ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

古本屋とスイーツ巡りの日2

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「今日は沢山買っちゃいましたね。」
「必要な買い物だからいいよ。その分美味しいご飯を作ってくれれば良いから。」

現代の金銭感覚がかなり初期から身に付いていた玉が、ラゲッジルームに山になった戦利品を、座席から覗いている。
ちょっと沈みがちな声なので、慰めておく。
現実社会で暮らさないしずさんの方がそこら辺は疎いので、割と気にする事無くお高いDVDソフトを強請って来る理由だ。

別にまぁ、普段殆どお金を使わない家なので、使ったお金を計算したりしない訳だけど。

「玉、出発しますよ。きちんと座ってベルトを締めなさい。」
「はい。」
ルームミラーで玉がシートベルトを締めた事を確認。
では、出発。

「でも殿。また玉の本が増えちゃいました。」
「僕は電子書籍がメインだから部屋の本棚は大して埋まらないし、読み終わった本はどんどん蔵に仕舞っておけばいいですよ。」
「はい、です。」
「玉が置いて行った本。私も次に読んでるんですよ。」
読書大好き書痴親娘がここに誕生してた。
鎌倉時代からわざわざ連れてきて、僕は何やってんだ?

元の浅葱屋敷の蔵は、僕が知る限りトラクターを始めとする農具が詰まっていたのだけど。
水晶の浅葱屋敷は、僕が浅葱の力で引っ張り出したシャベルとかの道具が並んでいる他はすっからかん。

なので2階に玉が読み終わった本を並べ出した訳だ。
最初は、浅葱屋敷に本棚を作って仕舞うつもりだったけど、しずさんが移住して来たからね。
しずさんは、浅葱屋敷を僕の家であり、玉の婚家と決め付けたので、僕か玉がいないと(招待しないと)頑なに上がらない。
ぽん子やちびの話では、しずさん1人の時は、冷蔵庫に行くために台所までは上がるけど、それから先は絶対に行かないそうだ。

「草や板の部屋には入らないの」
とは、ぽん子談。
つまり、畳と板の間には上がらないと。
君としずさんは、同じ習性なのか?


妥協案として、蔵には自由に上がってもらう事にした。
「そこまで頑なだと、お風呂入れなくなりますよ。あそこも僕んちですから。」
とまで言って、やっと了承してくれた。

そもそもしずさんちは、納戸と土間の他は1間あるだけの質素な家なので(昔の庶民の家なんか、だいたいそうだ)青木さんが持ち込んだものが生活の邪魔になりかねない。
なので、しずさんちの余分な荷物も、蔵の2階に置いてもらっている訳だ。

ここに電気・電灯を引く時も一騒ぎがあったのだけど、それは割愛。

あとネズミが出るらしいけど、山あいの谷あいの自然豊かな土地だから、それは仕方ない。
で、土地神の誘導で、''土地神が捕まえた''ネズミを、聖域のフクロウくんが時々食べに来ると言う契約が成立した。
なんだろう、我が家。

ぽん子は狸なので、実は狩りが出来る。
動物園育ちの箱入り娘でも、狩猟本能は健在だから。
でも、ぽん子は家に上がらない。
なんだかわかんないけど、上がらない。
土間までしか上がらない。

なんだろう。浅葱の水晶に住む女性陣。

そのかわり、敷地内の露天では彼女の天下だ。
ハクセキレイや鶉達が空からネズミやモグラを見つけると、いち早くぽん子に知らせが行く訳だ。
知らせを受けたぽん子は、陸にちび、空にハクセキレイのフォーメーションを組んで、畑に梅林に狩りを展開する。

「可愛いし、勇ましいですよ。」
とは、しずさん談。

で、捕まえた獲物は…食べる訳でなく、そのまま生簀に落とす。
生簀は聖域に通じているので、そのまま川を流れて行き、下流ではテンの親子が「ご飯ご飯」と待ち構えている。

なんだこの、動物達の遣り取り。


因みに買ったスイーツ類は、助手席にそのまんま山積みになっている。
浅葱の力は便利だ。
放置していても、温まる事も冷める事も、溶ける事も腐る事も無い。
さて。
あと、買わないとならないものは、と。

★  ★  ★

 3軒目の◯ックオフは、松戸から千代田線で2駅北上した馬橋にある。
店は駅前ではなく、少し離れた国道6号沿いにあって、駐車場も完備してあるので車で行きやすい。
ここだったら、時々市川から来てもいいかなぁ。

さて、玉は…?あれ?ゲームソフトの島じゃなく、童話・児童書の島に取り付いている。
(しずさんはさっさとDVDソフトの島に急行している)。
何気なく玉が開いた本を覗き込むと?

「ぼくは王さま」

だって。
懐かしいなぁ。
小学生の頃、図書館でシリーズを借りて読み漁ったものだよ。

玉はノンフィクションは読んでいたけど、フィクションに手を出そうとはしなかった。
小説だけでなく、漫画も映像も。
鎌倉時代の自宅にあった源氏物語は読んでいたそうだから、理解が出来なかった訳ではないだろう。
例えば、作り物のお話に足りない物を感じていたとか。

「玉の好きな歴史って、物語の積み重ねだと気がついたんです。」

僕の顔から察したのだろう。
直ぐ側にある僕の顔に向けて、小さな声で囁いた。
そして早速児童書を吟味し始めた。
フィクションの楽しみ方がわかったと言う事かな。
まぁそれも玉の成長という事で。

「菊地さん、志ん朝さんの板です。」
DVDにめぼしいものがなかったのか、CDの島からまた全集その1を抱えて来た。
落語や講談は、しずさんが浅葱の水晶に引越して来て、1人の時間を持て余していると聞いた時に、幾つか紹介した暇つぶしの娯楽。
青木さんが100円ショップで仕入れたCDや自分で録音したCDを差し入れしている事は聞いてたけど。
古今亭が好みでしたか。

個人的には三遊亭圓生師とか、立川談志師とかもおすすめなんですが。
「談志さんは要りません。」
「そうですか。」
談志さんは要りませんか。

まぁ欲しい物は好きに買い与えますよ。
自分の時代に戻らないで、僕の側で暮らす事を決めた親娘なので、そのくらいの責任はきちんと今すぐ取りますよ。
だからCDくらいいくらでも、って結構な量あるな。

なお、僕も松戸市の古い写真を集めた写真集(なんと12,000円税抜)を衝動買い。
今日、ここまで幾ら使ったんだか。
でも玉と暮らす様になって、月に使う金額は家賃・光熱費を除くと10,000円も使うことは殆どない。
浅葱の力はお財布に優しいのです。

★  ★  ★

その後は、そのまま6号線を2駅北上して最寄駅は北小金。
こちらも松戸の次の宿場だったそうだ。
さっきまでいた馬橋は、慶派の仁王像で有名なお寺の門前町だったとか。
わかりやすいな、千代田線。

さて、ここは菓子作りの道具が売っている専門店。
厨房用品店に入って色々物色。
何しろスイーツ作りなんて我が家には習慣がなかったので、碌な道具が無い。

大体、出来合のお菓子は僕が出してたし。

・計量カップ
・秤
・泡立て器
・ふるい
・へら
・型
・(粉砕じゃない方の)バット

あと、果物ナイフを。
それっぽい包丁はあるけど、あくまでもそれは包丁なので。
そういえば聖域でナイフを出そうとして、カッターやボンナイフが出て来た事あったなぁ。

あとは、あらかじめ調べておいた喫茶店や洋菓子店をまわる。
この街は面白い。
市川と違って、大規模な公団住宅が市内のあちこちにあるせいか、そこここにスーパーマーケットがある上、それに付随する小規模な商店街もあちこちにある。
その商店街に手作り洋菓子店があちこちにあるのだ。あちこちあちこち。
そんな店を何軒かハシゴした。
その結果、

・焼きバナナ
・カラメルバナナ
・バナナフラッペ
・バナナクレープ
・バナナオムレツ

などを食べたり買ったりして、胃袋とスイーツ心を満杯のまま帰宅しました。
だって、今さっき厄介そうなメールが来たから。

★  ★  ★

『私も参加します。』
とだけ書かれたメールにはPDFデータが添付されていた。

熊本在住の妹からだった。
何故知った?何処で知った?
市川と聖域で行う、我が家の馬鹿祭りを。

「はいはい。玉でぇす。時々めぇるをしてるので。」
「はい?」
「殿に何か動きがあった時に教えてって、玉と佳奈さんは頼まれているのです。あっ、これ内緒でした。」
「玉にナイショをさせる方が間違っていると思いますが。」
「あ、殿。それは酷いですよ。」
「ていうかお前ら、裏で繋がってんのかよ!」

という訳で。
もう1人参加が決定しました。
…なんで我が家のイベントは、僕がいないところで勝手に展開していくんだろう。

★  ★  ★

帰って直ぐ、滅多に開かないPCでバナナスイーツのレシピを検索して印刷。
大量の獲物を抱えた親娘に持たせました。
しずさん、ワクワクしてご帰宅。
…今夜は多分、スイーツとか忘れて、氷菓かヤマトを楽しむんだろうなぁ。  

さて、メーラーを開けてPDFデータを開く。あの野郎、何を送って来たのかな?

-バナナエクスプレッソの作り方-

よくわからないけど、ドリンクのレシピらしい。
……これ、僕に作れって事だろうなぁ。
あ、追加のメールが来ている。

『さっき水前寺に行って、バナナのショコラタルトを買って送ったよ。負けたら兄さんのせいだからね』

おいおい。

★  ★  ★

「てな事があった。」
豚バラ肉を炒めながら、着替えて椅子に腰掛けて一休みする青木さんに話しかける。

豚バラ肉も玉葱も茄子もたっぷり大量に炒める大量豚生姜焼きが、今晩のおかず。大量大量。


「玉も今日は晩御飯の支度ほったらかしにして研究中なのです。」

あ、玉にほったらかされた。
ていうか、きちんとバナナを裏漉しして、ペーストを作っていた。
いや、玉さんあなた。ペーストの作り方を知っててバナナジュースを作ってましたね
「いつもの仕返しです。」
「これまた可愛い仕返しだなぁ。」

「バナナスイーツかぁ。」
「荼枳尼天を見返してやんなさい。」
馬鹿にしてましたとか、言わないけど。
「なんで?」
「なんでも。鎌倉初期親娘が燃えてるのに、現代人女子が下手打てないでしょ。」
「貴方はどうすんの?」
「晩御飯の方が先だし、妹の野郎がまた余計な仕事を持ち込みやがった。」

一息ついた青木さんはエプロンを付けて、お得意の味噌汁だけ作り始める。

「なんというか、いつも楽しい家よね。」
「玉は、大家さんと菅原さんも勝手に審査員に加えているよ。」
「…負けらんないじゃないのよ。」
「諦めなさい。玉と友達になるという事はそういう事だ。」
「玉ちゃんの旦那さんとして、貴方はそれでいいの?」
「諦めてます。」
「私の旦那さんとしては、些かだらしないんだけど。」
「もう諦めなさい。」
「何この会話?」
「僕はとっくに2人とも諦めてます。」
「女子2人を無闇な諦めるなぁ!」
「大声出すと近所迷惑ですよ。」

だいたい、これも僕らだし。
勝手に旦那さん認定されてるし。

「なんで私達、かなり際どい会話してるのに、ちっとも色っぽくならないんだろう。」
「僕はフライパンを、貴女は鍋を、玉はボウルをそれぞれ掻き混ぜてますからねぇ。生活感溢れすぎです。」
「玉達って所帯染みてますよねぇ。」
「これでいいのかなあ、私達。」
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