捨て駒のはずが、なぜか王子から寵愛されてます

きど

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1.始まりの朝

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カーテンを開けると、暖かい陽の光が体を包み朝一で温まっていない体を暖めてくれる。

少し伸びをして、窓の前で束の間の日向ぼっこを楽しんでいると、

「気持ちよさそうだね。」と物腰が柔らかな声で話しかけられる。
振り向くと、毛艶の良い茶髪を一つ結びにした壮年の男性が優しげな微笑みを私に向けていた。

「だ、旦那様! 見苦しい姿を見せてしまい、すみません!まさかこんな早い時間においでになるとは思わなかったので…。」

予想外の人物に見られたことで、声は上擦り、口早に言うと、屋敷の主には、それも少し微笑ましかった様で、

「いきなり声をかけて驚かせて、すまない。君が、あまりにも気持ち良さそうだったから、ついね。」と微笑みを崩さずに話す。

「そうだったんですね。少し恥ずかしいです。…それよりも、旦那様は何故こんな時間にここにいらっしゃったんですか?」

食堂の時計は、まだ6時を指しており、朝食の時間まで1時間程ある。
そのため食堂にはまだ何の準備もされておらず、中央に置かれている長机にもテーブルクロスすらひかれていない。

「ああ、それは、君に…ツィーリィに話があったんだ。」

「私…に、ですか?」まさか私に話があるとは毛頭思っていなかったので、思わず自分を指先して、目をぱちくりさせる。

「そう。君に。今からする話は、妻のミレムも賛同してくれた。それに、メイド長のメルのお墨付きをもらった。」

と旦那様は表情を崩さず言う。
これは、もしや、いや、まさかと最近の失態とともにある仮説が頭の中を駆け巡る。

「もしかして…私は…クビですか?」
とおそるおそる聞いてみると、

旦那様は肩を揺らし笑いながら
「いやいや、それは、ないよ。むしろその逆だよ。」と言い私に近づき

「ファナー男爵家のツィーリィ嬢、どうか私の養女になってはくれないか?」
と意中の相手に思いを伝える様に、片膝をつき、右手をそっと差し出す。

私より遥か上の身分の相手が跪いている状況をよく理解できずに、呆然としていると、

「フフッ、これも急で驚かせちゃったかな。君のお父上からの同意は既にもらっているんだ。あとは、君次第だよ。」
彼は胸元から蝋印が開かれた封筒を手渡してきた。

その中身を見てみてると、
『親愛なるシアー侯爵
我が娘を養女として迎えいれたいという申し入れは、当家としても大変光栄であります。
ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いいたします。それに加え、我が領地で蔓延している流行り病の究明にお力添えしていただけるのは、この上ない有難い申し出でした。当家との良好な関係を今後もよろしくお願いいたします。
ファナー男爵家当主』とよく知る字で書いてあった。

父からの手紙で、ことの重大さを理解した私は
「えっ?えっ?嘘…」

狼狽えながらも考えるが、実家を苦しめている疫病に侯爵家が力を貸してくれることを思うと、"君次第”と選択肢がある様で私には一つの答えしか残されていない。

目の前に差し出された手を掴むと、旦那様はスッと立ち上がり、
「じゃあ朝食の後に、イザベラと一緒に私の執務室に来るんだよ」私に告げ、食堂を後にした。

旦那様の足音が遠のいていくのを聞きながら、「はぁ」というため息とともに身体の力がどっと抜けた。

***

朝の出来事を考えて上の空になったせいで、準備も出来ていない食堂にメイド長のメルさんが来てしまい、

「何もしてないのかい!ほら急いで準備するよ!」とドヤされ急いで朝食の準備をし、イザベラ御坊ちゃまに何故か睨まれながら配膳をした。

そして、配膳が終わった後に坊ちゃまの部屋のベッドのシーツを替えていると

「あんたさ、自分が何を提案されたか分かって返事したのか?」

と朝食を済ませたイザベラ坊ちゃまが寝室の入口から少し不機嫌な声で聞いてきたので、ベットメイクの手を止め坊ちゃまの方に向き直る。

なぜ坊ちゃまは、こんなに睨んでくるのだろうか。
元々は、奥様に似た綺麗な顔立ちのはずだが、今日は眉間の皺がずっと刻まれたまま、眼光鋭く私を見る。

「提案…とは、旦那様が今朝、私にお話しされていたことでしょうか?」

「それ以外に何がある」と表情は変わらないまま半分呆れた様に言う。
どうやらイザベラ坊ちゃまは、旦那様からの提案を既に知っていて私が了承したことも分かっていらっしゃる口ぶりだけど、睨みつける様な内容かしらと考えつつ

「私は旦那様から養女になってほしいと言われただけなので…」と坊ちゃまの眼光に怯みつつ言ってみる。
しかも、父からの手紙を読む限り疫病に苦しむ実家まで助けてくれる。
私からしたからこれ以上ない申し出だし。ただ、養女に迎え入れてくれる理由は謎だけど…。

もしかして、坊ちゃまからすると田舎の成り上がり貴族の娘が侯爵家に養女に入るのが許せないのかしら?
それに旦那様は、うちの実家を手助けするお約束までされてるから、今回の話は自分の家の負担になりかねないと危惧されているのかも!という結論に辿り着き、慌てて口を開いた。

「…あの!養女として侯爵家の負担にならない様に一生懸命頑張るので…その…」
今回のことには反対しないでください、と言い切る前に、
「はぁ」とため息を吐いた坊ちゃまが、

「あんたが、一番大事な事を知らされてないってのは分かった。」と乱暴に私の手首を掴み、旦那様の部屋がある方にズイズイと歩いて行く。
坊ちゃまの綺麗な銀髪に廊下の窓から陽の光が柔らかく当たるのを綺麗だなと思う間などなく、歩幅に合わせるために少し小走りになる。
そんな私のことなど気にせず、逃さないと言わんばかりの強さで手を引かれているせいで、手が痺れてきたころに、この屋敷の主の部屋の前に辿り着いた。
ドンドンッと不機嫌を露わにした様な無遠慮なノックをすると、

「どうぞ」といつも通り温和な声が聞こえる。

「失礼します。」といつもより低めな声で坊ちゃまが挨拶をし中に入る。
さっきのノックの仕方だと挨拶無しで入りそうな勢いだったが、流石は侯爵家の跡取りというべきか不機嫌でも最低限の礼節はしっかりしている。

「失礼します。」と続いて私も入る。
目的地に着いたから、そろそろ手を離して欲しいなと思っていると、 

「イザベラ、レディの手をそんな掴み方をしては可哀想だよ」と私達の姿を見た旦那様が坊ちゃまを諌めた。
そのお陰で、坊ちゃまから手を解放され、痺れかけていた右腕に血流が戻り、じんわりと温かくなってきた。

「それでイザベラ、朝から随分とイライラしている様だが、何かあったのかな?」と旦那様は、相変わらず優し気に言いつつも
「あのノックの仕方は良くないよ」と坊ちゃまにチクリと棘を刺した。

旦那様の様子に相変わらずイライラを隠さない声音で坊ちゃまは、

「父上に確認したいことがあります。」と言った。
坊ちゃまに手を引っ張られて来たので、彼の少し後ろに立つ私には彼の後頭部しか見えていないが、きっと顔には今朝と変わらない眉間の皺が刻まれていると思う。

「なんだい?ツィーリィを連れて来たということは、養子の件の事かな?」と旦那様が本題にさらりと触れる。

「そうです!昨晩、父上から話を聞いた時はファナー男爵令嬢は、断るものだと思っていました。なので父上から今朝、彼女が了承したと聞き驚きました。しかし、蓋を開けてみると、父上は彼女に一番大切な事を話していませんよね?そんな状態で了承を得るなんて詐欺師と変わらないじゃないですか!」と坊ちゃまは思いが堰を切った様に口早に旦那様を責める。坊ちゃまの口ぶりから、養子の件には続きがあるのだと分かった。
それが気になり旦那様の方へ視線を向けると、彼は、はぁとため息をつき、

「イザベラは優秀だけど、まだまだ青いな。その程度の事で心を揺らしてしまっては、侯爵家の当主にはなれないぞ。」と表情はいつも通り穏やかなまま冷ややかに言う。

青いと言われた坊ちゃまは、苛立ちを更に募らせた様で、
「お言葉ですが、父上。騙す様に了解を取り付けて、他人の人生を弄ぶ様な真似をするのが、侯爵家のやり方ですか?そんな詐欺師まがいの事をしては、シアー家に付き従ってくれる他の貴族に顔向けできなくなります!」と自分の言っている事は正しいのだと疑わない様子で旦那様にはっきり告げる。

彼はまた、はぁとため息を吐くと、
「そういう所が青いんだよイザベラ。正しさだけでは、領民や付き従う貴族を守れない。」と普段は見慣れない真顔になり、翡翠色の眼で坊ちゃまを射抜く様に見る。その眼光に怯んだのか、それとも指摘された内容が刺さったのか、坊ちゃまは両手を握りしめると口をつぐんでしまった。

「ツィーリィは、君を養子に迎え入れる目的を知りたいかい?」と坊ちゃまに真顔を向けていたのが見間違いかと思うほど、いつも通りの笑顔で旦那様が私に問いかける。

「…はい。養女として迎え入れて頂く以上、侯爵家のお役に立ちたいです。もし、何かしらの意図があるならば、教えていただければ。」心を決めて旦那様に伝える。
侯爵家の役に立ちたいというのは、本当の気持ちだ。きっとそれは後々、成り上がり蔑まれている実家の役に立つはずだから。

「君を養子に迎えいれるのは、第一王子のラヴェル殿下の側室として輿入れしてもらうためだよ。うちは、イザベラ以外に子供が居ないからね。」
ことも何気に旦那様は理由を話された。貴族社会において婚姻は、両家を結びつける有効な政治手法になる。
ましてや、シアー侯爵家の家柄ならば王家と婚姻を結んでもおかしくはない。

ただ、その相手に成り上がり貴族の娘を選ぶことに少し違和感がある。
それに、この内容では坊ちゃまが詐欺師と変わらないと言った説明がつかない気がした。だから、考えることなく言葉が出てしまったのだと思う。

「…本当にそれだけですか?」と。
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