ご飯を食べて異世界に行こう

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終章 そして

何はともあれ、とりあえずご飯

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「なるほど。殿の故郷の景色なんですねぇ。」

馬に顔中をベロベロに舐められながら、玉が器用に周囲を見渡します。
果てしなく続く草の海。
その果てに連なる外輪山の壁。

少なくとも玉が生まれ育った市川ではあり得ない風景に、魂を抜かれたみたいだ。
でも。

何はともあれ、とりあえずご飯

「でしたら、今はいつですか?」

玉には、いくら浮かれていても冷静な部分が残るんだよね
お隣に住む残念さんとは違って。
…両隣はそれぞれ優秀・有能な社会人だと思うけど、はっちゃけ出すと玉ですら手に負えなくなるそうな。
菅原さんがはっちゃける姿なんか想像出来ないけど

「グビ姐様は殿の前だと凄く陽気になりますよ。」

だ、そうです。あれで?
僕と話す時は皮肉しか言わない人だけどね。
相変わらず、女の人ってさっぱりわからん。

で、時代か。
浅葱の力って能動的に動く時は時代も時間もわりかし指定出来るけど、受動的に動かされる時は、自分で推測しないといけない。

受動的って事は、他者からの介入があるわけで。
その他者とは、神様(笑)なり、訳の分からない何かなり。

んで、今回は御狐様に連れて来られた僕と、一言主に送り出された玉しかいないって事は神様の意思、もしくは都合だ。

◯シオ製の電波ソーラー腕時計は、今日の日付、今さっきから経ったであろう時間を指している。
スマホは、と。
やはり同じ日付と時間を指している。
そして、どちらも動いていた。

無職の僕が(お安めだけど)電波ソーラーなる時計をつけているのは、異世界だと電波を拾わなくなる。
そして、何故か止まってしまう特性に気がついたからだ。

例えば、時間が流れない水晶世界では完全に止まってしまう。
浅葱屋敷では電波が拾えなくなるので、何にせよ意味がなくなる。
スマホも当然圏外だ。
祠の中でも、その現象は見受けられる。

逆に言うと、しずさんの家に置いてあるアナログ時計は勝手に動いているんだよね。
乾電池式で、僕が使わなくなった安物の目覚ましと壁掛けなので決して正確ではないんだけど、しずさんからすると今が何時くらいかわかれば良いから気にしてない。

むしろお母さんと一緒にいながら僕の従者(のつもり)の玉が、僕のスケジュールを気にして時々時刻を合わせに市川に持ってくる。

いや、そんな分単位秒単位で動く程忙しくなんですが。
それが玉的な細やかさみたい。

「ふむ。今は今だね。」
「令和ですね。」
「時計は10時09分。」
「玉がお洗濯終わってお母さんのとこに行ったのは、ちょうど9時でした。」
「何すりゃいいんだ?」
「くにゃ?」
「今、御狐さん、疑問系だったよね?君の主人は何故姿を表さないの?」
「くにゃ?」
「そうですか。」

ぽん子と違って、御狐様の言葉はわからない。でも同じ眷属でも、たぬきちやフクロウくんの言葉はわかるな。
なんでだろ。

「とりあえず、殿。」
「なんですか?」
「殿と玉が住まうお家では、やる事がない時はやる事があります。」

相変わらず不思議な日本語を操る巫女さんです。
我が家では、やる事がない日はのんびり読書とかしてたはずですが。

「それは勿論、ご飯です。ご飯を作りましょう。」
「玉さん。あと2時間でお昼ですよ。」
「ちょうどいいじゃないですか。」
「2時間以内に片づいちゃったらどうするんですか?」
「玉がお昼を2回頂きます。」

僕は食べませんからね。
1日1食か2食だったのに、腹ペコ魔人が「とーのーごーはーん」とせがむので。
あと、神様だの神様だのがうるさいので3食食べてますが。

仕方なく作っても食べないでいると、「殿!食べないとお身体を壊します。」って叱られるし。
それでも食べないと、口の中に捩じ込まれるし。

………

さてと。

とりあえず、玉はどこまでも玉なことを再認識したので、ご飯を作るか。
その前に、この馬達をどうしようか。

馬と言えば人参だけど。
幸いここはスマホが使えるので、検索検索。

『りんご、バナナ、パイナップル。』

へぇ、甘いものが好きなんだなぁ。
あ、考えてみたら、人参って茹でるだけで甘くなるか。

「玉、これを。」
「あ!はい!」

玉に渡したのはブラシ。

「はい、みなさん並んでくださいね。」
「ヒヒン」
「ヒヒン」

凄いな仲良し魔人。
この馬達は野生馬のはずなのに、みんな縦一列に並び出した。

僕はその後ろで、キャンプ用のミニテーブルを出して、包丁で人参とりんごを拍子木切りって、消しゴムくらいの大きさに切り分ける。
じゃないと、喉に詰まらす事があるらしい。
うちの仔達はなんでもガツガツ食べるから気にしなかったけど、そこら辺は実際に牧場経営経験者(させたのは僕)のしずさんから聞いた事。

って、1番先頭に並んでるのは御狐様じゃないか。

「くにゃ」
「君はあれだけお煎餅をだね、…まぁいいか。」

狐が生の人参を食べて美味しいのかと思うけど、御狐様の主人、荼枳尼天によると

「我らは人の想いを口にしているのであって、物理的に消化しているわけではないわ!」

だ、そうなので。
かと言って、たぬきちやフクロウくんに味の濃い煮付をあげて大丈夫なのか、今でも考える。

その内に、玉のブラッシングを終えた馬達が僕の方に並び出した。
人参にしてもりんごにしても、野生馬が食べられるものではないので(多分、糖分が高すぎるよね)、僕が考える適正量を「坊ちゃんかぼちゃ」という、普通のかぼちゃよりふた回りくらい小さなかぼちゃで入れ物を作って中に納めて、順番にあげていった。

僕らの周りに野生馬が輪になって、人参やりんごや、器のかぼちゃをボリボリ食べているなか、さて何を作ろう。

「殿、佃煮について教えてください。」
「ん?作っているんじゃなかったの?」
「お母さんとお魚を捕まえている時に、一言主様に呼ばれちゃったんです。お母さんは玉が何を作るか知りません。」
「そうか。」

だったら。

「御狐様。」
「くにゃ?」
「聖域から小魚を何匹か捕まえて来てくれますか?」
「くにゃ?」

いや、水晶玉が有れば、或いはここが水晶の中なら、いくらでも出鱈目が出来るのだけど、ここは「どうやら」阿蘇のカルデラの中。
どうやらと付けてのは、おおよそ人の痕跡が見当たらないからだ。

僕が知る「草千里」で、360度人工物が一切無い風景って覚えがない。
道路なり何なりが見切れてしまうはず。
別に草千里の全てを歩いた訳じゃないから、そう言った地点があってもおかしくはないけど、何故か僕にはわかっていた。



ここは、現実世界から薄皮1枚ズレた世界だ。



でも、荼枳尼天の眷属たる御狐様は自由にここと、現実世界と、聖域を行き来出来る。
当たり前だ。
だから僕はここに連れて来られた。

「美味しいの、作りますよ。」
「!!くにゃ」

美味しいの、の一言で神狐は消えていった。
さて、帰ってくる前に。
醤油、味醂、調理酒、砂糖、白胡麻をずらりと並べま

「くにゃ」

早いよ。
まだ材料と器材を並べ終わってないよ。

御狐様は、聖域で採取に使っている深さ5センチ程度の竹で編んだ笊に、山盛りの小魚を入れてきた。

鮎・ヤマメ・イワナ。
全部5センチ以内の小魚だ。
ってちょっと待て。
ワカサギやじゃこ、白魚なんか聖域にいないだろ。

「くにゃ」

御狐様がもう一つ、ポケットなんかないのに咥えて差し出した笊には、アサリと昆布が入ってる。
…海まで行ったの?
 
早く早く!っと狐に前脚でコリコリ急かされた。
「しょうがないなぁ。」

と言っても材料を全部鍋にぶち込んで煮詰めるだけですけどね。

僕がわざわざ魚をお願いしたのは、捌き方を玉に教えてあげようと思ったから。
普通の魚だったら、スーパーで買った事のあるパックものが浅葱の力で出せるもん。

捌き方って言っても、鱗を包丁の背で剥がして、その時取りきれなかった''せいご''を切り取って、腹を裂いてワタを取るだけだけど。
ましてや骨ごと食べられるくらい圧力鍋で煮込む僕のやり方なら、「とんがってなければ」あとは適当という無責任なやり方だ。

ただ我が家はあくまでも我が家で完結するので、家族達が(しずさんはともかく、青木さんや大家さんが家族に含まれる我が家はなんなんだろう)構わなければ何でもOK。

「こうやって、こうやって。」
「くにゃ」
「え?はらわたを食べたいんですか?」
「くにゃ」
「殿、どうしましょう。」

あのキャンプ以来、土鍋でお米を炊く事も増えたな。
しずさんもお釜じゃなく、土鍋で炊く様になってるし。

「殿?」
「本人、というか本狐が食べたいならいいよ。聖域じゃ普通に食べてるから。」
「…玉のいない時に、殿と御狐様は何やってんでしょ。」

たぬきちもテンの親子も食べてるけどね。
あいつら、普段は寝てるくせに、僕がご飯を作っていると、時々並んでお座りしてんだ。
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