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第二章 戦
もう一箇所
しおりを挟む「あ、大吉だ!」
「玉も大吉です!ほら!殿!」
すっかり元に戻った2人に引き摺られて、もう一度拝殿まで登らされた僕です。
低山(台地)の頂上に社殿があるのと、ダラダラした上り坂はかえって足に来ると思い知ったので、少し離れたところでこっそり腿をぱんぱんと叩いてます。
さっきから何回ぱんぱんってオノマトペを使っているんだろうか。
御籤を引いてる2人の歓声に隠れてね。
ぱんぱん。
あと玉さん。
顔が近い。神籤が近い。近過ぎて御籤の文字が見えません。
大吉でテンションが上がったのか、僕が敢えて離れていたせいか、幸い玉は博物館に気が付かないみたい。
2人共売店でお守りを買って、今度こそ山を降りる。
「殿の御神籤はなんだったんですか?」
御籤とお守りを大切そうにお出掛けポーチに仕舞いながら(誰も結ばずに持ち帰るらしい)、玉が手を繋いでくる。
これで青木さんが反対側の手を繋いで来たら、他の参拝客の方にヘイトを買ってしまうけど、そこら辺はきちんと空気を読んでくれる人で助かる。
あと、僕と玉だけで手を繋いでいたら、外見的に外面的に色々アウトなんだけど、青木さんが玉と並んで歩いているおかげで、かえって意味不明な男女の組み合わせに見えて、余計な勘繰りを招かずに済む。
「うん?大吉だよ。」
裸で持っていた御籤を玉に見せた。
「御神籤は書いてある事が大切なのです。」
玉は僕から御籤を奪い取って読み始めた。
…その為に、僕の手を握ってきたらしい。よそ見して歩いていても大丈夫なように。
「貴方のお守りは、玉ちゃんと同じ袋なんだね。」
僕の持つ白い袋を見て、青木さんが黄色い袋を僕に示してくる。
「何買ったの?」
「家内安全だよ。」
健康祈願も交通安全祈願も、ついでに開運祈願も多分僕には関係ないからね。
「玉ちゃんも家内安全なのよね。どれだけ菊地家は家内危険なのかしら。」
相変わらず変な日本語を即座に作る人だな。
「で、君は何買ったの?」
「金運上昇。」
「は?…あの、お金に苦労してるなら、相談に乗るよ?」
僕らに合わせる為に無駄遣いばかりしてるから。もう。
「何言ってるのよ。エンゲル係数がとっても低い私は給料が毎月全然減らないの!誰かさんのおかげでね!」
「それは僕が悪いのか?」
あと、同じ事を昔君に話した事があるぞ。
「貯金も私の歳を考えるとそれなりに貯まっている方だと思うけど、結婚資金にはまだ足りないのよ。」
「そのくらい、全額僕が出すけど?」
というか、有耶無耶に婚約したと思ってたら、そこまで話が進んでるの?
僕抜きで?
「貴方のご両親がもう亡くなられているのを知っているから、うちの親や兄が金と口を出してくる事がわかり切っているのです。」
「はぁ。」
そう言えば。
ジャリジャリと足音を立てながら、せっかく市川からやって来て、歴史豊かな大神宮の参道の風景に見向きもしないで僕の御籤を読み耽っている、もう1人の婚約者(笑)を見ながらふと思う。
青木さんの方は、ぶっちゃけ青木家にまる投げしても青木一族は嬉々として任されてくれそうだけど、玉はどうすんだ?
出席者は、青木さんと妹でいいとして。(どうせ人間以外の出席者が大変な事になるだろうけど、神様とか狸とか馬とか牛とか)
式をあげる場所はどうしよう?
聖域?浅葱屋敷?玉の時代の玉の家?
三々九度とか、高砂やぁこの浦舟に帆を上げてぇとか、神道的なしきたりとか?
そんなもの、玉の時代にあるのだろうか。
最大の問題は、玉の師匠の大家さんをどうするか、だなぁ。
なんか色々調べないといけないなぁ。
しずさんに聞くのも、なんか恥ずかしいし。
★ ★ ★
「これ、不思議な味のびすけっとですね。何というか、美味しい!って感じは欠片も無いのに、何故か食べるの止まりません。」
「玉ちゃんの食に関する評価は厳しいなぁ。」
やっと駐車場に戻って一休み。
後部座席では、スタ◯のハニーラテとスコーンをもしゃもしゃもしゃもしゃ飲んで食べるお嫁さん達の勝手な食レポが聞こえます。
やっと買ったスタ◯のコーヒーが飲めたよ。
佐原市街で買ったままのマック◯コーヒーはホルダーに刺して、アイスコーヒーを一口。
うむ。
やっと落ち着いた。
さてと。
次は鹿島神宮だ。
話の流れで、あっちの要石にも触らないとならないらしい。
何この安っぽいファミコンRPGのお使いクエスト。
時計を見ると11時過ぎってところか。
帰りは高速を使えば良いし、なんとか時間も足りるかな。
こんな事で浅葱の力を使っちゃいけない。
「あ、これ蜂蜜ですね蜂蜜。」
「玉ちゃんって蜂蜜好きよねぇ。」
「殿に蜂蜜牛乳をお見舞されたからです。なので責任を取ってもらいますよ。」
市販の牛乳に市販の蜂蜜を混ぜたものをおやつのドリンクに出しただけで、僕は何かの責任を取らされるらしい。
「後ろのお姫様がた。お昼はどうするかね?」
あらかじめ調べといて良かった。
玉の地図上とググる先生のご享受で、ある程度の候補は頭に入ってる。
「勿論!肉!」
「お肉!」
うちの姫は揃って肉食でした。
神栖市の124号沿いに、BIGB◯Y(伏せ字になってない)があるので、今日のお昼はハンバーグにしますか。
…僕なら、君達が食べているスコーンでもうお腹いっぱいだけどなぁ。
まぁあの店は、僕にとってはサラダを食べる店なので、なんでもいいか。
………
ハンバーグは玉の大好物だ。
玉が僕の家に来て間も無い頃、冬服を買ってあげようと思い流山の方まで出掛けた時に入った◯っくりドンキーの、木皿に乗ったセットを食べてからお気に入りになった。
僕はあそこのハンバーグ、玉葱か何かの味がキツくて、それが個性になっていて美味しいんだけど、毎日食べられる味では無い。
「何をおっしゃっているんですか。玉は殿が作って下さるはんばぁぐが好きなんですよ。」
「へぇ、貴方ハンバーグも作るんだ。」
「挽肉は安いからねぇ。玉葱は日保ちするし、妹と住んでいた頃は、変なもの作るよりよっぽど安く上がったんだよ。」
材料費も店によっては豚コマより安かったし、アレンジレシピも豊富だから。
「おかげで玉も殿に習って得意料理になりました。」
「そなの?」
「ぱんぱん!」
またぱんぱんか。
空気抜きのコツを教えた時、ぱんぱんって言った覚えがあるなぁ。
………
小見川町あたりで利根川を渡ると、一気に地面が真っ平らになった。
鹿島の工業地帯からの大型車が山ほど走り回っているけど、何しろ道の両側は時々大型店舗がある以外、人家も稀な冬枯れした田畑が果てしなく広がっている。
なので、軽自動車でも圧迫感が全くない。
その内、少しずつ店が増え始め、住宅街がスカスカながら広がり始めた頃、お目当ての赤い看板を見つけ、少し遅いお昼ご飯になった。
玉は俵ハンバーグ。
青木さんは目玉焼きハンバーグ。
僕はサラダバーだけ。
僕があまりお昼を食べない事を心得ている玉に、ハンバーグを一口押し込まれたり、3人で請求書の奪い合いをしたりと賑やかなお昼を終えて、車はまた北上を開始する。
やがて平たい台地に、丘と言うのも烏滸がましい地面の出っ張りの中に国道は突っ込んで、風景が茶色から緑色に変わって来たら、青看板とナビに合わせて左折する。
とある有名サッカー場やJRの最寄駅の案内だらけになって、道路がやたらなだらかな登り降りだらけになって、
僕らは「初めて」鹿島神宮に到着した。
香取神宮とは違い、普通の商店街の果てに鹿島神宮はあった。
幸いな事にというか、神の手が関わったというか、土曜日で満車だらけのコインパーキングで、入り口のすぐそばだけ何故か空いていたので、有無をも言わせず突っ込んだ。
「ここが鹿島神宮ね。なんだか庶民的な感じ?」
と青木さんが軽口を叩けたのも最初のうちだけ。
楼門を潜ると、参道の左右を太い杉の木が天高く聳え並んでいる姿に圧倒されている。
「ほえぇぇぇ。」
間抜けな声は玉から。
「榛名神社でも似たような景色見たでしょ。」
「でもほら、あっちは山の中じゃない。」
「普通の街中からいきなり立派な杉林が出て来たので、玉は腰が抜けました。」
きちんと立ってるじゃないさ。
「なので殿。お姫様抱っこを…。」
「お断りします。」
いや、玉のは甘ったれた冗談なのはわかっているけど。
行手右に建っている拝殿から、武甕槌が手を振っているから。
貴方、三大神宮の御祭神なんだから、他人には見えないからってほいほい出てきちゃダメでしょ。
武甕槌に会釈だけして拝殿を通り過ぎる。
玉も僕に合わせて頭を下げたので、青木さんも慌てて頭を下げる。
武甕槌が寂しそうな顔してるけど、参拝は帰りにね。
鹿島神宮は、拝殿の奥が長くて深い。
入り口にあった案内図を見ていたので、要石が一番奥にある事も把握済み。
それにしても。
踏み固められた土の参道が杉木立の中を真っ直ぐに伸びて行く光景は、なんとも美しい。
右手に鹿園を超えて、奥宮の更に奥。
ひと気がすっかり減った空間に要石がある。
その前には、キクヱさんが佇んでいた。
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