今日もまた孤高のアルファを、こいねがう

きど

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第八話

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「あぁっ⁈邪魔すんな!」

横槍が入り、苛立ったように俺を組み敷く男が怒鳴る

「お前の耳は飾りか?私は、うるさいと言ったはずだが?」

「はぁ⁈勝手に木の上にいたお前に、うるさいなんて言われる筋合いなんてねーし!」

「そうだ!あっ!もしかして、お前も混ざりたいのか?」

他の2人も応戦し、声の主を下品に罵る

「盛りのついた動物でも、嫌がる相手に無理強いして腰を振ったりしないぞ。あぁ、お前達の知能は動物以下なのか」

声の主は男達の怒声に怯むどころか、不遜な態度で火に油を注ぐ。

「バカにしてんのか?おらっ!降りてこいよ!」

男達は完全に頭に血が昇ってしまったようだ。俺を組み敷く男の仲間の二人が、木に体当たりしたり、蹴り上げて、声の主を落とそうと木を揺らす。

「はぁ」

みしみしと、木がしなる音に混ざって声の主のため息が聞こえた。そのすぐ後に、頭の後ろ側から鈍い音が聞こえ、組み敷かれていた体が軽くなる。

「兄貴!お前、何しやがんだ!」

「言われた通りに降りたのだが、何か問題か?」

「問題しかないだろ!兄貴を足蹴にするなんて!」

体を起こして男たちの方をみる。
そこには、下っ端の男達より綺麗な身なりをした青年と、その足元には俺を組み敷いていた下っ端の男。木の上から青年が降りた時、下っ端男を蹴り倒し下敷きにしたのだろう。
その状況に焦りながらも、青年に野次を飛ばす下っ端の仲間達。

「バカと話すと疲れるな」

「はぁ⁈お前、何言って」

青年は眉間を揉みながら、さらに燃料を投下する。案の定、男達の怒りのボルテージはみるみる上り、男が血走った目で青年の胸ぐらを掴み拳を振り上げた。
男の拳が青年に当たる前に、青年の足が男の顎を蹴り上げ、男の体は宙を舞う。

「ぐっ」

蹴られた男は呻き声を上げ倒れる。口から泡が出て、しばらくは起きそうにない。

「さぁ、あとはお前だけだが、どうする?」

「もう、くそっ!」

青年は、残った一人にゆっくり近づく。
男は勝ち目がないと思ったのか、地面に転がる仲間を見捨て一人で走り去った。

「我が軍に、こんな者達がいるなんて、嘆かわしい。軍の教育はしっかりしなければな」

青年は逃げた男を追う気はないようで、地面に転がる男達に視線を向けると、一人ごちる。

「あのっ…ありがとうございます」

とりあえず助けてくれたお礼を言うと青年が俺の方を見た。
騒動の最中では分からなかったが、よく見ると整った顔をしている。それに青年の軍服は煌びやかな装飾がされていて、下っ端の男達のものとは全く別物に見えた。

「あぁ、まだ居たのか。別にお前を助けたわけではない。あいつらがうるさかったから、注意しただけだ」

注意というには血の気が多かった気がするが、青年は俺に興味なんてない様子で淡々と言う。青年の格好や言動をみるに、指南役達が言っていたお貴族様なのだと俺は直感した。下っ端といえど流石に王族なら分かるだろうし。

「そ、そうなんだ。…じゃ、じゃあさ、これも何かの縁だし、あんた俺を買わない?」

「……そんなに震えているお前をか?」

「え?…はは、嘘だろ。なんで?」

青年に言われて初めて自分の体が小刻みに震えていることに気づいた。

「無理強いをされそうになったのだから、無理もない。お前も、これに懲りたら男娼なんて辞めたらどうだ?」

青年の言う内容は、側から見たら正しいのだろう。でも、それは富や地位を持っている人間の発想だ。持たざるものが、男娼をする理由なんて分かっていないし、興味すらないのだろう。

「今日、食べるものさえ買えないのに、男娼を辞めたら、俺は…俺達はどうやって生活すればいいんだ?食べ物を盗めばいいのか?」

「何を言っている。真っ当に働けばいいだろ」

「定期的に発情期がくるオメガを雇ってくれるお人好しなんて稀だよ」

「それなら、誰かに娶ってもらえば良いだろう」

そういう環境に青年はいるのだろう。でも、俺達の国はそうじゃない。働けないオメガを嫁に迎え入れる余力がある家なんて、そうそうない。
 今日ここに一緒に来た仲間の顔が浮かぶ。みんな、体を売ることにもう慣れたように振る舞っているけど、それは表面的なもの。心がついていかなくて帰った後に、泣いているのを何度も見た。初めて客を取った子が、それしか出来ない自分に嘆いて泣き腫らしているのだって。俺も今日、そうなるんだって覚悟して来た。生きるためには仕方ないんだって。それなのに…
 
「この国の奴らは、みんな、今日明日を生きるのに必死で、定期的に休む足手纏いを養う余裕なんてないんだよ!だから俺達オメガが金を稼ぐには体を売るしかないんだ!生きるために仕方なく!じゃなきゃ、誰が好きでもない奴に抱かれたりするんだ!
どうせ、あんたたち大国のお貴族様に俺達の気持ちなんて分かるわけないんだ!」

一息で言い切ると、血が上りすぎた頭がクラクラして、心臓はバクバクと忙しくなく脈打っていた。
俺ばかりが熱くなってバカみたいだ。目の前の男は、こんな事言われた所で自分とは関係ないと思うだろう。あの何にも興味のない顔をしているに違いない。

「確かに、私にはお前たちの気持ちなんて分からない。お前たち、この国の民がどんな風に生活しているのかすら、知らないんだ」

-嘘だろ

「でも私達は、そのことに無関心でいてはいけない。民がいての私達だ。だから、この国の民のこと、お前達のことを知りたい」

青年の言葉には確固たる意志が現れ、瞳には強い意志が宿っていた。

-こいつ、こんな顔すんのかよ

「お前は先程、これも何かの縁だと言ったな。お前の時間を買うから、お前達の国を案内してくれないか?」

「それは、構わないけど…」

「それじゃあ、決まりだな。これを」

青年の変わり身に、若干困惑している俺をよそに、話はとんとん拍子で進んでいく。
青年は、胸元から巾着を取り出して俺に差し出す。俺は仕方なしに受け取る。それはずっしりと重く、中から金属がぶつかる音がした。おそるおそる巾着を開くと、金銀のコインが陽の光を反射する。

「はぁ⁈こんなに貰えないから!金銭感覚どうなってんの、あんた!」

巾着を閉じ、青年に差し返す
思わず小言が出てしまったが、これは仕方ないと思う

「返さなくていい。それは、お前への報酬だ。多いなら、その報酬分、私に付き合えばいいだけだ」

「これだから貴族様は…そういえば、あんたの名前は?」

「名前…呼び方は閣下でいい」

「カッカ?変な名前だな」

「ふっ…確かにな」

俺が名前を呼ぶと、青年もといカッカは何故か吹き出した。飾らないその笑顔に胸が高鳴ったのは、きっと気のせいだ

* * *
「ねぇ、あんたさ、飽きないの?」

「飽きないな。この国はリドールと何もかもが違うから」

俺がカッカの案内役を請け負ってから、はや1か月。ある日は、路上で物乞いしている孤児が集まる場所を、またある日は、薬物中毒者がたむろっている区画を。そして、今日はオメガが客引きしている地区に来ている。

案内は苦じゃないから別にいいのだが、問題なのは案内する人数。
カッカはやはり、軍の中でも偉い貴族のようで、俺達は彼を護衛するための軍人に囲まれての移動だ。目立つことこの上なく恥ずかしい。この光景を目撃した友達には、「リドール軍に捕まったのかと思った」と言われる始末だ。

「それにしてもオメガが多いだけあって、フェロモンの香りがすごいな」

カッカは、匂いを遮るように口と鼻をハンカチで覆っているが、区画を進む毎に眉間の皺はどんどん濃くなっていく。
路地で客引きしているオメガ達は、こちらに期待の眼差しを向ける。リドール軍御一行がきたら期待してしまうのも、無理はない。

「大丈夫か?顔色、どんどん悪くなってるけど」

「匂いで悪酔いしているだけだ。ただ、これ以上ここにいると、部下にも影響がでかねない。途中で悪いが、引き返してもかまわないか?」

カッカにそう言われ、護衛の方を見ると、カッカほどではないが、皆辛そうな表情をしていた。これだけフェロモンの匂いに敏感ということは、カッカはアルファというやつなのかもしれない。

「あぁ、もちろん」

戻るぞとカッカが部下に号令を出す。そして、元来た道を引き返えそうとした時、むせ返る甘い匂いが鼻をかすめる。その次瞬間、路地の奥から出てきた発情期と思しきオメガがカッカに抱きつこうとしていた。

「きゃっ」

カッカに抱きつく直前にオメガはすぐに護衛に取り押さえられる。
護衛達は、発情期のフェロモンに当てられてしまったのか、みんな顔を赤らめ獣の様に荒い呼吸をしている。そして、こちらを欲望でギラギラした目で見ているのだ。

やばいと思った時には、すでに手遅れだった。護衛の一人が俺の手を掴む。掴む力は尋常じゃないほどに強く、正気を失っているようにしか思えなかった。

「いたいっ」

「やめろっ」

痛みに声をあげると、カッカが、その護衛の手首を捻る。護衛は、俺の手を離すと自分の手首をさする。痛みで多少、気が戻ったのかもしれない。
でも、やはり危ない状況には変わりなくて

「くそっ」

カッカは吐き捨てると俺の手を取って走り、護衛達を撒く。
背後でパンッパンッという乾いた音と、甲高い喘ぎ声が聞こえた

---
人気のない場所まで到着すると、カッカは俺の手を離した。

「はぁっはぁっ。早くここから離れろ」

「あんたは、どうすんだ?」

おそらくカッカも発情期にフェロモンに当てられてるんだろう。顔は紅潮し短い呼吸を繰り返す。正気を保とうとしているが、瞳の奥には本能が見え隠れしている。

「はぁっ、私はどうとでもなる。はぁっ、だから、私の側からすぐに離れろ。好きでもない男に抱かれて、泣きたくはないだろう?」

-俺が前に言ったことを覚えてたのか…
もう忘れてると思ったのに

今回の報酬があまりにも高すぎたので、口や手でもと奉仕を何回か申し出たことがあった。でもカッカは、いらないと断り続けていたのだ。

-もしそれが俺への配慮だったなら、俺にできることは一つだけだ

俺はカッカの頬に手を添えた









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