ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

青木佳奈

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気がついたら、私はここに居た。

★  ★  ★

さっき東武線に乗ったばかりだった筈だよね。
沿線に高校・大学の多い路線だけど、3月頭はもう車内もスカスカだ。
シートの端っこに余裕で座れる。

卒論の提出を終わらせて、部室のロッカーの整理だけの日。
来週はもう卒業式だ。

お父さんがあれこれ着物のカタログを見比べていたけど。

「レンタルで充分でしょ。成人式だって、私は普通のスーツ姿で出席したもん。お金の無駄無駄。」

とか言って、お母さんとわちゃわちゃ口喧嘩していたら、お兄ちゃんがなんか立派な振袖を持って来ちゃった。

「共済の絡みで安く買えた。卒業式くらい家族孝行しろ。あと、詰袖にも直せるからな。店を知ってるから。」

どうやら国家公務員という立場を利用したか、公務員だから出来るサービスがあるのか、年末年始も公務で帰って来なかったくせに、妹の意地や我儘は敏感に対応して下さりやがる。
しかもあんまり押し付けがましくないから、こっちも断り難い。
クソお兄ちゃんめ。ありがたく受け取っておくしかないじゃないか。

あと留袖って言われてもねぇ。
相変わらずの男日照りなんですけどね。
貴方の可愛くない妹は。

最近、ガラケーから買い替えたばかりのスマホを見る。
アドレスにある男の名前は1件だけだ。

「菊地さんと玉ちゃん」

菊地さんとしか知らないぞ。
あの人の名前を聞きそびれたまんまだ。

いつもの保存文を送信してみる。
けど、やっぱり反応はない。
メールアドレスは存在しない。

あの日のあれは、本当にあった事なのかな。
最近、自分が疑わしくなって来た。
でも、夢やうつつでアドレスが勝手に登録される筈は無いし、あの日アニキと玉ちゃんと別れた後に襲って来た猛烈な孤独感と、半ばべ泣きそをかきながら作ったベーコン炒飯の味は覚えている。

あの2人と一緒にいたのは、多分ほんの2~30分。
なのにね。
なんだろう。この絶対に忘れちゃいけない脅迫、いや強迫感。

あんなアニキに引っかかったから、結局今でも私は男性とお付き合いがないまんまだ。
アニキ28って言ったっけ。
私はやっと20だ。
少しだけ追いついた。
また逢いたいな。
アニキと玉ちゃんに逢いたい。

などと、多分、越谷のあたりを過ぎた頃だった。
高架線から地表に降りた覚えはあるから。
でも、私が居た所は、松がランダムに生えて、地面はそれなりに下刈りがしてある荒野の中だった。

★  ★  ★

松林って奴だね。
私が生まれ育った所は、基本的に湿地帯で田んぼばかりだったから、こういう林に入るって経験が殆ど無い。

でも、ここは何処だろう。

私がよくわからない場所にいきなり、ええと転移って言うの?
その経験は2回目だった。
前回はいきなり真っ暗闇の空間に閉じ籠められた。
何が何だかわからなかったけど、不思議と混乱する事もなく、暗闇の中でキョロキョロしていたら、声がした。

「どいてろ。」

その内に、壁から大きな音がした。
2度3度繰り返す内に、穴が空いて、外からの光が私の居る場所を照らし出した。
多分、畳が縦に2枚くらい敷けるくらいの、土壁に囲まれた空間だった。

しばらくして、私が潜り抜けられる穴に広がったので、埃に咳き込みながら外に出れた。

そこにはハンマーを担いだ男の人と、可愛らしい女の子が立っていた。
相変わらず何が何だかわからないまま、私は女の子に建物の中に連れて行かれて、身包み剥がされた。

お湯を使ってタオルで身を拭いている内に、女の子は私の着ていた高校の制服の汚れを綺麗に叩いてくれて、濡れた布巾で拭ってくれた。

ある程度綺麗になって外に出た私が見た物は、即席で軽食を作っている男の人だった。

気がついた時、私は女の子(玉ちゃん)と戯れ合いの口喧嘩をしながら、男の人(菊地さん)の質問に一から答えていた。
あまり男性の人とは話した事がなくて、緊張しちゃって、怖くて話せない私が、あの人には失礼な事をバンバン言いながら、初めて異性との会話を楽しんでいた。

でも。
なんだろう。今日のは違う。
迷い迷い歩く内、良からぬ気配を感じ始めていた。
嫌な、殺気と言うか、欲望と言うか。

周囲を見廻しながら、早歩きで離れる事に決めた瞬間、私の足元に細い竹が刺さった。
尻尾に鳥か何かの羽根が付いている。
嫌だ。
矢だ。
いや、洒落てても仕方ない。

逃げないと。
私は狙われている。
逃げないと。

アキレス腱を切って競技生活は諦めたとはいえ、私は元々陸上部。
種目は中距離走。
毎日10キロは走り込んで居たので、それなりにはスタミナもスピードもある筈だ。

「せぇの。…せっ!」

体勢を低くして、ゼロ距離から一気にトップスピードに乗る。

風切り音が盛んにする。
足元に矢が刺さる。

やがて正面に、汚い着物と木製と思われる胴をつけた男が数人現れた。
皆、小兵で私と同じくらいの背丈だ。
その中の1人が刀を抜いたのが見える。

やばい。
“これが時代劇の撮影なんかじゃ無い''って事は、その刀を見てわかった。
汚いけど、間違いなく本身だ。
アイツは私に襲い掛かる気だ。

人気の無い松林の中に、数人の男と女が1人。
その女の私がロクでも無い運命を辿る事くらい、私でもわかる。

走りながら、藪に刺さり落ちている枝を拾うと、その男達の中に飛び込んだ。
一瞬怯む男の右腕を強かに打ち据えると、私は男達を突っ切り更に加速する。

曲がりなりにも鎧を付けた、私と大差ない体格の男なら、私は振り切れる。
そう判断した。

あいつらだけならば。

松林を抜けて、きちんと耕された畑に出た私が見たものは。

おおよそ100人程のむつけき武士の集団が、矢を構える姿だった。

私は高速で頭をフル回転させた。
どうやって逃げる?
生き残れる?
結論。
無理。
陣形に厚みがあるから、突っ切るのも不可能だし、方向転換しようにも、あの量の矢を交わしきる事なんか出来る訳がない。

私は死ぬのかな。
まだ、菊地さんにも玉ちゃんにも再会してないのに。
こんな、何処だか何だかわからない場所で、私は処女を散らして果てるのか?

嫌だなぁ。
嫌だ。嫌だ。

だったら、その前に死んでやる。

トップスピードから、足首のクッションを効かせて、緑の葉が青々としている畑の畦に静止した。
この何かを育てている農家さんに、せめてもの被害が減る様に。

「このアマ!」

後ろから怒鳴り声がする。
振り返りもしない。
さっきの連中の誰かだ。

ガチャガチャ、かちゃかちゃ足音と共に、鎧が擦れる音が近づいてくる。

なんでこんな絶体絶命なのに、私は落ち着いているの?

菊地さんがまた来てくれるのかな。
それとも、覚悟が決まったからかな。

ここで人を殺すのならば、自害してやる。
今、青眼に構えるこの1メートルに満たない枝であっても、簡単に死ねる。

薙刀を習う私は、人の急所を幾つも知っている。

あれ?私は笑ってる?
なんで。
私は20年生きてきたけど、何一つ成し遂げていないのに。
初めて出来た好きな人に、気持ちも伝えていないのに。

仕方がない。
こう言う不器用な女が私だ。
その時に、仕損じない様に深呼吸をした。


その時。


頭上で花火が炸裂した。


思わず空を見上げると、幾つもの小さなパラシュートが降ってくる。
同時に男達が腰を抜かしている。

ぱんぱんぱんぱん。

数本の矢が降って来た。
その先には、火のついたネズミ花火がぶら下がっているのが見えた。

「どっけぇぇぇぇええぃ!」

男達の背後から、ロケット花火を大量に撒き散らしながら突っ込んで来る人は。


私だった。


★  ★  ★

高い笛の音をさせて、ロケット花火は地を這う男達に向かって行く。
慌てて逃げ出す男達に、''私''は、水鉄砲で何かを撒いている。
男達は目を押さえて悶えている。

「聖域特製蜜柑の皮汁だぞ。たぬちゃんですら怖がる酸味だ!」

モーゼの十戒の如く、男達が左右に分かれる中を''私''は小走りで駆け抜けて来た。

「よし、まだ生きてるな、私!」

私の生存確認をした私は、私の背後にいた私を追って来た男達にも、火のついた爆竹を投げる。
慌てて逃げ散った男達を尻目に、私は私に話しかけてきた。

「追加!」

バズーカ砲みたいなクラッカーを肩に担いで、紐引いてドン!
何これ。
って言うか、何処から出した私?

盛大な音と、一瞬の閃光で、今度こそ男達は逃げ散って行った。
 
なんなの?これ。

★  ★  ★

「ネタバレをするなら私は2年後の私だよ。」

2年後の私は、撃った花火をきちんと畑のゴミ捨て場に捨てて、私に振り返った。

改めて、私は私と名乗る私をまじまじと見つめた。
たしかに少し大人びてるけど、私に見える。

「私が今何を考えいるか、私は覚えているから話すけど、たかが2年くらいで老けないし、おっぱいも膨らまないよ。体重も変わってないし。」
「ここは何処なの。私っぽい人。」
「右のおっぱいに黒子がある私さんさぁ。」
「…いい加減出鱈目な経験をした事もあるから、あなたが2年後の私って言われても否定する気はないけど、もう少しまともな個人情報はなかったの?」
「お兄ちゃんがくれた振袖、今どうなってると思う?」
「…なんか私の事だから、余計な事してそうだから、聞きたくない。」
「正解。」
「やだなぁ。」

なんだろう。
いくら私相手だとは言え、この何にも考えなさぶりは。

「私は2年前に、私に助けらたから、2年後私を助けに来た。」
「なんで2年後なの?」
「それはね。」

私はとんでもない爆弾発言を私にかましてくれた。

「私が菊地さんと婚約したから。」
「………逢えたの?」
「苦労したけどね。因みに玉ちゃんも菊地さんの婚約者。」
「…重婚?」
あの野郎。
「玉ちゃんは、私の時代の人じゃないもん。戸籍が無ければ重婚にもならないわよ。あとは男の甲斐性次第。」
「あの。どっちが正妻なの?」
「だからまだ婚約段階なんだっての。そりゃ戸籍上は私なんだろうけど、あの人と玉ちゃんの絆に入り込むのには苦労したわ。」
「そう。」

そっか。 
私は逢えるんだ。
だったら私は死ぬわけにはいかない。
必ずいつもの東武線に帰ってやる。

「その玉ちゃんは?菊地さんは?」
「あの2人はそれぞれ別の所で戦っているよ。特に玉ちゃんは、私達と生きている時間と時代が違うから。菊地さんのお嫁さんになる為の試練を受けているの。」

戦っている?
あの玉ちゃんが?

「私だって今さっき、戦っていたでしょうが。」
「あぁ、そういえばそうか。」
「まぁ、人殺しはしたくないから、全部花火でコケ脅しだけどね。」
「なんで花火如きで逃げちゃったのかしら。」

そこで私は、私の言った事が理解出来なかった。
というか、頭に染み込むまで時間がかかった。

「今は治承4年。わかりやすく言えば、鎌倉幕府成立直前なの。日本人が火薬を知ったのは元寇の時の焙烙玉が最初。つまり、この時代の人間には意味不明な兵器なのよ。」  

…………。
あぁ、そうか。
新兵器が発明されて戦場に投入された時、普通の兵士は逃げまとうのが普通だ。
後方にいる指揮官が現実が把握出来なくて、闇雲に突撃を命じて犠牲者を増やす。
長篠の戦いから、幕末のガトリング銃やその後の機関銃まで、人間は同じ間違いを繰り返し続けた。

ただの花火でも、強力な武器になるんだね。

「さて、私達も玉ちゃんに加勢します。」
「はい?なんで?」
「私がこの後、私について行った場所がそうだったから。」

あぁもう。
なんなのこの時間旅行SFは。
青い猫型ロボット、助けてぇ。

「私はこの間、薙刀の進級試験を受けたよね。」
「受けたけど…。」
「その結果は言いません。でも私は薙刀を使える。」
「…使えるけど。」
「そこでです。」

私は何処からともかく、薙刀を取り出した。しかも3尺ものじゃないの。

「さっきの花火と言い、何処から出した?」 
「内緒。今日だけ、とある人から借りた能力です。」
「菊地さん絡みだと、何があっても驚いちゃいけないのね。」

私は私から、薙刀を受け取った。
皮で作られたカバーが付いている。

「刃引きしてないから。気をつけてね。」
「しろよ。」

さっき人殺しはしたくないって言ったばかりじゃん。

「それは鹿島神宮の神様、武甕槌の加護があるから、振り回してれば持ち主は怪我しないそうよ。少なくとも私は。」
「……敵の人は?」
「さぁ?」

あ、この、私野郎。
これまた見事な邪悪な笑顔を見せやがった。
間違えてもその顔を菊地さんに見せるなよ。
あと、武甕槌の加護?
2年後の私、どうなっているのよ。


「私はこれ。」

私が出したものは、薙刀と同じくらい長い長弓。

「こっちは順調に昇段してるわ。今は二段。」

自分の事とはいえ、何を目指しているの?私。

「行くわよ私。私の縁(えにし)の為に。」

走り出した私を慌てて追いかける。
走って行ける所なのだろうか。
それにここが何処か、私まだ聞いてない。
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