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第二章 戦
タイムパラドックス
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とてとてとて。
脇目も振らず、玉が突っ込んで来た。
ばふん!
そのまま抱きつかれた。
出来れば準備させて欲しかったなぁ。
胡座をかいたままじゃ、後ろに倒れない様に堪えるのが大変だぞ。
「ほほひ…ほほひ…はまははわれまふ。」
(殿に…殿に…玉は触れます。)
僕と玉じゃ無けれは、玉の言う事わからないぞ。
あと、玉の方は''順調''なんだな。
それだけ言うと、玉は声こそ立てないけれど、号泣し始めた。
やれやれ。
抱っこするにも態勢が無理矢理だ。
たぬきちが、横から玉にぽんぽんとたぬきぱんちで慰めている。
僕は玉の背中を、たんたんと優しく叩いてあげる事にしよう。
「あの。」
「こ、こんにちは。」
玉を持て余していると、2人の青木さんも近寄って来た。
うわぁ、同じ顔だし、背丈も変わらないから霞目みたいだ。
「ここって聖域、よね?」
「そうだよ。フクロウくんは玉のところに出張したけど、たぬきち達はここにいるだろ。」
「なんで聖域があるの?」
「それはおいおいとね。」
おいおいだ、おいおい。
先ずは幾つか片付けないとならない事がある。
「君は2年前の青木佳奈さん、で良いのかな。」
「はい。私は2年前の青木です。ええと。言いたいことはたくさんあるのに、何も出てこない……。」
「あなたは随分具体的にわかっているんだ。」
「僕は何もわからないよ。ただ君が…うぅん違うな…お前…ってキャラじゃ無いよな僕は。」
「何ぶつくさ言ってるの?」
同じ顔が不思議そうに唇をとんがらかして首を重ねている。
僕の直ぐ隣には玉の顔が肩に埋もれているけど、そのあまり常識的では無い半径3メートルの光景に、僕はそっと苦笑した。
そして、ほんの少しだけ、前に踏み出す覚悟を決めた。
「佳奈。」
「ひ、ひゃい!」
あ、呼び捨てにしただけで、2人して飛び上がって噛んだ。
「佳奈は僕に2年前に再会していたことを暗示していただろ。」
ええと。
懐をガサゴソして、玉のおっぱいになるたけ(なるたけね)触れない様にして、スマホを取り出した。
色々な人(何故か女性ばかりだな、僕のスマホ履歴)のメールが来る中、幾つかの保存メールのうち一つを検索して2人に見せた。
「これは僕の元に届いた一番最初のメールだ。覚えているだろう?佳奈が2年ぶりって書いてる。あの段階では僕らと佳奈の間には4年間の時間が経っていたんだから、不思議に思っていたんだよ。そのあとも2年前に一度逢っている暗示はしてたけど、本人が何も言わないから突っ込んで聞く事もないって思ってた。」
あれ?2人ともぽーっと顔を上気させたまま固まってる。
僕的には伏線回収でドヤ顔するシーンなのに、誰も僕の話を聞いてない。
…寂しいぞ。
「婿殿は、また裏で1人走り回ってくれていたんですね。」
しずさんが、足元に来たテンママを抱き上げる。
「…!」
顔をくしゃくしゃにしたまま、玉が顔を上げた。
涙で目が真っ赤だ。
「お母さん?」
「なんですか?玉。母と婿殿同時に甘えたいの?」
同時に現代の佳奈も、顔を引き締めてしずさんに向き合う。
「お母さん、記憶が戻って?いや、記憶喪失じゃないから、ええと、何て言やぁいいんだコレ。」
「これ。言葉遣いが乱暴だぞ私!」
「私がそんなお淑やかな女じゃない事知っているだろ私!」
2人の佳奈が喧嘩を始めた。
面白い。
この2人の事だからお互いの残念な暴露合戦に展開しそうだけど、話が進まないから元に戻す。
「時間軸が元に戻っただけだよ。君達が知るさっきのしずさんを僕は知らないけれど、このしずさんは、浅葱の水晶でぽん子達と暮らす、僕らの知る時間軸に生きるしずさんだ。」
「ええと。」
「ちょっと待って。」
佳奈2人が、眉間に皺を寄せて腕組みを始めた。
動物達は正直だ。
しずさんがしずさんに戻ると、すぐみんな甘え出した。
「あらあら、元気ですか?てんいちさん。てんじさん。美味しいご飯は食べてますか?」
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」
「君達も来てくれたんだ。ありがとうね。」
もう。
ヒヒン。
この2頭は、一言主の社に貼り付かせていたはずだけど、僕の所ではなく、しずさんの所に来たか。
しずさんは、それ程までに強い縁(えにし)を築いていたのか。
ちょっと嬉しい計算違いだ。
………
傍らになっている枇杷をもいで皆に渡す。
枇杷は手で簡単に皮が剥けるのが良い。
玉としずさんが、まず自分よりもたぬきち達に枇杷をあげている。
モーちゃんと大口真神は、そのままむしゃむしゃ食べているけど、なんか幸せそうな顔してるから良いか。
片方の佳奈は、かつて自分が閉じ込められた茶店を興味津々で眺めていたけど、中に入って下品な悲鳴を上げている。
今の茶店は、玉を驚かす為に改造した、海の壁紙に空の天井板だもんなぁ。
外見からはとても判断出来ないヘンテコハウスだ。
確か昔の彼女さんデザインをそのままパクったんだっけ。
もう片方の佳奈は、畑に行ってトマトを採っている様だ。
「殿。あの、お外、牛さんや馬さんが集まっています。玉達を守ってくれてた仔達です。」
「今は時間の流れを別にしているから大丈夫。外は時間が流れてないから。」
「ですか。」
玉はてんいちとてんじに枇杷をあげると、僕の方を向いて尋ねて来た。
「殿は、ここで何をなされていたんですか?」
「タイムパラドックスを調整してた。」
「はい?たいむなんですか?」
あははは。
玉は相変わらず片仮名が苦手な様だ。
「僕が時を好き放題してたら、時の流れに矛盾が出てしまうでしょ。例えば、僕が玉の生まれる前の時代に行って、しずさんと結婚しちゃったら、僕達が作って来た世界はどうなると思う?」
「あらあら。私は亡夫とではなく、婿殿の嫁になるのですか?」
「むぅむぅ。そんなのおかしいよう。」
「僕にはその、おかしな事が出来るんだよ。」
茶店の厨房でお茶セットを見つけた佳奈が、全員分のお茶を淹れて来た。
もう1人の佳奈は、レタスと一緒に生野菜サラダをこさえてる。
モーちゃんと大口真神と、佳奈が1人多いけど、いつもの茶会が始まろうとしていた。
「僕はね。いつか荼枳尼天にこう教わった。荼枳尼天が見てきた歴史では、しずさんが殺される。でもこの社を維持する必要があるから玉を閉じ込めた。」
「…お母さんが…。」
「そしてもう一つ。この社には荼枳尼天など居ない、空っぽの社だった。玉の祈りが通じる事は無かった理由。これは多分、成田の出世稲荷で荼枳尼天本人が言っていたと記憶している。」
いつしか、全員。
もぐもぐ口を動かしながら、お茶をごくごく飲みながら、僕に注目していた。
「ここに矛盾がある。荼枳尼天のいない社に、何故荼枳尼天が玉を閉じ込める必要があったのか。いない神様が、何故しずさんが殺される様を見ていたか。」
「確かに、今日玉が間に合わなければ、お母さんは死んでました。」
「その矛盾を解消してやれば良い。荼枳尼天と玉としずさんとの縁(えにし)を持つ僕からすれば、実は簡単なんだ。」
「どうやって?」
そっちの佳奈は2年前の佳奈か?
たぬきちを抱きしめて幸せそうな顔をしているけど、質問はするんだな。
「種を持ち込めば良い。」
「たね?」
「玉、そして佳奈。覚えているか?3人でキャンプに行った時の事を。」
「はい。テンママ達と初めて逢いました。」
「あの時、私と玉ちゃんが起きたら、あなたは荼枳尼天と朝ご飯を作ってた…。」
「ねぇ私?」
「何?私。」
「荼枳尼天って何?」
「そこを見て。」
佳奈が指差すほう、小川の向こうに小さな神社がある。
「荼枳尼天はそこの神社の御祭神。」
「…私は何を言ってるの?」
「2年経ったら嫌でも思い知るから、そんなもんだと納得しときなさい私。」
「私が納得してんならいいけど、変な宗教に巻き込まれてない?」
まぁ、玉は巫女装束だし、僕も神官服だ。
こんなのが神様神様言ってたら、そりゃアレだわなぁ。胡散臭い。
「そんな面倒くさい事する人じゃないわよ。せいぜい、たぬちゃんに美味しいご飯を食べてもらう為に、変な力を使うだけ。宗教法人なんか立ち上げるより動物園に就職しようかどうか、3ヶ月経って、まだ迷ってる人だよ。」
「私はそんな人と結婚して大丈夫なの?」
「金ならある人だから平気。」
「なるほど。て言うか無職かよ。」
「だから再就職ももうすぐだし、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも知ってるよ。」
「ならいっか。」
納得するなよ佳奈佳奈。(蝉みたいだ)
「あの時荼枳尼天が顕現したのは、庭の片隅に捨てられていた先代の稲荷狐に魂の欠片が残っていたからだ。更に、僕と玉と佳奈の縁(えにし)が荼枳尼天とのパイプを強固なものにした。」
あの時は、玉が苦手だった大葉と茗荷を克服した方が、僕らには大切だったんだけどね。
「だったら、この時代に荼枳尼天そのものを種として持ってくれば良い。いや、いっそのこと、この社をこの時代に持って来て仕舞えば良い。そして僕にはその手段があった。」
「水晶…。」
玉はが少し惚けた様に溢した。
そう。聖域の水晶には荼枳尼天さんが住まわれていたりする。
「そしてもう一つ。大きな矛盾が出来ている。」
てんいちとてんじに身体をよじ登られてニコニコ微笑んでいるしずさんを見る。
「玉。前回、ここに来たここはいつだった?」
「ええと、治承4年でした。」
「今回、ここはいつだ。」
「え?殿が治承4年って仰いましたよね?」
「佳奈はどうだ?」
2人してトマトを輪切りにしている青木さんズに顔を向ける。
「ん?キクヱさんも治承4年って言ってたよ。」
「え?治承4年ていつ?」
「西暦で言うと1180年。源頼朝がこの年の4月に挙兵してる。」
「げんぺーそーらん?」
「ソーラン節みたいな言わないの。」
「そう言えば、さっきの群勢は九曜紋の旗印でしたね。アレは多分、平上総介広常様です。」
さすがはしずさん。
この時代の人だし、知識階級の人だから、地域の支配者くらいは存じているか。
「さて、ここでもう一つ矛盾が生じます。玉、前回しずさんに逢ったかい?」
「いいえ。お父さんと結婚する前でした。玉は余計な縁(えにし)を作らないように政秀さんにしか会ってません。」
「でも今回は?」
「あ…。玉はもう生まれてて、今の玉になってます…。」
「そう。」
佳奈から離れたたぬきちが肉球パンチでおねだりをして来たので、抱っこをしてあげる。
「わふぅ」
満足そうにひと鳴きして目を閉じるたぬきちを撫でながら話を続ける。
「前回が間違えたとも思ったけど、実は僕が現れた場所は前回と同じ場所だった。景色を覚えていたから間違えない。」
「玉は少し離れた、でも玉の知っている場所に1人でいたけど、お母さんの居場所はわかったので、お母さんのところに走りました。」
「だとしたら、この間の、しずさんと杢兵衛さんが結婚して、玉が生まれて、この歳になる時間はなんなのか。あり得ない時間の重複です。そこで僕は一つの考えを実行しました。
「しずさんと玉との縁(えにし)にアンカーをつけて、しずさんと玉の時間を僕が吸収することにしたんです。その時間は大体17年。しずさんが結婚して玉を生んで、この歳まで育てた時間です。
「つまり玉は、15歳かそこらかなぁ。」
あれ?みんな黙り込んじゃった。
「し、質問!」
「はい、佳奈。」
こう言う時に空気を動かしてくれるのは、いつも青木佳奈だった。
そして、これからも。
「時間を吸収するって、どうやってしたの?」
「僕がここで17年間過ごした。」
あれ?また黙っちゃった。
「玉はここで1,000年以上ひとりぼっちで過ごしたんだよ。死ぬ事も死ねる事も出来ずに。幸いな事に、今の聖域には寝る所がある。」
目の前には、水道完備の茶店がある。
土間ではなく、台を敷いて床とした、緋毛氈付きの建物だ。
この半年間、少しずつ少しずつ、みんなで整備して来た空間だ。
「たぬきち達がいるから1人じゃないし、浅葱の力があるから、食いたいものも、いっそ暇つぶしのものも出せる。」
畑仕事と掃除とで、割と忙しかったけどね。何故か荼枳尼天は来なかったけど、御狐様がくにゃくにゃ鳴きながら、僕らとご飯を食べに来てたし。
「僕は知らないから、祝詞は誦えらないけど、毎日二礼二拍手一礼くらいの参拝は出来るし、御神酒や榊の交換だって問題ない。」
「…つまり、お昼前に私がキクヱさんに呼び出されて、私を助けて、お母さんを助けている間、多分、2時間くらいの間、あなたは……。」
「うん。17年、ここに居た。」
あれれ。
また絶句しちゃった。
こうする事で、しずさんや玉と時間を重ねて、いなかった荼枳尼天をいた事にする力任せのインチキが出来るのに。
「何故あなたは、そんな事が耐えられるんですか?」
若い方の佳奈が呻く様に声を絞り出した。
「しずさんも玉も、僕の大切な''家族''だからだよ。玉が頑張っているんだから、僕も頑張る。それだけのことだよ。」
「………。」
「納得した?私?この人はこんな人なの。だからみんな、私も玉ちゃんもお母さんも、たぬちゃんも、テンの親子もフクロウ君も、この人の元に集まるのよ。だってこんな人、私達がきちんと世話してあげないと、1人で余計な苦労背負い込むでしょ。」
「わふ!」
「だよね、たぬちゃん。」
「わふわふ」
………
「さて、ここまでは、実は僕の自分勝手な我儘なんだ。だって、しずさんの意見を何も聞いてない。」
「私、ですか?」
トマトをてんいちに食べさせてニコニコしている、しずさんに話を振る。
今更どうでもいいけど、貂は肉食獣ですよ。荼枳尼天の眷属だから、好きなもの食べてるし、消化もできているけど。
脇目も振らず、玉が突っ込んで来た。
ばふん!
そのまま抱きつかれた。
出来れば準備させて欲しかったなぁ。
胡座をかいたままじゃ、後ろに倒れない様に堪えるのが大変だぞ。
「ほほひ…ほほひ…はまははわれまふ。」
(殿に…殿に…玉は触れます。)
僕と玉じゃ無けれは、玉の言う事わからないぞ。
あと、玉の方は''順調''なんだな。
それだけ言うと、玉は声こそ立てないけれど、号泣し始めた。
やれやれ。
抱っこするにも態勢が無理矢理だ。
たぬきちが、横から玉にぽんぽんとたぬきぱんちで慰めている。
僕は玉の背中を、たんたんと優しく叩いてあげる事にしよう。
「あの。」
「こ、こんにちは。」
玉を持て余していると、2人の青木さんも近寄って来た。
うわぁ、同じ顔だし、背丈も変わらないから霞目みたいだ。
「ここって聖域、よね?」
「そうだよ。フクロウくんは玉のところに出張したけど、たぬきち達はここにいるだろ。」
「なんで聖域があるの?」
「それはおいおいとね。」
おいおいだ、おいおい。
先ずは幾つか片付けないとならない事がある。
「君は2年前の青木佳奈さん、で良いのかな。」
「はい。私は2年前の青木です。ええと。言いたいことはたくさんあるのに、何も出てこない……。」
「あなたは随分具体的にわかっているんだ。」
「僕は何もわからないよ。ただ君が…うぅん違うな…お前…ってキャラじゃ無いよな僕は。」
「何ぶつくさ言ってるの?」
同じ顔が不思議そうに唇をとんがらかして首を重ねている。
僕の直ぐ隣には玉の顔が肩に埋もれているけど、そのあまり常識的では無い半径3メートルの光景に、僕はそっと苦笑した。
そして、ほんの少しだけ、前に踏み出す覚悟を決めた。
「佳奈。」
「ひ、ひゃい!」
あ、呼び捨てにしただけで、2人して飛び上がって噛んだ。
「佳奈は僕に2年前に再会していたことを暗示していただろ。」
ええと。
懐をガサゴソして、玉のおっぱいになるたけ(なるたけね)触れない様にして、スマホを取り出した。
色々な人(何故か女性ばかりだな、僕のスマホ履歴)のメールが来る中、幾つかの保存メールのうち一つを検索して2人に見せた。
「これは僕の元に届いた一番最初のメールだ。覚えているだろう?佳奈が2年ぶりって書いてる。あの段階では僕らと佳奈の間には4年間の時間が経っていたんだから、不思議に思っていたんだよ。そのあとも2年前に一度逢っている暗示はしてたけど、本人が何も言わないから突っ込んで聞く事もないって思ってた。」
あれ?2人ともぽーっと顔を上気させたまま固まってる。
僕的には伏線回収でドヤ顔するシーンなのに、誰も僕の話を聞いてない。
…寂しいぞ。
「婿殿は、また裏で1人走り回ってくれていたんですね。」
しずさんが、足元に来たテンママを抱き上げる。
「…!」
顔をくしゃくしゃにしたまま、玉が顔を上げた。
涙で目が真っ赤だ。
「お母さん?」
「なんですか?玉。母と婿殿同時に甘えたいの?」
同時に現代の佳奈も、顔を引き締めてしずさんに向き合う。
「お母さん、記憶が戻って?いや、記憶喪失じゃないから、ええと、何て言やぁいいんだコレ。」
「これ。言葉遣いが乱暴だぞ私!」
「私がそんなお淑やかな女じゃない事知っているだろ私!」
2人の佳奈が喧嘩を始めた。
面白い。
この2人の事だからお互いの残念な暴露合戦に展開しそうだけど、話が進まないから元に戻す。
「時間軸が元に戻っただけだよ。君達が知るさっきのしずさんを僕は知らないけれど、このしずさんは、浅葱の水晶でぽん子達と暮らす、僕らの知る時間軸に生きるしずさんだ。」
「ええと。」
「ちょっと待って。」
佳奈2人が、眉間に皺を寄せて腕組みを始めた。
動物達は正直だ。
しずさんがしずさんに戻ると、すぐみんな甘え出した。
「あらあら、元気ですか?てんいちさん。てんじさん。美味しいご飯は食べてますか?」
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」
「君達も来てくれたんだ。ありがとうね。」
もう。
ヒヒン。
この2頭は、一言主の社に貼り付かせていたはずだけど、僕の所ではなく、しずさんの所に来たか。
しずさんは、それ程までに強い縁(えにし)を築いていたのか。
ちょっと嬉しい計算違いだ。
………
傍らになっている枇杷をもいで皆に渡す。
枇杷は手で簡単に皮が剥けるのが良い。
玉としずさんが、まず自分よりもたぬきち達に枇杷をあげている。
モーちゃんと大口真神は、そのままむしゃむしゃ食べているけど、なんか幸せそうな顔してるから良いか。
片方の佳奈は、かつて自分が閉じ込められた茶店を興味津々で眺めていたけど、中に入って下品な悲鳴を上げている。
今の茶店は、玉を驚かす為に改造した、海の壁紙に空の天井板だもんなぁ。
外見からはとても判断出来ないヘンテコハウスだ。
確か昔の彼女さんデザインをそのままパクったんだっけ。
もう片方の佳奈は、畑に行ってトマトを採っている様だ。
「殿。あの、お外、牛さんや馬さんが集まっています。玉達を守ってくれてた仔達です。」
「今は時間の流れを別にしているから大丈夫。外は時間が流れてないから。」
「ですか。」
玉はてんいちとてんじに枇杷をあげると、僕の方を向いて尋ねて来た。
「殿は、ここで何をなされていたんですか?」
「タイムパラドックスを調整してた。」
「はい?たいむなんですか?」
あははは。
玉は相変わらず片仮名が苦手な様だ。
「僕が時を好き放題してたら、時の流れに矛盾が出てしまうでしょ。例えば、僕が玉の生まれる前の時代に行って、しずさんと結婚しちゃったら、僕達が作って来た世界はどうなると思う?」
「あらあら。私は亡夫とではなく、婿殿の嫁になるのですか?」
「むぅむぅ。そんなのおかしいよう。」
「僕にはその、おかしな事が出来るんだよ。」
茶店の厨房でお茶セットを見つけた佳奈が、全員分のお茶を淹れて来た。
もう1人の佳奈は、レタスと一緒に生野菜サラダをこさえてる。
モーちゃんと大口真神と、佳奈が1人多いけど、いつもの茶会が始まろうとしていた。
「僕はね。いつか荼枳尼天にこう教わった。荼枳尼天が見てきた歴史では、しずさんが殺される。でもこの社を維持する必要があるから玉を閉じ込めた。」
「…お母さんが…。」
「そしてもう一つ。この社には荼枳尼天など居ない、空っぽの社だった。玉の祈りが通じる事は無かった理由。これは多分、成田の出世稲荷で荼枳尼天本人が言っていたと記憶している。」
いつしか、全員。
もぐもぐ口を動かしながら、お茶をごくごく飲みながら、僕に注目していた。
「ここに矛盾がある。荼枳尼天のいない社に、何故荼枳尼天が玉を閉じ込める必要があったのか。いない神様が、何故しずさんが殺される様を見ていたか。」
「確かに、今日玉が間に合わなければ、お母さんは死んでました。」
「その矛盾を解消してやれば良い。荼枳尼天と玉としずさんとの縁(えにし)を持つ僕からすれば、実は簡単なんだ。」
「どうやって?」
そっちの佳奈は2年前の佳奈か?
たぬきちを抱きしめて幸せそうな顔をしているけど、質問はするんだな。
「種を持ち込めば良い。」
「たね?」
「玉、そして佳奈。覚えているか?3人でキャンプに行った時の事を。」
「はい。テンママ達と初めて逢いました。」
「あの時、私と玉ちゃんが起きたら、あなたは荼枳尼天と朝ご飯を作ってた…。」
「ねぇ私?」
「何?私。」
「荼枳尼天って何?」
「そこを見て。」
佳奈が指差すほう、小川の向こうに小さな神社がある。
「荼枳尼天はそこの神社の御祭神。」
「…私は何を言ってるの?」
「2年経ったら嫌でも思い知るから、そんなもんだと納得しときなさい私。」
「私が納得してんならいいけど、変な宗教に巻き込まれてない?」
まぁ、玉は巫女装束だし、僕も神官服だ。
こんなのが神様神様言ってたら、そりゃアレだわなぁ。胡散臭い。
「そんな面倒くさい事する人じゃないわよ。せいぜい、たぬちゃんに美味しいご飯を食べてもらう為に、変な力を使うだけ。宗教法人なんか立ち上げるより動物園に就職しようかどうか、3ヶ月経って、まだ迷ってる人だよ。」
「私はそんな人と結婚して大丈夫なの?」
「金ならある人だから平気。」
「なるほど。て言うか無職かよ。」
「だから再就職ももうすぐだし、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも知ってるよ。」
「ならいっか。」
納得するなよ佳奈佳奈。(蝉みたいだ)
「あの時荼枳尼天が顕現したのは、庭の片隅に捨てられていた先代の稲荷狐に魂の欠片が残っていたからだ。更に、僕と玉と佳奈の縁(えにし)が荼枳尼天とのパイプを強固なものにした。」
あの時は、玉が苦手だった大葉と茗荷を克服した方が、僕らには大切だったんだけどね。
「だったら、この時代に荼枳尼天そのものを種として持ってくれば良い。いや、いっそのこと、この社をこの時代に持って来て仕舞えば良い。そして僕にはその手段があった。」
「水晶…。」
玉はが少し惚けた様に溢した。
そう。聖域の水晶には荼枳尼天さんが住まわれていたりする。
「そしてもう一つ。大きな矛盾が出来ている。」
てんいちとてんじに身体をよじ登られてニコニコ微笑んでいるしずさんを見る。
「玉。前回、ここに来たここはいつだった?」
「ええと、治承4年でした。」
「今回、ここはいつだ。」
「え?殿が治承4年って仰いましたよね?」
「佳奈はどうだ?」
2人してトマトを輪切りにしている青木さんズに顔を向ける。
「ん?キクヱさんも治承4年って言ってたよ。」
「え?治承4年ていつ?」
「西暦で言うと1180年。源頼朝がこの年の4月に挙兵してる。」
「げんぺーそーらん?」
「ソーラン節みたいな言わないの。」
「そう言えば、さっきの群勢は九曜紋の旗印でしたね。アレは多分、平上総介広常様です。」
さすがはしずさん。
この時代の人だし、知識階級の人だから、地域の支配者くらいは存じているか。
「さて、ここでもう一つ矛盾が生じます。玉、前回しずさんに逢ったかい?」
「いいえ。お父さんと結婚する前でした。玉は余計な縁(えにし)を作らないように政秀さんにしか会ってません。」
「でも今回は?」
「あ…。玉はもう生まれてて、今の玉になってます…。」
「そう。」
佳奈から離れたたぬきちが肉球パンチでおねだりをして来たので、抱っこをしてあげる。
「わふぅ」
満足そうにひと鳴きして目を閉じるたぬきちを撫でながら話を続ける。
「前回が間違えたとも思ったけど、実は僕が現れた場所は前回と同じ場所だった。景色を覚えていたから間違えない。」
「玉は少し離れた、でも玉の知っている場所に1人でいたけど、お母さんの居場所はわかったので、お母さんのところに走りました。」
「だとしたら、この間の、しずさんと杢兵衛さんが結婚して、玉が生まれて、この歳になる時間はなんなのか。あり得ない時間の重複です。そこで僕は一つの考えを実行しました。
「しずさんと玉との縁(えにし)にアンカーをつけて、しずさんと玉の時間を僕が吸収することにしたんです。その時間は大体17年。しずさんが結婚して玉を生んで、この歳まで育てた時間です。
「つまり玉は、15歳かそこらかなぁ。」
あれ?みんな黙り込んじゃった。
「し、質問!」
「はい、佳奈。」
こう言う時に空気を動かしてくれるのは、いつも青木佳奈だった。
そして、これからも。
「時間を吸収するって、どうやってしたの?」
「僕がここで17年間過ごした。」
あれ?また黙っちゃった。
「玉はここで1,000年以上ひとりぼっちで過ごしたんだよ。死ぬ事も死ねる事も出来ずに。幸いな事に、今の聖域には寝る所がある。」
目の前には、水道完備の茶店がある。
土間ではなく、台を敷いて床とした、緋毛氈付きの建物だ。
この半年間、少しずつ少しずつ、みんなで整備して来た空間だ。
「たぬきち達がいるから1人じゃないし、浅葱の力があるから、食いたいものも、いっそ暇つぶしのものも出せる。」
畑仕事と掃除とで、割と忙しかったけどね。何故か荼枳尼天は来なかったけど、御狐様がくにゃくにゃ鳴きながら、僕らとご飯を食べに来てたし。
「僕は知らないから、祝詞は誦えらないけど、毎日二礼二拍手一礼くらいの参拝は出来るし、御神酒や榊の交換だって問題ない。」
「…つまり、お昼前に私がキクヱさんに呼び出されて、私を助けて、お母さんを助けている間、多分、2時間くらいの間、あなたは……。」
「うん。17年、ここに居た。」
あれれ。
また絶句しちゃった。
こうする事で、しずさんや玉と時間を重ねて、いなかった荼枳尼天をいた事にする力任せのインチキが出来るのに。
「何故あなたは、そんな事が耐えられるんですか?」
若い方の佳奈が呻く様に声を絞り出した。
「しずさんも玉も、僕の大切な''家族''だからだよ。玉が頑張っているんだから、僕も頑張る。それだけのことだよ。」
「………。」
「納得した?私?この人はこんな人なの。だからみんな、私も玉ちゃんもお母さんも、たぬちゃんも、テンの親子もフクロウ君も、この人の元に集まるのよ。だってこんな人、私達がきちんと世話してあげないと、1人で余計な苦労背負い込むでしょ。」
「わふ!」
「だよね、たぬちゃん。」
「わふわふ」
………
「さて、ここまでは、実は僕の自分勝手な我儘なんだ。だって、しずさんの意見を何も聞いてない。」
「私、ですか?」
トマトをてんいちに食べさせてニコニコしている、しずさんに話を振る。
今更どうでもいいけど、貂は肉食獣ですよ。荼枳尼天の眷属だから、好きなもの食べてるし、消化もできているけど。
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偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
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