ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

天ぷらの具集め(何も起きない回)

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いやさ、気が付かないじゃないか。
玉さんが、大家さんとか菅原さんとか、僕の知らないご近所さんにお土産の温泉饅頭を配っているとか。

「殿、お母さんを送って行って頂けませんか?玉は先に片付けをしておきますので。」
「はいよ。」
この会話なら、僕は普通に旅行の後片付け(と言っても洗濯機を回すくらいしか思いつかないけど)をするのかなと思うさ。

しずさんを家(水晶)に送って、動物達にしずさん共々涎塗れになっている間に、青木さん共々ご近所周りをしているとはさ。
家主の立場無いじゃん。

「お土産は殿から頂いたお小遣いで買いましたから、どっちにしても殿からのお土産ですよ。」
「もう外は暗いんだから、玉ちゃん1人にする訳にもいかないでしょ。」

なんだコイツら。
知らないうちに主婦を始めちゃってたぞ。

実際、玉には生活費と言う名目で結構な額の現金を毎月支給している。
その他にも、玉に渡しているスマホには電話料金同時払いの設定を10万円にしている。
コンビニとか、いつも行く古本屋で使える決済方法だ。
殆ど基本料金しか、毎月請求来ないけど。

もっとも、玉が1人で買い物に行く事なんか無いし(僕と離れても存在が確定した玉は消える事は無いとわかっていても、水晶の中以外に僕から離れる事をしない)、エンゲル係数が殆どゼロの我が家は金を使う必要があまりない。
税金と公共料金と家賃と町内会費は口座引き落としだし。
必要な物は、僕が買い揃えるし。

なので、生活費の殆どは玉のへそくりとなる。
何事にも几帳面な玉は、毎月レシートを添えて出納帳を僕に提出している。
僕が余ったお金を受け取らないから、考えた玉が編み出した妥協案だ。

因みにお金は浅葱屋敷のお仏壇の引き出しにしまってあったりする。
確かにあそこならば、泥棒が入らない。
この部屋には金庫って無いからなあ。

で、翌朝です。
僕は聖域での畑仕事と、たぬきち達との触れ合い、あと荼枳尼天に頼まれたローストビーフを献上したりと、ルーティンをこなす日常に戻った。
玉は朝のお勤めと、掃除。
昨日サボったので、いつもより丁寧に。

青木さんは浅葱の畑を耕して、突如玉葱栽培に取り掛かっていた。
「オニオンサラダが食べたくなったのです。出汁醤油と鰹節でスライスした玉葱に味付けするだけの奴。」
あぁ、居酒屋によくある奴か。
食べたいメニューが増えたからと、畑を耕すところから始めるのが出鱈目な我が家。1週間もすれは収穫できちゃうし。
「だってさぁ、ここの畑で採れる野菜美味しいんだもん。市販の高級野菜なんか糞喰らえだわ。ただの長ネギを輪切りにして醤油を掛け回しただけのネギ丼とか最高なんだよ。鰹節を掛けて2杯目、山葵醤油で3杯目とかイケちゃうんだから。」
「……せめてタンパク質も摂りなさい。あと、言葉遣いが汚いです。」
「タンパク質はお味噌汁のお豆腐と鰹節です!あと、いい歳こいて女子に幻想を抱かないで下さい。」
ええと、こちらは30間近で年相応に女性とのお付き合い経験もありますから、そんな思春期みたいなこと考えてませんけど。
…この人は本当にうら若き23歳の女性なんだろうか?
僕は彼女の思いびとの筈だよな?
で、しずさんです。
朝のお勤めを終わって、モーちゃんにブラッシングをしているとこに、僕と玉がやって来ました。

もう。
『おはよう』
「おはようモーちゃん。だいぶ大っきくなったね。」
もう。
『おっぱいはもう少し待っててね』
「うん!」
玉とモーちゃんの間に直接の会話は成立していないんだけど、何故かこうやって分かり合えてる不思議。

「婿殿、丁度良かったです。山菜採りにお付き合い下さいな。お姉さんにお願いしたら、食べられるかどうかの区別が付かないそうなんです。」
「青木さんは都会の子だから、山菜採り自体した事ないかも知れませんね。」
確かに野草の中には毒性を持つものも少なくない。
僕は田舎の子だから、ある程度の知識と経験があるし、何よりも浅葱のインチキパワーで、食べられる食べられないではなく、美味しいかどうかが先天的に分かるトンデモ仕様になっている。
そんな判断を下す必要性なんか一度も無かっただけで。

この水晶で採った食べられる野生の植物は、筍とかアケビとか。 
最初から間違えようの無い、お馴染みのものばかりだっし。

「それじゃ、モーちゃん。後は玉が引き継ぎますね。」
もう。
『よろしくね』
モーちゃんは、頭を玉に擦り付けている。仲の良い事で。
「玉、お姉さんは畑にいるから、後で冷たいお茶を持って行ってあげてね。」
「はい。」

しずさんは青木さんをお姉さんとか、お姉ちゃんと呼ぶ。玉の姉に擬しているんだ。
同じ様に、青木さんはしずさんをお母さんと呼ぶ。
青木さん的には、実の母親よりも素直に甘えられて、女性としてのスキルの教えを請える相手と尊敬しているから。

いつのまにか、僕らは擬似的な家族というか小さなコミュニティが出来上がっているんだね。

………

僕らのお供なら、先ずは私達姉弟!と、ぽん子とちびを左右に従えて、僕らは屋敷の西側にある、小さな梅林に入った。
熊本の浅葱屋敷でも、自家消費用に数本の梅の木を並べていたな。
梅干しにしたり、梅酒を漬けたり、和え物の材料にしたり。

こちらでのここは、鶉たちが何処からか集めてくる芒や稾を地面に敷いて、時折並べ替えたり、新しく追加したりしている。

地面の保温・保水と自分達の寝稾の為に整備しているわけ。

『いらっしゃい』
『梅欲しいの?』
『お手伝いしようか?』
わらわらと鶉達が近寄って来た。
『ぽん姉さんこんにちは』 
『ちびちゃん、あとで追いかけっこしよう』
『あとでね。今は殿とお母さんの護衛中』
鶉とぽん子達の間に、面白い関係が出来上がっている様だ。

「今日はこの先に行くだけだよ。」

『川行くの?川!』
『こっちから行くの珍しいね』

相変わらず賑やかな仔達ですね。

梅林の先は小さな剥き出しの土手がある。その先にはオイカワや川エビ、ウグイや鮒などが何故か僕に懐き遊んでいる、一種のビオトープになっていたりする。
用があるのは、その小さな小さな土手。

すぐ北側は篠竹が生えている。
篠竹は食用には向かないけれど、その細くしなやかなしなりは道具の材料に向いている。
その内、これで何かを作ろうかね。
編んで竹籠を作ったりとか。
南側は一気に水面が下がって行く為に土手が急になる。
その先には滝があって、畑の貯水池からの水が合流しているのだけど、ちょっと粘土質が剥き出しになっているので目当ての野草が生えていない。

すなわち、この梅林に面した数メートルが陽当たりの良い、野草が良く生える場所になっている。

わらひ・ゼンマイ・蕗のとう・雪の下・明日葉。
こんなあたりが密集している。
……いや待て、前に見た時は、こんなに密集してなかったぞ。
食い物に関しては、そこの小さな社に祀られている神様も食い意地が張ってるからなぁ。
まぁそう言う事か。

「あらあら。こんなにいっぱいありましたね。」
「あとで一言主にお裾分けしといて下さい。多分、天ぷらの話を聞いていたんです。」
「婿殿の神様は、どこにでも現れてくださるんですね。」
ええ。困った事にね。
榛名山の山ん中までローストビーフを強請られましたよ。

「あと、畑に行けば芋とか茄子とか蓮根とか大葉とかもありますし、カラシナなんてのもいいですよ。」
「以外と側に沢山タネがありましたね。」
「ついでに言うと、ここには季節がありませんから。なんでも採れます。直ぐ生えてきます。」
でなければ、同じ日に筍掘って茄子をもいで柿をもいで蜜柑をもぐなんて事出来る筈がない。
この空間自体は、浅葱一族の為の意味不明な便利空間だから。
僕が招待した人も動物も、みんな恩恵を受けていられるのだろう。

そのささやかなお返しという訳でも無かろうが、正式に神職を生業としていたしずさんが毎朝祝詞をあげて、御神酒を捧げ、榊を取り替え、毎日の糧を奉納している。
ありがとうございます。

★  ★  ★

畑で採れた小麦を石臼で挽いて小麦粉をボウルに入れ、冷水と卵を落とします。
ここでわざとダマが残る様に掻き混ぜるのがポイント。

その間に天ぷらのタネはざく切りに。
具材は今そこら辺で摘んできた野草と畑の野菜。
食感を味わう為に、わざと芯は残しめに。
あと、冷蔵庫からカニカマとウインナーを出してアクセントにする。
野菜の味はどこまで行っても野菜だからね。

その間、昨日買ったままの釜飯を温めてなおそう。
やり方は簡単。
温めたくない食材を外して、電子レンジに器ごと放り込むだけ。
でも良いのだけど、実は今、庭で露天の料理中。
なので、部屋や浅葱屋敷の台所に戻るのも億劫だ。
何よりも、動物達に囲まれる事も、常春の爽やかお日様の下、微風に吹かれながらの料理も気持ちいい。

玉と青木さんは、畑仕事で流した汗を温泉で洗い流している最中。

天ぷらを揚げているのはしずさん。
しずさんの時代に、揚げ物など無かったそうだ。
いや、都の貴族などは食べていたろうけど、何せ庶民には揚げ物をが出来る程の油が回ってこない。

菜種や胡麻を石臼で挽いて絞って、やっと少し取れるくらいかねえ。
なので、サラダ油や胡麻油を好きなだけ使える料理を学習中なんですな。
「こうやって、揚げ玉が浮いて来たら温度が良い感じ、ですね。」
キッチンペーパーの上に揚がった天ぷらを並べて嬉しそう。


僕は金盥にお湯を張って、釜飯を湯煎します。
峠の釜飯はレンジの使用に耐えるくらい頑丈な焼き物を器にしているけど、なんかレンジでチンより、こちらの方が手間がかかって美味しそうだから。

「その間に。」
冷蔵庫から取り出したのは紫蘇ジュース。
紫蘇を湯掻いて、レモン汁と蜂蜜で割っただけのお手軽ジュースだ。
野草だらけのご飯だから、添え物も野草尽くしで。

野蒜が庭の隅に幾らでも生えているので、これを味噌汁にしよう。
このまま味噌汁の実にしても良いのだけど、葉は葉で、実は実で一口サイズに切り分けて、塩で炙っておく。
これだけで味に深みが出てくれるから。
畑で収穫した大豆と、常盤平の西友で買った苦汁を使って作った木綿豆腐を入れまして。

うん。
少し重めだけど。

峠の釜飯。
野菜天ぷら。
野蒜の味噌汁。

こちらが本日のお昼ご飯になります。

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