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第二章 戦
ヤギと日本狼
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神馬に跨った瞬間、トコトコと長屋門に向かって歩き始めた。
いや、いきなり歩かれても、こちらは乗馬経験などないんだけど。
たしか作家の椎名誠だったかな。
モンゴルで必要に迫られて乗馬を実地で身に付けされたのは。
尻から出血するほど馬の上下動に苦しめられたとか。
そうして身につけた乗馬術は、お上品な西洋式乗馬術とはまったく別物で、テレビのドキュメンタリーに出演した時に何やらトラブったとか。
しかしこれ。
僕が跨ると同時に、尻の下に鞍が、足元に鎧が出現した感触がある。
目の前には、目には見えないけど手綱がある事が何故かわかったので、両手を伸ばして見たら握れた。
「今更」と言うのは、ここ半年僕を中心に飛び交ったキーワードだけど。
「今更」驚く事も無く、とりあえず馬に乗れる体制が勝手に整った事はわかった。
長屋門を出るまでは玉が横に付いていたようだ。でも何しろ、見かけ上馬具が付いてない裸馬だから、蹴飛ばされない様に離れて歩くしかない。
しかもせいぜい数十歩。
長屋門を跨いだ瞬間、神馬は全てを置き去りにして全力疾走し始めた。
慌てて振り向くと、幸い玉は巻き込まれたりはしなかったようだ。
びっくりした顔で棒立ちになってる。
玉の足元に茶色いものが見えたけど、あれは多分ぽん子とちびだ。
だったら大丈夫か。
あいつらは、いざと言う時一言主に助けを呼べる。
だからモーちゃんが蹄を削る為の散歩に付き合わせているんだ。
あぁ、今は玉達の事より自分の心配をした方がいいんだろうなぁ。
だって神馬が駆ける速度は、体感速度で自動二輪が高速道路を走る感じにさも似たり。
マスクも風防も無いのに、息苦しさを全く感じないのも仕様だろう。
インチキや出鱈目方面には便利な表現だな。
仕様。
まぁ、確かに浅葱屋敷前の道は何処に続くのか気にはなっていた。
今は南に向かって走っている筈だ。
これは普段の太陽の軌道と、屋敷の間取りから判断してのもの。
和歌山にあったという浅葱神社の地形は知らないけど、基本的に南北に走る谷間に家を建てている設定は、熊本も千葉も土地選びの段階から揃えている筈。。
熊本の浅葱本家は、そもそも母が早くに物故したせいで縁遠くなっており、僕の記憶にない。
千葉の浅葱一族(石工さん)が住んでいた土地は、初冬に嫁(笑)2人を連れてキャンプに行ったばかりなので覚えている。
勝浦-小湊間の太平洋に落ち込む寸前の、わずかに広まった平地で、道路はT字路になり、外房を巡る古い街道にぶつかっていた。
房総は半島だから、そりゃ真っ直ぐ行けば海にぶつかる。だわね。
さて、水晶の世界に伸びるこの道は何処に行くのかね。
行けばわかるさ。
(因みにこれ、アントニオ猪木が一休さんの詩を引用したと自分の引退試合で言ってたけど、清水哲夫さんって詩人の作品だったようです。)
★ ★ ★
一つ気がついた事がある。
ええとですねぇ。
普通、馬が疾走したら、パカラ!パカラ!って足音がするんでしょうけどね。
しかも草原ではなく、土とはいえ踏み固められた道だ。
なのに足音がしません。
というか、足の挙動とスピードが合ってません。
これはあれだ。
この間、鹿島神宮に行った時と同じだ。
つまり、神馬は地面ではなく、空を駆っている。
「このまま落馬したら、俺死ねるなぁ。」
とか、珍しく一人称を変えてぼそっと弱音を吐いてみた。
ううむ。神馬に反応なし。
大丈夫とか、私が付いてるとか、言ってくれてもいいのに。
両サイドの景色も変わらない。
せいぜい標高2~30メートルの、これは山とか丘陵とか言うよりも、人の手が加わった里山。
何故なら、いわゆる限界林ではなく、竹や針葉樹、広葉樹が定期的に直線的に仕切られている。
人家は見かけていないけど、休耕田畑と思われる適度に下草が刈られた原野がずっと続く。
視界の右端が落ち込んでる様に見える事から、川はずっと続いて流れているのだろう。
左手には温泉の排水溝があった筈が、とっくの昔に消えている。
おそらくは、自然濾過が充分だと思った土地神が適当に地面下に沈めているのだろう。
あれ?
なんか余裕あるな僕。
ついさっき弱音を吐いた筈なのに。
まぁ、神様絡みの案件だし、そこはそこ、ある程度の安全は保障してくれたのかな。
だってほら、何かあったら反応する御神刀が黙ったままだ。
と言う事は、祠系のトラブルではないのだろう。
だったら、いつものように流されるか。
などと考えたのが失敗。
というか、こう言うのって口に出さなきゃフラグ立たないのがセオリーだろ。
なのになんで、僕の左手が光出すんだよ。
同時に神馬の速度が更に上がる。
目標がわかった。
正面に「黒」がいる。
仕方がない。
左手を手綱から離すと、手首を軽く振る。そのまま現れた御神刀を軽く下手に垂らしたまま、神馬ごと前方に溜まる黒に突入した。
悲鳴をあげて、黒が倒れる。
集団の黒が、2匹の白を追いかけていたのだ。
白の1匹にはツノがあり顎髭が確認出来た。ヤギに見える。
ヤギには覚えがある。
ちびが飢えて彷徨っていた頃、ちびに乳を与え、僕の存在を示したメェメェが居た。
そのメェメェが、僕らとすれ違ったヤギだと思うすれば、助けない道理はない。
黒の中で刀を振る。
右手で手綱を操り、群れの中を縦横無尽に駆け回る。
黒の正体はなんだ?
馬上で見る限り、犬に見える。
それも大型犬だ。ハスキー犬を彷彿とさせる大きさだ。
幸いな事に、と言おうか。
後が面倒な事になりそうだと言おうか。
僕の刀に斬られた犬は、悲鳴と共に光の粒子となって消える。
血液ジュバー、内臓グチャなスプラッターな場面ではない。
つまり、こいつらは犬じゃない。
犬科の何かでもない。
一言主が、わざわざ僕を呼んだのも、こいつらの退治が出来るのは僕だけだと判断したからだ。
そしてこいつらは北上していた。
つまり、浅葱の屋敷に来る可能性があるわけだ。
両親を亡くした僕にとって、しずさんは僕の大切な「母さん」だ。
その母さんの日常を壊す奴に容赦は要らない。
その速度を全く緩めること無く、数メートルで切り替えし続ける神馬に黒はついていく事が出来ず。
一つの集団を成していたものは、数分と経たずに崩壊した。
僅かに残った2頭に、御神刀からの気を投げる。
ヤギを神馬に任せると、剣威に動けなくなった黒に近寄る。
玉や青木さんが居れば悲鳴をあげるところだけど、意味もなく意味もない経験値を年明けからこっち山の様に積んできた僕だ。
僕の刀には、剣神たる武甕槌の祝福もかかっている。
半端な人外なんぞ塵芥に出来るのが今の僕だ。(今のは意識的に駄洒落)
既に黒は首を下げている。
動けないからその程度の服従姿勢を取っているとわかった。
動けるなら、お腹を見せて降参しているだろう。
狸の言葉がわかるのに、犬の言葉がわからない僕じゃない。
彼らはただ恐怖を言語化出来ずに身体で表しているだけだ。
さて、こいつら、あれ?あれれ?
「野良犬とかだと思ったら違うな。」
『狼だ。』
ヤギを連れて神馬が近寄って来た。
あ、こいつ初めて口効いたな。
『狼は明治年間に絶滅している。この水晶内の時代でも絶滅済みだ、ただしこいつらはただの狼じゃない。』
なんだか偉そうに解説をする馬ですな。
この水晶の時代設定は明治末期から大正初期だっけ。
(後で調べたら、日本狼の絶滅は明治38年。しかし熊本の山の中に生き残って居てもおかしくは無いか)
「あぁつまり、こいつらも神の一部とか言うんじゃないだろうな。」
これ以上神様を増やすんじゃないよ。
迷惑だろ。
うちには巫女が2人しかいないんだぞ。
『……何故わかった?』
「そりゃ日本人だからな。多少の神話知識はあるよ。狼=大神だろ。農家に取っては畑を荒らす野生動物を食べる益獣とされていた。だいたい、これまで何柱の神様を名乗る連中と付き合いがあると思ってる。お前んとこの武甕槌だってだ。」
僕は神馬に刀を突きつけた。
『ふむ、たしかにこの刀には武甕槌の匂いがある』
「って事はだ。お前さんキクヱさんがよこした単なる土産物じゃないな。」
『……』
「狼を司る神は大口真神。あんたはそこら辺の縁者じゃないかね。」
『何故、そう思った?』
「なんと無く、かなぁ。」
僕は2頭の日本狼に刀を向けた。
狼達は静かに僕を見つめている。
「はっ」
気合い一閃。
刀を水平に振ると、狼は光輝く。
黒い身体から、黒が抜け、全身が白くなる。
ふむふむ。
一言主の穢れを祓った時は玉の祝詞が必要だったけど、そこまでは穢れていなかったか。
左手を上に差し上げると、御神刀は音もなく僕の身体に吸収されていった。
もう危険は無いのだろう。
白い狼は神馬の前に立った。
『改めて礼を言おう。我が名は大口真神。真神と呼ぶが良い。元は飛鳥で祀られておったが、戦乱の世、流れ流れて日本武尊と共に常陸に下った。武甕槌の元に身を寄せていたが、何故お主の元に送られたのかは自分にもわからなかった』
つまりキクヱさんの野郎が人に押し付けやがったわけだ。
あと日本武尊て。
また面倒くさそうな名前が出て来た。
『神と言っても位は低いでな。聖なる獣、聖獣とでも言ったところだ』
「うち、神様余ってんだけどな。」
『知ってる。荼枳尼天には狐をはじめとする眷属が沢山いるが、一言主には巫女が1人いるだけだ。ならば私が一言主を守ろうぞ』
「いや、少しは人の話を聞けって。」
まったく。
一番押しの強い神様かもしれんな。
さて、これからどうしよう。
「うちに来るか?」
ヤギは首をブンブン縦に振っている。
「そうか、しかし。」
僕は改めて今来た報告を眺めた。
のんびりとした谷間の風景だ。
神馬のスピードからすると、結構な距離来たぞこれ。
ヤギ2匹に狼2頭。
いずれも自走可能(言い方!)とは言え、多分数キロあるだろう。
南を向いても似たような風景が延々と続くだけ。
…ぼさっと突っ立ってても仕方ないか。
「帰るぞ。家に。」
いや、いきなり歩かれても、こちらは乗馬経験などないんだけど。
たしか作家の椎名誠だったかな。
モンゴルで必要に迫られて乗馬を実地で身に付けされたのは。
尻から出血するほど馬の上下動に苦しめられたとか。
そうして身につけた乗馬術は、お上品な西洋式乗馬術とはまったく別物で、テレビのドキュメンタリーに出演した時に何やらトラブったとか。
しかしこれ。
僕が跨ると同時に、尻の下に鞍が、足元に鎧が出現した感触がある。
目の前には、目には見えないけど手綱がある事が何故かわかったので、両手を伸ばして見たら握れた。
「今更」と言うのは、ここ半年僕を中心に飛び交ったキーワードだけど。
「今更」驚く事も無く、とりあえず馬に乗れる体制が勝手に整った事はわかった。
長屋門を出るまでは玉が横に付いていたようだ。でも何しろ、見かけ上馬具が付いてない裸馬だから、蹴飛ばされない様に離れて歩くしかない。
しかもせいぜい数十歩。
長屋門を跨いだ瞬間、神馬は全てを置き去りにして全力疾走し始めた。
慌てて振り向くと、幸い玉は巻き込まれたりはしなかったようだ。
びっくりした顔で棒立ちになってる。
玉の足元に茶色いものが見えたけど、あれは多分ぽん子とちびだ。
だったら大丈夫か。
あいつらは、いざと言う時一言主に助けを呼べる。
だからモーちゃんが蹄を削る為の散歩に付き合わせているんだ。
あぁ、今は玉達の事より自分の心配をした方がいいんだろうなぁ。
だって神馬が駆ける速度は、体感速度で自動二輪が高速道路を走る感じにさも似たり。
マスクも風防も無いのに、息苦しさを全く感じないのも仕様だろう。
インチキや出鱈目方面には便利な表現だな。
仕様。
まぁ、確かに浅葱屋敷前の道は何処に続くのか気にはなっていた。
今は南に向かって走っている筈だ。
これは普段の太陽の軌道と、屋敷の間取りから判断してのもの。
和歌山にあったという浅葱神社の地形は知らないけど、基本的に南北に走る谷間に家を建てている設定は、熊本も千葉も土地選びの段階から揃えている筈。。
熊本の浅葱本家は、そもそも母が早くに物故したせいで縁遠くなっており、僕の記憶にない。
千葉の浅葱一族(石工さん)が住んでいた土地は、初冬に嫁(笑)2人を連れてキャンプに行ったばかりなので覚えている。
勝浦-小湊間の太平洋に落ち込む寸前の、わずかに広まった平地で、道路はT字路になり、外房を巡る古い街道にぶつかっていた。
房総は半島だから、そりゃ真っ直ぐ行けば海にぶつかる。だわね。
さて、水晶の世界に伸びるこの道は何処に行くのかね。
行けばわかるさ。
(因みにこれ、アントニオ猪木が一休さんの詩を引用したと自分の引退試合で言ってたけど、清水哲夫さんって詩人の作品だったようです。)
★ ★ ★
一つ気がついた事がある。
ええとですねぇ。
普通、馬が疾走したら、パカラ!パカラ!って足音がするんでしょうけどね。
しかも草原ではなく、土とはいえ踏み固められた道だ。
なのに足音がしません。
というか、足の挙動とスピードが合ってません。
これはあれだ。
この間、鹿島神宮に行った時と同じだ。
つまり、神馬は地面ではなく、空を駆っている。
「このまま落馬したら、俺死ねるなぁ。」
とか、珍しく一人称を変えてぼそっと弱音を吐いてみた。
ううむ。神馬に反応なし。
大丈夫とか、私が付いてるとか、言ってくれてもいいのに。
両サイドの景色も変わらない。
せいぜい標高2~30メートルの、これは山とか丘陵とか言うよりも、人の手が加わった里山。
何故なら、いわゆる限界林ではなく、竹や針葉樹、広葉樹が定期的に直線的に仕切られている。
人家は見かけていないけど、休耕田畑と思われる適度に下草が刈られた原野がずっと続く。
視界の右端が落ち込んでる様に見える事から、川はずっと続いて流れているのだろう。
左手には温泉の排水溝があった筈が、とっくの昔に消えている。
おそらくは、自然濾過が充分だと思った土地神が適当に地面下に沈めているのだろう。
あれ?
なんか余裕あるな僕。
ついさっき弱音を吐いた筈なのに。
まぁ、神様絡みの案件だし、そこはそこ、ある程度の安全は保障してくれたのかな。
だってほら、何かあったら反応する御神刀が黙ったままだ。
と言う事は、祠系のトラブルではないのだろう。
だったら、いつものように流されるか。
などと考えたのが失敗。
というか、こう言うのって口に出さなきゃフラグ立たないのがセオリーだろ。
なのになんで、僕の左手が光出すんだよ。
同時に神馬の速度が更に上がる。
目標がわかった。
正面に「黒」がいる。
仕方がない。
左手を手綱から離すと、手首を軽く振る。そのまま現れた御神刀を軽く下手に垂らしたまま、神馬ごと前方に溜まる黒に突入した。
悲鳴をあげて、黒が倒れる。
集団の黒が、2匹の白を追いかけていたのだ。
白の1匹にはツノがあり顎髭が確認出来た。ヤギに見える。
ヤギには覚えがある。
ちびが飢えて彷徨っていた頃、ちびに乳を与え、僕の存在を示したメェメェが居た。
そのメェメェが、僕らとすれ違ったヤギだと思うすれば、助けない道理はない。
黒の中で刀を振る。
右手で手綱を操り、群れの中を縦横無尽に駆け回る。
黒の正体はなんだ?
馬上で見る限り、犬に見える。
それも大型犬だ。ハスキー犬を彷彿とさせる大きさだ。
幸いな事に、と言おうか。
後が面倒な事になりそうだと言おうか。
僕の刀に斬られた犬は、悲鳴と共に光の粒子となって消える。
血液ジュバー、内臓グチャなスプラッターな場面ではない。
つまり、こいつらは犬じゃない。
犬科の何かでもない。
一言主が、わざわざ僕を呼んだのも、こいつらの退治が出来るのは僕だけだと判断したからだ。
そしてこいつらは北上していた。
つまり、浅葱の屋敷に来る可能性があるわけだ。
両親を亡くした僕にとって、しずさんは僕の大切な「母さん」だ。
その母さんの日常を壊す奴に容赦は要らない。
その速度を全く緩めること無く、数メートルで切り替えし続ける神馬に黒はついていく事が出来ず。
一つの集団を成していたものは、数分と経たずに崩壊した。
僅かに残った2頭に、御神刀からの気を投げる。
ヤギを神馬に任せると、剣威に動けなくなった黒に近寄る。
玉や青木さんが居れば悲鳴をあげるところだけど、意味もなく意味もない経験値を年明けからこっち山の様に積んできた僕だ。
僕の刀には、剣神たる武甕槌の祝福もかかっている。
半端な人外なんぞ塵芥に出来るのが今の僕だ。(今のは意識的に駄洒落)
既に黒は首を下げている。
動けないからその程度の服従姿勢を取っているとわかった。
動けるなら、お腹を見せて降参しているだろう。
狸の言葉がわかるのに、犬の言葉がわからない僕じゃない。
彼らはただ恐怖を言語化出来ずに身体で表しているだけだ。
さて、こいつら、あれ?あれれ?
「野良犬とかだと思ったら違うな。」
『狼だ。』
ヤギを連れて神馬が近寄って来た。
あ、こいつ初めて口効いたな。
『狼は明治年間に絶滅している。この水晶内の時代でも絶滅済みだ、ただしこいつらはただの狼じゃない。』
なんだか偉そうに解説をする馬ですな。
この水晶の時代設定は明治末期から大正初期だっけ。
(後で調べたら、日本狼の絶滅は明治38年。しかし熊本の山の中に生き残って居てもおかしくは無いか)
「あぁつまり、こいつらも神の一部とか言うんじゃないだろうな。」
これ以上神様を増やすんじゃないよ。
迷惑だろ。
うちには巫女が2人しかいないんだぞ。
『……何故わかった?』
「そりゃ日本人だからな。多少の神話知識はあるよ。狼=大神だろ。農家に取っては畑を荒らす野生動物を食べる益獣とされていた。だいたい、これまで何柱の神様を名乗る連中と付き合いがあると思ってる。お前んとこの武甕槌だってだ。」
僕は神馬に刀を突きつけた。
『ふむ、たしかにこの刀には武甕槌の匂いがある』
「って事はだ。お前さんキクヱさんがよこした単なる土産物じゃないな。」
『……』
「狼を司る神は大口真神。あんたはそこら辺の縁者じゃないかね。」
『何故、そう思った?』
「なんと無く、かなぁ。」
僕は2頭の日本狼に刀を向けた。
狼達は静かに僕を見つめている。
「はっ」
気合い一閃。
刀を水平に振ると、狼は光輝く。
黒い身体から、黒が抜け、全身が白くなる。
ふむふむ。
一言主の穢れを祓った時は玉の祝詞が必要だったけど、そこまでは穢れていなかったか。
左手を上に差し上げると、御神刀は音もなく僕の身体に吸収されていった。
もう危険は無いのだろう。
白い狼は神馬の前に立った。
『改めて礼を言おう。我が名は大口真神。真神と呼ぶが良い。元は飛鳥で祀られておったが、戦乱の世、流れ流れて日本武尊と共に常陸に下った。武甕槌の元に身を寄せていたが、何故お主の元に送られたのかは自分にもわからなかった』
つまりキクヱさんの野郎が人に押し付けやがったわけだ。
あと日本武尊て。
また面倒くさそうな名前が出て来た。
『神と言っても位は低いでな。聖なる獣、聖獣とでも言ったところだ』
「うち、神様余ってんだけどな。」
『知ってる。荼枳尼天には狐をはじめとする眷属が沢山いるが、一言主には巫女が1人いるだけだ。ならば私が一言主を守ろうぞ』
「いや、少しは人の話を聞けって。」
まったく。
一番押しの強い神様かもしれんな。
さて、これからどうしよう。
「うちに来るか?」
ヤギは首をブンブン縦に振っている。
「そうか、しかし。」
僕は改めて今来た報告を眺めた。
のんびりとした谷間の風景だ。
神馬のスピードからすると、結構な距離来たぞこれ。
ヤギ2匹に狼2頭。
いずれも自走可能(言い方!)とは言え、多分数キロあるだろう。
南を向いても似たような風景が延々と続くだけ。
…ぼさっと突っ立ってても仕方ないか。
「帰るぞ。家に。」
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