ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

カグツチ

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「お初にお目にかかります。武甕槌が巫女、キクヱと申します。」
キクヱさんは、竹箒を袴の前に抱きしめて、深々とお辞儀をした。
僕も深々とお辞儀を返す。
ふかぶか。

「貴方様に御参拝頂きまして、主人一同、大変光栄に思います。なので私がいち早くご挨拶に伺ったわけです。」
「いや、僕はリストラされて、そろそろ失業保険が切れるなぁとか思っているだけの、ただのだらけ切ったおっさんなんですけど。」
主人って誰よ。
一同って一柱じゃないの?

光栄と言うのなら、固まっているこっちの親娘は職業巫女だぞ。
お給金出てないけど。
(出すのは僕なのだろうか?)
でも事実上、僕が食べさせているな。

「貴方様の血筋が大切なんです。」
「僕の血筋だったら、そこの珍妙なポーズで固まっている女性も、かなり滅茶苦茶、凄ごぉく遠縁ですが、浅葱一族ですよ。」
2人とも、既に浅葱の姓を名乗ってないけど。
あと、その阿波踊りの失敗作みたいに手を突き出している姿。
肝心なところで、どうして残念になるんだろう。
ちょうど瞬きしてるし、口元は笑っているし。
顔立ちは整っているのにねぇ。
よりによって、こんな残念な瞬間に時間が止まるかねぇ。

「そうですね。そちらの女性達にはお稲荷様の、こちらの女性には貴方様と同じ匂いを感じます。それに…皆様からは一言主様のお力を感じますし。」

最近では、荼枳尼天よりも一言主と接する機会が多かったからかな。
一言主はウチの氏神で、しずさんちの隣に社があるし、そもそもあの水晶は一言主の加護があるそうだからね。

「でも御三方は、昨日私の正体に気が付きませんでした。気がつかれていたのは貴方様だけでしたね。」
人間じゃないのは、感覚的に分かったけれどね。
昨日は適当に流したけど、失敗だった様だ。
しずさんくらいには、注意を促しとくんだったなぁ。
でも長い階段を登った頂上だったし、余計なことする気力(体力ではない)が、残って無かったんだよなぁ。

「人外なもの」って認識はあったけど、神社の境内でニコニコ笑ってた巫女さんが良くないものだとは思わなかったし。

「なので、私の主人に逢う資格があるのは貴方様だけなんです。どうぞ、こちらに。」
「いや、彼女達を置いて行く訳にもいかないでしょ。」

恐らくここは、時間と時間の狭間。
僕は彼女達とは「別概念の時間」が流れる空間にいるのだろう。
ここは神域だし、危険か安全かと尋ねられれば安全だと躊躇なく答えられる。
次に彼女達と接触する時は、再び元の世界に帰還して、元の時間が流れ出すのだろうし。

とは言っても、気分の問題だ。
彼女達を放置しておく事に落ち着いて「何か」をする気にはならない。

「でしたら、貴方様のお味方をお呼びすれば宜しいのでは?」
「お味方?」
お味方ねぇ。
以前にも(形式的とは言え)玉のピンチに来てくれた彼がいるか。
でも、ルリビタキが来ているんだよなぁ。
それも多分、榛名山中殆どのルリビタキが。
彼が来たら、ちょっと可哀想だ。
怖がってしまうじゃないか。
んならばと…。

「あら、宜しいのでは有りませんか?」
「……宜しいとは?」
「みんな、貴方様のお味方にしちゃいましょう。」
「いやいや。」

ぱっと見、30羽以上のルリビタキ(雄)だぞぅ。
榛名山の生態系壊れちゃうぞ。
「大丈夫ですよ。なんなら一言主様のお山に行って頂ければ、雌も一緒に飛んで行きますから。」
そうか?そう言う問題なのか?
それで良いのか。
「はい。良いですよ。私の主人がそう申しております。」

…なんかあいも変わらず出鱈目だけど、それこそ僕の都合でルリビタキの生活を変えちゃう事じゃないか。
「今更では?」
貴女が僕の何を知っているのか、小一時間問い詰めたくなったぞ、こら。でも神様の情報ラインでバレバレなのかは当たり前か。

聖域のたぬきち達はともかく、浅葱屋敷のぽん子や小動物達は、僕(と玉)に運命を狂わされた仔達だ。
例えそれが、本人達が望んだ事とは言えね。

ルリビタキ達はそれを望むのだろうか?

「今更ですよ。」

ここ半年間、何度も言って、何度も聞いた言葉だなぁ。
ま、いっか。今更だ。

「スゥ」
では軽く深呼吸。
「出でよ!フクロウ君!」
「ひぅ」

時間と空間を破って乗り越えて、我が家の(聖域の)ネズミ番が飛んで来てくれた。
ありがとう。フクロウ君。
君にまだ名前を付けてないぞ。

「ちょっと用事が出来て、そこに玉達を置いて行く事になった。直ぐ戻るから彼女達の護衛をお願い出来るかな?」
「ひぅ?」
「あぁ分かってる。月の輪熊が冬眠している季節だし、玉なら荼枳尼天の小刀一つで猪くらいは追い返せるだろう。」
(玉の事だから、野生の猪を飼い慣らす事くらいしかねないけど)
「ひぅ」
「あんたが言うなって?」
まさか梟に突っ込まれとは思わなんだ。

「単に僕の我儘だよ。この異常事態で彼女達の側に居られない事が嫌なんだ。そしたら、我が家の戦闘能力一番のフクロウ君が居てくれると、僕は安心出来るだろ?」
「ひぅ」
「ありがと。あ、あと瑠璃色の小鳥が沢山集まっているけど、驚かしちゃ駄目だぞ。」
「ひぅ」
「………あぁそうだ。いつもの事だ。」
フクロウ君にまで「今更」と言われちゃう僕だった。

★  ★  ★

セピア色の世界で、唯一の色が付いているフクロウ君が、玉達のほぼ真上にある枝に止まってくれるのを見て、僕はキクヱさんを促すことにした。

「………なんですか?」
振り向いてみたら、何やら言いたそうな巫女さんの顔がそこにあった。
「……分かっていましたけれど、貴方様本当に人間ですか?」
「さぁ。」
最近、僕も人外に片足を突っ込んでいる気がして仕方ないんだ。

………

榛名神社の拝殿を潜る。
別次元を歩いているので、キクヱさんも僕も本来なら邪魔になる賽銭箱や扉も擦り抜けて進む。
というか、賽銭箱の存在が変に気になる。

いや、昨日だって伊香保神社に普通にお賽銭を入れた。
ウチの神様達(相変わらず酷い日本語だ)はお金よりも、僕や玉やしずさんがこさえたお供えの方を有り難がるから、なんか妙に新鮮なんだ。

あとこの状況だと、賽銭箱に頭を突っ込む馬鹿も出来そうだし。

そう言えば、中世の貨幣が聖域の茶店に山積みになっているはずだけど、あれから見てないや。
確か杢兵衛さんにあげた時に、コピーを建物ごと渡したから、有効活用してくれてたら良いな。
その後のしずさんや玉の暮らしが困窮していたとは聞かないから大丈夫だったのかな。
だって玉は五穀ではなく、お米を炊いてたのだし。

などと無駄な事を考えていたら、拝殿を越えて本殿に入った。 
って、これ不味く無い?
神様が座す部屋に、余所者が入っている訳だぞ。     

「ですから、何を今更。」
「この数分間で、何回今更って言われたんだろ…。」

本殿には、柔らかく笑う男性と女性が祭壇に腰掛けていた。
榛名神社の祭神、カグツチとハニヤスだろう。
記紀には、火の神カグツチ・土の神ハニヤスとある。
いずれも形の上では、伊弉諾・伊奘冉の子にあたり、ウチの一言主とはいとこにあたる。って、「ウチの」一言主…。

あと、カグツチって伊弉諾に斬り殺された筈だけど?

「お主も言っておろう。神の存在なんか適当だ。」
カグツチさんが口を開いた。
「いや、僕はそこまで蔑ろにはしてませんけど。」


『我思う故に我有り』


フランスの哲学者、ルネ・デカルトが凡そ400年前に残した命題であり、傍迷惑な戯言である。
要は、世界は全部偽物であっても、その世界の存在を疑う自分の存在は偽物ではない。

まとめ直してもさっぱり意味が分からんけど、要は自分の思考には力があると。(違う気もする)
神は人に信仰されるから神で居られる訳で、人に信仰されなくなり神で無くなった神が存在する。

なんで事を畏れ多くも神様本人に開陳した事がある。

「ならば儂の存在をどう思う?』
「目の前に居て、話して、実際に触れる存在を否定出来る訳ないでしょ。」
「うむ。それならば良い。儂はお主とその一党が存在する限り、神としての力を保てる。その力でお主達を護っていこうぞ。」
「くにゃ」

最後の鳴き声で、どの神様と話していたのかバレるけど、我が家と神様の関係はそれだ。
ってどれだよ。
突拍子も無さ過ぎて、自分で自分の異常性にツッコミを入れたじゃないか。

「だから儂は、ここで祭神として儂を頼りにしてくれる人がいる限り滅びんのよ。」
この神様も随分と気安く話しかけてくれる。
「まぁ、日本民族が絶滅しない限り、日本文明が残る限り、記紀は残っていきますしね。」
「とは言ってもな、儂は死んだ神として信仰されるという矛盾した存在での。''此処に居る“からこそ神で居られる。つまり、儂は此処から離れられん。」

ん?話が読めない。
この神様は、僕に何を言おうとしているんだ?

「ここに刀が一振りある。」
頭からクエスチョンマークを盛大に撒き散らしていると、神様がとっとと話を進め出した。
「天之尾羽張という刀じゃ。」
ええと。
それ聞いた事あるぞ。
筑波山に伊弉諾だの伊奘冉だのが出てきた後、色々調べておいたんだ。
「って、それ、貴方が伊弉諾に滅多刺しにされて殺された時の刀ではないですか?」
どうしよう。
何を言い出しているのか、全く意味がわからない。

「それを打ち直してみた。」
「はぁ?」
自分を殺した刀を?
「冬は暇での。初詣が終わったら参拝客減るでの。」
「暇だから?」
「神は暇だぞ。悠久の時を過ごしとるのじゃからの。だからお主の様な存在が現れてくれると、もう嬉しくってしょうがない。」
「僕は暇つぶしの道具ですか?」
「一言主や荼枳尼天が羨ましいのぅ。巫女が居て、お主の様な人が居る。」
「キクヱさんは貴方の巫女さんではないんですか?」

カグツチさんの手前で控えるキクヱさんを見る。
ニコニコ笑ってるキクヱさん。
「私は武甕槌様の巫女ですよ。」
「あ。」
そうか、最初にそう言ってたね。

武甕槌という事は、カグツチの血から生まれた神様。カグツチからすると子供の様なものか。

「うむ。それでじゃ。この刀を武甕槌に届けてはくれまいか?」
さぁまた変なことを言い出したそ。
武甕槌が何処に居るかなんか知らないぞ。

「大丈夫でございます。貴方様は武甕槌の座す社をご存知だと思います。」
「僕が知ってるの?」
「ええ。鹿島神宮という社をご存知ですよね。ね?」

知ってるけどさぁ。
上眼使いに媚びをこびこびされても困りますよ。
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