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エピローグ(下)
しおりを挟む式典のための装飾をした広間には、エステートの重臣達が顔を揃える。さっきからズキズキと頭が痛いのは立太子の証として父上から戴冠を受けたからだと苦しい言い訳を自分にする。でも本当はこれから自分がやろうとしていることに緊張と不安が体に出たのは分かっている。アーシュにさえ、これからやろうとしている事は伝えていない。
「フィリアス卿アーシュレイ。ヴィルム殿下の御前へ」
進行を担当しているフィリアス侯爵に名を呼ばれアーシュレイが玉座に腰掛ける僕の前に片膝をついて跪く。あとは僕が玉座から立ち上がり鞘に入った銀の剣をアーシュに渡すことでアーシュは僕の忠臣になったのだと示す。でも僕は公務を取り仕切る忠臣が欲しいのではない。フィリアス侯爵が玉座から立ち上がった僕の前に銀の剣を差し出す。僕はそれを軽く手で押し退けて目の前に跪くアーシュに問いかける。
「アーシュレイ、お前が僕の番として全うする役割は国政の運営と王家の血をひくアルファを誕生させることで間違いないか?」
「はい。殿下の仰る通りでございます」
うちのような小国のしかもオメガの王族のもとに他国のアルファが嫁いでくる可能性はほぼない。そうならばアルファのアーシュと王族の僕が子供を作ることが世継ぎ問題の一番の解決にはなる。
「だがアーシュレイ、それはおかしいとは思わないか?」
僕の問いかけにアーシュが顔をあげ訝しげに僕をみる。アーシュは表情でどういうつもりだ?と僕に訴える。
どういうつもりも何も考えてみると、僕は忠臣に孕まされた挙句に、アーシュは僕の他に嫁をもらうなんておかしくないか。アーシュは嫁を取らないと言うかもしれないが、アーシュに取り入りたい周囲やフィリアス侯爵は許さないだろう。アーシュは以前僕に『俺だけのものでいて』といったのだから、僕以外と婚姻する可能性を潰してしまえばいいと思い立ったわけだ。
「僕がアーシュレイの子供を産んだ所で、僕たちは公務における番にすぎないなんて、歪な関係だと思わないか?」
「ヴィルム殿下、何を仰いますか」
フィリアス侯爵は僕がアーシュを拒絶していると勘違いしたのか僕に銀の剣を握らせようとする。僕はその手をやんわりと拒絶する。対してアーシュは静かかな真意を探るように僕を見つめる。僕はアーシュから目線を逸さず自分の肩の所にあるマントの金具を外す。そのまま王族の色の白のマントをアーシュの肩にかけた。
「ヴィル?」
流石のアーシュも驚いた表情をする。エステート国内で白を身につけることが許されるのは王族かその配偶者だけ。
「僕の後ろに控えて国政を一緒に担う番になって欲しいわけじゃない。僕の隣に並び人生を共に歩んでくれる番がいいんだ」
「ヴィル、それって」
「アーシュレイ、僕のたった一人の番。どうか、僕の伴侶になってはくれないか?」
僕の一世一代の告白に会場内がざわめく。
『ヴィルム殿下とフィリアス卿が伴侶になったら、婚姻外交はどうするんだ?』
『フィリアス家の力が強くなりすぎて、国内のパワーバランスが崩れるのではないか?』
そういった懸念を各々口にし始める。さて、この喧騒をどう鎮めようかと考えを巡らせ始めた時、マントを羽織ったアーシュが立ち上がった。そして軽々と僕を横抱きにする。喧騒は更に大きくなり会場は混乱をきたす。
「皆さま、お静かに!私、フィリアス卿アーシュレイはヴィルム殿下の伴侶となり、その生涯を支えることを、ここに誓います」
そう宣言したアーシュの声が喧騒の中、凛と響く。ざわめきが静まった一瞬の隙にアーシュは更に言葉を重ねる。
「陛下。私やヴィルム殿下が互いに別の伴侶を持つことにメリットはありません。もし野心を持つ者が我々の伴侶になってしまえば国を二分にする危険性があります。それを考えれば殿下の伴侶には私が最良ではないでしょうか?」
「アーシュレイ」
フィリアス侯爵が焦ったようにアーシュをとめようとする。陛下はアーシュの問いにまだ答えない。
「父上。私は殿下のたった一人の番です。だから私が伴侶になることで、政治的対立の芽を摘むことができます。それはエステートの国益になりませんか?」
「それは…」
フィリアス侯爵もアーシュの言葉には同意している様子だが、この状況で快諾するのは難しいのだろう。
「ヴィルム。お前はフィリアス卿の子息を伴侶に望むのだな?」
アーシュの言葉を静かに聞いていた父上が、唐突に僕に問いかける。僕はアーシュの腕の中から降りて玉座に腰掛ける父上の前に跪く。
「はい!アーシュレイ以外は考えられません」
「フィリアス卿子息。お前は番だからヴィルムの伴侶になりたいのか?」
「ヴィルム殿下を愛しているので、公私関係なく殿下の側にいたい。だから、殿下の伴侶になりたいです」
「ふぅ…」
跪いている僕からは父上の表情は見えないが、父上が大きく息を吐いた音が聞こえた。
「フィリアス卿子息。ヴィルムを泣かせたら許さない。分かったな?」
父上からの意外な言葉に息を飲む。僕の隣で同じ様に跪いているアーシュに手を握られ、そちらに視線を向けるとアーシュが僕を微笑む。それから、アーシュは父上を見上げた。
「勿論です。私の生涯をかけて殿下を愛し守り抜くと誓います」
「そうか。ならばお前たちの婚姻を認めよう。異論がある者はいるか?」
父上はそう宣誓し会場内を見渡す。あれだけざわめいていた会場からは国王の判断に意を唱える者はいなかった。
「いないな。では、二人の門出に皆拍手を」
父上の言葉を皮切りに会場内に拍手が響く。
「父上…」
「ヴィルム、幸せにな」
父上は玉座から立ち上がり僕と同じ視線の高さになるようにかがみ、そう言うと会場を後にする。オメガの僕を疎んでいる父上が、こんなことを言うなんて。よく分からない感情が渦巻き目頭が熱くなってくる。
「ヴィル。泣いてもいいよ」
アーシュに抱き抱えられ、僕はアーシュの胸に顔を埋め声を押し殺して涙を流した。
* * *
「大丈夫?」
僕の自室のソファの上に下ろされる。アーシュは僕の隣に腰掛け僕の背中を優しくさする。
「大丈夫だ」
「そう。式典の時のヴィル、すごくかっこよかったよ。プロポーズしてくれて、嬉しかった」
「結局、アーシュに助け船を出してもらうことになってしまったけどな」
「俺はヴィルが、俺を求めてくれたことが何より嬉しかったよ。それに陛下からも俺達の関係を認めてもらえたし」
「父上があんなことを言うなんて、何を考えているのかよく分からない」
「陛下もヴィルと同じで少し不器用だったんじゃないかな。オメガだから厳しくしたんじゃなくて、それがハンデにならないようにって思ってたんじゃないかな。それはきっと、ヴィル達が大切だからだよ。陛下の言葉に嘘偽りはなかったと思うよ。これから少しずつ拗れた親子関係も解けていけるよ。俺も協力するから」
「そうだな。ありがとうアーシュ」
アーシュは僕の手を口元まで持っていく。
「ヴィル。愛してるよ。これから先の人生ずっとずっと傍にいて」
愛おしそうに僕をみつめ、愛を囁く
「もちろんだ。僕から離れるなんて許さないから」
「ヴィルが嫌だって言っても離してやらないから」
アーシュは僕の手の甲に口付けを落とし、軽く歯を立てた。そんな独占欲さえも心地いいなんて、もしかしたら愛に浮かれいるのかもしれない。でも、ずっと恋焦がれ手に入らないと思っていたアーシュから愛を囁かれれば、その幸福感に心が震える。僕の手を握るアーシュの手を僕は強く握りしめ
「アーシュ、愛してる」
心のままに愛を囁いた。
Fin
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