイメ侯爵の顔をたてるために、お茶会に出席したんだ。何度も言っているが私は当分、結婚するつもりはない」
「父の顔をたてるなら、今日のお茶会で婚約者を決めてよ!」
「まぁまぁ。ヒュイ、そんな熱くなんなよ。シャロルがすぐに婚約者を決めたら、つまんないだろ。不本意なくせに、さわやかな作り笑顔をきめるシャロルがみれなくなるんだぞ」
ヒュイの発言をとめてまで言った内容は、悪趣味極まりなかった。多分、シャロルの状況を面白がっているのは、ダンテくらいだろう。俺だけでなく、シャロル達もダンテの発言をくだらないと思ったようで、シャロルは目頭を揉んでいる。ヒュイはというと怒りで肩を戦慄かせていた。
「ダンテ、君ね、何度も言っているけど、侯爵家の長男の自覚を持った方がいいよ!シャロルが立太子するために、有力貴族との婚姻は何よりも最優先事項でしょ!」
「あー、はいはい。それ、聞きまくって耳にタコができてる。分かった、分かった」
興奮したのか、一息で言い切ったヒュイに、ダンテはいつもののらりくらりだ。暖簾に腕押し状態。
「…?リディ、体調が優れないか?」
ダンテとヒュイがやり合っている間に、シャロルは俺の顔を覗き込み、また肩を抱く。反対の手に巻きついているヒュイは真っ赤な顔で俺をキッと睨みつける。
-あ、これはヤバいかも。
直感がそう告げるのと同時に、ヒュイの怒りが大爆発して
「ところでさ、お前はいつまでここに居るつもり?お前には全く関係ない話だから、職務に戻りな」
と叱りつけるように言う。
ヒュイはシャロルの側近だから、俺がここに来た理由を知っている。そのせいか俺のことが気に食わないようで、ここに来た当初から
『ここは、お前のいる場所じゃないよ?』や
『早く男娼は帰りなよ』とシャロルに見つからないように嫌味を言ってくる。
俺がシャロルに告げ口することは、考えてないのか、俺の顔を見るたびにほぼ毎回だ。
さすがに、俺もここまでされたら関わりを持ちたいとは思わない。
「…そうですよね。じゃあ、俺は失礼します」
「ヒュイ、リディに謝れ」
「は?やだよ。何でさ?」
ヒュイからの追撃が来る前に退散しようと、一礼したタイミングで、シャロルがそんなことをのたまう。もちろん、ヒュイは即答で拒否。
-いや、何言ってんの?火に油をそそぐなよ!あとで、嫌味言われんの俺なんだから!
お前、バカだろ!このバカ王子ー!
頭をあげるタイミングを見失った俺は、心の中でシャロルをなじる。シャロルは俺が嫌味を言われているのは知らないのだから、仕方ないといえば仕方ないが。
そんな俺をよそにシャロルは言葉を続ける。
「私の居ないタイミングを見計らってリディを詰っているのは、不愉快だ。ヒュイ、お前は今後、第一王子の居住棟には立ち入り禁止だ。何か、用がある時は執務棟で聞く」
「は?やだよ!だいたい、こいつが身の程をわきまえず、シャロルの側にいるのがおかしいでしょ⁈
他の重臣だって心配してるんだよ?
シャロルがスラムのオメガに誑かされてるって!」
側近の中で、俺に親しげに話しかけるのはダンテくらい。他の側近達が、どう思っているか何となく予想はしていた。でも、実際にそれを聞かされれば、傷つく。
-シャロルと俺じゃ全然釣り合ってないことくらい、分かってるよ。俺がスラム出身のオメガだからって、大して知りもしない奴らに、なんでこんなこと言われなきゃいけないだよ
「ヒュイ、お前たちは誤解をしている。リディが望んで私の側にいるのではない。私がリディに側に居て欲しくて、ここに留めているんだ」
シャロルの言葉に驚いて顔を上げる。シャロルはいつもと変わらない澄ました表情をしている。ヒュイは感情が昂ったのか、シャロルの胸に縋りついていた。
「シャロル、やっぱり誑かされてるよ!シャロルは今、立太子を控えている大事な時期なんだよ!もしこいつの存在が国王に知られたら、王弟が王太子に選ばれるかもしれないんだよ!目を覚ましてよ!」
「もし私が王太子になれなかったのなら、リディが原因ではなく、私の能力不足のせいだ。過去のリドール王の寵妃の中にはオメガもいたのだから、何ら問題ないだろう」
-え?それって、もしかして
「はぁ⁈寵妃って、シャロル何言ってんのさ!こんなスラム出身の、しかも男娼をまさか娶るつもりじゃないよね⁈」
ヒュイはシャロルの胸を叩き必死に訴えるが、シャロルは冷たく一瞥し
「それを伝える相手はお前ではない」
シャロルはヒュイを押し、自分から引き剥がす。
「ちょっと、待ってよ!シャロル!」
「はいはい、ヒュイはご令嬢方のお見送りしなきゃ。みんな、待ってるよ」
「やだ!ダンテ離せよ!」
シャロルに食い下がろうとしたヒュイの肩をダンテが抱いて、窓の外を指差す。そこには優雅に茶を飲んでるご令嬢達。修羅場になってるこちら側とは対照的な雰囲気だ。
ダンテは、抵抗するヒュイを軽々と肩に担ぐ。そして、シャロルの方をみると、何故かウィンクをしてから中庭に向かった。
こんな状況でもいつものテンションでいられる、ダンテの緊張感の無さに肩から力が抜ける。
「リディ、すまない」
「いや、別に。ってか、シャロルが謝ることなんか何も無いじゃん」
シャロルにキツく抱きしめられ、心臓がうるさいくらい脈打つ。
「ヒュイのことを、すぐに対処しなくて悪かった。私が口を出しをしたらヒュイを刺激すると思って、リディが伝えてくれるまでは静観しているつもりだった。でも、結局はリディを傷つけた」
すまない。と言うとシャロルは俺を一層強い力で抱きしめる。
「っ!大丈夫だから!謝るなんて、シャロルらしくない!」
「いや、さすがに私も自分が悪いと思えば謝るぞ」
「別にシャロルが俺に何かした訳じゃ…いや、うん。元凶はシャロルだな。
俺さ、シャロルの子を妊娠してなかったじゃん。それなのに未だにリドールに保護されてるのは、何でなんだ?」
シャロルを庇おうと思ったが、そもそも理由も聞かされないままリドールに保護されていることが発端だと思い至る。
「それは、私がリディを離したくなかったんだ」
「それって、自分の周りにはいない物珍しさとかじゃなくて?」
初体験の後の苦い記憶のせいか、曖昧な言い方でぬか喜びしたくないと思ってしまう。
はっきりした言葉が欲しいと。
「それとは違う。私はいままで、他人を恋しいと思ったこともなければ、愛しいと思ったこともない。愛や恋なんて感情は自分には無関係だと思っていた」
「うん」
「でも、リディと出会って、自分とは全く違う価値観に驚かされたに、それに心が動かされた。最初は、未知の世界を知ることに胸が高鳴っていたのは事実だ。でも、私を王子だと知っても態度を変えず、私個人と常に向き合ってくれるリディに心が惹かれていったんだ」
「…ありがとう。でも、俺じゃシャロルに全然釣り合わないよ」
本当はシャロルの気持ちがすごく嬉しい。でも、ヒュイの言葉が棘のように心に刺さって抜けないんだ。だって、王子とスラムの男娼じゃ身分が違いすぎるって自分でも思うのだから。
「リディ、好きだ。釣り合わないというのが身分のことなら、王子の私じゃない。ただのシャロルという男のことは?」
「…上から物を言う所も、意外と不器用なとこも、人間味があって…」
「うん」
嫌いじゃない。といえばいい。そう思っているのに、口に出たのは
「好きだよ」
シャロルは嬉しそうにくしゃっと笑う。
-あ、この顔は初めて見た。嬉しいときは、こう言う顔するんだ。
「リディ、好きだ。自分のなかに、こんな気持ちがあるなんて初めて知った」
シャロルの気持ちに体が反応したのか、シャロルから金木犀のような香りがしてくる。その香りは心地よくてずっと嗅いでいたくなる。顔をふっと上に向けると、シャロルと目が合った。そして、どちらからともなく唇を重ねた。シャロルと触れ合うのは、初めて抱かれた日以来だった。
* * *
「俺とシャロルは、こんな感じで恋人になりました。でも、俺がシャロルを裏切って今に至ります」
「…そうなんだ。うーん。後半の部分はあまり触れられたくないよね?」
俺の話した内容では、やはり納得しきれなかったのだろう。アルヴィさんが念の為といった様子で尋ねる。
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