ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

行き先

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「一応、候補地はこの辺かしらね。」
「この写真の山、どこですか?」
「それは妙義山だね。凄い姿でしょ。」

結構遅くまで玉と青木さんは、大量のる◯ぶを片手に居間で話し合っていた。
あんまりにも熱心なので、(あと途中で空腹を訴え出したので)、最近玉がよく作るバケットに、トマトとチーズと焼豚を挟んだサンドイッチを作らされる羽目になった。
僕はこんな時間に食べられないけど。

そうそう。
このバケット、普段玉が焼いている食パンやコッペパンよりも普通に固いので、籠に入れて棚に置いておいたんだけど、今朝方は、それをめざとく見つけた大家さんに食い付かれたよ。

「殿も苦労して食べてる固いぱんですよ?」
「でも玉ちゃんが焼いたパンでしょ?だったら美味しいに決まってるもん。私も頑張って食べるから、食べさせて。」

年相応に入れ歯をしている筈の、もうすぐ後期高齢者の大家さん、口調が玉と同い年になりました。
あと、パンって、朝食って、頑張ってまで食べなきゃならないんですかねえ。

なので、パン切り包丁を斜めに入れて3センチくらいの薄切り(普段の僕らは長さ10センチくらいで、ホットドッグ方式で食べてます)にして、冷蔵庫にあったハムとトマトとレタスを挟んで粒マスタードで風味付けしたものを即席で作ってあげたら。

そしたら、テーブルをぱんぱん叩き出しました。
ぱんぱん。
「お父さん、美味しいこれ。美味しいの。ありがとう。」
ぱんぱん。

それを見た玉と青木さんも、今日のメニューのホットサンドを一度置いて、自分でバケットを切り始めたのはいつもの事。
普段賑やかな朝ご飯が、またまぁ姦しくなりましたな。
そもそも朝は食欲のない僕は、簡単なたまごサンドイッチ一組食べ終えると、手についたパン屑を流しでぱんぱん叩いて落として、ミルクたっぷりのカフェ・オ・レに取り掛かるのでした。
ぱんぱん。

そんなバケットを夜食に作ってあげたり、蜂蜜入りホットミルクで眠気を誘ってあげたりしてました。
だって居間から追い出された僕は、ダイニングで動画を見てるしかないんだもん。

案の定、お腹が膨れた玉さんが途中で堕ちたので、解散となりましたとさ。
うむ。計画通り。

で、ふらふらとベッドまでたどり着いた玉の寝息が聞こえ出したのを確認した青木さんに改めて相談を持ちかけられた訳です。
玉、寝るの早いな。


………


「えぇとね、とりあえず玉ちゃんが食い付いた候補は3つ。伊香保と草津と箱根。」
「別に温泉をメインにすることないんだよ?」
「私が入りたいの!アルカリ泉はお母さんのところで入れるから、出来れば硫黄泉がいいな。」
「そうですか。」
それじゃしょうがない。

「伊香保だと、目玉は観光牧場と榛名山。草津だと、横川の鉄道博物館に寄れるかな。箱根は芦ノ湖の遊覧船。」
「別に玉は、そこまで鉄道に拘泥しているわけじゃないよ。」

単に乗った経験が無いから乗ってみたい好奇心と、◯ラレールを可愛がっているモルちゃんと同じ扱いにしているんじゃないかな、あれ。
どちらも小さくてキビキビ動くから。

「あと、出発は来週の火曜日ね。」
「ちょっと待て。急過ぎて早過ぎないか?」
「あら、何か用事あった?無職さん。」
「…ないけど。」
「でしょ。」
むう。
「どこも候補の旅館を選抜し終わってるの。2月の平日だしネットですぐ予約できるよ。費用は1泊2万円前後ってとこ。足を出して払おうと企んでても無駄だよ。」
むうむう。
青木さんにはバレバレだったか。

毎日の日課は、僕が水晶を持って行けば、旅先でも出来るし。
ついでに言うと、動物達は1~2日留守にしても大丈夫な様に、餌も水も常に備えてある。
みんな寂しがるから、そんな事しないけどね。
しずさんがわざわざ餌を作ってまで世話しているみたいだけど、アレは彼女が喜んで自発的にしている事だし。
仔牛も授乳期をもう過ぎて(交通事故駄洒落)、牧草を食べる様になったので(成長早くない?)、まるまる空いて枯れ枝置場になっていた花壇の跡に、全面チモシー種の牧草を植えた。
おかげで、うさぎやモルモットと一緒に草を喰み喰みしている。
仔牛が踏み潰さないか、ちょっとハラハラ。

「ところで質問!」
「はい、青木さん。」

玉を起こさない様にヒソヒソ声ながら元気よく青木さんが手を挙げる。

「そもそも、なんで旅行に行くの?」
「あぁ、それなぁ。」
妹的悪巧みの匂いがプンプンするけど、こいつら全員裏で繋がっているなら、迂闊な事は言わない様にしよう。
大体、この旅行券、本当に貰い物なのか?あいつら(義弟含む)貰ったとか言いながら、買った物じゃないかと、僕は疑っていたりする。

「妹的には、たまに僕にしてくれる兄妹間の戯れ合いだと思う。そうだな、青木さんは兄弟はいるかな。」
「そう言えば話した事、なかったね。兄が1人いますよ。警察庁で働いてます。公務員って奴ですね。」
…警視庁じゃなくて、警察庁?
地方公務員じゃなくて、国家公務員?
それは結構優秀な部類に入る人じゃないの?

「大学出て、さっさと寮に入っちゃいましたから、なかなか逢えないけど、ぶっちゃけ両親よりも仲は良いかな。」
なるほど。
この人の地頭の良さは遺伝によるものか、って言うと彼女の努力を否定する事になるから言わないけど。
…でも、教育と教養って育ちが出るからなぁ。

「うちもさ。両親を早くに亡くしたから、多分他の家よりも''家族の絆''ってものが深いんだよ。」

兄弟は他人の始まりって言うけど、ずっと2人きりで生きて来たからね。

「僕は、妹を出来るだけ可愛がったし、頑張ってできる限りの支援もした。結婚して子供が出来て、何はともあれ生活も身分も安定した妹からすると、兄貴がリストラされたまま、何やら女ばかり引き込んでフラフラしている姿が心配なんだろう。」
「自分で言いますかね?フラフラ引き込まれた女の言えた義理じゃありませんけど。」
「自覚あるもん。」
「あるんかい!…まぁあるわよねぇ。ここまで無責任な事はしてないし。私と玉ちゃんは黙って貴方に着いていくだけですよ。」

重てぇぞ、おい。

「先月、筑波山に3人で行った時、玉が一番喜んだ事が何か、覚えているか?」
「何だっけ?貴方達と一緒にいると毎日が濃すぎて。」
無理もない。
あの時は、伊弉諾・伊奘冉って日本神話の親分が出てきたからな。

「あの時、玉は展望台からなかなか離れようとしなかっただろ。そしてこう言った。

『お母さんと、また来たいな』

って。
別に筑波山である必要は無いと思う。ただ、本来の人生を送っていたら、おそらく市川からも出る事もなく人生を終えていた親娘に、時代が変わっても日本の綺麗な景色を見せてあげたい。」

あいつ(妹)ならば、そのくらい普通に考えるだろう。

玉と3人で、棒坂にドライブした事。
玉が、地図と車窓の風景の見比べに夢中になっていた事。
地物の農作物などと言う、若い娘が買うにしては、あまりに地味で所帯染みている行為を、彼女が心底楽しんでいた事。
妹は、玉という女の子を、こちらにいる間、ずっと見て、ずっと気にしてた。

玉がどんな境遇の人間だか理解していたが故に、玉が一番喜ぶ事はなんなんだろうかって、あいつは考えてくれていたんだろう。

一度、僕に言って来た事がある。

「あの子ってさ、とーのーと言いながら、ニコニコ笑って、とことこ走ってくるでしょ。その時の顔がね、兄さんを心から信頼し切っている顔してんの。早く兄さんの側に行きたいって。私は旦那にあんな顔、多分見せた事無いし、自分の子供があの顔を私に見せてくれるか、正直言って自信無い。だから兄さん。あの子を護りなさい。あの顔を大切にしなさい。」

奴がそんな事、言い出すとはねぇ。
やっぱり、母になると違うのかねぇ。
って言うか、僕自身玉の顔の区別がさっぱりつかないんだけど。

「むう。もう少し、考えてみるわ。主役はあの2人だもんね。」
「違うよ。」
「え?」
天井を見上げて思考に入ろうとする青木さんの腰をポキっと折った。
ポキポキ。

「君自身を忘れちゃいけない。スポンサーは妹、プロデューサーは僕だ。君が脚本を書いてくれるにしても、君も玉もしずさんも、あくまでもお客様だ。」
「そうなの?」
「そうなの!」
妹は玉の事だけじゃなく、君の事だって気にかけているんだ。
「良いか?玉としずさんだけでなく、君も楽しむ事。それを忘れるな。」
「う、うん。」

戸惑っていた青木さんは、僕が頭を撫でると、太陽みたいな笑顔を見せてくれた。

「もう少し練ってみるね。それじゃ、おやすみなさい。」
「なさい。」

なさいは良いけど、時計がてっぺん超えてるぞ。
君、明日も仕事だろ?

あと、車で行くとして、雪は?
草津に行くとなると、多分雪積もってるぞ。

★  ★  ★

「私も連れて行って下さるそうですね。」
翌朝、僕は浅葱屋敷でちょっとした作業をしていた。
しずさんの家からは陰になる場所にいたのだけど、直ぐにしずさんに見つかった。

青木さんは、はしたない程の気の抜けた大欠伸をして出勤、玉はさっきから浅葱屋敷で掃除機かけてます。
「ガタンゴトン、ガタンゴトン。」
変なオノマトペが聞こえてくるので、◯ラレールの部屋にいるんだろう。

「玉がね。しずさんと一緒じゃないと寂しがるんですよ。自分だけこんな体験をしたら申し訳ないって。」
「困った子ですね。玉の人生は玉の人生で、婿殿との人生なのに。」

でも、しずさんは嬉しそうだ。

「そんな優しい子だって、母親の貴女が一番ご存知でしょうに。」
「あら、そうでもないんですよ。」

あちち。
僕はピザを焼いている。
荼枳尼天が神の力で矢鱈滅鱈バージョンアップしちゃってる聖域と違って、こっちのピザ釜はキットを組み立てたままテストもしてなかったので、安い冷凍ピザで焼き上げのテストだ。

わふ。
『美味しそう』
わん。
『いい匂い』
ぽん子とちびが、僕の左右でお座りをして、焼き上がりを一緒に待っている。
あぁ、待ちなさい。

狸と犬に危険な材料はないかな。
簡単な冷凍物で、ピザ生地の上にはピザソース、サラミ、ピーマンくらいしか乗ってない。
チーズすらない(自分で用意しろってか?)安物だ。
聖域だったら、眷属化したたぬきち達は種に関係なく美味ければ何でも食べるけどねぇ。
玉葱使ってないから大丈夫かな。
はい、食べ過ぎるなよ。
わふ。
わん。

美味しそうに食べ始めるぽん子とちびを、至福の表情で眺めながら、しずさんが言う。

「あの子は婿殿と逢って、ああなったんですよ。私と2人で暮らしていた頃は、ただの子供でした。」
「でも玉は、最初に僕の家に来た時からあぁでしたよ。」

ハイテンションの下ネタ巫女さんに、若干引いていたもん。
玉が祠に囚われていた、行き場のない子供だと思ったから、とりあえずのつもりで家に置いた訳だし。

「それに、僕なんかよりもよっぽど、ご近所さんと良好な関係を築いていますし。僕の知らない人から、玉ちゃんは元気?って話しかけられますから。」
「そんな子に育ててくれたのは婿殿ですよ。」
僕は何もしてませんが。
「どこに行くのかしら。楽しみだわ。」 

あぁ、そう言えば、1泊するから準備しないといけないんだな。
何もやってないや。
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