ご飯を食べて異世界に行こう

compo

文字の大きさ
上 下
202 / 233
第二章 戦

また厄介な事言われました

しおりを挟む
「菊地様、お約束の物をお願い致します。」

そこには佐原で会った愉快なお姉ちゃんではなく、巫女装束をきちんと織り目正しく着込んだ、武甕槌の巫女として、キクヱさんが僕らの前に立っていた。
同時に一瞬だけ鼓膜が引き攣る感触がする。
そして世界から色が無くなる。
 
今生の現実世界を離れ、神域に入って行った事を示しているわけだ。

玉も青木さんも、僕の半歩後ろに左右控えて推移を黙って見守っている。
この2人も、ついさっき香取神宮の別空間に案内されていたし、試練中の記憶は消されているにしても、僕といると巻き込まれるいつもの異常事態なので、特に慌てるそぶりはない。

約束の物。
それは素朴な糸1束と棒2本。
玉と青木さんとしずさんとの間に縁(えにし)を更に深く結ぶ為に、わざわざしずさんにお願いして用意してもらった。
別にこれといった特別な物では無い。
糸は浅葱の山の麓に自生している麻(アマ)から編んでくれたもの。
神職のしずさんには、大麻(オオアサ)は神具の一つであるから、麻を探すのも糸を紡いで布にするのも朝飯前だ。
ただし浅葱屋敷には織機がないので、ただの麻糸を作ってもらった。

棒はそれこそただの棒。
ぼっこなら、普段焚き付けにする程そこら辺にいくらでも落ちているから、それをそこら辺に転がっている刃物で適当に成形してもらった。

全部、浅葱屋敷の周辺で揃えたお手軽品だ。

「たしかにお預かり致しました。」
糸と棒を抱えると、キクヱさんは背にしていた要石に振り返った。

「後ほどお届けにあがりますね。」

後ほど、どこにお届けにあがられるのやら。
僕の家に竜脈を繋げちゃったからなぁ、この人。
台地の際にあるアパートなので、地形的には一応条件には適しているんだろう。

あと、大口真神のいる場所にはどこでも行けるらしいし。
大口真神は僕のいる所なら、地球の裏側にいても現れるって言ってたな。

「あ、そうそう。」
キクヱさんは、身体半分だけ透き通らせて(器用ですね)、最後にとんでもない爆弾を置いていきやがった。

「貴方と佳奈ちゃんのえにしを強固にする為に''まぐわっとき''なさい。最低でもチューくらいしときなさい。」

後ろの2人が固まったのが気配でわかった。

★  ★  ★

こちらの要石にも、僕の左手から伸びる光を交換して終わり。

さて、これで取り敢えず用事は全部終わった。帰ろう帰ろう。
そろそろ陽が傾きだす時間だ。
市川までは遠いぞ。

世界に色が戻って、元の空間。
巨大な杉の木だらけの中に僕らは再び現れた。
幸い他の参拝客観光客はいなかった。
人払いでもしておいてくれたのかな?
あぁ、帰りに武甕槌に挨拶しておかないとな。

「ね、ねぇ。」
「なんですか?」
恐る恐る青木さんが話しかけて来た。

「……するの?」
「したいの?」
「…女にそれを言わせる気?」

とは言っても、僕の女性経験は覚えている限り、女性に引き摺り込まれてなんですな。
僕から口説きに行ったり、誘った事は殆どない。
基本的に狩られてばかりだった。
考えてみれば玉だって、玉の方が一方的に積極的だし。
玉には手は出してないよ。
玉に手を出されてもいないよ。

因みに、デリカシーの欠片も無い返答をしているのは、わざと。
この先に何が待ち受けているのか大体の予想が付いている僕の方が、気持ち的に全く盛り上がれないからだ。

「まぁ、きちんと婚約して結婚するのなら僕は子供が欲しいし頑張りますが。」

でも今日のこれはなんか違う。
義務みたいで変だし嫌。
ましてや初めてなんでしょ。
僕が割と受け身な初体験だったから、本当にお嫁さんになる気なら、もう少しロマンチックな、ね。
って、ありゃりゃ。
青木さんは顔を真っ赤にして、多分深く考えてなさそう。


「玉にもしてくれますか?」
おっと。今のはちょっと来たぞ。
上目遣いの玉は反則だ。
自重、自重。
「玉にするのはやぶさかでは無いけど、今回玉のご指名なかったぞ。」
「なんででしょうか?」

多分チューまでは玉と済ませているからだと思う。

やれやれ。 
やれやれやれやれやれやれやれやれ。 
これはもう、武甕槌に一言もの申さないとあかんね。

今度はもじもじしっぱなしの青木さんに僕が着ているパーカーの裾を引っ張られて参道を歩く羽目になった。

玉は僕の手をニコニコしながら繋いでいるので、せっかく香取神宮では避けられたヘイトを、それもジャージを着て多分お勤めボランティアに来ているのであろう、竹箒を持った中学生(女子多め)から買う僕でした。
あっ!コラ!
…僕の顔見て引っ込むんじゃないよ、武甕槌!

………


武甕槌が逃げちゃったので、普通に参拝。 
ようやく正気に戻ってくれた青木さんと並んでぱんぱん。
玉も後ろでぱんぱん。

向かいにある社務所というか、売店デカいな。
ここにある建物の中で一番大きいぞ。
しかも大抵神社仏閣の売店て、客(?)は外から買うけど、ここは客も普通の店みたいに中に入れる。
初詣とか、このくらい無いと参拝客を捌き切れないんだろうなぁ。

お土産というか、お守りやお札も大量にあるので、端っこから一つ一つ眺めて行こう。

ふむふむ。と僕が手にしたのは木製の御神刀(8,000円)と白蛇のお守り(1,500円)。
本物の御神刀は右腕だか左腕だかに格納(笑)されているけど、お土産屋で木刀を買うノリで買ってしまった。
白蛇のお守りは、白木の箱に納められていたから。
なんとなく白木の箱に惹かれて。

「佳奈さん。常陸帯ですよ。常陸帯。」 
「なぁにそれ?」
「安産のお守りだそうです。」
「むむ!」

隣で玉が何か言ってるけど、聞こえない聞こえない。

あと安産祈願帯は妊娠して安定期に入ってから戌の日に贈られるものだぞぅ。(遠くに向かって小声で言う僕。しずさんに買ってあげた圓生師のCDで教わった落語知識です。)

………

御神籤が無いなぁと思ったら、売店の建物の外にあった。 
なんだろう。僕らの御神籤引きもすっかり恒例化し始めてるな。
一言主神社や榛名神社で御神籤引いたっけなぁ。

僕のは、はい大吉です。
「鹿島の事触れおみくじ」って書いてある。
御神籤も鹿島神宮オリジナルですか、儲かっているなぁ。

『いやぁ、それほどでも』

ふと気がつくと、武甕槌が玉と青木さんの手を取って、御神籤に導いてます。
神様の姿が見えない2人には、自分の意思で御神籤を引いていると思っているのだろう。
…こういうのもインチキとかカンニングとか言うのだろうか。
虫の知らせとか、ヤマ勘とか、まさか神様が傍からちょっかい出しているんじゃないだろうか?

『では。結婚式はウチで挙げると良い』

それだけ言うと、武甕槌は本殿に戻って行った。 
なんだかなぁ。
荼枳尼天と一言主に叱られそうだから、返事は軽々しく出来ないよ。

「あ、殿!こっちも大吉ですよ!」 
「私も!今日はついてるね。」 

そうでしょうねぇ。
呆気に取られて、キクヱさんの分まで武甕槌にもの申すの忘れましたよ。
香取神宮のキクヱさんの正体ってなんなのだろう。

★  ★  ★

さぁ帰るぞ帰るぞ。
トンチキな事態連チャンで、僕はなんだか凄い疲れたぞ。

あと。
「予約。」
とだけ言って、青木さんが青いお守りを押し付けて来た。
予約、と言うのは、''その日が来る前に手を出せ''って事だろうなぁ。
その日って今月中なんだけど。直近にして近々なんだけど。
青いお守りは、青木という名前にかけて本人を暗示しているんだろうし。

「あ、殿。今日はお土産買ってませんよ。」
「香取神宮の草餅を沢山買ってあるから、後で好きなだけご近所に配りなさい。」
しずさんと菅原さんの分は本物で、あとは浅葱の力で複製したものだけど。
「あの草餅美味しかったですねぇ。」
「僕はしずさんが作ってくれる餅の方が好きだけどね。」
「それはそれ。これはこれです。」
「そうですか。」

車は潮来ICからさっさと東関道に乗る。
途中北浦を渡る橋にちょっとだけ玉が歓声を上げたけど、青木さんが直ぐ寝ちゃっていたので「わぁのわ」の途中で声出すのやめた。
もはやどっちが歳上なのかわからない。
代わりに。

「ぷいぷいぷいぷい。」
「玉さん、何それ。」 
「モルちゃんの真似ですよ。」
「あぁ。」

確かにサラダ菜とかあげてご機嫌な時、我が家のモルモット達は歌を歌い出すな。
ただの鳴き声かと思いきや、きちんと旋律がある事に最近気がついた。

どんなモルモットだと言われても、こんなモルモットだ!としか言いようがないモルモットになってしまったぞ。
誰が悪いんだろ。


「玉、さすがに僕も今日は疲れた。青木さんも疲れたみたいだし、晩御飯は外食にしよう。何が良い?」
「そうですね。お昼はお肉でしたから、お魚かなぁ。」
「洋食や中華にも広げてみよう。」
「んんと。んんと。」
そもそもお魚って何食べたらいいんだろ。

「炒飯は殿が作ってくださる方がお店より美味しいですし、餃子はみんなで作る大蒜たっぷりを一度味わってしまうと、お店の餃子じゃ満足出来ない身体に玉はなってしまいました。」
あのニンニク餃子を食べた後は、外出出来ないくらい強烈だからなぁ。

「そうだ。お母さんに何か作ってもらいましょう。」
「それは駄目。しずさんはしずさんで、自分で今晩の献立をもう考えているだろうし、みんなで押しかけたら迷惑だよ。」
しずさんは畑を回って収穫した野菜を軸に、冷蔵庫の前で考えるのが大好きなんだってさ。
後ろにぽん子とちびがついて回る姿が目に浮かんで、疲れた頭がほっこりする。
「そうですか…。」
「まぁ玉だけなら大丈夫だろうけど、しずさんの事だから自分が食べる分を玉にあげちゃうだろうね。」
「それは駄目です。けしからんです。」
「誰がけしからんの?」
「それはえっと。玉とお母さん、どっちもかなぁ。」

あれま。
玉が首を傾げて考えこんじゃった。

まぁいっか。
適当に高速降りて、適当にも店探そう。
「ふぁぁ。」
玉も欠伸し出したし。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。

rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。

セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。 その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。 佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。 ※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

努力しても平均的だった俺が異世界召喚された結果

ひむよ
ファンタジー
全てが平均的な少年、山田 涼太。 その少年は努力してもしなくても、何をしても平均的だった。そして少年は中学2年生の時に努力することをやめた。 そのまま成長していき、高校2年生になったとき、あることが起こり少年は全てが異常へと変わった。 それは───異世界召喚だ。 異世界に召喚されたことによって少年は、自分のステータスを確認できるようになった。すぐに確認してみるとその他の欄に平均的1と平均的2というものがあり、それは0歳の時に入手していた! 少年は名前からして自分が平均的なのはこれのせいだと確信した。 だが全てが平均的と言うのは、異世界ではチートだったのだ。 これは平均的で異常な少年が自由に異世界を楽しみ、無双する話である。 hotランキング1位にのりました! ファンタジーランキングの24hポイントで1位にのりました! 人気ランキングの24hポイントで 3位にのりました!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...