ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

川魚

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「むひ?」
お昼に予約をしていた「赤く白く透けた肉片」を口に含んだ玉から、ケッタイなオノマトペが溢れ出た。

「ん?虫にでも刺されたか?」
「はい?」
もぐもぐさせながら、玉が変な顔をこちらに向けた。
あれま。玉には通じなかったか。

考えてみれば、玉が我が家にやって来たのは秋だったな。
痒み止めの出番は終わっていた季節だったか。
しかも近年は、酷暑のせいか「蚊」自体を見なくなってた。
数キロ先には東京湾があり、北総台地の端にある我が家は、南に面した窓を開けておくと、海風が吹き込んでくる。

大家さん曰く。
「農家してる頃は台風でも来たら潮が上がって来て塩害になったし、冬になったら、トラクターのエンジンは水抜きしないとならなかったのよ。」 
だ、そうだ。
庭から海は見えないのだけど、それでも海に面した街なんだなぁと思った事がある。

そんな風のおかげで、うちだけジャングル化しかけている庭でガーデニングに精を出す玉と大家さんも、虫に刺されたとか聞いたことないか。

「鯉、ですよね、これ。」 
「そうだよ。」
鹿島神宮(?)での武甕槌への御使いを済ませてたあとにと、せっかく水郷と呼ばれる場所なので川魚が美味しいだろうと、ネットで割烹を予約していたんですよ。
僕らの前には、鯉の洗い(刺身)、鯉こく(味噌汁)、うま煮(味醂煮)、柳川鍋などのお皿が並び、食卓から落ちそうになっている。

また茨城県はミルキークイーン発祥地という事で、ご飯が美味しい。
我が家の米櫃は、いくら食べても減らない魚沼産コシヒカリが無限増殖しているのだけど、こっちが美味しいなら米櫃をもう一つ増やす事は吝かではない。
毎日、違うお米を食べ比べるというのも、欠食児童ならぬ、欠食おじさんやら未亡人やら、その娘やら、後期高齢者の大家やら、神様やらに事欠かない我が家らしくて大変宜しい(半ばヤケクソ)。

僕は泥鰌のコリコリとした食感と、おかずがなくてもイケそうなご飯の甘味に満足していた。

「こんなの、玉の知っている鯉じゃないですよ、これ。おのれ、偽物を客に出しているんですか?」
あぁ、玉の実家(平安末期から鎌倉初期時代)の前には、沼があったな。
その沼で時々採れる鯉は玉の家にはご馳走だったそうだ。

沼と言っても、縄文海進の跡で出来た市川の湿地帯に、現在の真間川が流入して出来たもので、北総台地から流れ出た土砂をたっぷり溜めた底なし沼だったから、そりゃ川魚は泥臭くなるだろう。
東京での鰻が背開きなのは、江戸の武士の切腹文化云々は関係ない。
内臓を傷付けたら、ワタに溜まった泥が弾けて、泥臭くて食えないからだ。

荼枳尼天に鰻を強請られた時、僕が出した鰻と荼枳尼天か西から持って来た鰻を馬鹿丁寧に分けて料理したもんだ。

因みに、聖域の川に泥・ヘドロは無い。
凝灰岩で3面張にしているのだけど、水量と水流に勢いがあるので、泥が貯まらない。
凝灰岩に付いた苔は、鮎や川エビの餌になるので滑りもない清流だ。
鰻も何匹か棲みついているけど、もはや身体が締まったけど滋味薄めの西日本仕様だ。

「それが本来の鯉の味なんだよ。」
「へぇ。」 
「ただ鯉は汚い水にも住めるから。ドブ川に住んでる魚は、そりゃ臭いさ。」
「殿はなんでもご存知なんですね。」
「そうでも無いよ。」 

今でこそ、財布に余裕があって多少の娯楽を楽しめているけど。
若い頃は、早くに両親を亡くした事もあって、稼ぎは全部生活と妹に費やした。
僕に残された娯楽は、テレビ・ラジオと、大学や市立の図書館で借りた本だった。
一時期は書痴と自虐出来る程、読書に励んだ。
そりゃ、無駄に知識も増えるさ。

もう一つ言うならば、僕のは目から耳から入ってきた「情報」でしかない。
でも、例えばしずさんが持っている知識は「経験」。
その「経験」を僕らが持ち寄る新しい知識で、毎日の様にバージョンアップしていっている訳だ。
青木さんが、しずさんにべったりなのは、女性としての地力が私とは違うから教わりたい、って本人が明言している通りだ。
そもそも経験値が、僕らの周りにいる全年齢の女性よりも高い。
(大家さんは、相当のお婆ちゃんの知恵を持っている筈だけど、朝ご飯の献立にはしゃぐ女の子な面しか見てないので、判断保留とする)

「お魚料理は玉まだ不得手なのです。殿、もっと沢山教えて下さい。」
「はい、ね。」

と言っても、今の玉は普通に魚を捌けるし、焼物や煮物も作れる。

聖域の茶店前で、ご近所さんの釣果の鯵や鰯の干物を作っていたほどだ。
その時の漬け汁を、壺に入れて保存しているけど、多分聖域では食べ物の変質は起きないので、意味ないよ。

ただ、柵から刺身を切るのが苦手らしい。
冷凍物をただ戻した様に水っぽくなるのは、細胞を変に潰しているからだろう。

まぁ、家族達(女性陣)が炊事の腕を上げてくれるのは素晴らしい事だ。
こういう事言うと怒る人は、僕の周りには居ないので。
手作りの美味しいご飯をご馳走して貰えるのは、男として幸せな事だと、僕は信じているから。

それはいいけど、泥鰌も教えないといけないのかなぁ。
玉さん不思議そうな顔して、器用に箸で泥鰌を摘んでるし。
「どじょっこは近所の権ちゃんが甕で飼ってましたけど、美味しいですね。どうしよう。もっと食べたいなぁ。殿?泥鰌ってどこで獲れますか?」
「そこら辺の田んぼに、春になれば出てくるだろうけど、多分魚屋行けば生きたまま売ってるよ。」

板橋に住んでいた頃、商店街にあった小さなスーパーの鮮魚コーナーで、1匹50円で売ってたし。
魚に強いスーパーに行けば2月でも手に入るだろう。

「殿は泥鰌料理って、出来ますか?」

どうだろう。
確か、落語か何かで、豆腐と一緒に煮込めば泥鰌は豆腐の中に逃げ込んで、そのまま茹で上がるって話を聞いたことあるなぁ。

「んんと。圧力鍋で煮込めば骨の処理要らないし、なんとかなんじゃないかなぁ。」
ネギと味噌で煮れば、大体美味しくなるだろう。 
「でしたら殿。帰りは泥鰌探しの旅です。」
「そうですか。」

手賀沼を見に行くって話だった覚えがあるけど、ま、いっか。
玉が笑ってくれれば、それで良いよね。

………

ネットで検索したら、直ぐ見つかった。
印旛沼周辺は、鰻や鯰や泥鰌を買える店が何店舗かある。

料理店。
ペットショップ。
魚屋。

料理は今味わって来たばかりだし、ペットショップで買う泥鰌は食べる気には、ちょっとならない。
それにまぁ、一緒に売っているメダカの種類の多い事。
和メダカと外来種の存在は知ってたけどさぁ。光ったり、色が独特だったり、色々品種改良されてるらしい。

で、1年中購入出来る魚屋が、成田と佐倉に見つけた。
我が家的には多少因縁のある地名だけど、玉の薬指にはいつでもしずさんのところに逃げ込める指輪が光っているし、今の僕らには多少の化け物なら撃退出来るだろう。

ここだけ切り取るとゲゲゲさんみたいだけど、神様の方から友達扱いされてる僕らに喧嘩売りに来る妖怪も居ないでしょ。
妖怪が居るか?って話は、神様が居るんだから何でもアリだろうし。

てなわけで、泥鰌と鯰を何匹か購入っと。さて、どこで飼おう。
水槽でアクアリウムってのもいいし、聖域に池を作るもよし。
(浅葱の水晶に生簀を作ると、鯰なんか人間に慣れちゃうからダメ。脳みその容量が大きな魚は、僕でなくとも世話する人に慣れちゃうらしい)

★  ★  ★

帰宅後、とりあえず玉と聖域に行った。
着く早々、竹箒片手に変身したお掃除玉ちゃんを、この時間なら大抵寝ているたぬきちが珍しく出て来て、玉の後を付いて回っている。

「たぬきち君、後でご褒美に、さっき買ったぶるーべりーのぜりーを一緒に食べましょうね。」
「わふ!」
…たぬきちは食べ物の匂いに釣られて起きて来たらしい。それもゼリーの匂いって…。(カップに封されてるけど)


んで僕はと言うと、買った泥鰌と鯰を青いプラバケツで運んで来ました。
さてどうしよう。 
熊本の実家では金魚を飼っていたから、水槽は浅葱の力で調達出来るだろう。
それとも、池を掘ろうかな。

元々は玉が捕らわれていた、本殿だけの小さな社と、狭い境内しか無かった空間だけど。
今は建物が2棟。
川が2本。
池が1つ。

狸や貂が走り回り、頭上では梟が巣にしているうろでひっくり返って寝ている空間に拡張されている。

最初は関東ローム層の赤土が切り立っているだけだった外壁は、いつしか濃い紺色をした岩場に変わっていた。
下総台地を切り通して作った隠し空間から変化していったらしい。

ここが色々変わってしまったのは、半分くらい、いや半分以下は、僕の浅葱の力の暴走のせい。
その半分以上の責任は彼ら。

「ほう、泥鰌に鯰か。また妙な物を持ち込んだの。」
「くにゃ」

多分、この空間の正式な所有者なのだろう。
小川に仕切られた敷地の半分を占める社の主。荼枳尼天と、その眷属の御狐様の登場です。
この神様主従。
僕のすることに、興味持ちすぎですよ。
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