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僕はその時初めて自分の名前さえ知らなかったことに気づく

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「誰だっ!?!」

言葉がわかる。低い声は明らかに目の前に出てきた彼から発せられていた。


この世界に転生して初めて(村の人たちを除く)二足歩行の生き物に会って、僕は少し感動した。

いや、まさか自分以外の誰かに会って感動する日が来ようとは思いもしなかったけど、なんだかちょっとほっとした。

しなやかな細身の体躯にユラユラと揺れるフサフサの尻尾。鋭い目に髪の間から覗くフサフサしてて柔らかそうな耳。綺麗な群青色の髪はどこか異国の騎士を思わせる色だった。
獣人…?だろうけど、なんの動物だろうか。全然想像つかない色なんだが。

「お前…」

僕を見て驚いたように目を見張ったその彼は、突き出していたナイフを下ろした。
優しい人(?)なのかも知れない。

「まだ子どもがなぜこんなところにいる?」

ええ、子どもです。幼児ですとも。

「えっ…と…」

それにしても、なんで答えればいいんだろう。目が覚めたらこの姿になっていて、捨てられました?
……いや、同情されるだけだろう…。それにどんな状況だよ、目が覚めたら知らない世界に飛ばされてたなんて。僕だったら信じないね。だから

「…わからないの。ここどこ?」

子どもの特権。知らぬふり。
泣きそうなところも、リアルだろう。だって本当に泣きそうなんだから。
妙に舌足らずなところがほんとっぽい。実際舌足らずにしか喋れないんだけどね。

「わからないって…父や母はどうした」

やけに驚いて心配そうな彼は、わざわざ目線を合わせるように片膝をついてしゃがみ込んでくれる。

「しらない」

実際あの村の男女が両親だったのかすら疑問だからな。
この答えで間違ってはいない。

「いつの間にかここにいたの」

間違ってはないだろう。ただ色々説明を省いているだけで。

「…!?……捨てられたのか…。こんな小さな子どもを!酷いことをする」

ボソボソと喋った獣人の彼は、なぜかぽっと赤くなって上目遣いにこちらを見た。

……え、なに…!?

思わず構えてしまったのも無理はないだろう?だって年上の男の人がそんなことをしたんだから。
それに尻尾がパタパタ。

「もしよければ、俺と一緒に来ないか?」

……誘拐パターンですかね。まぁ、人が良さそうな人なのでそれはなさそうだが。ついて行って街まで案内してもらうのもいいかもしれない。が、

「どこに?」

ちょっととぼけてみる。
すると獣人さんは、あたふた慌てて耳をピクピクさせながら言葉を考え始めた。
なにこれ、かわいい。かわいいけどやり過ぎると可哀想なのでほどほどにしておく。

「うん、行ってみるよ!」

「おぉ!そうか!!俺はファルクと言う。オメェさんの名前なんて言うんだ?」

うん…?

「にゃまえ?」

……噛んだ。恥ずかしい。
ファルク!耳をぱたつかせて尻尾振るのやめい!!鼻息まで荒くして変態に見えるぞ!!

この体は富永理玖…じゃないよね。
名前なんて呼ばれたことないな。それ以前に喋ってもいないけど。


……あれ?僕、名前なんて無くね?

理玖はそのまま固まった。



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