ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

殿と巫女さん2

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「玉。…た、ま?」
「なんですか?」

あぁと。
顔を上げたら、玉が青木さんを上四方固めで抑え込んでいるんだけど。
「むうむうむう。」
小さな玉に極められて、バタバタ暴れ出す23歳OL。近所迷惑だから辞めなさい。

………

「童話、ですか?」
「そうだ。」

改めて2人をきちんと座らせると、玉のノートと「ぼくは王さま」を目の前に並べた。

「あぁまぁ。ぶっちゃけてしまえば、僕も玉の話を読むのは辛いだろうなって思う。」
「はぁ。」
「何故玉ちゃんに寝技で負けたんだろう。」
「なんとなく?」
「なんとなくで負けたか私。」
「そこでだ。」
「どこですか?」
「あ、ポテトがまだ丸々残ってた。オーブン借りるね。」

話を聞いて欲しいなぁ。

………

「僕が玉に初めて逢った日の事を覚えているかい?」
「勿論です!」
どかどかどかどか、と玉が乗り出して、いや玉が僕の襟元を掴んで振り回す。

「玉が忘れる訳ありません。あの時、玉は久しぶりに気持ちを取り戻したんです。玉が願った事をたちまち叶えてくれたんです。」
ええと。
お稲荷さんを作ったのと、クレンザーを出した事くらいしか覚えてないや。

「うん。あれから玉は笑う事が増えた。勿論しずさんに逢えなくて泣いていた事も知ってる。でも、この家に来て笑ってくれた。ずっとはしゃいで僕の家族になろうと一生懸命になってくれた。」
「だって、玉は嬉しかったんですよ。ああなったらいいなぁ、こうなったらいいなぁって思ってた事、殿は全部叶えてくれましたし。玉みたいな得体の知れない子にも、いつも真剣に優しく接してくれます。だから玉はいつも殿のお役に立ちたいなぁってずっと思ってるんです。」

状況に流されただけだけで、そこまで真摯に玉と向き合ってきたのかは自分でも怪しいから、何も言わない方がいいよね。

「だからそこから書いてみないか。」
ぼくは王さまの本を取る。
「この本みたいに、子供向けに書いてみるんだ。」
「でも、玉は、玉の気持ちを全部知って欲しいです。だから玉が一番悲しかったところから書き始めたんです。殿に読んで欲しくて。」

それで僕が読めなかったり、青木さんが号泣し出したりは本末転倒だ。

「そこはまだいい。」
「まだ?ですか?」
「うん。玉がめでたしめでたしになってから、つまり玉が本当に幸せになってから読むよ。」
「はぁ。」
「玉が真の幸せを掴んだ時に、玉が改めて書くんだ。そうすれば、僕も青木さんも安心して読める。ハッピーエンドが確定してからならね。」

「ほれ。」
むぐ。
青木さんが口の中に何かを放り込んだ、
じゃがいも、あぁフライドチキンセットの付け合わせか。
そういえば、食べてなかったな。
「オーブンレンジで温め直して、岩塩を加えたの。表面カリカリ中はしんなり。冷めたポテトでも美味しいでしょ。」 
「もぐもぐ。」
いつものオノマトペ付きの咀嚼音は、向かいに座る玉からだ。


「私もね、辛い話は読みたく無いなあ。最後が幸せな結末になるにしてもね。有限な時間の中で読書を楽しむなら、楽しい時間を過ごしたいもん。だから''みにくいアヒルの子“とか大嫌い。」

その題名は、コンプライアンスがうるさい現代で大丈夫なのだろうか。

「ましてや親友の辛い話よ。しかも誰が悪いのかわからない。明確な悪がわからない体験談なんか、誰にやつ当たればいいのかわからない!」

多分、玉の辛い経験には「浅葱の力」が
深く関わっているらしいけど、言ったら玉に怒られるから言わない。

「でもさ。私も知りたいな。貴方達がどうやって知り合って、どうやって仲良くなったか。」
(あと、私がどう見られているか)

最後のは、聞こえるか聞こえないか微妙な小声。
この人、実は小心者で打たれ弱い面もあるのかな?

「何よりも、お父さんとお母さんの出会いの場面だから、玉ちゃん。先ずはそこから始めましょう。」
はい?
「なるほど!」 
はいぃ?

ええと。
話が変な方向に行き始めたけど、なんか言ったら怒られそうだから、黙ってよう。

こうして玉は、新しくページを開いて、今度は楷書で書き始める。
なんだかなぁ。

★  ★  ★

芋か。
最初はよく実がつくから栽培した。
さつまいもは甘味となるから、特にしずさんの住む浅葱の水晶では力を入れていた。
インチキパワーで電気が引けて、更なるハイパーインチキパワーで冷蔵庫を置いちゃったので、作り過ぎてしまう実は蒸して動物達のご飯にしているそうだ。
保存は効くし、そんな消費の仕方は良いだろう。

何より、しずさんが畑の実りで作る栗と芋で作る饅頭は、みんな大好きだし。
今まで作ったのは大学芋と焼き芋、天ぷらか。
さて、他には…

「玉ちゃん、なんかテンション高く無い?」
「久しぶりに会話しましたし、そもそも男の人と話す事のも初めてでした。お父さんの記憶が残って無いので。その人が優しい人でしたから、玉は嬉しくて甘えちゃってんです。」

芋けんぴとかはどうだろう。
干し芋は、どちらでも作れるし。

「でもこのお社って、たぬちゃんとこの神社でいいの?」
「お社はそのままですよ。お茶店は佳奈さんが閉じ籠められていたお店よりは随分殿が変えちゃいましたけど。」
「でもさ、玉ちゃんの文章だと、壁は岩じゃなくて土だよね。」
「元々裏の山に掘った穴に建てたそうです。玉の頃は玉の家の隣にありましたけど。」
「菊地さん、どう言う事って、なんでスマホ見てるのよ。今大切な打ち合わせをしてるのに!」
「ん?」
しまった。見つかった。
「さつまいも料理を調べているだけだよ。」
「なんで今?」
「なんとなく。」
「この駄目亭主!」.

とうとう旦那さんから駄目亭主に昇格してしまった。

「僕は知らないよ。確かに僕は下総台地の中にあった祠で、玉と社を見つけたし、その時は台地の中の隠れ家、あぁほら、鎌倉の銭洗弁天みたいなものだった。信仰や社会情勢に合わせて建物を隠すって事は珍しくない。砦と考えれば想像はつくだろう。」
「なるほど。」
「僕が玉に逢った時は赤土の壁だった。それが今の岩壁に変わった理由は一つしかないだろう。」
「神様、ですか?」
「そうだ。」
玉の言葉に、スマホの画面を見っぱなしで答える。

「この間、荼枳尼天も一言主も、あの社を庵と言った。勿論神様達には立派な寺社が、豊川と奈良にある。拝殿すらない本殿一間のうちよりは立派な建物だ。
僕らも成田や常総市で分社を見ただろう。」
「はい。」
「はい。」
「うちの氏神だった一言主はともかく、荼枳尼天は聖域を自身が癒される場として自らいじっているんだよ。」

ま、推測でしか無いけどね。
でも、取水口の高さを勝手に変えて、小さな滝を作ったりしてるんだ。
崩れやすい赤土を岩壁に変える事くらいするだろう。
あ、さつまいもチップスか。
久しぶりに見るなぁ。
なるほど、チーズ◯ットと半年ごとに販売を入れ替えているのか。

「ふむふむ。そうか。たぬちゃんの方は菊地さんと神様が手を加えているのか。」
「そういえばそうですね。最近ではお掃除しても塵一つ落ちてません。あと、木の葉も落ちてませんねぇ。紅葉が赤くなっているのに。」
「あ、玉ちゃん、ちょっと待ってて。」
「ん?はい、です。」
どたばたと青木さんが出て行った。
なんだかなぁ。(今日2回目)

★  ★  ★

「じゃじゃん。」
すぐ戻って来た青木さんが僕らに見せつけたのは色鉛筆と黄色いスケッチブック。

「最近始めたのよね。玉ちゃんが筑波山の展望台から離れなれなくなったり、貴方がなんとかって言う村を昔作ったりして、その風景を描き留めたいなぁって。」
彼女がめくるスケッチブックには、伊香保温泉の風景や、モーちゃんと遊ぶしずさんの姿が描かれていた。
「まだデジカメの模写なんだけどね。玉ちゃんが文章を書くなら、私は挿絵を描こうかなって。」
はぁ。
「この色鉛筆、買ったばかりでまだ使ってないけど、水彩画になるんだよ。」

芋けんぴは、100円ショップで買った事があるし、干し芋も北関東の農家に分けて貰った事あったな。
あれは、担保物権の評価に現物調査しに行った時かな。
レンジで温めるだけで美味かった。

「だから文・玉ちゃん、絵・私で作品にしちゃおうかなって。」
「なるほど、それは面白いです!」
「でしょ!」

ほい!
おお、とあるヤ◯ザキ系のコンビニでよく見たシリーズだ。
干し芋は、茨城産缶入りの最高級ギフト品じゃ無いか。
これを食べながら、新しいレシピを考えてみるか。

「あぁそうだ。玉、青木さん。」
「はい?」
「なんですか、殿。」
「僕らの名前をひょいひょい出さないように。」
「は?」
「はい?」

文章の内容と、聞き取りから青木さんが挿絵を描いて僕のところに持って来たのは、それから2日後の事だった。
そこには、なんだか別人みたいな二枚目な男と、少し背の縮んだ女の子が描かれていた。
題名は「殿と巫女さん」

僕は文章と挿絵をOCRで取り込んで、簡単な絵本に編集した。
製本するには原稿が全然足りないけど、これはこれで一つの作品としてPC上で見る分には問題ない。
そのうちに印刷して、しずさんのところに持って行こう。
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