210 / 233
第二章 戦
青木佳奈
しおりを挟む
気がついたら、私はここに居た。
★ ★ ★
さっき東武線に乗ったばかりだった筈だよね。
沿線に高校・大学の多い路線だけど、3月頭はもう車内もスカスカだ。
シートの端っこに余裕で座れる。
卒論の提出を終わらせて、部室のロッカーの整理だけの日。
来週はもう卒業式だ。
お父さんがあれこれ着物のカタログを見比べていたけど。
「レンタルで充分でしょ。成人式だって、私は普通のスーツ姿で出席したもん。お金の無駄無駄。」
とか言って、お母さんとわちゃわちゃ口喧嘩していたら、お兄ちゃんがなんか立派な振袖を持って来ちゃった。
「共済の絡みで安く買えた。卒業式くらい家族孝行しろ。あと、詰袖にも直せるからな。店を知ってるから。」
どうやら国家公務員という立場を利用したか、公務員だから出来るサービスがあるのか、年末年始も公務で帰って来なかったくせに、妹の意地や我儘は敏感に対応して下さりやがる。
しかもあんまり押し付けがましくないから、こっちも断り難い。
クソお兄ちゃんめ。ありがたく受け取っておくしかないじゃないか。
あと留袖って言われてもねぇ。
相変わらずの男日照りなんですけどね。
貴方の可愛くない妹は。
最近、ガラケーから買い替えたばかりのスマホを見る。
アドレスにある男の名前は1件だけだ。
「菊地さんと玉ちゃん」
菊地さんとしか知らないぞ。
あの人の名前を聞きそびれたまんまだ。
いつもの保存文を送信してみる。
けど、やっぱり反応はない。
メールアドレスは存在しない。
あの日のあれは、本当にあった事なのかな。
最近、自分が疑わしくなって来た。
でも、夢やうつつでアドレスが勝手に登録される筈は無いし、あの日アニキと玉ちゃんと別れた後に襲って来た猛烈な孤独感と、半ばべ泣きそをかきながら作ったベーコン炒飯の味は覚えている。
あの2人と一緒にいたのは、多分ほんの2~30分。
なのにね。
なんだろう。この絶対に忘れちゃいけない脅迫、いや強迫感。
あんなアニキに引っかかったから、結局今でも私は男性とお付き合いがないまんまだ。
アニキ28って言ったっけ。
私はやっと20だ。
少しだけ追いついた。
また逢いたいな。
アニキと玉ちゃんに逢いたい。
などと、多分、越谷のあたりを過ぎた頃だった。
高架線から地表に降りた覚えはあるから。
でも、私が居た所は、松がランダムに生えて、地面はそれなりに下刈りがしてある荒野の中だった。
★ ★ ★
松林って奴だね。
私が生まれ育った所は、基本的に湿地帯で田んぼばかりだったから、こういう林に入るって経験が殆ど無い。
でも、ここは何処だろう。
私がよくわからない場所にいきなり、ええと転移って言うの?
その経験は2回目だった。
前回はいきなり真っ暗闇の空間に閉じ籠められた。
何が何だかわからなかったけど、不思議と混乱する事もなく、暗闇の中でキョロキョロしていたら、声がした。
「どいてろ。」
その内に、壁から大きな音がした。
2度3度繰り返す内に、穴が空いて、外からの光が私の居る場所を照らし出した。
多分、畳が縦に2枚くらい敷けるくらいの、土壁に囲まれた空間だった。
しばらくして、私が潜り抜けられる穴に広がったので、埃に咳き込みながら外に出れた。
そこにはハンマーを担いだ男の人と、可愛らしい女の子が立っていた。
相変わらず何が何だかわからないまま、私は女の子に建物の中に連れて行かれて、身包み剥がされた。
お湯を使ってタオルで身を拭いている内に、女の子は私の着ていた高校の制服の汚れを綺麗に叩いてくれて、濡れた布巾で拭ってくれた。
ある程度綺麗になって外に出た私が見た物は、即席で軽食を作っている男の人だった。
気がついた時、私は女の子(玉ちゃん)と戯れ合いの口喧嘩をしながら、男の人(菊地さん)の質問に一から答えていた。
あまり男性の人とは話した事がなくて、緊張しちゃって、怖くて話せない私が、あの人には失礼な事をバンバン言いながら、初めて異性との会話を楽しんでいた。
でも。
なんだろう。今日のは違う。
迷い迷い歩く内、良からぬ気配を感じ始めていた。
嫌な、殺気と言うか、欲望と言うか。
周囲を見廻しながら、早歩きで離れる事に決めた瞬間、私の足元に細い竹が刺さった。
尻尾に鳥か何かの羽根が付いている。
嫌だ。
矢だ。
いや、洒落てても仕方ない。
逃げないと。
私は狙われている。
逃げないと。
アキレス腱を切って競技生活は諦めたとはいえ、私は元々陸上部。
種目は中距離走。
毎日10キロは走り込んで居たので、それなりにはスタミナもスピードもある筈だ。
「せぇの。…せっ!」
体勢を低くして、ゼロ距離から一気にトップスピードに乗る。
風切り音が盛んにする。
足元に矢が刺さる。
やがて正面に、汚い着物と木製と思われる胴をつけた男が数人現れた。
皆、小兵で私と同じくらいの背丈だ。
その中の1人が刀を抜いたのが見える。
やばい。
“これが時代劇の撮影なんかじゃ無い''って事は、その刀を見てわかった。
汚いけど、間違いなく本身だ。
アイツは私に襲い掛かる気だ。
人気の無い松林の中に、数人の男と女が1人。
その女の私がロクでも無い運命を辿る事くらい、私でもわかる。
走りながら、藪に刺さり落ちている枝を拾うと、その男達の中に飛び込んだ。
一瞬怯む男の右腕を強かに打ち据えると、私は男達を突っ切り更に加速する。
曲がりなりにも鎧を付けた、私と大差ない体格の男なら、私は振り切れる。
そう判断した。
あいつらだけならば。
松林を抜けて、きちんと耕された畑に出た私が見たものは。
おおよそ100人程のむつけき武士の集団が、矢を構える姿だった。
私は高速で頭をフル回転させた。
どうやって逃げる?
生き残れる?
結論。
無理。
陣形に厚みがあるから、突っ切るのも不可能だし、方向転換しようにも、あの量の矢を交わしきる事なんか出来る訳がない。
私は死ぬのかな。
まだ、菊地さんにも玉ちゃんにも再会してないのに。
こんな、何処だか何だかわからない場所で、私は処女を散らして果てるのか?
嫌だなぁ。
嫌だ。嫌だ。
だったら、その前に死んでやる。
トップスピードから、足首のクッションを効かせて、緑の葉が青々としている畑の畦に静止した。
この何かを育てている農家さんに、せめてもの被害が減る様に。
「このアマ!」
後ろから怒鳴り声がする。
振り返りもしない。
さっきの連中の誰かだ。
ガチャガチャ、かちゃかちゃ足音と共に、鎧が擦れる音が近づいてくる。
なんでこんな絶体絶命なのに、私は落ち着いているの?
菊地さんがまた来てくれるのかな。
それとも、覚悟が決まったからかな。
ここで人を殺すのならば、自害してやる。
今、青眼に構えるこの1メートルに満たない枝であっても、簡単に死ねる。
薙刀を習う私は、人の急所を幾つも知っている。
あれ?私は笑ってる?
なんで。
私は20年生きてきたけど、何一つ成し遂げていないのに。
初めて出来た好きな人に、気持ちも伝えていないのに。
仕方がない。
こう言う不器用な女が私だ。
その時に、仕損じない様に深呼吸をした。
その時。
頭上で花火が炸裂した。
思わず空を見上げると、幾つもの小さなパラシュートが降ってくる。
同時に男達が腰を抜かしている。
ぱんぱんぱんぱん。
数本の矢が降って来た。
その先には、火のついたネズミ花火がぶら下がっているのが見えた。
「どっけぇぇぇぇええぃ!」
男達の背後から、ロケット花火を大量に撒き散らしながら突っ込んで来る人は。
私だった。
★ ★ ★
高い笛の音をさせて、ロケット花火は地を這う男達に向かって行く。
慌てて逃げ出す男達に、''私''は、水鉄砲で何かを撒いている。
男達は目を押さえて悶えている。
「聖域特製蜜柑の皮汁だぞ。たぬちゃんですら怖がる酸味だ!」
モーゼの十戒の如く、男達が左右に分かれる中を''私''は小走りで駆け抜けて来た。
「よし、まだ生きてるな、私!」
私の生存確認をした私は、私の背後にいた私を追って来た男達にも、火のついた爆竹を投げる。
慌てて逃げ散った男達を尻目に、私は私に話しかけてきた。
「追加!」
バズーカ砲みたいなクラッカーを肩に担いで、紐引いてドン!
何これ。
って言うか、何処から出した私?
盛大な音と、一瞬の閃光で、今度こそ男達は逃げ散って行った。
なんなの?これ。
★ ★ ★
「ネタバレをするなら私は2年後の私だよ。」
2年後の私は、撃った花火をきちんと畑のゴミ捨て場に捨てて、私に振り返った。
改めて、私は私と名乗る私をまじまじと見つめた。
たしかに少し大人びてるけど、私に見える。
「私が今何を考えいるか、私は覚えているから話すけど、たかが2年くらいで老けないし、おっぱいも膨らまないよ。体重も変わってないし。」
「ここは何処なの。私っぽい人。」
「右のおっぱいに黒子がある私さんさぁ。」
「…いい加減出鱈目な経験をした事もあるから、あなたが2年後の私って言われても否定する気はないけど、もう少しまともな個人情報はなかったの?」
「お兄ちゃんがくれた振袖、今どうなってると思う?」
「…なんか私の事だから、余計な事してそうだから、聞きたくない。」
「正解。」
「やだなぁ。」
なんだろう。
いくら私相手だとは言え、この何にも考えなさぶりは。
「私は2年前に、私に助けらたから、2年後私を助けに来た。」
「なんで2年後なの?」
「それはね。」
私はとんでもない爆弾発言を私にかましてくれた。
「私が菊地さんと婚約したから。」
「………逢えたの?」
「苦労したけどね。因みに玉ちゃんも菊地さんの婚約者。」
「…重婚?」
あの野郎。
「玉ちゃんは、私の時代の人じゃないもん。戸籍が無ければ重婚にもならないわよ。あとは男の甲斐性次第。」
「あの。どっちが正妻なの?」
「だからまだ婚約段階なんだっての。そりゃ戸籍上は私なんだろうけど、あの人と玉ちゃんの絆に入り込むのには苦労したわ。」
「そう。」
そっか。
私は逢えるんだ。
だったら私は死ぬわけにはいかない。
必ずいつもの東武線に帰ってやる。
「その玉ちゃんは?菊地さんは?」
「あの2人はそれぞれ別の所で戦っているよ。特に玉ちゃんは、私達と生きている時間と時代が違うから。菊地さんのお嫁さんになる為の試練を受けているの。」
戦っている?
あの玉ちゃんが?
「私だって今さっき、戦っていたでしょうが。」
「あぁ、そういえばそうか。」
「まぁ、人殺しはしたくないから、全部花火でコケ脅しだけどね。」
「なんで花火如きで逃げちゃったのかしら。」
そこで私は、私の言った事が理解出来なかった。
というか、頭に染み込むまで時間がかかった。
「今は治承4年。わかりやすく言えば、鎌倉幕府成立直前なの。日本人が火薬を知ったのは元寇の時の焙烙玉が最初。つまり、この時代の人間には意味不明な兵器なのよ。」
…………。
あぁ、そうか。
新兵器が発明されて戦場に投入された時、普通の兵士は逃げまとうのが普通だ。
後方にいる指揮官が現実が把握出来なくて、闇雲に突撃を命じて犠牲者を増やす。
長篠の戦いから、幕末のガトリング銃やその後の機関銃まで、人間は同じ間違いを繰り返し続けた。
ただの花火でも、強力な武器になるんだね。
「さて、私達も玉ちゃんに加勢します。」
「はい?なんで?」
「私がこの後、私について行った場所がそうだったから。」
あぁもう。
なんなのこの時間旅行SFは。
青い猫型ロボット、助けてぇ。
「私はこの間、薙刀の進級試験を受けたよね。」
「受けたけど…。」
「その結果は言いません。でも私は薙刀を使える。」
「…使えるけど。」
「そこでです。」
私は何処からともかく、薙刀を取り出した。しかも3尺ものじゃないの。
「さっきの花火と言い、何処から出した?」
「内緒。今日だけ、とある人から借りた能力です。」
「菊地さん絡みだと、何があっても驚いちゃいけないのね。」
私は私から、薙刀を受け取った。
皮で作られたカバーが付いている。
「刃引きしてないから。気をつけてね。」
「しろよ。」
さっき人殺しはしたくないって言ったばかりじゃん。
「それは鹿島神宮の神様、武甕槌の加護があるから、振り回してれば持ち主は怪我しないそうよ。少なくとも私は。」
「……敵の人は?」
「さぁ?」
あ、この、私野郎。
これまた見事な邪悪な笑顔を見せやがった。
間違えてもその顔を菊地さんに見せるなよ。
あと、武甕槌の加護?
2年後の私、どうなっているのよ。
「私はこれ。」
私が出したものは、薙刀と同じくらい長い長弓。
「こっちは順調に昇段してるわ。今は二段。」
自分の事とはいえ、何を目指しているの?私。
「行くわよ私。私の縁(えにし)の為に。」
走り出した私を慌てて追いかける。
走って行ける所なのだろうか。
それにここが何処か、私まだ聞いてない。
★ ★ ★
さっき東武線に乗ったばかりだった筈だよね。
沿線に高校・大学の多い路線だけど、3月頭はもう車内もスカスカだ。
シートの端っこに余裕で座れる。
卒論の提出を終わらせて、部室のロッカーの整理だけの日。
来週はもう卒業式だ。
お父さんがあれこれ着物のカタログを見比べていたけど。
「レンタルで充分でしょ。成人式だって、私は普通のスーツ姿で出席したもん。お金の無駄無駄。」
とか言って、お母さんとわちゃわちゃ口喧嘩していたら、お兄ちゃんがなんか立派な振袖を持って来ちゃった。
「共済の絡みで安く買えた。卒業式くらい家族孝行しろ。あと、詰袖にも直せるからな。店を知ってるから。」
どうやら国家公務員という立場を利用したか、公務員だから出来るサービスがあるのか、年末年始も公務で帰って来なかったくせに、妹の意地や我儘は敏感に対応して下さりやがる。
しかもあんまり押し付けがましくないから、こっちも断り難い。
クソお兄ちゃんめ。ありがたく受け取っておくしかないじゃないか。
あと留袖って言われてもねぇ。
相変わらずの男日照りなんですけどね。
貴方の可愛くない妹は。
最近、ガラケーから買い替えたばかりのスマホを見る。
アドレスにある男の名前は1件だけだ。
「菊地さんと玉ちゃん」
菊地さんとしか知らないぞ。
あの人の名前を聞きそびれたまんまだ。
いつもの保存文を送信してみる。
けど、やっぱり反応はない。
メールアドレスは存在しない。
あの日のあれは、本当にあった事なのかな。
最近、自分が疑わしくなって来た。
でも、夢やうつつでアドレスが勝手に登録される筈は無いし、あの日アニキと玉ちゃんと別れた後に襲って来た猛烈な孤独感と、半ばべ泣きそをかきながら作ったベーコン炒飯の味は覚えている。
あの2人と一緒にいたのは、多分ほんの2~30分。
なのにね。
なんだろう。この絶対に忘れちゃいけない脅迫、いや強迫感。
あんなアニキに引っかかったから、結局今でも私は男性とお付き合いがないまんまだ。
アニキ28って言ったっけ。
私はやっと20だ。
少しだけ追いついた。
また逢いたいな。
アニキと玉ちゃんに逢いたい。
などと、多分、越谷のあたりを過ぎた頃だった。
高架線から地表に降りた覚えはあるから。
でも、私が居た所は、松がランダムに生えて、地面はそれなりに下刈りがしてある荒野の中だった。
★ ★ ★
松林って奴だね。
私が生まれ育った所は、基本的に湿地帯で田んぼばかりだったから、こういう林に入るって経験が殆ど無い。
でも、ここは何処だろう。
私がよくわからない場所にいきなり、ええと転移って言うの?
その経験は2回目だった。
前回はいきなり真っ暗闇の空間に閉じ籠められた。
何が何だかわからなかったけど、不思議と混乱する事もなく、暗闇の中でキョロキョロしていたら、声がした。
「どいてろ。」
その内に、壁から大きな音がした。
2度3度繰り返す内に、穴が空いて、外からの光が私の居る場所を照らし出した。
多分、畳が縦に2枚くらい敷けるくらいの、土壁に囲まれた空間だった。
しばらくして、私が潜り抜けられる穴に広がったので、埃に咳き込みながら外に出れた。
そこにはハンマーを担いだ男の人と、可愛らしい女の子が立っていた。
相変わらず何が何だかわからないまま、私は女の子に建物の中に連れて行かれて、身包み剥がされた。
お湯を使ってタオルで身を拭いている内に、女の子は私の着ていた高校の制服の汚れを綺麗に叩いてくれて、濡れた布巾で拭ってくれた。
ある程度綺麗になって外に出た私が見た物は、即席で軽食を作っている男の人だった。
気がついた時、私は女の子(玉ちゃん)と戯れ合いの口喧嘩をしながら、男の人(菊地さん)の質問に一から答えていた。
あまり男性の人とは話した事がなくて、緊張しちゃって、怖くて話せない私が、あの人には失礼な事をバンバン言いながら、初めて異性との会話を楽しんでいた。
でも。
なんだろう。今日のは違う。
迷い迷い歩く内、良からぬ気配を感じ始めていた。
嫌な、殺気と言うか、欲望と言うか。
周囲を見廻しながら、早歩きで離れる事に決めた瞬間、私の足元に細い竹が刺さった。
尻尾に鳥か何かの羽根が付いている。
嫌だ。
矢だ。
いや、洒落てても仕方ない。
逃げないと。
私は狙われている。
逃げないと。
アキレス腱を切って競技生活は諦めたとはいえ、私は元々陸上部。
種目は中距離走。
毎日10キロは走り込んで居たので、それなりにはスタミナもスピードもある筈だ。
「せぇの。…せっ!」
体勢を低くして、ゼロ距離から一気にトップスピードに乗る。
風切り音が盛んにする。
足元に矢が刺さる。
やがて正面に、汚い着物と木製と思われる胴をつけた男が数人現れた。
皆、小兵で私と同じくらいの背丈だ。
その中の1人が刀を抜いたのが見える。
やばい。
“これが時代劇の撮影なんかじゃ無い''って事は、その刀を見てわかった。
汚いけど、間違いなく本身だ。
アイツは私に襲い掛かる気だ。
人気の無い松林の中に、数人の男と女が1人。
その女の私がロクでも無い運命を辿る事くらい、私でもわかる。
走りながら、藪に刺さり落ちている枝を拾うと、その男達の中に飛び込んだ。
一瞬怯む男の右腕を強かに打ち据えると、私は男達を突っ切り更に加速する。
曲がりなりにも鎧を付けた、私と大差ない体格の男なら、私は振り切れる。
そう判断した。
あいつらだけならば。
松林を抜けて、きちんと耕された畑に出た私が見たものは。
おおよそ100人程のむつけき武士の集団が、矢を構える姿だった。
私は高速で頭をフル回転させた。
どうやって逃げる?
生き残れる?
結論。
無理。
陣形に厚みがあるから、突っ切るのも不可能だし、方向転換しようにも、あの量の矢を交わしきる事なんか出来る訳がない。
私は死ぬのかな。
まだ、菊地さんにも玉ちゃんにも再会してないのに。
こんな、何処だか何だかわからない場所で、私は処女を散らして果てるのか?
嫌だなぁ。
嫌だ。嫌だ。
だったら、その前に死んでやる。
トップスピードから、足首のクッションを効かせて、緑の葉が青々としている畑の畦に静止した。
この何かを育てている農家さんに、せめてもの被害が減る様に。
「このアマ!」
後ろから怒鳴り声がする。
振り返りもしない。
さっきの連中の誰かだ。
ガチャガチャ、かちゃかちゃ足音と共に、鎧が擦れる音が近づいてくる。
なんでこんな絶体絶命なのに、私は落ち着いているの?
菊地さんがまた来てくれるのかな。
それとも、覚悟が決まったからかな。
ここで人を殺すのならば、自害してやる。
今、青眼に構えるこの1メートルに満たない枝であっても、簡単に死ねる。
薙刀を習う私は、人の急所を幾つも知っている。
あれ?私は笑ってる?
なんで。
私は20年生きてきたけど、何一つ成し遂げていないのに。
初めて出来た好きな人に、気持ちも伝えていないのに。
仕方がない。
こう言う不器用な女が私だ。
その時に、仕損じない様に深呼吸をした。
その時。
頭上で花火が炸裂した。
思わず空を見上げると、幾つもの小さなパラシュートが降ってくる。
同時に男達が腰を抜かしている。
ぱんぱんぱんぱん。
数本の矢が降って来た。
その先には、火のついたネズミ花火がぶら下がっているのが見えた。
「どっけぇぇぇぇええぃ!」
男達の背後から、ロケット花火を大量に撒き散らしながら突っ込んで来る人は。
私だった。
★ ★ ★
高い笛の音をさせて、ロケット花火は地を這う男達に向かって行く。
慌てて逃げ出す男達に、''私''は、水鉄砲で何かを撒いている。
男達は目を押さえて悶えている。
「聖域特製蜜柑の皮汁だぞ。たぬちゃんですら怖がる酸味だ!」
モーゼの十戒の如く、男達が左右に分かれる中を''私''は小走りで駆け抜けて来た。
「よし、まだ生きてるな、私!」
私の生存確認をした私は、私の背後にいた私を追って来た男達にも、火のついた爆竹を投げる。
慌てて逃げ散った男達を尻目に、私は私に話しかけてきた。
「追加!」
バズーカ砲みたいなクラッカーを肩に担いで、紐引いてドン!
何これ。
って言うか、何処から出した私?
盛大な音と、一瞬の閃光で、今度こそ男達は逃げ散って行った。
なんなの?これ。
★ ★ ★
「ネタバレをするなら私は2年後の私だよ。」
2年後の私は、撃った花火をきちんと畑のゴミ捨て場に捨てて、私に振り返った。
改めて、私は私と名乗る私をまじまじと見つめた。
たしかに少し大人びてるけど、私に見える。
「私が今何を考えいるか、私は覚えているから話すけど、たかが2年くらいで老けないし、おっぱいも膨らまないよ。体重も変わってないし。」
「ここは何処なの。私っぽい人。」
「右のおっぱいに黒子がある私さんさぁ。」
「…いい加減出鱈目な経験をした事もあるから、あなたが2年後の私って言われても否定する気はないけど、もう少しまともな個人情報はなかったの?」
「お兄ちゃんがくれた振袖、今どうなってると思う?」
「…なんか私の事だから、余計な事してそうだから、聞きたくない。」
「正解。」
「やだなぁ。」
なんだろう。
いくら私相手だとは言え、この何にも考えなさぶりは。
「私は2年前に、私に助けらたから、2年後私を助けに来た。」
「なんで2年後なの?」
「それはね。」
私はとんでもない爆弾発言を私にかましてくれた。
「私が菊地さんと婚約したから。」
「………逢えたの?」
「苦労したけどね。因みに玉ちゃんも菊地さんの婚約者。」
「…重婚?」
あの野郎。
「玉ちゃんは、私の時代の人じゃないもん。戸籍が無ければ重婚にもならないわよ。あとは男の甲斐性次第。」
「あの。どっちが正妻なの?」
「だからまだ婚約段階なんだっての。そりゃ戸籍上は私なんだろうけど、あの人と玉ちゃんの絆に入り込むのには苦労したわ。」
「そう。」
そっか。
私は逢えるんだ。
だったら私は死ぬわけにはいかない。
必ずいつもの東武線に帰ってやる。
「その玉ちゃんは?菊地さんは?」
「あの2人はそれぞれ別の所で戦っているよ。特に玉ちゃんは、私達と生きている時間と時代が違うから。菊地さんのお嫁さんになる為の試練を受けているの。」
戦っている?
あの玉ちゃんが?
「私だって今さっき、戦っていたでしょうが。」
「あぁ、そういえばそうか。」
「まぁ、人殺しはしたくないから、全部花火でコケ脅しだけどね。」
「なんで花火如きで逃げちゃったのかしら。」
そこで私は、私の言った事が理解出来なかった。
というか、頭に染み込むまで時間がかかった。
「今は治承4年。わかりやすく言えば、鎌倉幕府成立直前なの。日本人が火薬を知ったのは元寇の時の焙烙玉が最初。つまり、この時代の人間には意味不明な兵器なのよ。」
…………。
あぁ、そうか。
新兵器が発明されて戦場に投入された時、普通の兵士は逃げまとうのが普通だ。
後方にいる指揮官が現実が把握出来なくて、闇雲に突撃を命じて犠牲者を増やす。
長篠の戦いから、幕末のガトリング銃やその後の機関銃まで、人間は同じ間違いを繰り返し続けた。
ただの花火でも、強力な武器になるんだね。
「さて、私達も玉ちゃんに加勢します。」
「はい?なんで?」
「私がこの後、私について行った場所がそうだったから。」
あぁもう。
なんなのこの時間旅行SFは。
青い猫型ロボット、助けてぇ。
「私はこの間、薙刀の進級試験を受けたよね。」
「受けたけど…。」
「その結果は言いません。でも私は薙刀を使える。」
「…使えるけど。」
「そこでです。」
私は何処からともかく、薙刀を取り出した。しかも3尺ものじゃないの。
「さっきの花火と言い、何処から出した?」
「内緒。今日だけ、とある人から借りた能力です。」
「菊地さん絡みだと、何があっても驚いちゃいけないのね。」
私は私から、薙刀を受け取った。
皮で作られたカバーが付いている。
「刃引きしてないから。気をつけてね。」
「しろよ。」
さっき人殺しはしたくないって言ったばかりじゃん。
「それは鹿島神宮の神様、武甕槌の加護があるから、振り回してれば持ち主は怪我しないそうよ。少なくとも私は。」
「……敵の人は?」
「さぁ?」
あ、この、私野郎。
これまた見事な邪悪な笑顔を見せやがった。
間違えてもその顔を菊地さんに見せるなよ。
あと、武甕槌の加護?
2年後の私、どうなっているのよ。
「私はこれ。」
私が出したものは、薙刀と同じくらい長い長弓。
「こっちは順調に昇段してるわ。今は二段。」
自分の事とはいえ、何を目指しているの?私。
「行くわよ私。私の縁(えにし)の為に。」
走り出した私を慌てて追いかける。
走って行ける所なのだろうか。
それにここが何処か、私まだ聞いてない。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~
釈 余白(しやく)
ライト文芸
今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。
そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。
そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。
今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。
かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。
はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。
rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる