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第二章 戦
そろそろ
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「ところでの。」
抹茶は熱いのと冷たいのが欲しいなどと贅沢を抜かしやがる荼枳尼天様に、グラスに氷と一緒に冷茶を出してあげると、ご本人が切り出しました。
ストロー使わずにゴクゴク飲まれちゃいました。
あぁ、大口真神さんは御狐様の真似をしてお手をしてくれたので、頭をぐりぐり撫でてあげたら真っ赤になって俯きましたよ。
面倒くさいので、浅葱屋敷の箪笥にしまってあった浴衣(男用)を出したら、ぶつぶつ言いながら着てくれたましたよ。
「男物じゃん、これ。」
「しずさんは自前のものがあるけど、玉と青木さんの分なの。女性物は。」
秋に3人と出逢って冬を越し、春を迎える我が家ですが、夏になれば夏の行事をする予定なんです。
常春の浅葱の庭で。
現実世界でも、また大多喜で夏キャンしたい、玉に天の川を見せたいと青木さんよりリクエストされてるし。
七夕やって、星見して、お月見して。
玉が大好きな花火もして。
その時に浴衣は着てもらうんですよ。
「俺も参加したいなぁ。」
「馬の姿でなら良いよ。」
「牛とヤギも一緒でいいか?」
女性形態だと説明が厄介そうだけど、そこは空気を読んでくれるのかな。
因みに花見は、梅も菜の花もずっと咲きっぱなしなので改めてはしません。
しずさんは時々ぽん子とちびを連れて、鶉と一緒に梅林に緋毛氈を敷いてお昼ごはんを食べているそうだけど。
梅見ですか。良いですね。
市川の僕の部屋の庭にも、店子に断りもなく大家さんが梅の木を移植してますけど。
「玉ちゃんが喜んでいるから良いんですよ、お父さん。」
「ですよ。殿。」
「そうですか。」
さっきは鶯が来てましたよ。
まだ晩冬だし啼けてなかったけど。
浅葱屋敷の台所に行けば、我が家では玉が調理酒にしか使ってない割とお高いお酒が転がってますし、料理上手のしずさんは美味しいご飯を作って、ちょっと燗をして、それはそれは楽しい独身生活を満喫しているそうだし。
「ところで、何ですか?」
「そろそろじゃの。」
「そろそろ。」
寒天マンゴーゼリーにニッキ粉をかけたのは正解だった。
渋めに入れた抹茶と、ゼリーの絶妙に苦くて甘くて辛い味が交互に来て飽きない。
「もうすぐ弥生が終わって如月になるの。」
「僕の失業保険も切れますね。」
「その前に、始まるぞ。」
「聞きたく無いなぁ。」
そう。
色々知ってはいたし、覚悟もしていたんですよ。
何かが僕に、僕らに起こると言う事を。
縁のあった色々な神様が予告してたし。
ご先祖様の国麻呂さんも、何か大きな事に巻き込まれるって言ってたし。
刀が強化されたり、馬を乗り熟せって言われたり。(その馬は、僕の目の前でスプーンを咥えて幸せそうにほっぺたを両手で挟んでたりしてるけど)
「それが今月中に起こると言いますか?」
今月はあと2週間くらいしか無いし、10日後は(無理矢理申し込まされた)公務員試験だぞ。
「何が起こるかは、儂には言えん。ただ危険な事とだけは言える。」
「大丈夫ですよ。その先の未来が有る事を、僕の母が死ぬ前に予言してましたから。僕の母は浅葱を旧姓に持つ人でしたから、多分それは事実でしょう。」
「最初から結末を知っていると言うのもアレじゃな。」
「いえ。」
ゼリーを食べ終わって僕の膝を占領しに来た、てんいちとてんじの頭を撫でながら僕は荼枳尼天に答える。
あ、こら。指を舐めないで。くすぐったい。
「一言主の加護を得て、武甕槌の助力を得、大口真神が側にいる僕はともかく。」
いきなり名前を出された真神がびっくりして固まっている。
さっきからぞんざいに扱ってたからなぁ。
僕と彼女の間に信頼関係が結ばれつつある事を理解してないみたいだ。
僕としては一戦を共に戦った戦友だし、しずさんの側に頼もしい味方が増えたと思っているけどね。
「いくらあなたから御神刀を授けられた巫女とはいえ、玉はまだ力の弱い身体の小さな少女ですから。それに浅葱の血を引くとはいえ、ただの人間な青木さんは身を護る術は自分の能力だけです。彼女達には大変な試練となるかも知れません。」
「ほう。」
御狐様がテンの兄弟に膝を取られて悔しいのか、口を僕の肩に乗せて来た。
両手が背中に寄りかかって、少し重い。
「お主は彼奴らが1人になる仮定をもうしておるのか?」
馬を乗り熟せって言うからには、僕にそれだけの機動力を求められる事態を想定しますよ。そりゃ。
「玉にしても僕と離れたところで青木さんを1人で護っていた事がありましたし、青木さんにしても、僕の知らない再会が有るらしいですから。」
青木さんに再会した秋の事。
彼女からすれば4年ぶり、僕らからすればその晩の事だったと思う、
彼女から来たメールには2年ぶりと書かれていた。
特に彼女にそこまで聞いた事は無いのだけど、書き間違えではなく2年前に今の僕が知らない再会があった事は事実らしい。
それが、今回の事と関係があってもおかしくない。
★ ★ ★
「さっきも言ったが、儂はお主や巫女っ子に加護を与えたとは言え、儂自身は大した事はしとらん。あくまでも道を切り開くのは本人じゃ。」
その割には、僕にあれこれ過大な能力を押し付けられてますが。
「お主の力を儂ら神も利用しとるからな。儂らの願いをお主は幾つか叶えてくれておる。」
「その幾つかは、今日みたいにゼリーをご馳走した事ですか?」
「阿呆。」
神様に罵倒されたぞ。
「目の前の社を見てみろ。崩壊寸前の社を建て直し、心が壊れかけていた我が巫女を救い、一言主の穢れを祓い、カグツチの刀を武甕槌に届け、流浪の神になっていた大口真神に居場所を作ってやった。」
ええと。
全部刹那的に流された先で対応させられた事ばかりですよ。
「まだあるぞ。馬頭観音の…
「あぁもう良いです。なんだ僕の半年間。」
異常過ぎるだろ。
「言っておるだろ。お主は儂らの友だ。儂らに出来る事はたかが知れておるが、その分儂らに利益をもたらしてくれる、儂らから見れば、それこそお主は儂らの神じゃ。」
「家族の玉1人制御出来ませんけどね。」
「それはお主から見たお主の考えだな。巫女っ子は自分の全てをお主に委ねとるぞ。」
だから、重たいって。
「浅葱の力とやらは、その場その場の人の願いを叶えて来た力と聞く。」
「まぁ、そうでしょうね。」
「だが、人智を越えた行動は道理の矛盾を招く。」
「その矛盾を背負ってくれていたのが、うちの氏神、一言主と聞きました。」
「お主のやらかしはな、特大過ぎる。更に今回で最大の矛盾が発生するじゃろう。」
「はぁ。」
★ ★ ★
「タイムパラドックスが発生する。その影響は歴史の改変を生じさせるかも知れん。一言主では処理し切れない程のな。」
神様がタイムパラドックスとか言い出したぞ。ふむ、しかし。
「うちの面子でタイムパラドックスが生じる可能性があるのは、しずさんと玉ですね。」
時間軸の違う人間を連れてきて、当初は幾つかあった「制限」とでも言うべき「時の障害」を、僕は一つ一つ取り除いて行った。
結果、しずさんを概念が違う水晶の世界に匿い暮らさせ始め、それこそ玉とは子作りが可能になった。
最初は縁(えにし)を気にして、色々自ら行動を戒めていた筈なのにな。
母に逢いたい玉の気持ちを知ってからは、わざと曖昧にしていたと自分でもわかっていたんだ。
戸籍の存在する現在では「存在してはいけない」彼女達と、大っぴらに暮らす事は難しい。
仮に僕と玉の間に子供が生まれても、私生児から私生児が生まれただけで、社会的に認知を得る事は、そう簡単にはいかないだろう。
★ ★ ★
「当時の巫女っ子は大丈夫じゃ。その為に儂が社に閉じ込めた。未来に繋がるなら巫女っ子は生きられるのじゃろう。」
は?今なんて言った?
「巫女っ子を、お主の言う祠に閉じ込めたのは儂じゃ。もう一度言おうか?」
「いや、一度聞けば充分ですが、でもなんで?」
僕は浅葱の力の暴走だとばかり思い込んでいた。
「あのままでいると、巫女っ子は別の要因で''殺されて''いたからの。この世からいない事にしただけじゃ。」
「意味がわからないんですが?」
「儂には言えんよ。儂のした事はただの緊急避難じゃ。さもないと、この社ごとこの世から消え去るからの。」
「…………。」
どう言う事だ。
今さっきまで、神は人に利益をもたらす事はしない。
と言い切ったばかりじゃないか。
「矛盾はしとらんぞ。儂には当時すべき事があった。人の祈りは儂らの大切な糧じゃ。だから社と巫女を失いたくなかった。儂の我儘じゃ。」
「………。ならば何故しずさんは匿わなかったんですか?」
「その時、既にしずは死んでいたからの。」
「………。」
いかん。頭が回らない。
つまり、玉が探していた時に、しずさんはもう死んでいた。
なら、今のしずさんは?
「霊体とかではないの。しずはきちんと肉体を取り戻している、今後は普通に年老いて、普通に死んでいくだろう。」
「ならば、そのしずさんを生き返らせたのって…。」
「いや、生き返らせたのではなく、死ななかった事にしたのだろう。」
「…浅葱の力で…。」
「それは知らん。儂が見て、知っていたのは、あくまでもしずが殺された現場だけじゃ。時を遡るお主の力があれば、救出する事は容易いじゃろう。」
たしかに、浅葱の力は、死ぬ筈だった人を助ける事が出来る力だ。
「浅葱。神が存在する様に、悪意の塊も存在する。それをお主は知っている筈じゃ。」
「神と相対する者。西洋の宗教ならば悪魔とでも言うんでしょうけど、日本の場合は妖怪変化、鬼、怨霊。そして。」
「祠。」
「祠の意義は儂らにもわからない。人の恨み辛みが集まったものとだけはわかるがの。」
人の精神力が物理的に何かに干渉することは有り得るらしい。
物理的法則で考えれば、それこそ基本中の基本、慣性の法則で否定される事だけど。
近年、霊現象や超能力を“否定する“研究チームから、意味不明な研究結果が上がって来ている。
もしかしたら「何かある」のかもしれないと、現代科学では解明し切れない矛盾が出ていると言う話がある。
それは単なる研究上のエラーにしか過ぎないのかもしれない。
けど、僕らは知っている。
祠と言う物の存在を。
その悪辣さを。
「浅葱。お主はともかく、巫女っ子と青木はまだ力が足りん。お主と大口真神が走り回ったとて、間に合わない事態が起こり得るかも知れん。」
「………。」
「お主の母御が見た未来と言うのは事実じゃろう。だがな。」
「お主とその周りの者が''五体満足''とは言っとらん。手足の欠損が出るやも知れん。」
「………。」
「じゃが、この地には武甕槌を超える武神が居る。奴に2人を連れて逢いに行け。其奴の加護を得よ。」
「経津主神のいる、香取神宮へ。」
抹茶は熱いのと冷たいのが欲しいなどと贅沢を抜かしやがる荼枳尼天様に、グラスに氷と一緒に冷茶を出してあげると、ご本人が切り出しました。
ストロー使わずにゴクゴク飲まれちゃいました。
あぁ、大口真神さんは御狐様の真似をしてお手をしてくれたので、頭をぐりぐり撫でてあげたら真っ赤になって俯きましたよ。
面倒くさいので、浅葱屋敷の箪笥にしまってあった浴衣(男用)を出したら、ぶつぶつ言いながら着てくれたましたよ。
「男物じゃん、これ。」
「しずさんは自前のものがあるけど、玉と青木さんの分なの。女性物は。」
秋に3人と出逢って冬を越し、春を迎える我が家ですが、夏になれば夏の行事をする予定なんです。
常春の浅葱の庭で。
現実世界でも、また大多喜で夏キャンしたい、玉に天の川を見せたいと青木さんよりリクエストされてるし。
七夕やって、星見して、お月見して。
玉が大好きな花火もして。
その時に浴衣は着てもらうんですよ。
「俺も参加したいなぁ。」
「馬の姿でなら良いよ。」
「牛とヤギも一緒でいいか?」
女性形態だと説明が厄介そうだけど、そこは空気を読んでくれるのかな。
因みに花見は、梅も菜の花もずっと咲きっぱなしなので改めてはしません。
しずさんは時々ぽん子とちびを連れて、鶉と一緒に梅林に緋毛氈を敷いてお昼ごはんを食べているそうだけど。
梅見ですか。良いですね。
市川の僕の部屋の庭にも、店子に断りもなく大家さんが梅の木を移植してますけど。
「玉ちゃんが喜んでいるから良いんですよ、お父さん。」
「ですよ。殿。」
「そうですか。」
さっきは鶯が来てましたよ。
まだ晩冬だし啼けてなかったけど。
浅葱屋敷の台所に行けば、我が家では玉が調理酒にしか使ってない割とお高いお酒が転がってますし、料理上手のしずさんは美味しいご飯を作って、ちょっと燗をして、それはそれは楽しい独身生活を満喫しているそうだし。
「ところで、何ですか?」
「そろそろじゃの。」
「そろそろ。」
寒天マンゴーゼリーにニッキ粉をかけたのは正解だった。
渋めに入れた抹茶と、ゼリーの絶妙に苦くて甘くて辛い味が交互に来て飽きない。
「もうすぐ弥生が終わって如月になるの。」
「僕の失業保険も切れますね。」
「その前に、始まるぞ。」
「聞きたく無いなぁ。」
そう。
色々知ってはいたし、覚悟もしていたんですよ。
何かが僕に、僕らに起こると言う事を。
縁のあった色々な神様が予告してたし。
ご先祖様の国麻呂さんも、何か大きな事に巻き込まれるって言ってたし。
刀が強化されたり、馬を乗り熟せって言われたり。(その馬は、僕の目の前でスプーンを咥えて幸せそうにほっぺたを両手で挟んでたりしてるけど)
「それが今月中に起こると言いますか?」
今月はあと2週間くらいしか無いし、10日後は(無理矢理申し込まされた)公務員試験だぞ。
「何が起こるかは、儂には言えん。ただ危険な事とだけは言える。」
「大丈夫ですよ。その先の未来が有る事を、僕の母が死ぬ前に予言してましたから。僕の母は浅葱を旧姓に持つ人でしたから、多分それは事実でしょう。」
「最初から結末を知っていると言うのもアレじゃな。」
「いえ。」
ゼリーを食べ終わって僕の膝を占領しに来た、てんいちとてんじの頭を撫でながら僕は荼枳尼天に答える。
あ、こら。指を舐めないで。くすぐったい。
「一言主の加護を得て、武甕槌の助力を得、大口真神が側にいる僕はともかく。」
いきなり名前を出された真神がびっくりして固まっている。
さっきからぞんざいに扱ってたからなぁ。
僕と彼女の間に信頼関係が結ばれつつある事を理解してないみたいだ。
僕としては一戦を共に戦った戦友だし、しずさんの側に頼もしい味方が増えたと思っているけどね。
「いくらあなたから御神刀を授けられた巫女とはいえ、玉はまだ力の弱い身体の小さな少女ですから。それに浅葱の血を引くとはいえ、ただの人間な青木さんは身を護る術は自分の能力だけです。彼女達には大変な試練となるかも知れません。」
「ほう。」
御狐様がテンの兄弟に膝を取られて悔しいのか、口を僕の肩に乗せて来た。
両手が背中に寄りかかって、少し重い。
「お主は彼奴らが1人になる仮定をもうしておるのか?」
馬を乗り熟せって言うからには、僕にそれだけの機動力を求められる事態を想定しますよ。そりゃ。
「玉にしても僕と離れたところで青木さんを1人で護っていた事がありましたし、青木さんにしても、僕の知らない再会が有るらしいですから。」
青木さんに再会した秋の事。
彼女からすれば4年ぶり、僕らからすればその晩の事だったと思う、
彼女から来たメールには2年ぶりと書かれていた。
特に彼女にそこまで聞いた事は無いのだけど、書き間違えではなく2年前に今の僕が知らない再会があった事は事実らしい。
それが、今回の事と関係があってもおかしくない。
★ ★ ★
「さっきも言ったが、儂はお主や巫女っ子に加護を与えたとは言え、儂自身は大した事はしとらん。あくまでも道を切り開くのは本人じゃ。」
その割には、僕にあれこれ過大な能力を押し付けられてますが。
「お主の力を儂ら神も利用しとるからな。儂らの願いをお主は幾つか叶えてくれておる。」
「その幾つかは、今日みたいにゼリーをご馳走した事ですか?」
「阿呆。」
神様に罵倒されたぞ。
「目の前の社を見てみろ。崩壊寸前の社を建て直し、心が壊れかけていた我が巫女を救い、一言主の穢れを祓い、カグツチの刀を武甕槌に届け、流浪の神になっていた大口真神に居場所を作ってやった。」
ええと。
全部刹那的に流された先で対応させられた事ばかりですよ。
「まだあるぞ。馬頭観音の…
「あぁもう良いです。なんだ僕の半年間。」
異常過ぎるだろ。
「言っておるだろ。お主は儂らの友だ。儂らに出来る事はたかが知れておるが、その分儂らに利益をもたらしてくれる、儂らから見れば、それこそお主は儂らの神じゃ。」
「家族の玉1人制御出来ませんけどね。」
「それはお主から見たお主の考えだな。巫女っ子は自分の全てをお主に委ねとるぞ。」
だから、重たいって。
「浅葱の力とやらは、その場その場の人の願いを叶えて来た力と聞く。」
「まぁ、そうでしょうね。」
「だが、人智を越えた行動は道理の矛盾を招く。」
「その矛盾を背負ってくれていたのが、うちの氏神、一言主と聞きました。」
「お主のやらかしはな、特大過ぎる。更に今回で最大の矛盾が発生するじゃろう。」
「はぁ。」
★ ★ ★
「タイムパラドックスが発生する。その影響は歴史の改変を生じさせるかも知れん。一言主では処理し切れない程のな。」
神様がタイムパラドックスとか言い出したぞ。ふむ、しかし。
「うちの面子でタイムパラドックスが生じる可能性があるのは、しずさんと玉ですね。」
時間軸の違う人間を連れてきて、当初は幾つかあった「制限」とでも言うべき「時の障害」を、僕は一つ一つ取り除いて行った。
結果、しずさんを概念が違う水晶の世界に匿い暮らさせ始め、それこそ玉とは子作りが可能になった。
最初は縁(えにし)を気にして、色々自ら行動を戒めていた筈なのにな。
母に逢いたい玉の気持ちを知ってからは、わざと曖昧にしていたと自分でもわかっていたんだ。
戸籍の存在する現在では「存在してはいけない」彼女達と、大っぴらに暮らす事は難しい。
仮に僕と玉の間に子供が生まれても、私生児から私生児が生まれただけで、社会的に認知を得る事は、そう簡単にはいかないだろう。
★ ★ ★
「当時の巫女っ子は大丈夫じゃ。その為に儂が社に閉じ込めた。未来に繋がるなら巫女っ子は生きられるのじゃろう。」
は?今なんて言った?
「巫女っ子を、お主の言う祠に閉じ込めたのは儂じゃ。もう一度言おうか?」
「いや、一度聞けば充分ですが、でもなんで?」
僕は浅葱の力の暴走だとばかり思い込んでいた。
「あのままでいると、巫女っ子は別の要因で''殺されて''いたからの。この世からいない事にしただけじゃ。」
「意味がわからないんですが?」
「儂には言えんよ。儂のした事はただの緊急避難じゃ。さもないと、この社ごとこの世から消え去るからの。」
「…………。」
どう言う事だ。
今さっきまで、神は人に利益をもたらす事はしない。
と言い切ったばかりじゃないか。
「矛盾はしとらんぞ。儂には当時すべき事があった。人の祈りは儂らの大切な糧じゃ。だから社と巫女を失いたくなかった。儂の我儘じゃ。」
「………。ならば何故しずさんは匿わなかったんですか?」
「その時、既にしずは死んでいたからの。」
「………。」
いかん。頭が回らない。
つまり、玉が探していた時に、しずさんはもう死んでいた。
なら、今のしずさんは?
「霊体とかではないの。しずはきちんと肉体を取り戻している、今後は普通に年老いて、普通に死んでいくだろう。」
「ならば、そのしずさんを生き返らせたのって…。」
「いや、生き返らせたのではなく、死ななかった事にしたのだろう。」
「…浅葱の力で…。」
「それは知らん。儂が見て、知っていたのは、あくまでもしずが殺された現場だけじゃ。時を遡るお主の力があれば、救出する事は容易いじゃろう。」
たしかに、浅葱の力は、死ぬ筈だった人を助ける事が出来る力だ。
「浅葱。神が存在する様に、悪意の塊も存在する。それをお主は知っている筈じゃ。」
「神と相対する者。西洋の宗教ならば悪魔とでも言うんでしょうけど、日本の場合は妖怪変化、鬼、怨霊。そして。」
「祠。」
「祠の意義は儂らにもわからない。人の恨み辛みが集まったものとだけはわかるがの。」
人の精神力が物理的に何かに干渉することは有り得るらしい。
物理的法則で考えれば、それこそ基本中の基本、慣性の法則で否定される事だけど。
近年、霊現象や超能力を“否定する“研究チームから、意味不明な研究結果が上がって来ている。
もしかしたら「何かある」のかもしれないと、現代科学では解明し切れない矛盾が出ていると言う話がある。
それは単なる研究上のエラーにしか過ぎないのかもしれない。
けど、僕らは知っている。
祠と言う物の存在を。
その悪辣さを。
「浅葱。お主はともかく、巫女っ子と青木はまだ力が足りん。お主と大口真神が走り回ったとて、間に合わない事態が起こり得るかも知れん。」
「………。」
「お主の母御が見た未来と言うのは事実じゃろう。だがな。」
「お主とその周りの者が''五体満足''とは言っとらん。手足の欠損が出るやも知れん。」
「………。」
「じゃが、この地には武甕槌を超える武神が居る。奴に2人を連れて逢いに行け。其奴の加護を得よ。」
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