ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

しずさんが消えちゃった

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うにゃうにゃしていたキクヱさんが、僕の中に消えてって、なんですかこの日本語は。
ここ半年に、この台詞何回思ったかな。

さて、どうやら試験勉強を続ける事はもう無理そうだなぁ。
だって、寝室からドン!って音がした。

台所で騒ぎになるとアレだから、居間に向かおうと思ったその瞬間、顔をくしゃくしゃにして号泣する玉が僕の胸に飛び込んで来た。

うわんうわん泣く玉を、黙って抱き締める。頭を優しく撫でてあげると、声は収まり必死で込み上げるものを堪えようとしている。

そのまま、玉が落ち着くまで、黙って抱きしめていた。

「殿…お母さんが…お母さんが…消えちゃった…。」
「そうか。」

実はこんな事になるのでは、と僕は予想はしていた。

「……どうしよう。………やっと、やっとお母さんに逢えたのに。……毎日一杯話して、ご飯習ってたのに……。」
「あれ?」

玉への違和感に、僕は気がついた。

「玉、君…また…。」
「え…あ…殿…どうして?玉…殿に触れない…どうして…どうして…またあの日が来るの?……玉、嫌だよ…せっかく好きな殿方が出来たのに…また1人はヤダ、嫌だよ…殿、助けて…玉を助けて………。」

そう、玉にまた触れられなくなっている。
 
しずさんのいない。
玉と触れ合えない。
またあの日が来たのか。

…待てよ。
荼枳尼天は何て言っていた?
パラドックスを解決させるのは、玉でも青木さんでも無い僕じゃなかったか?
だったら?

僕は少し身体全体に気合いを込めて、''玉の両肩をぱんぱんと叩いた“。
そう言う事か。

「殿?殿?玉は殿に触れないのに、殿は玉に触ってる?」

僕ならば出来る。
何でも出来る。
でも、それじゃ駄目だ。
玉にも出来なくては。


「玉!行くぞ!泣きやめ!」
「ど、どちらに?」
「先ずは、あいつらだ。あいつらを宥めないとな。」

まだひくひくしゃくり上げているけど、僕は玉の手をぎゅっと握って、浅葱屋敷に転移する。

★  ★  ★

そこにはみんないた。
待っていた。
並んでいた。
ぽん子もちびも。
モルモット達も。うさぎもミニうさぎも、ミニ豚もリスも。
ハクセキレイも山鳥も鶉もルリビタキも。
モーちゃんも神馬もヤギ夫婦も。

僕と玉と青木さんとしずさんとの間に紡がれた縁(えにし)の元に集まった動物達であり、しずさんの大切な家族達だ。

何も言わず、じっと僕らを見つめている。

「モルちゃん。玉を慰めてやってくれ。」
「ぷいぷい」
「ぷいぷい」

モルモット達が玉の元に集う。
玉は笑顔こそ見せないけれど、しゃがみ込んで、一頭一頭の頭をそっと撫でて居る。

僕はテーブルの上を見た。
ボウルには、何やら白いゲル状の物。
反対側に、キャベツの千切りが途中で終わり、包丁が地面に落ちている。

テーブルに置かれた、蓋の空いたタッパーには、豚肉・海老・カニカマ・餅が入っているのが見える。
こっちには、マヨネーズとソースか。
オタフ◯ソースなんかうちにはなかったから、玉が何処かで籠に入れたか、青木さんの仕業か。

さっき、うひひって笑ってた新メニューはお好み焼きだったのか。

「わふわふわふ」
『あのねあのね。お母さんがキャベツを切ってて、うさぎ達が下でお裾分けを待ってたの。私は弟と戯れ付いてたら、カタンって音がして、お母さんが消えてたの』

それをキッカケに、みんなが口々に状況を報告してくれる。  

玉がボウルのタネを掻き回す向いで、しずさんはキャベツの千切りをしていた。
そして、うさぎやモルモット達が見ている前で、煙のように消えてしまった、と。

玉がまた泣きそうになったので、慌ててぽん子とちびが玉に飛び付いた。

★  ★  ★   

いつも可愛がっている動物達に慰められた玉は、しばらくして落ち着いてくれた。
それをじっくりと待って、玉を隣に立たせた。
動物達と正対する。
ちびっ子のモルやミニ豚達は、片付けたテーブルの上に並び、鳥達も見えるところに各々止まっている。

玉は目を両手でゴシゴシ吹いて、初めて僕にニコッと笑うと。

「みんなごめんね。玉は負けませんから。だって、殿が居てくださるから。みんながいるから。」

と、元気に宣言してくれた。
…相変わらず化粧の一つもしていないらしい。


さてと。
玉が立ち直ってくれたら、やる事は色々あるけど、先ずはこれだ。

「玉、ご飯を作ってくれないか。今作っていた新作をね。」
「え?ご飯ですか?今?」
「もう直ぐお昼だろ。僕はさっきまで勉強してたから、何を作ろうとか考えてなかったんだ。」
「はぁ、構いませんけど。」

何が何だかわからないけど、どうやら何かか始まるようだ。
殿が動いてくれるようだ。
だったら、玉は殿の言う通りにしよう。

とでも考えをひとまず納得させた様だ。
しずさんの仕事を引き継いで、キャベツの千切りをリズミカルに始めた。

さてと。

「先ずは、モーちゃん、神馬、ヤギ、ルリビタキ。来なさい。」

モーヒヒンメェメェピーピー

モーちゃんと神馬の背に、それぞれ10つがいくらいのルリビタキが乗り、その左右をヤギ夫婦が、ある種のフォーメーションを組んで、来てくれた。

「荼枳尼天信仰の石工家から来たモーちゃん。武甕槌の眷属であり一言主の眷属である神馬と神馬に護られたヤギ夫妻、カグツチとキクヱさんとフクロウくんの導きで来たルリビタキは、それぞれ神との縁(えにし)が深い。だからうちの社で祈ってくれ。」

「もう?」

「祝詞がわからないとか、誦えられないとかどうでも良いよ。うちには神様がいるだろう。しずさんにご飯を強請る神様が。一言主に祈ってくれ。玉としずさんが無事に戻る事を。」

「もう」
「ひん」
「ぴい」

「次にぽん子。」

「わふ?」
なぁに?

「君は市川の動物園から一番最初にここに来た仔だね。僕との縁(えにし)でここに来てくれた。ハクセキレイ達もそうだ。そしてモルちゃん。」

「ぷい」
はい?

「君達は玉との縁(えにし)で来てくれた。うさぎ達もそうだね。そして今は、しずさんの大切な家族だ。家族だから、家族に出来る事をしなさい。それは。」
 
「わふ?」

「普通に過ごす事。君達にはこれからも連続した時間が続くけど、しずさんの時間は途切れてリセットされているかもしれない。でも君達が変わらなければ、しずさんも安心して生活の、今日の続きを送る事が出来る。それは、常にいつも一緒にいる君達にしか出来ない事だよ。」

わふぷいきゅうぴい

はい。素直で元気な返事を頂きました。

「わん?」
あの、僕のご主人様は?

ちびは神様にも動物園にも関係ない、どこぞから迷い込んで来た、シェットランド・シープドッグの仔だ。

「青木さんも、彼女が乗り越えないとならない試練に挑んでいるよ。ちびに出来る事も同じだ。彼女に、ご主人様に逢いたいなぁって想いなさい。君と青木さんとの間に紡がれた縁(えにし)が、きっと彼女の力になる。それは強固な主従関係で結ばれた、ちび、君にしか出来ない。」

「わん」
わかったよ。

「でもその前に、みんなでご飯を食べよう。それは今一番大切な事だよ。」

何故か今日一番の歓声が上がった。
この食いしん坊どもめ。

………

玉がおっかなびっくり鉄板でタネを焼き始めたのを見ながら、僕は考える。

あの日、荼枳尼天は言った。

『しずは死んでおった。だから巫女っ子を社に閉じ籠めた。』

と。

僕ならば救助は容易い。
何故ならば、それだけの縁(えにし)をしずさんとは直接、もしくは玉を通じて紡いで来た。

だから、しずさんが殺される「時間」を正確に知る事が出来る。
しずさんが殺される「場所」を正確に知る事が出来る。
その為の浅葱の力だし、その為の神馬だ。 

大口真神は言った。 

『俺は主の刀にいつも居る』

大体の時間と場所に転移して、真神と共に突撃すれば、大体の「敵」は殺戮出来る。
 
そして、その時が来た。

僕がすべき事。
玉がすべき事。
青木さんがすべき事。

待てよ。
ひょっとして僕が一番大変なんじゃないか?これ?

やれやれ。仕方ないなぁ。
ご先祖様さぁ。確かにこれは口では説明出来ないし、説明しちゃいけない事だ。

浅葱の力は、極々個人的な欲望を叶える力とか言ってたな。
確かに個人的な欲望であり、欲求だ。

そして飛び切り厄介だ。

ついでに言うと、予想も想定も出来ない。行き当たりばったりで行くしかないじゃないか。

まぁ、良いか。
畑に行って、サラダ菜と人参ととうもろこしを採ってこよう。
あと、しずさんが果物を乾燥させていたな。
先ずはご飯だ。
お腹が空いて、良い仕事は出来ないだろう。










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