ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

神様の土下座

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「何故、私のご主人様は、人間に土下座してんのかなぁ。偉い神様の筈なんですけど。」 
「まぁ、殿ですからねぇ。」
「神馬達も頭を下げているんですけど。」 
「お馬さんが土下座しないだけ、うちよりマシですよ。」

いや、我が家には動物が沢山いるけれど、土下座する仔は居なかったと思うよ。多分。
骨の形状上不可能な筈のポーズを取る仔は沢山居るけど。
荼枳尼天の眷属としてスーパーぽんぽこと化しているたぬきちはともかく、ぽん子やちびも仰向けに寝てイビキをかいてるけど。

「そのうち、モーちゃんも変な寝相で寝出しそうです。」
「しずさんと一緒に布団で寝ているちびはともかく、牛が根藁で変な寝相し出したら、身体をおかしくしそうだなぁ。」
牛の仰向けが始まったら、牛舎を色々改装する必要がありそうだ。
待てよ。
梅林の鶉達、こないだ仰向けになってたな。あいつらが居ると、梅林に入りにくいんだよな。
あいつらが自分で整備している寝藁を潰しちゃうから。

「武甕槌様。浅葱様をお連れしました。何故人間に土下座してるんですか?」

だから僕の姓は浅葱じゃなくて菊地ですってば。

「だってキクヱ。このお方は祖父母、父上、妹と縁があって、荼枳尼天と一言主を随えるお方だぞ。」
「…そう考えると凄い方ですね。ほんわかしてるから、思わず懐いちゃいましたけど。」
「何故うちの殿は、少し目を離すと、女性に懐かれてるんでしょうかね。」
「玉さん。ニコニコ笑いながらお尻をつねらないで下さい。」

武甕槌さんは、軍神・雷神・剣神・地震神。
単純に日本神の中でも相当な武人にして武神だと思う…んだけど。
巫女のキクヱさんの尻に敷かれているらしく、首筋を掴まれて身体を起こされている。
「しゃんとしなさい。御来客ですよ。御参拝客ですよ。」
「そ、そうは言ってもだなぁ、キクヱぇぇぇ。」

あぁ、ややこしそうだから、そっちはほっといて。
「馬は大丈夫かな?変な格好させられてて。」
「ひん」
「ひん」
「ひん」
武甕槌の周りを取り囲んでいた馬達の首筋をトントンと軽く叩く。
そっちの方が心配だったから。
馬(神馬)達は嬉しそうに、僕と玉に首を押し付けてくれる。
「わぁ。モーちゃんも可愛いけど、お馬さんの目も優しくて可愛いですね。」
「おっかない軍馬にして神馬の皆さんだと思うんだけどね。」

「見なさい。武甕槌様、浅葱様にほっとかれてます。」
「と言うかだね。並みの神には懐かない馬達が自分から懐きに行ってるんだが。」
「そりゃ、カグツチ様がお選びになった方ですからねぇ。榛名山でも荼枳尼天様の眷属を気軽にお呼びになってましたし。」
「荼枳尼天自体を使役するお方だぞ。仏教やヒンドゥにも縁を持つお方だぞ。」
「ご主人様だって伊弉諾様の孫神ではありませんか!もっと背筋を伸ばしなさい!」
「つうてもなあ。伊弉諾爺さんの孫神・一言主も使役しとるし。」
「神様方とのご縁が深いだけで、浅葱殿はごく普通のお優しい、少し無精な殿方ですよ。」

ほっといたせいか、キクヱさんにも酷い事を言われてる気がするなぁ。

たしかに一言主は浅葱家の氏神だし、荼枳尼天とも、変な日本語だけど仲は良い。

でも荼枳尼天には時々飯を食わしてるだけだし、一言主はうちの先祖が擦り付けて溜まりに溜まった穢れを払っただけ。
毎朝きちんと祝詞をあげて、榊を捧げ、手作りの料理を奉納しているのは、しずさんと玉だ。

僕は頼まれたら、鰻やらローストビーフやらをご馳走しているだけで、これと言って真摯な信仰もせず、毎日流されているだけの、来月で失業保険が切れるからそろそろ働かなきゃなぁとか考えているただのオッちゃんだ。

しかしこれは。

背後から髪の毛を神馬達に甘噛みされながら考えた。

武甕槌さんはキクヱさんの顔色ばかり伺って、こっちを見てくれないし、キクヱさんは武甕槌さんをお説教しているだけだし。
玉は僕が浅葱の力を使って出してあげたブラシで、神馬達を順番にブラッシングするのに夢中になっているし。
僕の頭に噛み付いている仔以外の神馬は順番に玉の前に整列してるし。

これじゃ、ちっとも話が先に進まない。
さっさとお使いを終わらせて、川魚料理を食べに行きたいのに。
さて、どうしよう。
全部こちらのペースで、さっさと用事を済ませようかしらね。
せっかくここまで来たなら、鯉料理を食べたいしね。
鯉こく、とか、鯉の洗い、とか。

では、ほんならば。
僕は左手を高々と上げる。

「ヒィ。」
「いや、武甕槌様がヒィて。」
「はい。次の馬さん、どうぞ。」
「ひん」

光り輝く僕の左手に、白木の鞘に納められて柄や拵えのない刀が現れる。
榛名神社のカグツチより預かった御神刀、天之尾羽張である。
古事記に云う、伊弉諾の帯し十拳剣のレプリカである。
レプリカと言っても、その本物で切り刻まれた伊弉諾の息子がカグツチであり、天之尾羽張にこびり付いたカグツチの返り血から生まれたのが武甕槌。

色々と、複雑な縁起を重ねる剣を、その剣に殺される神・カグツチが新たに打つと言う、何がなんだかわからない由縁を何一つ解決しないまま武甕槌神に届ける、というのが、今回僕が頼まれた御使いであるわけで。

「という事で、カグツチ神よりの贈り物にございます。剣神・武甕槌雷神様、ここにお納め下さるよう、浅葱が血の者のお願いでございます。」
「うむ。」

片膝をついて、両手で天之尾羽張を捧げると、それまでオドオドしていた武甕槌の顔が変わった。

キクヱさんは、自分ではこの刀は持てない、と言った。
刀の神力が強すぎて、自分では自分の存在を維持出来る自信がないと言って。

武甕槌の前にして初めてわかった。
なんだこの重さ。
物理的にも、心理的にもずしりと来る。
そして少し細まった武甕槌の眼。
動くには気合いを入れないと腰が砕けそうな空気。

「はい、次。」
「ひん」

隣で神馬のブラッシングしている玉には、全然影響がなさそうだけど。
あ、キクヱさんが両膝付いてる。

「確かにお預かりした。浅葱が当主殿。」
「いや、本家の当主は他に居るし、僕は菊地姓だし。」
「人の世の決まりごとなど、悠久の時を生かされる神には関係の無い事。神たる私からすると、浅葱の人間は貴方だけだ。私がこの刀を手にして、全てがお解りもうした。私がすべき事が。」
「はい?」
「私がこの刀を父上より頂いた事。ここに浅葱の者が来た事。当代が縁深い荼枳尼天及び一言主の巫女を連れて来た事。全ては繋がった。」
「はぁ。」

なんだかさっぱりわからないけれど、どうやらあの刀を渡した事で、神様同士にパスが通じたらしい。
それで武甕槌の腰に魂が宿った。

あと。
…なんか、僕と玉が巻き込まれる事も決まりらしい。
面倒くさいなぁ。

………

「浅葱殿。貴殿が所持されるお刀を出しませい。大した事は出来ぬが、ほんの少し我が剣神の祝福を与えようぞ。」

素は戦神・武神という事もあってか、得物を手にしてからの武甕槌は別人(別神)になった。
言われるがままに、僕は浅葱家に伝わるって言う設定らしい、勝手に僕の身体に棲みついている(染みついているでも正しいかも)刀を顕現させた。

ていうか、この刀。
僕らはそれなりに危機っぽい事を何度か潜り抜けて来た筈だけど、土地神の穢れを祓う時に象徴として掲げた他は、一切役に立ってないな。
我が家の最大戦力は、フクロウ君だし。

本身を抜かないまま、僕と武甕槌は、お互いの刀を重ね合わせた。
コン、と軽い木製音がして、それで終わり。
別に刀が光るとか、僕に新たな力が流れ込んでくとか、そう言った演出や感覚は一切なし。

伊勢神宮と並ぶ社格に祀られる神との邂逅は、それだけで終わった。

「あっさりしたものですね。」
「浅葱様、お刀をお仕舞い下さい、そのままではキクヱは浅葱様に近寄れません。」
キクヱさんがジリジリと後退して、武甕槌の陰に隠れた。
「そうなの?」
刀を持った左手を軽く振ると、光の粒子となった刀は僕の左手に吸い込まれて行った。

「浅葱殿が持つ刀は、神代三剣に並ぶ力を持つ御神刀だ。単純な神力を比べれば、この天之尾羽張を上回る可能性があるぞ。」
本身を眺めながら武甕槌が解説し出した。
「は?」
「具体的に言えば、天叢雲剣、ようは草薙の剣に匹敵する剣だ。」
「はぁ。」
ただの失業者に持たせて良い代物ですかねぇ、それ。

「現代社会に於いて、刀を振り回す機会などあるまい。浅葱殿の力の源泉を更に務めるだけだろう。」
「要は、食事や動物の訴求力が今以上に滅茶苦茶になるって事ですか。」




いよいよ迂闊に動物に近寄れなくなると。
一応、市川市動植物園は再就職先の候補にしてるんだけどなぁ。
お隣に住んでいる市川市職員の菅原さんに願書を渡されたし。

「人事に出しといてあげるから、履歴書と職歴書を早く出しなさい。」
「いや、僕は公務員になると決めたわけじゃないぞ。」 
「隣に越して来た青木さんて人、貴方の部屋から毎朝出勤してるじゃない。責任取るなら公務員が一番先様のご両親が安心するのよ。試験勉強は進んでいるんでしょうね!」 
「君は僕の担任の先生か?」



「なんなら、私共との交流を深めるかね?」
「遠慮しときます。」
荼枳尼天と一言主で、神社と巫女さんは飽和状態です。
それに嫌だよ。神同士の争いに巻き込まれるとかさ。
うちの玉さんは、そこでニコニコ神馬にブラッシングをしているのが本質であって、何かのアニメみたいに巫女装束姿で荼枳尼天の小刀片手に戦う人じゃないでしょ。 
割烹着姿で糠床を掻き混ぜる人でしょ。
 
「浅葱殿、貴方は神の好む雰囲気を作る名人だ。それは浅葱の血が醸し出す物か、或いは貴方自身の能力なのかは知らない。浅葱の人間も数人は知っておるが、皆普通の人間だったしな。」

つまり、僕は普通の人間じゃないと。 
 
「貴方は神に求めない。神を恨まない。無用に神を敬まず、そして、我ら神の細やかな願いを叶えてくれる唯一の人間だ。」

そりゃ、神様と会話しているトントンチキな胡散臭い「すぴりちゅある」さんと一緒にされても困るし。

「貴方の家族もそうだ。巫女は真摯に貴方と神に支えてくれる。女達は貴方を信頼している。動物達は貴方には一切警戒心を抱かずその真の姿を無邪気に見せてくれる。私共、神にとって、貴方という存在が非常に心地よい。」

はぁ、そうですか。

「だから私共は貴方に力を貸す。貴方の作る''水晶の中の楽園“は、いつか神が作りたい常世の国を具現化しているからな。」
「聖域や浅葱屋敷は黄泉の国じゃありませんよ。」
「常世の国とは、黄泉の国だけではない。アブァロン・アルカディアなどいつかは人と神が到達すべき理想郷を含む。」
「理想郷ねぇ。」
インチキパワーが使いたい放題な空間だから、ゲーム感覚で好き放題してるだけですけど。

「貴方は自由に貴方の人生を歩むとよい。私共は干渉することはない。ただ。」  
「ただ?」 
「願わくば私共を友と思っていて欲しい。貴方と縁のあった神は皆、貴方を友と思っている。」

★  ★  ★

「キクヱ、彼らを送りなさい。」
「はい。」

とりあえず、武甕槌との邂逅は終わり、僕らはやっと帰れる事になった。
やれやれ。なんだかなぁ。

鳥居を潜ると、僕のグレーの軽自動車が見えた。
あいつさっき空飛んでたんだよなぁ。
勿論、羽根も外付けエンジンも付いてないただの軽自動車だ。
雨の中、軽でこれだけ距離を走るとそれなりに疲れる。 

「なんなら、御自宅まで送りましょうか?出来ますよ。」 
キクヱさんが、それは素敵な提案をしてくれたのだけど。
「いや、料理屋の予約をしてあるので。」  
「え?殿?いつの間に?」
「結構きちんとした割烹だからね。鯉とか泥鰌とか、ちゃんとしたもの食べたいし。」 
「あの、お値段が高そうなんですけど。」 
「一度食べれば、あとは浅葱の力でいつでも食べ放題だよ。明日への投資です投資。」
「むぅむぅ。」

「ただ、無料、節約」という言葉に弱い玉さんです。
  
「貴方、一体何者ですか?」
そんないつもの貧乏性玉さんを論破する僕という戯れを見ていたキクヱさんが怪訝な顔して話しかけて来た。
というか、僕が何者なのかは、僕が一番知りたいです。

「キクヱさん?貴女こそ何者ですか?貴女、武甕槌の巫女と言いながら、人間でも神族でもない正体不明すぎますね。」
「あぁらぁ、女の正体を知ったら後悔しますよ。」 
「それならね…
「…んれいとか気にしたら、酷い目に遭わせますよ。」
「例えば?」
「玉ちゃんに、神様の力を分けてあげます。」
「玉、そんなのいりませんよ?」
「玉ちゃん。旦那様が浮気したら、好きなだけ懲らしめられますよ。」
「むむ、それは魅力的!」
「僕が浮気すること前提ですね。」

「うふふ、私の正体は内緒です。でもいつか。」
車のキーをポケットから取り出した僕に向かって、キクヱさんは深々と頭を下げた。  
「貴方様と御家族が真の危機を迎えた時、私は主人を放り投げてでもお手伝いに伺いますよ。それ程の信頼を貴方様は私に植え付けて下さいました。」
「浮気相手って、このキクヱさんなのかなぁ?」
「玉ちゃん、それはシィで。」

なんなんだ。

「主人は浅葱様を友と仰っています。でしたら主人に支える者として、私も貴方様方を友と呼ぶ事を許して頂けますが?」

まぁ別に断る事ではない。

「でしたら、友情の印として、お土産をお持ち下さい。」
「土産?」
「ええ。」

キクヱさんは、なんとも悪い顔をして笑った。

「お帰りになられたらお分かりになります。武甕槌及び巫女の贈り物にございます。」



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