ご飯を食べて異世界に行こう

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終章 そして

阿蘇の外輪

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ぽん!
いつものように、玉さんは僕に抱きついて来た。

年明けからコッチ、玉さんと触れ合えて、多少離れても大丈夫になった頃(その前からかな)、ちょっと玉と別行動した後、玉は僕必ずに身体ごと突っ込んでくる。
べったり僕に引っ付いて、下から僕の顔を上目遣いで見つめてくるのだ。

うふふ、えへへって笑いながら。
僕の手をブンブン振り回すんだよ。

玉と歳が離れてて良かった。
僕のストライクゾーンから低めに外れてて良かった。


「ん?玉は落ち着いているね。」

御狐様の仕業とわかっている僕が、少し呆然としてのに。

「はい。一言主様に殿のお手伝いをして来なさいって言われました。」
なるほど。
だから巫女服なのか。
確かエンジジャージを着ていた筈なのに。
「それに、どこに行こうと殿は直ぐ側にいるって言われました。」
巫女さんが草原を駆け抜けてくる光景は、かなりシュールでしたけどね。

「実際、殿は玉の直ぐ側にいらっしゃいました。殿も神様も、玉には嘘をつきませんから。」

相変わらず、玉の信頼が重たい。

「こんにちは、御狐様。」
「くにゃ」

僕から離れた玉は、しゃがむと僕の隣でお座りをしている御狐様を優しく抱き締める。
御狐様も玉の顔をペロペロ舐めるので、動物(神狐だけど)大好き巫女さんからはきゃはきゃは歓声が上がってる。
いや、毎日荼吉尼天の社で祝詞を挙げて、掃除とお供えを欠かさない玉だけど、御狐様が直接弄らせて貰える事は滅多にない。

そりゃ、荼吉尼天の眷属として一緒に顕現するのが普通だから、真摯なる巫女としては僕みたいに煎餅を気軽に強請られる距離とかわからなかろう。

「あれ?御狐様?顔におせんべのカスが付いてますよ?」
「くにゃ…。」

あれま。御狐様まで上目遣いで、僕と玉を交互に見てるよ。
やれやれ。
この狐、玉が怒ると怖がるんだよね。

「御狐様をお迎えた時に僕が食べようとしていたお煎餅を供えたんだよ。そしたら美味しい美味しいって食べちゃった。」
「くにゃ」
「という事で、何が始まるのかわからないけど、さっさと片付けてお餅を作らないとならないんだ。」
「仕方ないですねぇ。明日またお供えしてあげますよ。」
「くにゃ!」
「きゃっ!」

あ、玉が御狐様に押し倒された。

★  ★  ★

「でしたら、玉も早く帰って佃煮を作らないとならないんです。」

顔をペロペロペロペロ舐められて、きゃはきゃは笑ってた玉ですが、料理に関してはスイッチが切り替わります。
って、佃煮?

「佃煮って、玉の時代には無かったんじゃないかな?」
「ほら、前にきゃんぷに行った時に、お婆ちゃんから伽羅蕗を買ったじゃないですか。殿からお醤油と味醂で煮て作るってお聞きしたので、あの後色々調べたんです。昆布煮とか小女子とか。」
「あぁ、おにぎりを作る時に色々作ったね。」
「はい、お魚で作れるなら、お母さんとこの池のお魚で作れますよね。お母さんは塩で焼いたり、お醤油で煮付けにするくらいしか知りませんが、佃煮が作れればいつでもお魚が食べられるなぁって思ったんです。」

池と言うのは、水晶の世界からは自力で出て来れないしずさんの食生活のうち、タンパク質確保の為に僕が作った生簀の事。

聖域の川で溢れている魚達が、謎空間を謎ワープして、生簀に入って、謎空間に帰って行くインチキ施設になっている。

玉が一言主の巫女になって以降、しずさんにも一言主の出鱈目神力の欠片くらいは授けられたみたいで、釣り竿を使わずに網をひとかきするだけで、鮎だのイワナだのを捕まえて晩御飯のおかずにしてる。

新鮮な川魚がいくらでも獲れる分、加工する気にならなかっただけなのだろう。

「でも、お母さん、最近干物にも挑戦してますよ。」
「相変わらずなんでもやっちゃう人だね。」
「玉の時代では、普通です。」
僕の時代では、普通じゃないです。

★  ★  ★

「それで、ここどこですか。」

スイッチが切り替わっても御狐様大好き玉さんは、しゃがんだまま御狐様を撫でまわしてます。
御狐様も気持良さそうな顔してるから、まぁいいか。
不敬にはならないだろ。

「うん。いくつか候補は浮かんでいるけど、僕も無理矢理連れてこられたから、正直なにも把握していないんだ。そこでいくつか確認しよう。」
「はい。」
「玉は巫女服だけど、御神刀はあるかい?」
「いいえ、だって玉はお母さんの所に居ましたから。御神刀は荼枳尼天様のお社に納めっぱなしです。この服だって、ここに来た時にこうなってました。」
「ふむ。」

僕は空を見上げた。
猛禽類が僕らの頭上高く回転する姿が見える。
あのシルエットは鷹だ。梟ではない。
つまり、玉の護り梟のフクロウくんではない。
つまり。

「荒事にはならないって事だけは確かだな。」
「何があっても、殿は玉がお護りしますよ。」
「はいはい。」
「むうむう。」

さすがに10以上も歳の離れた少女に、身を護ってもらうわけにもいかないので適当に流すと、玉が不満のオノマトペをあげる。

とは言っても、これは僕らのルーティンみたいな物なので、玉が本当に気分を悪くしたわけじゃない。
実際、僕も玉も多少の人外相手なら独力で対処出来る。
本当に僕らの身に危機が迫った時、僕が前に出て、玉は僕の妹や青木さんやしずさんを護るフォーメーションが確立しているから。

…どんな家族だよ。

さて。
はるか向こうに「白い物」が見えるな。
僕の目には、白い物としか識別出来ない遠さだけど、あれが何かは僕にはわかる。
普段は一切顕現しない力が、今の僕にはダラダラ脳みそから、目から鼻から、情報だけが溢れている事がわかる。

こういう時に指笛が鳴らせるとカッコいいんだけどな。
まぁ、玉に見せつけたって仕方ないんけど。

でも、今の僕は狐憑き(笑)だからな。
試しにやってみよう。

こう、人差し指と親指で輪っかを作って、舌の下(交通事故駄洒落)に当てれば良いのかな?

「ピューイ!」

…出たよ。
因みに普段の僕は、口笛すら満足に鳴らない不器用な人間なんだけどな。

「ピューイ」

いや、君は呼んでない。

僕は「白い物」を呼んだのに、何故僕らの頭上を旋回していた「ハヤブサ」が降りてくるのさ。

しかも玉の左手が光輝くと同時に、肩までのグローブが現れてやんの。 
 
「殿、殿。どうしましょう。」
「仕方ないなぁ。」

浅葱の力で無塩ジャーキーを出すと、玉に握らせた。
これは普段からフクロウくんのおやつにあげているから、いつでも出せるのさ。
玉があげると、ハヤブサはあっという間に玉のお友達になったらしく、顔を玉に擦りつけ出した。
さすがは仲良し魔人。

さて。
「くにゃ」
「はいはい、少し下がっててね。これあげるから。」
ジャーキーに反応した御狐様が僕の腰に纏わりつき出したので(いつもの事)、君にもあげるね。
そしたら一応、玉の警護について下さい。

だって、白い物、大量の白馬がこっちに向かって走って来たから。

「わ、わ、わ、わ、わ。」
「ピューイ」
「くにゃ」

玉さんは少し慌て気味ですが、ハヤブサくんが落ち着いている事、御狐様に突かれて僕の背後に回らされた事で、大丈夫と判断したみたい。
僕の手を握って、ほえぇとか言ってます。

「殿、これ前にも見た気がします。」
「治承4年に行った時だね。」

あの時も御狐様はいたし、ハヤブサくんの代わりにフクロウくんが玉の側にいてくれた。
考えてみたら、あの時と一緒じゃん。
ただ「敵」がいないだけで。

というわけで、僕は、僕らは白馬に囲まれてしまいました。
みんなして、僕や玉の髪を甘噛みしたり、顔を押し付けたり。

御狐様は背中にハヤブサくんを乗せて、少し離れていやがりました。
裏切り物ぉ。

そして僕は、この馬達の姿を見てわかった。
だって僕の故郷の景色だもん。
阿蘇か都井岬かだ。
で、外輪山が見えるからここは阿蘇だ。
阿蘇山の広大なカルデラだ。

…で、僕は何すれば良いんだ?
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