ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

さようなら、ぽん子

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すっかり春めいて来た3時中旬の事。
庭に置かれた桃の小さな鉢植えが、可愛らしいピンク色の花をつけている。
誰だ、こんな物持ち込んだのは!
って大家さんだろうなぁ。
  
勝手に植えられた梅の木には、緑色の身体に目の周りが白い、その名の通りメジロがおしくらまんじゅうを作っていたりする。
梅の花は咲き終わったのだから、何処か行けば良いのに、文字通り目白押しで枝に止まってちーちー鳴いている。
いや、催促している。

「仕方ないなぁ。」

水晶からの収穫がある上、何故か僕宛てや玉宛ての蜜柑が箱ごと何箱も来ているので、食べきれない蜜柑を輪切りにして持って行くと、頭やら肩やらにメジロが飛び乗って来る。
飼育不可の野鳥を餌付けしているのは、法律上大丈夫なのだろうか。

あと、このメジロ。
菅原さんや青木さんの庭に糞を落とさないらしい。
相変わらずと言えば相変わらずの、僕にだけ都合のいい有り様だけど、プランターの肥料になっているとか。
何というご都合主義。

「殿、只今戻りました。」 
「お帰り。」

玉が朝のお勤めを終えると、今日はそのまま外出。
暖かいのでコートはそろそろお終い、ピンクのフリースジャケットに白いスカートに着替えた玉を連れて駐車場に向かった。

「佳奈さんも来れるとよかったですね。」
「仕方ないよ、今日は平日だし。」
いくら自分のノルマを達成していても、営業マンが決算月にふらふら有給を取るわけにもいかないでしょ。

今日行く場所は、僕らが散々行っている場所なので、玉のカバンには地図セットが入っていない。
そのかわり、僕のお古のデジカメが一つ入っている。
別に写真を撮るだけならスマホで充分なんだけど(だって別に特別なテクニックを持って無いし使う気もない)、玉のお話に挿絵を描く為の参考資料として青木さんがあからさまにカシャカシャ、聖域の祭壇から浅葱家の仏壇から(何故か)僕らの寝室とかを撮し始めた訳で。
そのデジカメを玉が興味深そうに眺めて居たのを見つけて、昔の彼女さんと別れてから全く触る事もなくなったカメラを引っ張り出して来た訳だ。

SDカードを新品に変えて(元カードのデータとか怖くて見せられない)、電池を交換したら普通に復活した。
数年放置していた割には液漏れも起こさずカビも生えず、まぁ良かった。

「今日でお別れなんですね。」
「本人というか本狸は、分身がいつもコッチにいるから、大して気にも留めてないみたいだけど。」
「はい、ぽん子ちゃんは今朝もお母さんに蜜柑を剥いてもらってご機嫌そうでした。」
「元々腹の座った仔だし、最初から他所の動物園に嫁入りする事を知っていたから。」
「お兄さんと逢えなくて寂しがってたんですよね。」

そう。
今日は、現実世界のぽん子の本物が、市川市動植物園を離れ、千葉市動物公園に嫁入りする日。
僕らと正・副ぽん子は全てを了承しているのだけど、なんだか訳の分からない扱いをされている僕の立ち会いが欲しいらしい。
という事で、雲一つ無い冬晴れのある日、いつものようにのんびりと車を出発させた。

「あ、殿。こんびに寄って下さい。あんまんが食べたいです。」
「はいはい。」
まだ朝ご飯食べて2時間経って無いけどなぁ。

★  ★  ★

「あ、おはようございます!どうぞ。」
「いや、入場料を取りなさいよ。」
「そんな事したら一木に叱られます。」

一木さんと言うのは、ここの園長さん。
部下の受付さんに迷惑をかける訳にもいかないので、関係者用の通用口から入る
あんな言い方されたらごねられないじゃないか。

「ただと言うのは、玉は大好きです。」
貧乏性の巫女さんはニコニコしている。
まったくもう。そんなに無邪気な笑顔を見せられたら、どうしようもないじゃないか。

じゃないかじゃないか言いながら狸舎に向かう。 
いつもなら小動物触れ合いコーナーに直行する玉も今日は大人しくついて来た。

「これは菊地さん、それに御足労をおかけしました。」
わふ!  
わふ!
ぽん太とぽん子が、畜舎の中でお座りして手を差し出している。

「やぁ、元気だったか?」
わふ!
『勿論』
わふ!
『お母さんが作ってくれるご飯美味しいの』

今朝は家の用があって、しずさんとこには行かなかったのだけど、第一声がそれか?ぽん子。
あれ?

畜舎の隅っこに見覚えのない狸がいる。
パーテーションの向こうで小さくなってるな。

「あの仔は代わりにうちにお嫁さんに来てくれた雌です。名前はアズサ。まだ落ち着かないみたいで、しばらく様子見ですね。」
と、いつもの飼育員さん。
彼女と園長さんの招きで今日は来た訳だ。

「ご飯も食べているし、問題は無いと思うんですが、ちょっとおとなしいですね。」
ふむ。
「ぽん子。」
「わふ?」
なに?
「あの仔が君のお兄さんのお嫁さんになる狸かも知れないけど、君の見立てはどうだ?」
「わふ」
どうって言われても。

さて、これで一応ぽん子の許可を得た。
なのでアズサに金網越しに話かけて見る。
「わふ?」
今の、許可なの?

「おい、元気かい?」
声を掛けると、アズサと名付けられた狸かゆるゆると顔を上げた。
「わふ?」
あなた、だあれ?

「あれれ、まだ警戒して誰にも近づかないのに。」
「さっき家のお庭で、緑色の小鳥が沢山止まってましたよ。私が初めて見る小鳥だから、多分初めましてで懐いたんですね。」
   
玉さんメジロの事ならば、何羽かあなたに集ってましたよね。
 
「相変わらずですねぇ。」
「相変わらずなのです。」

「中に入りますか。この仔達も待っているようですし。」
一木園長が切り出すけど、これ提案じゃなくて命令なんだよね。
僕が病原体でも抱えてたらどうするのよ。
…氏神に老衰で死ぬって言われているから、多分今も健康体だし、悪質な雑菌は神様特製コーティング加工されているから自動的に弾かれる身体なんだろうけど。
 
真っ先に飛び付いて来たぽん太とぽん子を両腕に抱える。  
2匹して僕の耳の周りを舐め回すので、くすぐったい。
今熊本で妹が飼っている犬も、うちのちびも同じ事をするから、犬科の特性なのかな。

それと、この狸の兄妹の重さが変に心地よい。 
子供を抱っこしたら、こんな感覚になるのだろうか。
そういえば、親の方に抱き癖が付くなんて話も聞いた事あるなぁ。

「よ、こんちは。」
「わふ」
こんにちは、あなた不思議な人間ですね、
「わふ」
そうよ。私のお父さんはなんでも出来るの。

たぬきちだけでなく、ぽん子にまでお父さんと言われ始めたか、僕。

「何か怖いの?」
「わふわふ」
怖いよ。私が生まれ育った場所じゃないもん。お父さんもお母さんもいないもん。みんな知らないもん。

ふむふむ。
「おい、ぽん太。」
「わふ?」
なぁに?
「きゃん!」
ひっ!

ぽん太の顔をアクリル板に近付けると、アズサが縮こまってますます隅っこに逃げた。
けど僕は気にせず、狸達の挙動に任せる。 

ぽん太が板の向こうで僕に抱かれているので、とりあえず身の危険は無いと判断したのだろう。
恐る恐るまた近寄って来た。
ぽん太の右前脚を優しく持つと、アクリル板にそっとくっ付けてみる。

板越しなので匂いはしないと思うけど、くんくん鼻を鳴らしながらぽん太の脚に顔を寄せた。 

「一応、彼が君のお婿さんって事になる。人間の都合で連れて来られてお見合いと言うのも自分勝手で迷惑だと思うけど、その代わり身の安全と3食昼寝と健康がついてくる。でもペアリングは君達の意思が大前提なんだ。ここも住み易い動物園だし、このぽん太も妹想いの優しい仔だから。しばらく自由に生きてみなさい。」

そうしたら、今度はぽん子がしゃしゃり出て来た。
「わふ」
うちのお兄さんを今すぐ信用しなさいとは言わないけど、こっちのお父さんなら信用出来るでしょ。

こらこら、勝手に狸間で人を評価しない。
あと、どさくさに紛れて口の周りをぺろぺろ舐めない。

「わふ」
時々、遊びに来てくれる?
アズサが自分の左前脚をぽん太に合わせながら僕に話しかけて来た。   
ほう、ガラス越しのキスならぬ、アクリル越しの握手だ。

でも、こらこら、狸の上目遣いとか反則だぞ。
でもまぁ、4月以降の僕と玉がどうなろうと、ここで狸達を眺めている未来は確定しているだろう。

「いいよ。約束しよう。」

こうしてアズサは市川市動植物園の狸舎でリラックスする姿を見せる様になった。
…発情期はまだのようだけど、既にぽん太は尻に敷かれているらしい。

でもそれはちょっと先の事。
お嫁さんを貰ったからには、お嫁さんを送らねばならない。
…素直に行くかなぁ、こいつ(ぽん子)。
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