ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

殿と巫女さん

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3月も少し日が経ち、庭の(知らないうちに植えられた)梅の木の花が散り始めた頃。
鶯はまだ鳴かないけど、体色も体長も鳴き声も様々な百舌鳥が遊びに来出したある日の事。

僕は居間のガラステーブルで書き物をしていた。
履歴書である。
3月で失業保険が切れるのと、菅原さんのプレッシャーがうるさくなってきたので、とりあえず履歴書と職歴書を書かないとならない羽目になったのだ。
因みに公務員試験の申込は既に終わっている。
こう言うのは試験に合格してから気にするものだと思うけど、なんで試験を受ける前から信条書とか書かないとならないんだ?
大体、菅原さんは人事に出すって言ってたよな。
公務員ってそうなの?

あと、なんとかと言う、前の会社で業務停止を伝えに来て、引き抜きを宣言に来たお姉さんが持って来たメガ銀行のディスクロージャーを最近やっと開いた。
雇用条件通知書なんかも入っていたけど、一番力が入っていたのは投資及び保険の商品カタログだった。
前職の個人情報が受け継がれている可能性大だし、多少は小銭があると踏んだのだろう。
投資とか、する気さらさら無いよ。

こちらも2ヶ月くらい放置してあるからどうなのかなぁとは思うけど、履歴書は送ってみるつもり。

失業保険をもらう為にハローワークで適当に検索した企業の求人票は全部しずさんが焚き付けにしちゃった。
ここじゃダイオキシンがどうたらこうたらで焚き火自体が禁止されているので。
おかげで、我が家から燃えるゴミがめっきり減った。

「別になんでも燃やして構わんぞ。」
とは土地神が言うけど、動物達に悪影響が出るのが嫌だから、そこら辺はある程度けじめをつけてる。

「お風呂掃除、終わりました。」
短パンにTシャツ姿の玉が、洗面所から飛び出して来た。
「寝室もエアコンかけてあるから着替えてらっしゃい。」
「はいです。」
玉が部屋着にしている、僕が子供の頃に来ていたエンジ色ジャージを抱えて寝室に入って行った。
てか、
「扉閉めなさい。」
「別に脱がないから大丈夫ですよ。」
「そう言う問題かな?」

出来た。
やれやれ、履歴書を何枚書き損じて捨てたか。
インクが焚き付けの良い油分になっただろう。
勿論、PCで無料フォーマットをダウンロードして作れば5分で終わるけど、僕はなんとなく手書き派。特に意味はないけど。
貼り付ける写真も、街中によくある3分間じゃなく、写真屋できちんと撮影してもらった。
デジカメで撮影して、コンビニや自分のPCで印刷するのが当たり前の現代において、そんなアナログ写真館は需要が無いのか探すのに苦労した。

職歴書は自分で罫線引いて一から作成した。この程度の作業とExcelは使えますよって証明で。
一応MOS検定なる懐かしい資格も所持してるんだけど、履歴書に書ける資格かどうかは迷うとこだ。
別に書ける国家資格持ってるしな。

「殿ぉ。」
「なんですかって、パンツを脱いでるじゃないか、こら。」
「お尻だけですよ。思ったより濡れちゃって上にそのまま着たら上着も濡れちゃいそうなんです。それに殿の言葉全然普通だし。」
いや、ちょっと驚いた。
微妙に離れたベッドの側で、女の子の白い生尻が見えて動揺しない男はいないだろ、かな?

玉のお尻を見てるのも面白いけど、とりあえずは書き上がった履歴書に写真を貼らないと。
さて、糊はどこにしまったかな。

「ここまで変わらない殿には、ちょっと腹が立ちますねぇ。」
今の言葉で、わざと玉がお尻を見せた事が確信出来た。
少し脅かしてやろう。
「スイッチが入って無いだけですよ。一回スイッチを入れた時は覚悟しなさい。」
「はい、楽しみに覚悟してますね。」
…脅かしになりませんでした。
うちの玉さんは、不思議な日本語を喋らせたら世界一では無かろうか。

「それよりもですね、殿。」
自分の貞操をそれ扱いですか、
「紙と筆ないですか?」
「はい?」

………


とりあえず、何かで買ったキャンパスノートがあったので、シャープペンなどの筆記用具と一緒にあげた。
…下手をしたら、大学時代に買った物が混じってそうだ。サラリーマン時代はペーパーレスでボールペンくらいしか使わなくなってたし。
消しゴムが未開封でよかったよ。
プラスチック消しゴムは溶けるからなぁ。

「何書くんですか?」
「あのね、あのですね。」
「はい。」

下半身全裸のエンジジャージを着た巫女という、相変わらず情報量の整理が追いつかない少女は、きちんと上下を着用して、僕の前に正座した。
床にそのまま正座した。
いや、玉用の座椅子に座りなさい。

「玉、殿の今までを全然知りません。時々教えて貰えるお話は大変な事ばかりです。玉は今後も殿と一緒に居たいです。殿の未来を見たいです。そして殿の過去も知りたいです。でも無理に聞こうとは思いません。多分殿も嫌かなぁって思いました。でも、この間のばななのお話しとか聞いていて、ちょっと考えたんです。」

そんな事考えでたのか。
確かにバイトバイトは楽ではなかったし、学生生活や部活動を楽しむ友達が羨ましかったのは事実だけど、もう過去だからなぁ。
何やら(些か他動的だけど)未来が定まりつつあるし。
今は今で、楽しいし。
このまま流されていくのも良いかなぁとか思い始めてる。

「玉の昔も、殿は沢山ご存じですけど、もっともっと知って欲しいんです。だから、玉の知っている玉の事を書いておこうって思ったんです。」
なるほど。
でも、玉は自分の事をいっぱい話してくれるから、僕は沢山知ってるんだよ。

「と言う事をお母さんや佳奈さんにお話ししたら、作文にしなさいって言われました。」
はあ。
…やっぱり誰かに入れ知恵されてたか。

と言うわけで。
玉さんがボールペンをぐるぐる回しながら執筆を開始。
僕が出来ないペン回しを出来てる玉。
ペン回しが出来ない僕はお昼の準備を始めますかね。
青木さんが畑の小麦でうどんを打って持って来てくれたから、それで味噌煮込みうどんでも作りますか。
肉以外は全部お手製で用意出来るし。
…鶏肉から調達出来るかもしれないし。

「殿?なんか悪い顔をされてますよ。」
だからなんでうちの女性陣には、僕の考えが筒抜けになるんだよぉ!

★  ★  ★

「ふむ。」
ビスケットだかパンだかわからない物体を蜂蜜塗れにした甘そうな塊を、大口を開けて齧り付く青木さん。
もしゃもしゃ食べながら、玉のノートに目を通す。
なんとも男らしい。
この人に、僕は惚れなきゃならないらしい。

帰宅した青木さんが、白いお爺さんでお馴染みのチキン屋からバケツみたいなセットを1人1つ買って来たよ。

「お土産あるから、ご飯作らないで!」

とメールが来た。
いざとなったら飯なんかお惣菜攻撃でどうとでもなるので、本当にほったらかしてベッドでゴロゴロしてた訳ですな。

「今年度の優秀賞って事で、50,000円分のギフトカードを貰いました。」
「まだ期末じゃないのに?」
「1月には年間ノルマ達成してましたから。」  
「おお凄い凄い。ぱちぱちぱちぱち。」
「て言うか、起きなさい。女性が帰宅して来訪したのに、主人がベッドで寝惚けているって失礼でしょ。」
「独身男性が寝ているところを襲撃するのは失礼じゃないんだ。」
「今更です。」
「玉といたしてたらどうする気だよ。」
「混じります。」
「……起きます。」

………

「玉ちゃん。」
「なんでしょうか。」
がばっ。
青木さんは玉を抱きしめてシクシク泣き出した。

「駄目だよこれ。こんなの読めないよう。駄目だよう。」
「………。」

ぽんぽん。
玉が青木さんの頭を軽く叩く。
何回か見た光景だなぁこれ。青木さん、勝気に見えて涙脆いからなぁ。

………

「貴方は知ってたの?」
「そりゃあね。僕は一時期のしずさんや荼枳尼天とは繋がりがあるから。彼らが見ていた玉の姿なら把握してるよ。勿論、玉が何を思っていたのかはわからないから、玉の文章を楽しみにしてるんだよ。」
「恥ずかしいです。」
「どれどれ?」

青木さんが読んでいる最中に落としたノートを取り上げた。

……
………
読めない…。
なんて草書体で書いてるの?
水性ボールペンで書いてたよね。
普段は楷書体の活字の本、読んでいるよね。

「玉さん。僕には読めません。」
「え。神様のお言葉演奏してましたよね。」
龍笛を演奏した時か。
でもあれ、片仮名で書いてあったような。
「僕には読めません。何が書いてあるの?」
「お母さんがいなくなって、お米の残りを心配しながら毎日お母さんを探していた時のこ、うわぁ。」
「だばぢゃぁぁん。」
号泣した青木さんに押し倒される玉を横目に、しげしげとノートを見返す。
やっぱり読めない。
というか、青木さんはこれ読んだんだ。
この人の持つ謎スキルの量も計り知れないなぁ。

実はその時の状況は、しずさんから事細かに聞いていた。
朝から晩まで、村境を越えて隣村まで雨の日も風の日も探し続けていた事も。
隣近所に余計な心配をかけない様に、外では笑顔を絶やさず、その分毎晩声を出さずに泣き続けていた事、
そんな娘の姿を「何とも思わず」ただ眺め続けていた事。

そして。
身体を失うって事は、感情も失うって事も。

「お化けって何も考えてないのかしらねぇ。」
「特異な経験をしておいて、感想がそれで良いんですか?」
「良いんですよ。だって、玉は今笑ってますから。」

とは言うものの、僕もその時の玉の気持ちを知りたいかと言えば、尻込みするだろう。(交通事故尻駄洒落、尻が続く日だな)
僕もそれなりの歳になり、やはり結婚とか子育てとかを真剣に考え出してはいるし、玉と妹を入れ替えて考えると大声出したくなるだろう。

でも、玉の意志も尊重したいなぁ。

隣で抱きしめられた玉は青木さんにタップを繰り返しているけど。
さてどうしよう。
何気にそんな2人の戯れ合いを眺めていて、夕べ玉が読んだまま置きっぱなしの本が目に入った。
  
「ぼくは王さま」

童話作家・寺村輝夫が1959年から刊行を始め、今でも読み継がれる児童文学の金字塔だ。
馬橋の◯ックオフで玉がなんとなく手にした本で、玉にフィクションの面白さを開眼させて、多分その影響で作文を書き出したのだろう。

そっか、児童文学ね。
成る程ね。
そう提案してみるか。

あと、大量のチキンの骨どうしよう。
チキンの骨は犬にあげちゃ駄目なんだけど、聖域の仔達なら大丈夫かな。
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