ご飯を食べて異世界に行こう

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終章 そして

そしてね

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ふひぃ。

僕は今、聖域に作られた風呂に浸かって溶けている。
同じ湯船に女体全裸の真神も溶けているけど何が起こるわけでなく。

「わふぅ」
「くぅぅ」

荼枳尼天の眷属たるたぬきちもテンママもてんいちもてんじも、それぞれタライに張ったお湯で溶けてるんだもん。
僕しか居ない聖域の、毎日の風景だよ。
真神も馬か狼と思えば、女体だろうとあまり気にならないわけです。

僕はお嫁さん達と850年を添い遂げた後、暇を見つけては聖域に来ている。
残りの50年分の、「修行」は、僕だけで良いからだ。
とは言っても、僕1人よりも相手が居た方が効率が上がるので、相方に大口真神を指名したわけ。

御神刀に宿る神と剣術の修行をする。
うん、なんて効率的なんだろう。

生まれは単なるただの雌狼だったのに、人間に勝手に神様に祀りあげられた真神からすると、更に勝手に僕?かキクヱさんに剣神の性質まで付け足されたって迷惑な話だけど。

まぁ、本人(本神)が嬉々として協力してくれてるから、それはそれで良いか。
今日も3~4時間程汗だくになり、その汗を聖域に作った風呂で流しているわけです。
なんかこう書くといかがわしいな。
御神刀(本身だから重たいぞ)を使った素振りや、竹刀や木刀に見立てた篠竹で乱取り打合いをしているだけだよ。
剣神がいるんだから、神の息吹を取り入れるには一番効率的でしょ。  

………

玉がお風呂を欲しがって、だったら俺がと湯船の代わりになるものを探しに出て数時間後。
真神はなんと、探湯(くがたち)に使ったという大きなお釜を持って来た。
その昔、とある大社で使われた釜だという。
あのさぁ。僕が普段使うお釜(みんなで伊香保に旅行に行った時に横川で買った釜飯の焼き物)や、しずさんの家で使う飯炊き用のお釜はせいぜい直径10~15センチなんだけど。
これ、4メートルはあるぞ。
しかも新品の鉄製で光ってるじゃん。

「昔はもっとデカいの使ってたぞ。これで釜飯を作れば何人分かねぇ。」
「ここにいるのは、お前を含めて人間5人と、狸が1頭貂が3頭、梟が1羽だぞ。」
誰がそんなに食うねん。
あと、それは催促かな。
「おう。俺も釜飯食いたい。」

などと馬鹿話を真神としながら、茶店からは直接見えない社の裏に、間仕切りを3面だけ立てた簡単な露天風呂を拵えた。
釜を半分土の中に埋めて、どうせ雨は降らないから屋根も取り付けず。
簀の子を四方に敷いて、カラーボックスと洗面器を置いただけのお風呂です。
一応、排水路だけ川の最下流の出口孔までまで引いてあるので、川の魚達にも影響はない筈。

お風呂があって良かったみたい。
うちの女性陣達は、毎日交代交代で入浴して、気持ち良さそうにドライヤーを当てている。
玉だけは相変わらずドライヤーの風が嫌いみたいで使わないけどね。

しずさんが、真神に化粧水をお願いしたせいで、どこで調達して来たのか、何やら立派な化粧セットが茶店の流しに置いてあったりする。
別に肌はまるっきりすっぴんでも、一切劣化老化しないし、男は僕しかいないんだけどなぁ。

「駄目ですよ。神様と言っても貴女は女性なんですから、身嗜みをきちんとしなさい。」
「だから俺、化粧なんかした事無いってば。好きに変化出来るのに。」
「婿殿の前なんですよ。私が許しませんよ。」
「助けてくれぇぇぇ。」

諦めなさい真神さん。
その親子が本気になったら、敵う人(神様とその眷属を含む)は、僕の周りには見当たりません。

真神を座らせて、髪に櫛を入れ、ナチュラルメイクを施す事が毎日の日課になったしずさん。

お湯を溜めるのは僕の役目で、だから一番風呂に入れさせられている僕ですが、新陳代謝が起きない世界だから、気分転換以外に入浴の意味・意義はないんですが。
畑仕事したって、汗一つかかないもん。

「くにゃにゃにゃぁ。」
時々、御狐様が残り湯で溶けてたりしてるしね。

ある日、僕は暇つぶしにモーちゃんのミルクと蜂蜜とバニラエッセンスと、佳奈がマロンデザートコンテストの時に買ったアイスクリーマーでアイスを作ってみました。

「…なんであなたは、ぽいぽい私の思い出の伊香保◯リーン牧場アイス作っちゃうのよ。」
「あぁ、昔家族旅行で食べたね、これ。そっか、アニキなら再現出来ちゃうんだ。」
「実物をみんなで食べに行ったけど、本物より美味しく作っちゃうのよ、この人。」
「一家にひとり居ると便利な人ねぇ。」
「その台詞、2年後の私も何回か漏らしたわ。」
「殿、今度は凍らせる前の蜂蜜牛乳が、玉はとっても欲しいですよ。」

とまぁ、毎日賑やかに過ごしましたよ。

夫婦でも漫才師でも、一緒に居過ぎると、例え仲良しの幼馴染でも仲が悪くなって当たり前が人間関係。

なのに口喧嘩一つせず、僕らはダラダラテキパキ、働いたり何もしなかったり、しずさんと玉が祝詞を上げてるのに僕とたぬきちは寝呆けてたり。
佳奈と佳奈は、果樹の間に棒っこを渡して、毎日の布団干しと洗濯に忙しい。
だから、汗も垢も出ないんだけどね。

あと、2年前の佳奈は僕のパンツを手洗いする事も、自分の下着と並べて干す事も直ぐに抵抗がなくなったみたい。
というか、玉と佳奈と佳奈で、僕のパンツの奪い合いを始める始末。
…しずさんに叱られて、3人並んで正座してましたよ。

こんな風に、いつもの生活をいつも通りに送っていたら、あっという間に850年経ちましたとさ。

………


佳奈の記憶と縁(えにし)を辿って、2年前の佳奈を北春日部で降ろします。

「この850年も忘れないから!絶対に!」
「うん、頑張れ私!」

佳奈と佳奈が抱き合って別れを惜しんでいましたけど。
佳奈を送ったあと、佳奈に聞いて見ました。

「で、佳奈はこの850年間の事を、帰宅した後覚えてたの?」
「あ、そういえば……こんな事が起きた事自体覚えてないや……。」

なるほどね。
大体わかってきたぞ。

ひとまず市川の僕の部屋に帰還。
ちょっと確認したい事があるから。

PPPPP!
「あ、帰った早々電話だ。もしもし?」
スマホ片手に、佳奈が和室から台所に歩いて行った。

「玉としずさんは、別々に聖域に行ってみてくれませんか?」
「別々に?ですか?」
「ええ。僕の推測が正しければ、多分しずさんは、1人で聖域にも浅葱の屋敷にも、そしてここにも行けます。」
「はぁ。」
「だったらお母さんも、たぬきちくん達に1人で逢いに行けますね。」
「試してみましょうか?」

はい。
しずさんと玉は、手を繋がずに消えて行きました。

「ごめぇん。ブラフで提出しておいた見積書が通っちゃった。今から新規に開拓した会社に説明会開いてくるね。」
時計を見ると、まだ2時過ぎ。
「あれだけガチャガチャやってて、実質3時間かぁ。3時間うろちょろして、850年経ってます。頭がまだ混乱してるよぉ。」
うにゃうにゃ言いながら、佳奈は飛び出して行った。
なんだろうね、あのやり手の営業マンは。

………


こうして、たちまち元の生活に戻ってきた僕たちだけど、その後の事をまとめておこう。

まずは僕だ。
帰った翌日に、本八幡にある市川市役所に足を運んだ。
理由は、公務員試験の受験の為。
しかも何故か受験生は僕1人。

どうやら僕をどうしても採用したい一派が企んだらしい。
良いのか?それで。市川市?

一応、それ相応の思考能力と記憶能力は持っているつもりだったので大丈夫だろうとは思っていたけど。
まさか翌日(土曜日)に、隣の菅原さんが採用通知(市判と市長の署名入り)を持ってくるとは思わなんだ。

「んで?うち来るのか?動物園に行くのか?」
「さぁ。まだ何にも決めてない。」
だから昼間っから僕んちまで来て500ミリ缶ビール飲んでんじゃねぇよ。

結局2晩考えて、お誘いを受けていた、とあるメガ銀行さんをお断りした。
単純に提示された年収理論値は、市川市役所の倍にだったけれど、職場が兜町だったから。
お金より(玉がそばにいる)環境を選びました。
ここからなら、動物園まで車で30分だしね。

僕の再就職決定を見て、佳奈はご両親とお兄さんとの会食の場を(僕に勝手に)取り付けました。
まだ年度も開けてない3月末の事です。
だからぁ、みんな早すぎるっての。

「菊地さんは公務員を選びましたか。」
「ノルマに追われるより、安定性の方が大切ですよ。」
「うん、公務員はいいぞ。僕も婚約したんでマンションを買おうとローン申し込んだら、数時間後に最大優遇で満額回答が出た。上場企業よりも評価は高いそうだ。」
「げ、兄ちゃん結婚すんの?初耳なんだけど。」
「お前と式を合わせてもいいぞ。」
「親戚とかの懐を考えようよ。」

……顔合わせして、食事が来る前に縁談を話し合い始めた家族。
僕は口も挟めず、呆然としてるだけでした。
なんだろう、この家族全員、中身が佳奈そっくりな一家は。


………


玉としずさんは変わらない。
やはりしずさん(と玉)は、4カ所の出入りが自由になっていた。
とはいえ、生活は何も変わらない。
しずさんが、聖域の社も祝詞をあげに行く様になったくらいか。

「やっぱり、こちらのお野菜の方が甘くて美味しいのねぇ。なんか悔しいな。」
「お母さん、こっちは荼枳尼天様が直接育てている様なものですよ。」
「うちの一言主様のお尻を叩きましょうか?」
「神様を使いパシリにするのは、殿だから出来るんですよ。」


………


「で、お前、どうなりたいのさ?」
「ん?僕か?」
真神が頭の上におっぱいを乗せる遊びをしているけど、なんかもうどうでもいいや。

「俺と神刀持って稽古してたら、洒落にならない程強くなっちゃうぞ。何を目指してんだ?」
「あぁ。」
「ひぅ」

パラシュートみたいに平らに広がって、湯船に浮いてるフクロウくんの顎を撫でてあげながら、少し考える。

「玉にしても、佳奈にもしても、キクヱさんに直接修行を受けているだろ。神力で単純に比べると、今の僕は敵わないんだよ。」
「なるほど、夫婦喧嘩て勝てなくなると。」
「ぶっちゃけ、おじさんの僕からすると夜の生活でも負けるだろうね。」

それは(半分)冗談として。

「は~んぶ~ん~?」
「だから、僕の思考を読み取るなっての!」

まぁね。今後生まれて来るであろう子供に無様な姿は見せたくないさ。
多少なりともお嫁さんよりも上の存在感くらいは欲しい。
「尻に敷かれるのは嫌ってか?」
「別に亭主関白も、厳格な雷親父も僕には似合わないだろうし、でも出来れば尊敬して貰える父親くらいにはなりたいぞ。」
「お前の嫁は2人とも、お前に依存しそうだけどなぁ。」
「あの2人に依存されるって、男として結構なプレッシャーだそう。」

「だいたい、キクヱさんって、ありゃ何者なんだろう。」
「さぁな。」
「国津神のうちの誰かだとは思うんだ。」
「…なんでそう思う?」
「でなきゃ、経津主神なり武甕槌なり、日本神話きっての武闘派神の下につけないだろう。武甕槌がキクヱさんに若干及び腰なのは、キクヱさんと揉める事の危険性を刷り込まれているんだろうなぁ。」

本人は端くれと自虐する大口真神であるけど、神族は神族。
今の反応からすると、キクヱさんイコール国津神の推測は正解か。

まったく。
うちの荼枳尼天と一言主は、うちの嫁達に甘過ぎる。
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