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第二章 戦
しずと玉
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息が切れました。
ぜいぜい。ぜいぜい。
いくら深呼吸しても、息が私の身体の中に入って行ってくれません。
履いていた草履の鼻緒も切れました。
私はもう、走れない。
鼻緒が切れたので、走りながら草履を脱ぎ捨てました。
裸足で走ったせいで、足の裏に小石や小枝が刺さっていて痛いです。
血も出てきています。
大した量では有りませんが、追手の手掛かり足掛かりには充分でしょう。
私は追われています。
隣村に大麻のお札を届けた帰りでした。
街道をのんびりと歩いていた私を騎馬の武者数人が追い越して行きました。
この辺は、亡夫が支えていた平政秀様が支配していますが、見た事の無い人達です。
きちんとしたお召し物と鎧をつけていましたし、九曜紋の旗を背負っていましたので、上総様の御配下の方達でしょう。
私は傍に避けて、静かに頭を下げておりました。
すると。
「おい、巫女子。」
少し上等なお召し物を羽織り、控えの者を従えた方より声を馬上よりかけられました。
「ここらに休める場所はないか。茶を一服所望したい。」
所望したいのはお茶だけでない事は、お侍様の顔を見て直ぐわかりました。
お侍様より伽を申しつかったのです。
私は夫を亡くしましたが、渡巫女では有りません。
小さいながらも社を護り、集落の安寧を護っている正式な巫女です。
国分寺様や弘法寺様からもお仕事を頂いております。
亡夫に操を立てるつもりもありませんが、馬の上から命令されて従うつもりもございません。
丁寧にお断り致しました。
そして、こうなりました。
椿の灌木に身を隠します。
勿論、時間稼ぎにもなりませんが、もう走るのは無理なんです。
ごめんなさい。あなた。
ごめんなさい。玉。
せめてあなたに良縁が付くまで頑張るつもりでしだが、母はここで舌を噛みます。
あなたを1人にしたくない。
したくないよ。
でも知らない男に身を任せるのは嫌なの。
隠れた事にすらならないから、お侍様達が近づいて来る足音がします。
玉。
ごめんなさい。
玉。た、ま。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
舌を噛む顎に力を加えようとした、その瞬間でした。
………
「うわぁ、なんだ。」
「梟だ。」
「な、何故梟がこんなに集まって儂達に襲いかかってくるのだ?」
思わず顔を上げると、数人のお侍様達に襲いかかる梟の群れと、必死の形相でこちらに走ってくる巫女装束の玉でした。
「大丈夫?お母さん。」
玉は私を抱きしめてくれると、直ぐに私を背中に庇って立ちます。
「玉?あなたなんで?あと、その姿は?」
「話はあと!」
袂から小刀を取り出して構えます。
その小刀は何?
母も初めて見ますよ。
そして恐ろしいほどのお力を感じます。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
玉の指示で、梟の集団はさっさと空に舞い上がります。
お侍様達が弓をつがえようとした時、玉は小刀を振りました。
小刀からは風が吹き上がり、弓の弦が一瞬で切り裂けました。
驚いたお侍様が慌てて刀を抜くと、背後から梟達が急に降って来て襲いかかります。
「今のうちに逃げるよ。お母さん。」
「ごめんなさい、お母さんは足を怪我して歩けないの。」
「そんな…お母さん、大丈夫なの?」
「きちんと手足して薬を塗り込んでおけば大丈夫だろうけど。」
今はそんな時じゃないわね。
それよりも。
お侍様が集まってきました。
「なんじゃなんじゃ。」
「なんじゃこの梟は。」
「えぇい。蹴散らせ!」
また玉の指示で梟達は空に逃げて、玉の小刀が弓の弦を切り裂きます。
でもそれは防御でしかありません。
玉も梟も、追い払う以外の行動は取らないのです。
それでは、「敵」の数に押し潰されます。
私が。
私の足が…。
「ここか!」
「派手に行くよ!」
今度は私達の背後から女の人の声です。
駄目です。
囲まれます。
思わず身を固くした私の左右に、後ろから駆け寄って来た2人の女性が立ちました。
え?え?え?
2人共、同じ顔をしています。
「佳奈…さん?佳奈さんが2人?」
「わぁ玉ちゃんだぁ!」
「わぁわぁ。」
「こらこら。抱きつくのは後にしろ私。先ずはあいつらを追い払う!」
「OK!私!」
何?何なの?
玉はこの2人をご存知なの?
「玉ちゃん、例のやつ行くよ。前にやった事あるでしょ。」
同じ顔の片方が赤い棒を何処からか沢山取り出しました。
???
何処から?
その裾の長いお召し物には、そんなしまえる袂ないですよね。
「花火、ですね。殿とフクロウくんで大暴れしましたけど…何処から出て来ました?」
「こんな馬鹿げた能力は今日だけね。キクヱさんのサービスだって。」
「そんな事出来るんですか?」
「忘れたの?玉ちゃん。私も浅葱の女だよ。」
「はぁ。」
なんでしょう。玉が自分で無理矢理納得しています。
そして、赤い棒と、何やら初めて見る白い棒を受け取っています。
「私もロケット花火を乱射して。」
「わかったけど、私はどうする気?」
「私はこれ!」
何やら金物の筒を、お姉さんが取り出しました。
玉とお姉さんは赤い棒に白い棒で火をつけてます。
あれ、便利ね。
火おこしが指一つで出来るのね。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
玉の号令で、沢山の梟が側の松に止まりました。
「いち、にぃの!」
「さん!」
「です!」
笛の様な高い音と共に、火を吹いた棒がお侍様達の中に飛んで行きます。
「た~まや~!」
とても大きな音がして、私達の空の上で何かがぱんぱん鳴りだしました。
「はい?なんですか?」
玉がお姉さんに問いかけます。
「あぁこれは、打ち上げ花火の時の掛け声でね。昔、玉屋・鍵屋って花火屋があって…ってこれが交通事故駄洒落かぁ。」
「玉の名前は交通事故を起こしがちなので、生まれてくる子供には家内安全・交通安全の名前をつけなきゃなのです。」
「!!。まさか玉ちゃんもう?」
「違いますよ。今日が終われば、玉も佳奈さんも考え始めてもおかしくありませんよ。玉は殿とお母さんと佳奈さんで、色々考える日が楽しみなのです。」
「けしからんなぁ。」
「良いなぁ。」
「あのぅ。」
一応、私達女性は襲われている筈ですが、何故あなた達は世間話を始めているんですか?
………
ふと気がつくと、みんな逃げていました。
「フクロウくんありがとうね。」
「ひぅ」
梟は1羽だけ残って、玉の肩に乗っています。
「これ、運動会の奴じゃん?決行だと朝に上がる奴。」
「ご家庭向きのな小さいのも売ってるんだけどね、メチャクチャ出来るんだったら、しっちゃかめっちゃにしてやろうと思って。本物の打ち上げ花火を用意しました。」
「…ストレス溜まってるの?私?」
「こんな滅茶苦茶な目に遭って、ストレスが溜まらないとでも思ったか。私。」
同じ顔のお姉さんは、私私言いながら仲良く口喧嘩をしています。
「とりあえず逃げましょう。驚かせただけだから、いつまた来るかわかりませんよ。」
あら、玉が一番マトモなことを言ってるわ?
「だね。お母さん、足大丈夫?」
お姉さんの片方が私の足の裏を見て、顔を顰めました。
「私、ごめん。しずさんをおんぶしてあげて。」
「良いけど。なんで私なの?」
「玉ちゃんは小ちゃいし、私は薬草を探すから。」
「玉は小さくないですよ。ぷんぷん。」
「薬草なんかわかるの?私?」
「ガーデニングが趣味なのと、今では玉ちゃんとお母さんと一緒に畑を耕しているんだよ。アロエみたいな多肉植物はわかる!」
「なんか頼もしいわね、私。」
何が何だかわからなかったけど、私はお姉さんの1人におぶらされて、よく見れば肩に皮の防具をつけて、梟と戯れている玉を見ながら、とある隠れ家に逃げ込みました。
「ここは?」
ここは玉にも教えていない、とある小屋の後ろに隠れる洞窟です。
「フクロウくん、見張っててくれますか?」
「ひぅ」
梟は玉の願いを聞くと、バサバサと小屋の屋根に飛んで行きます。
玉ったら、いつの間に梟と話せる様になったのかしら。
奥が崩れてしまった洞窟には、筵が敷かれていて、葛籠が幾つか置かれています。
今、葛籠の中は空です。
神事に必要な物が溢れた時用の倉庫なんです。
そう、ここは夫が生きていた頃、牧場だったんです。
娘を抱えた女手1人では手に余るので、政秀さんに牛馬は引き取ってもらい、荒れるがままにしていました。
目の前の小屋は牛馬達の餌を貯めてありました。
今では、棚が幾つかあるだけの空っぽです。
地面に筵を重ねて敷いてもらい、私はそっと横たえられました。
お姉さんの1人は、幾つか摘んできた葉を石ですりつぶしています。
「逢いたかった。やっと逢えたと思ったらコレかぁ。玉ちゃん達は相変わらずなんだね。」
もう1人のお姉さんが玉に話しかけている。
「ええと。佳奈さんで良いんですか。」
「そう、私は青木佳奈。玉ちゃん達と出逢って2年後の、玉ちゃん達が暮らす時間の2年前の青木佳奈。」
「ええと?ええと?」
「わかんなくて良いよ。私もまだ何だかわからない。私もあいつらに襲われて逃げ回っていたら、あの私に助けられた。」
「よしっと。」
佳奈さんと言うお姉さんは、私の両脚に薬を塗ってくれました。
白くて長い布で傷口を覆って、黒くて柔らかい物を履かせてくれます。
「ちょっと待ってねぇ。」
お召し物のあちこちに手を出して、何か色々な物を出してくれます。
「お茶とおにぎりね。コンビニのだけど。」
「随分と準備いいわね私。」
「覚えているのよ。今日のこの時間を。私と菊地さんと玉ちゃんに再会出来た事。いつか私も菊地さんと結婚出来る事を知れた時間だから。そしてだからこそ、また逢えた時に、菊地さんにも玉ちゃんにも負けない、相応しい女になろうって努力を決意した時間だから。」
「そうなの…」
お姉さんは、少し目を瞑って、それからにっこり笑いました。
「ねぇ玉ちゃん。私は私の信じる私になれたかな。玉ちゃんの目から見てどうかな?」
「殿は佳奈さんを頼りにしてますよ。ここに殿がいらっしゃらない事が一番の証明です。殿は家族が傷付く事をとっても嫌うのにです。」
「そっか。…じゃ、頑張んないとね。」
「はい!です。佳奈さんは玉の大切なお姉ちゃんで、お母さんの大切な娘ですよ。」
私の娘?
何を言っているのかしら。
「ねぇ玉。殿ってどちらの殿様なの?」
「殿は、玉の大切な、一番大切な殿方です。」
「トノガタ?玉、それって。」
「ね、私これって?」
「この人は玉ちゃんのお母さんで、しずさんって言うの。でも、私を知らないって事みたいだから、時間軸とかがズレているっぽいね。」
「玉。いつの間にそんな方が出来たの?私まだ、あなたに花嫁修行を何もしてないわ。」
「はい、玉は殿にお世話になりっぱなしでしたけど、色々な事を教えてもらって、今はお料理もお洗濯もお掃除もなんでも出来ます。」
「はぁ。」
「玉ちゃんの方は、先に勘付いたみたいね。あの子頭良いから。」
「私がまだついていけないんだけど。大体どうして、私がまたこんな目に遭うの?」
「それはね。」
玉の言葉にも驚きましたが、あちらも何か凄い事言ってますね。
「一度祠に囚われると、癖になりがちなんだって。これ以上は内緒ね。」
「ケチんぼめ。」
「私は私なんだから、一番私を知ってるのは私でしょ。私だってこれから先、どうなるかは知らないもん。」
「ちょっと待って。何それ?」
「私がわかっている事は、少なくともここまで私も玉ちゃんもお母さんも生きてるって事と、あと数時間耐えないとならないって事だけ。だからおにぎりとかの準備は出来た。薬だけ準備するの忘れてあのよねぇ。」
「…私はどこまで行っても、やっぱり私なのね。」
「残念なのも佳奈さんの特性なのです。」
「残念言うな!」
佳奈お姉さんの言葉が被りましたね。
「だから、とにかく。私があの日を取り戻す為に、もうしばらく耐えなくてはならない。多分、私達の大切なあの人が今、私達の為に動いてくれているから。」
佳奈お姉さんの言葉に、玉の表情が引き締まったのがわかりました。
ぜいぜい。ぜいぜい。
いくら深呼吸しても、息が私の身体の中に入って行ってくれません。
履いていた草履の鼻緒も切れました。
私はもう、走れない。
鼻緒が切れたので、走りながら草履を脱ぎ捨てました。
裸足で走ったせいで、足の裏に小石や小枝が刺さっていて痛いです。
血も出てきています。
大した量では有りませんが、追手の手掛かり足掛かりには充分でしょう。
私は追われています。
隣村に大麻のお札を届けた帰りでした。
街道をのんびりと歩いていた私を騎馬の武者数人が追い越して行きました。
この辺は、亡夫が支えていた平政秀様が支配していますが、見た事の無い人達です。
きちんとしたお召し物と鎧をつけていましたし、九曜紋の旗を背負っていましたので、上総様の御配下の方達でしょう。
私は傍に避けて、静かに頭を下げておりました。
すると。
「おい、巫女子。」
少し上等なお召し物を羽織り、控えの者を従えた方より声を馬上よりかけられました。
「ここらに休める場所はないか。茶を一服所望したい。」
所望したいのはお茶だけでない事は、お侍様の顔を見て直ぐわかりました。
お侍様より伽を申しつかったのです。
私は夫を亡くしましたが、渡巫女では有りません。
小さいながらも社を護り、集落の安寧を護っている正式な巫女です。
国分寺様や弘法寺様からもお仕事を頂いております。
亡夫に操を立てるつもりもありませんが、馬の上から命令されて従うつもりもございません。
丁寧にお断り致しました。
そして、こうなりました。
椿の灌木に身を隠します。
勿論、時間稼ぎにもなりませんが、もう走るのは無理なんです。
ごめんなさい。あなた。
ごめんなさい。玉。
せめてあなたに良縁が付くまで頑張るつもりでしだが、母はここで舌を噛みます。
あなたを1人にしたくない。
したくないよ。
でも知らない男に身を任せるのは嫌なの。
隠れた事にすらならないから、お侍様達が近づいて来る足音がします。
玉。
ごめんなさい。
玉。た、ま。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
舌を噛む顎に力を加えようとした、その瞬間でした。
………
「うわぁ、なんだ。」
「梟だ。」
「な、何故梟がこんなに集まって儂達に襲いかかってくるのだ?」
思わず顔を上げると、数人のお侍様達に襲いかかる梟の群れと、必死の形相でこちらに走ってくる巫女装束の玉でした。
「大丈夫?お母さん。」
玉は私を抱きしめてくれると、直ぐに私を背中に庇って立ちます。
「玉?あなたなんで?あと、その姿は?」
「話はあと!」
袂から小刀を取り出して構えます。
その小刀は何?
母も初めて見ますよ。
そして恐ろしいほどのお力を感じます。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
玉の指示で、梟の集団はさっさと空に舞い上がります。
お侍様達が弓をつがえようとした時、玉は小刀を振りました。
小刀からは風が吹き上がり、弓の弦が一瞬で切り裂けました。
驚いたお侍様が慌てて刀を抜くと、背後から梟達が急に降って来て襲いかかります。
「今のうちに逃げるよ。お母さん。」
「ごめんなさい、お母さんは足を怪我して歩けないの。」
「そんな…お母さん、大丈夫なの?」
「きちんと手足して薬を塗り込んでおけば大丈夫だろうけど。」
今はそんな時じゃないわね。
それよりも。
お侍様が集まってきました。
「なんじゃなんじゃ。」
「なんじゃこの梟は。」
「えぇい。蹴散らせ!」
また玉の指示で梟達は空に逃げて、玉の小刀が弓の弦を切り裂きます。
でもそれは防御でしかありません。
玉も梟も、追い払う以外の行動は取らないのです。
それでは、「敵」の数に押し潰されます。
私が。
私の足が…。
「ここか!」
「派手に行くよ!」
今度は私達の背後から女の人の声です。
駄目です。
囲まれます。
思わず身を固くした私の左右に、後ろから駆け寄って来た2人の女性が立ちました。
え?え?え?
2人共、同じ顔をしています。
「佳奈…さん?佳奈さんが2人?」
「わぁ玉ちゃんだぁ!」
「わぁわぁ。」
「こらこら。抱きつくのは後にしろ私。先ずはあいつらを追い払う!」
「OK!私!」
何?何なの?
玉はこの2人をご存知なの?
「玉ちゃん、例のやつ行くよ。前にやった事あるでしょ。」
同じ顔の片方が赤い棒を何処からか沢山取り出しました。
???
何処から?
その裾の長いお召し物には、そんなしまえる袂ないですよね。
「花火、ですね。殿とフクロウくんで大暴れしましたけど…何処から出て来ました?」
「こんな馬鹿げた能力は今日だけね。キクヱさんのサービスだって。」
「そんな事出来るんですか?」
「忘れたの?玉ちゃん。私も浅葱の女だよ。」
「はぁ。」
なんでしょう。玉が自分で無理矢理納得しています。
そして、赤い棒と、何やら初めて見る白い棒を受け取っています。
「私もロケット花火を乱射して。」
「わかったけど、私はどうする気?」
「私はこれ!」
何やら金物の筒を、お姉さんが取り出しました。
玉とお姉さんは赤い棒に白い棒で火をつけてます。
あれ、便利ね。
火おこしが指一つで出来るのね。
「フクロウくん!」
「ひぅ」
玉の号令で、沢山の梟が側の松に止まりました。
「いち、にぃの!」
「さん!」
「です!」
笛の様な高い音と共に、火を吹いた棒がお侍様達の中に飛んで行きます。
「た~まや~!」
とても大きな音がして、私達の空の上で何かがぱんぱん鳴りだしました。
「はい?なんですか?」
玉がお姉さんに問いかけます。
「あぁこれは、打ち上げ花火の時の掛け声でね。昔、玉屋・鍵屋って花火屋があって…ってこれが交通事故駄洒落かぁ。」
「玉の名前は交通事故を起こしがちなので、生まれてくる子供には家内安全・交通安全の名前をつけなきゃなのです。」
「!!。まさか玉ちゃんもう?」
「違いますよ。今日が終われば、玉も佳奈さんも考え始めてもおかしくありませんよ。玉は殿とお母さんと佳奈さんで、色々考える日が楽しみなのです。」
「けしからんなぁ。」
「良いなぁ。」
「あのぅ。」
一応、私達女性は襲われている筈ですが、何故あなた達は世間話を始めているんですか?
………
ふと気がつくと、みんな逃げていました。
「フクロウくんありがとうね。」
「ひぅ」
梟は1羽だけ残って、玉の肩に乗っています。
「これ、運動会の奴じゃん?決行だと朝に上がる奴。」
「ご家庭向きのな小さいのも売ってるんだけどね、メチャクチャ出来るんだったら、しっちゃかめっちゃにしてやろうと思って。本物の打ち上げ花火を用意しました。」
「…ストレス溜まってるの?私?」
「こんな滅茶苦茶な目に遭って、ストレスが溜まらないとでも思ったか。私。」
同じ顔のお姉さんは、私私言いながら仲良く口喧嘩をしています。
「とりあえず逃げましょう。驚かせただけだから、いつまた来るかわかりませんよ。」
あら、玉が一番マトモなことを言ってるわ?
「だね。お母さん、足大丈夫?」
お姉さんの片方が私の足の裏を見て、顔を顰めました。
「私、ごめん。しずさんをおんぶしてあげて。」
「良いけど。なんで私なの?」
「玉ちゃんは小ちゃいし、私は薬草を探すから。」
「玉は小さくないですよ。ぷんぷん。」
「薬草なんかわかるの?私?」
「ガーデニングが趣味なのと、今では玉ちゃんとお母さんと一緒に畑を耕しているんだよ。アロエみたいな多肉植物はわかる!」
「なんか頼もしいわね、私。」
何が何だかわからなかったけど、私はお姉さんの1人におぶらされて、よく見れば肩に皮の防具をつけて、梟と戯れている玉を見ながら、とある隠れ家に逃げ込みました。
「ここは?」
ここは玉にも教えていない、とある小屋の後ろに隠れる洞窟です。
「フクロウくん、見張っててくれますか?」
「ひぅ」
梟は玉の願いを聞くと、バサバサと小屋の屋根に飛んで行きます。
玉ったら、いつの間に梟と話せる様になったのかしら。
奥が崩れてしまった洞窟には、筵が敷かれていて、葛籠が幾つか置かれています。
今、葛籠の中は空です。
神事に必要な物が溢れた時用の倉庫なんです。
そう、ここは夫が生きていた頃、牧場だったんです。
娘を抱えた女手1人では手に余るので、政秀さんに牛馬は引き取ってもらい、荒れるがままにしていました。
目の前の小屋は牛馬達の餌を貯めてありました。
今では、棚が幾つかあるだけの空っぽです。
地面に筵を重ねて敷いてもらい、私はそっと横たえられました。
お姉さんの1人は、幾つか摘んできた葉を石ですりつぶしています。
「逢いたかった。やっと逢えたと思ったらコレかぁ。玉ちゃん達は相変わらずなんだね。」
もう1人のお姉さんが玉に話しかけている。
「ええと。佳奈さんで良いんですか。」
「そう、私は青木佳奈。玉ちゃん達と出逢って2年後の、玉ちゃん達が暮らす時間の2年前の青木佳奈。」
「ええと?ええと?」
「わかんなくて良いよ。私もまだ何だかわからない。私もあいつらに襲われて逃げ回っていたら、あの私に助けられた。」
「よしっと。」
佳奈さんと言うお姉さんは、私の両脚に薬を塗ってくれました。
白くて長い布で傷口を覆って、黒くて柔らかい物を履かせてくれます。
「ちょっと待ってねぇ。」
お召し物のあちこちに手を出して、何か色々な物を出してくれます。
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「随分と準備いいわね私。」
「覚えているのよ。今日のこの時間を。私と菊地さんと玉ちゃんに再会出来た事。いつか私も菊地さんと結婚出来る事を知れた時間だから。そしてだからこそ、また逢えた時に、菊地さんにも玉ちゃんにも負けない、相応しい女になろうって努力を決意した時間だから。」
「そうなの…」
お姉さんは、少し目を瞑って、それからにっこり笑いました。
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「そっか。…じゃ、頑張んないとね。」
「はい!です。佳奈さんは玉の大切なお姉ちゃんで、お母さんの大切な娘ですよ。」
私の娘?
何を言っているのかしら。
「ねぇ玉。殿ってどちらの殿様なの?」
「殿は、玉の大切な、一番大切な殿方です。」
「トノガタ?玉、それって。」
「ね、私これって?」
「この人は玉ちゃんのお母さんで、しずさんって言うの。でも、私を知らないって事みたいだから、時間軸とかがズレているっぽいね。」
「玉。いつの間にそんな方が出来たの?私まだ、あなたに花嫁修行を何もしてないわ。」
「はい、玉は殿にお世話になりっぱなしでしたけど、色々な事を教えてもらって、今はお料理もお洗濯もお掃除もなんでも出来ます。」
「はぁ。」
「玉ちゃんの方は、先に勘付いたみたいね。あの子頭良いから。」
「私がまだついていけないんだけど。大体どうして、私がまたこんな目に遭うの?」
「それはね。」
玉の言葉にも驚きましたが、あちらも何か凄い事言ってますね。
「一度祠に囚われると、癖になりがちなんだって。これ以上は内緒ね。」
「ケチんぼめ。」
「私は私なんだから、一番私を知ってるのは私でしょ。私だってこれから先、どうなるかは知らないもん。」
「ちょっと待って。何それ?」
「私がわかっている事は、少なくともここまで私も玉ちゃんもお母さんも生きてるって事と、あと数時間耐えないとならないって事だけ。だからおにぎりとかの準備は出来た。薬だけ準備するの忘れてあのよねぇ。」
「…私はどこまで行っても、やっぱり私なのね。」
「残念なのも佳奈さんの特性なのです。」
「残念言うな!」
佳奈お姉さんの言葉が被りましたね。
「だから、とにかく。私があの日を取り戻す為に、もうしばらく耐えなくてはならない。多分、私達の大切なあの人が今、私達の為に動いてくれているから。」
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