ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

たぬきちとぽん子と神馬

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「なぁ、泥鰌食わせてくれりゃんせ。」
「くにゃにゃ」

両手に泥鰌と鯰の入ったバケツを下げたまま、荼枳尼天と御狐様に僕は茶店の縁台に押し倒された。
あと、その語尾何さ。

「おっとっとっと。」
危ない危ない。溢れちゃうでしょ。

「駄目ですよ。さっき買って来たばかりのつがいですから。先ずは根付かせて増やします。」
その為に泥鰌を10匹、鯰を2匹買って来たのに。
「ついでに言えば、この泥鰌や鯰が増えてくれれば、フクロウ君やテン親子のご飯にもな…

「ひぅ」
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」

お前ら、今の今までにケージやウロで寝てたろ。
いつも僕が朝以外に来ると、顔も出さないじゃないか。
なのにどうして今日ばかりは起きて来て、僕の身体に乗っかるんだよ。重いよ。

「わふ」
「どうしました、たぬきち君。…………ええと。神様と御狐様とフクロウくんとテンちゃんが山になってて、殿の足がそこから生えてます。」
「わふ!」
僕も。
「あ、たぬきち君まで殿に。」
いいから助けて下さい。玉さん。

………

「全員正座!です。」
神様一同、玉に叱られて正座させられてます。
だから、何でフクロウが正座できるんだよ。
「殿は皆様の為に遠く常陸国から買って来て下さったんですよ。」
「いや、買ったのは佐倉なので下総国…。」
「殿は余計な口を挟まないで下さい!」
「はい。」

ガミガミガミガミ。

玉さん、怒ると怖かった。
祟神たる荼枳尼天がしょんぼりしてる。
いや、玉は荼枳尼天に仕える巫女が本職なんだから、あまりこう、ね。

誰かが僕のズボンの裾を引っ張るので見てみたら、御狐様が涙を目に溜めて懇願をしていた。
やれやれ。
まったく、どういう家庭環境なんだよ。

一通りお説教をさせた後、僕は順番にみんなの頭を撫でて慰めてあげて、妥協案を提示することにした。

「この泥鰌は、池を掘ってしばらく飼います。ただ泥鰌鍋は今日食べたばかりですし、駒形や高橋の泥鰌料理だったら僕が食べた事ありますから、つまり出来合いの泥鰌料理ならいつでも出せます。僕の素人料理とは言え、荼枳尼天さんが管理するここで育つから味が違うでしょうけれど、とりあえず今はそれで勘弁してもらえますか?」

コク。
コク。
コク。

全員が機械的に首を縦に振り始めた。
いや、神様。
あんた神様なんだから、巫女にそこまで気を遣ってどうするの?
武甕槌んとこのキクヱさんといい、巫女さんって神様より強いんか?

………

「お主と戯れるのも久しぶりじゃてな。いい歳して調子に乗ったわい。」
こないだローストビーフをご馳走した時も、結構近しい状況になりましたが。

「くにゃ」
僕の足元(というか僕の足の甲にお尻を乗せてる)では、御狐様がペロペロと玉のお土産ブルーベリーゼリーを舐めている。
雑食性のたぬきちはともかく、完全肉食のフクロウ君もひぅひぅ言いながら、美味しそうにつついている。

僕の隣に、玉が淹れたお茶碗を両手で抱えてる荼枳尼天が並んで腰掛ける。
お茶は茶店の奥にある冷蔵庫から出したペットボトルから茶碗に移しただけ。
この冷蔵庫は、水晶に電気を引いた(コンセントをつけただけで通電しました)時に、浅葱の力で増やしたもの。
中身は市川の僕の部屋のものとリンクしており、茶店と浅葱屋敷に置いてある。
どこで開けても、同じものが出せる仕様にしてある。

しずさんの食事のうち、タンパク質確保をどうしようと、生簀を作ったり鶏を飼ったりと、アレコレ試行錯誤した挙句、冷蔵庫を置いて、肉でも魚でも勝手に食べてもらう事にした。
一番滅茶苦茶な展開に落ち着いた騒動が、暫く前にあったわけです。

我が家では、ペットボトルをわざわざ茶碗やコップ・グラスに移して飲みます。
単なるジュースでも、ガラスのグラスに入れて、ロックアイスを入れるだけで、見た目が良いじゃん。
美味しく感じるじゃん。

玉は洗い物が増える事に最初はぶつぶつ言ってましたが、その内これはこれでいいですねと、今では毎朝大家さんにもこれで出します。
冷茶の時は。
熱いお茶の時は、ちゃんと急須で淹れますけど。

「神にのう。神をしっかりと叱ってくれる巫女っ子の存在は、神には嬉しいものなんぞよ。」
「そうですか。」

テンの子供達にゼリーでお手を仕込んでいる玉を見ながら、荼枳尼天がぼそっと呟いた。

「お主もそうじゃ。呆れたり笑ったりしながら、儂らと対等に付き合っておる。おそらく、儂がこの世に生まれ落ちて2,000年はくだらんと思うが、神を騙す事も騙る事もなく、ただあるがまま儂らの前にいるお主らの存在は、儂ら神にとっても有難い事なのじゃ。」
「…そうですか。」

そう言われてもなぁ。
1,000年以上巫女として荼枳尼天に支えて来た玉と違って、僕は親から遺伝された訳の分からないスキルに振り回されているだけだし。

「明日、しずの所に行く。武甕槌より頼まれごとがあるでの。その時に泥鰌を馳走してくれんか。一言主やうちの眷属達も連れよう。我らみんなで行こうぞ。…あと、浅葱の娘は呼べんかの?」
「浅葱の娘…あぁ、青木さんの事か。はて?彼女は僕と違って働いているからなぁ。明日は何曜日だったかなぁ。」
「今朝は週1回の資源ゴミを出しましたから、明日は土曜日ですよ。殿?最近あまぞんのだんぼおる出し過ぎですよ。」
「…何故、現代人のお主じゃなく、巫女っ子の方が詳しいんじゃ?」
「……無職をしてると、曜日の感覚が無くなってくるんですよ。」
「そんなんじゃ、巫女っ子が居なくなったら、お主何も出来なくなるじゃろう。」
「今、玉が居ないと何も出来なくなる駄目人間を拵えているんです。」

なんですと?

「女房が居なければ何も出来ない旦那は、女房から離れられなくなる。お婆ちゃんが教えてくれました。」

あのババア、とんでもない事教育してやがる。
ま、まぁ。なんなら青木さんとこに世話になる……

「佳奈さんと話合わせてますから。」
「……勘弁してください。」

ど、土曜日ならば、彼女は休みの筈だ。うん。

「呼ばないと、また私だけ仲間はずれにされたって膨れるからの。」

………神様に心配される、うちのお隣さんてなんなの?

★  ★  ★

まぁ、こうなりますか。

「わふ?」
あなた誰?
「わふ…」
殿のお友達…

ぽん子は兄のぽん太を尻に敷いていた雌狸。
ぽん太の容態を気にしてノイローゼ寸前まで落ち込んだ優しい女の子でもある。
一方のたぬきちは、鎌倉時代生まれの、荼枳尼天の眷属で、狸的にも、ぽん子より格上、なんですが。
ぽん子に押され気味の自己紹介。

「あらあら。久しぶりねぇ。」
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」

テンの親子は、しずさんが作った鴨肉の大根煮を手ずから食べさせてもらっている。考えてみれば、しずさんは身体を取り戻してからは、聖域の方には自分では行けなくなってたな。
そもそも、浅葱の水晶からも出れないし。
久しぶりの再会に、テン達はしずさんにまとわりついたままだ。


「きゃははは、柔らかいですね。」
玉はモルモットに囲まれてご機嫌そう。
特にアルビノの子供達に懐かれて、短毛種用のブラシをかけてあげる事に忙しい。

「ねぇ。」
「なんですか?」
◯ゅ~るをちびにあげて、目をハートマークにしていた青木さんが、僕の姿に耐え切れなくて、突っ込んで来た。
「土曜日だし、玉葱と芥子菜で新しいサラダを作ろうと考えていたから、わざわざ誘われなくても来たけどさぁ。」
「うん。」
「貴方は何で、そうなってるの?」

そうなっているとはですね。
モーちゃんの頭に、爪で傷付けない様にそうッと止まっているフクロウ君の周り、つまりモーちゃんの背中と、僕の頭と肩にルリビタキが止まっている。
あの日の榛名神社と同じく、いや、地味な色合いの雌達も集まっているので、もう動けない。

「その仔達、旅行に行った時に貴方と玉ちゃんに集まってた仔よね。」
「そうだよ。」
「何でそうなってるの。」

あぁそう言えば、一切説明してなかったな。
「うちに来たがっていたから、フクロウ君が連れて来てくれたんだよ。」
「あの時、突然ルリビタキが居なくなったのは、そう言う事か。」
「というか、君どころか玉やしずさんでも知らない事態に僕は陥っているので。」(今日の全員集合は、多分その流れの一環だろう)
「何回言ったかわからないけど、何度でも言うわ。」
「どうぞ。」
「貴方、何やってんの?」
「知らんがな。」

フクロウ君の話しによると、山の高度か1,000メートル以上低い山にいきなり引越してきたわけだから、身体を低山仕様に慣らしていたらしい。
で、神様一行が今日は来たので、ついでに体調を調整してもらって、今日から浅葱屋敷に合流するそうだ。

うむ。
身体中にルリビタキをぶら下げて、料理をするのは大変だ。

土鍋に日本酒と泥鰌を入れて、火にかける。当然、泥鰌は暴れ出すので、地獄鍋を見たくないから蓋をすると、何故か泥鰌は大人しくなり、ぐつぐつ煮たってくれる。
駒形さんはここで平鍋に移す手間を加えるのだけど、家庭料理なので、そのまま土鍋に割下を加えて、大量のネギと一緒に煮続ける。
充分に煮たったら、七味唐辛子・山椒で味を整えて完成。
 
まる鍋の出来上がりです。

★  ★  ★

「おぉおぉ、うまそうな匂いじゃ。」
「くにゃ」
「うむ、さすがは浅葱の。しずの飯も美味いが、浅葱の飯はまた格別じゃて。」

来る早々、一言主の社に潜って行った荼枳尼天が、一言主と一緒に出てきましたよ。
 
…小馬の手綱を引っ張りながら。
誰?

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