27 / 32
26.魔女と妃と婚約者
しおりを挟む
「リリィさすがにやりすぎよ。帰りましょう」
「何を言っているのツィーリィ。殿下がお世話になっているご婦人に側妃と婚約者がご挨拶に伺う事の何がおかしいのかしら?」
王都のシエラ邸の前に乗り付けた馬車の中でなんとか食い止めようと声をかければ、逆にリリィは自信満々に言い返してくる。
「行くわよ」
「あっ!リリィ」
そう言い馬車を降りるリリィを止めるのは諦め後についていくと、リリィは躊躇いなく邸宅の呼びベルを鳴らす。
使用人に客室まで案内され小ぶりなカウチにリリィと並んで座って待っていると、扉が開き、若々しいご婦人が姿を表す。
「ようこそいらっしゃいました。側妃殿下、ミズリー侯爵令嬢様。側妃殿下とお会いするのは初めてになりますね。シエラの妻のベラドンナになります。以後お見知りおきを」
「初めまして。ご丁寧にありがとうございます。ラヴェル殿下の側室のツィーリィと申します。風の知らせで聞いていた通りのお美しさで羨ましい限りです」
シエラ子爵婦人は殿下と一回り歳が離れているはずだが、彼女の容姿だけを見るとそうは見えない。それに男を惑わす色気を持っているというのも納得してしまう程に妖艶だった。艶とコシのある黒髪は前髪も全て肩口で綺麗に切り揃えられている。微笑む目元は切長で涼やかで、唇は潤っていて男性なら惹きつけられてしまうだろう。そして口元のホクロが彼女の妖艶さをさらに引き立てている。正直、リリィや周囲の話を聞いたときに一回りも歳上の彼女が相手というのが腑に落ちなかったが、本人と対面したら皆が邪推する気持ちがよく分かった。
「そんなことありませんよ。でも側妃殿下に褒めていただけて光栄です。」
「それよりもシエラ婦人、殿下は何処にいらっしゃいます?」
シエラ子爵婦人が顔の前で手を柔らかく振り謙遜する仕草が可愛いくて、第一印象とのギャップに男性はやられてしまうだろう。
そんな婦人にリリィが本題を投げかける。
「殿下ですか?」
「とぼけないでくださいな。殿下がここに頻繁に通っていることは私達の元にも届いているのですよ。この邸宅の大きさからして客室はここ一室ですよね?じゃあ、この部屋に居ないとなると、殿下はどこにいらっしゃるのかしら?」
シエラ子爵婦人が小首を傾げると、リリィがいつぞやの時と同じ様にビシリと扇を婦人に向け言い詰める。
客室に居ないということは殿下はこの邸宅に居ないか、別室つまり婦人の部屋に居ると考えざるを得ない。
「今はこの屋敷に殿下は居ませんよ」
「今はということはどこかに出掛けているのかしら?いつ戻られるの?」
「それは私にも分かりません」
「ここに来てわざわざ出掛けるなんて、殿下は何をしに来ているのかしら?」
「それは私の口からは言えませんので、殿下にお尋ねください」
私口を挟めるタイミングを見失い、二人の応酬を静観する。リリィが言い詰めるもシエラ子爵婦人にかわされてしまう。なんとなくシエラ子爵婦人の手の上で転がされている気がするので、魔女の通り名は伊達ではない。
「甘いお菓子で小休止されてはいかがですか?」
話が平行線になり膠着状態になった時、私達をここまで案内してくれた初老の使用人に声をかけられる。他の使用人の姿はなかったから、もしかしたらこの邸宅の使用人はこの人だけなのかもしれない。
「それもそうですね。クッキーでも持って来てください」
シエラ子爵婦人がそう答え、使用人の男性が下がろうとした。その時、邸宅の呼びベルが鳴り来客を告げる。
「殿下がお戻りになられたのかしら」
「どうですかねぇ」
「対応して参ります」
「ツィーリィ、一緒に行くわよ」
私の言葉にシエラ子爵婦人は相変わらずのらりくらりと相槌をうち、使用人の男性は来客を出迎えるため部屋を足早に去ろうとする。その後を私の腕を掴んだリリィが着いていく。大貴族の箱入り娘とは思えない程の行動力だ。そして正面玄関に着き使用人男性が扉を開くと、見覚えのある人がそこに佇んでいた。
「セバスチャン、何故ミズリー侯爵家の馬車が敷地内に停まっているんだ?」
聞き慣れた声に似た声音と健康的な小麦色の肌に黒髪、そして眼帯が特徴的なその人は、クトゥル邸で落ち込んだ私を励ましてくれた恩人だった。
彼は、使用人の男性の後ろに控える私達に気づくと驚きで目を見開いた。
「何を言っているのツィーリィ。殿下がお世話になっているご婦人に側妃と婚約者がご挨拶に伺う事の何がおかしいのかしら?」
王都のシエラ邸の前に乗り付けた馬車の中でなんとか食い止めようと声をかければ、逆にリリィは自信満々に言い返してくる。
「行くわよ」
「あっ!リリィ」
そう言い馬車を降りるリリィを止めるのは諦め後についていくと、リリィは躊躇いなく邸宅の呼びベルを鳴らす。
使用人に客室まで案内され小ぶりなカウチにリリィと並んで座って待っていると、扉が開き、若々しいご婦人が姿を表す。
「ようこそいらっしゃいました。側妃殿下、ミズリー侯爵令嬢様。側妃殿下とお会いするのは初めてになりますね。シエラの妻のベラドンナになります。以後お見知りおきを」
「初めまして。ご丁寧にありがとうございます。ラヴェル殿下の側室のツィーリィと申します。風の知らせで聞いていた通りのお美しさで羨ましい限りです」
シエラ子爵婦人は殿下と一回り歳が離れているはずだが、彼女の容姿だけを見るとそうは見えない。それに男を惑わす色気を持っているというのも納得してしまう程に妖艶だった。艶とコシのある黒髪は前髪も全て肩口で綺麗に切り揃えられている。微笑む目元は切長で涼やかで、唇は潤っていて男性なら惹きつけられてしまうだろう。そして口元のホクロが彼女の妖艶さをさらに引き立てている。正直、リリィや周囲の話を聞いたときに一回りも歳上の彼女が相手というのが腑に落ちなかったが、本人と対面したら皆が邪推する気持ちがよく分かった。
「そんなことありませんよ。でも側妃殿下に褒めていただけて光栄です。」
「それよりもシエラ婦人、殿下は何処にいらっしゃいます?」
シエラ子爵婦人が顔の前で手を柔らかく振り謙遜する仕草が可愛いくて、第一印象とのギャップに男性はやられてしまうだろう。
そんな婦人にリリィが本題を投げかける。
「殿下ですか?」
「とぼけないでくださいな。殿下がここに頻繁に通っていることは私達の元にも届いているのですよ。この邸宅の大きさからして客室はここ一室ですよね?じゃあ、この部屋に居ないとなると、殿下はどこにいらっしゃるのかしら?」
シエラ子爵婦人が小首を傾げると、リリィがいつぞやの時と同じ様にビシリと扇を婦人に向け言い詰める。
客室に居ないということは殿下はこの邸宅に居ないか、別室つまり婦人の部屋に居ると考えざるを得ない。
「今はこの屋敷に殿下は居ませんよ」
「今はということはどこかに出掛けているのかしら?いつ戻られるの?」
「それは私にも分かりません」
「ここに来てわざわざ出掛けるなんて、殿下は何をしに来ているのかしら?」
「それは私の口からは言えませんので、殿下にお尋ねください」
私口を挟めるタイミングを見失い、二人の応酬を静観する。リリィが言い詰めるもシエラ子爵婦人にかわされてしまう。なんとなくシエラ子爵婦人の手の上で転がされている気がするので、魔女の通り名は伊達ではない。
「甘いお菓子で小休止されてはいかがですか?」
話が平行線になり膠着状態になった時、私達をここまで案内してくれた初老の使用人に声をかけられる。他の使用人の姿はなかったから、もしかしたらこの邸宅の使用人はこの人だけなのかもしれない。
「それもそうですね。クッキーでも持って来てください」
シエラ子爵婦人がそう答え、使用人の男性が下がろうとした。その時、邸宅の呼びベルが鳴り来客を告げる。
「殿下がお戻りになられたのかしら」
「どうですかねぇ」
「対応して参ります」
「ツィーリィ、一緒に行くわよ」
私の言葉にシエラ子爵婦人は相変わらずのらりくらりと相槌をうち、使用人の男性は来客を出迎えるため部屋を足早に去ろうとする。その後を私の腕を掴んだリリィが着いていく。大貴族の箱入り娘とは思えない程の行動力だ。そして正面玄関に着き使用人男性が扉を開くと、見覚えのある人がそこに佇んでいた。
「セバスチャン、何故ミズリー侯爵家の馬車が敷地内に停まっているんだ?」
聞き慣れた声に似た声音と健康的な小麦色の肌に黒髪、そして眼帯が特徴的なその人は、クトゥル邸で落ち込んだ私を励ましてくれた恩人だった。
彼は、使用人の男性の後ろに控える私達に気づくと驚きで目を見開いた。
2
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる