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第二章 戦
バケット
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バケット。
最近、ちょっとお洒落なパン屋だと惣菜パンの生地によく使われている。
僕が子供の頃は、まとめてフランスパンって言われてた固いパンで、僕的にはそんな好きなパンじゃない。
のだけど。
「発酵、大丈夫かな?大丈夫かな?」
「ここの気温なら大丈夫よ。」
わふ?
「あぁ、彼女達は今まで作ったことないパンに挑戦してんだよ。」
ここに置いたピザ釜は荼枳尼天の仕業で、ホームセンターで買った安物キットが、耐火煉瓦使用のプロ仕様になっている。
茶店でゴソゴソ何かやっている姿を不審に思ったたぬきちが、僕にお手をしながら首を傾げてます。
普段なら、祝詞をあげて掃除とみんなにご飯をあげたら、しずさんに逢いに行く玉と青木さんが、いつまでも茶店から出て来ないから。
ミニトマトを収穫している僕にたぬきちが聞いて来たわけですよ。
「お姉ちゃん達、何してんの?」
って。
今日は朝から(正解には生地作りは夕べから)、玉と青木さんがバケット作りに興じていてね。
ついこの間、青木さんがお昼用にコンビニで買ったのはいいけれど、食べる暇が取れずに帰宅してしまったとかで、チーズとハムのバケットサンドを玉に食べてもらおうと急遽お土産にしてくれました。
はい。
初めての食感に玉さんたら夢中になりましたとさ。
もいち度言います。
僕はあまり好きじゃないです。
ないですけど、食べ物に関してはうちの女性陣が動き出したら止められないので。
わふ。
『情け無いぞ』
たぬきち、それを言うな!
同居人には逆らわない事が、僕の家庭円満のコツなのだよ。
くぅ。
『そうですよ』
やぁ、テンのお母さんが味方してくれたぞ。
わふ。
『本当に、ありとあらゆる女性を味方につけるよね』
待て待て。
誤解を招く言い方しなさんな。
ひぅ
『なんでこの人間は動物達と口論してんだろう』
くぅ
『だって浅葱家の殿様だよ』
くぅ
『ね』
くぅ
『浅葱の殿様に何言っても無意味でしょ』
待て待て待て待て。
君らにとって、僕はなんなんだ?
わん。ひぅ。くぅ。くぅ。くぅ、
『聞きたい?』
あぁ、えぇと。
…遠慮しときます。
「僕はここの動物達よりも立場が下らしい。」
…………
「この人は、なんで少し目を離すと、動物塗れでになってるのかしら。」
満杯になった真っ赤なプチトマトの籠を高々と上空に差し上げたまま、たぬきち達の下敷きになって寝転んでいる姿に、青木さんが呆れ返っているらしい。
らしいと言うのは、テンの子供達に顔中舐め回されて目が開けられないから。
手が軽くなったので、籠を受け取ってくれたのかな。
「殿。ばけっとが焼き上がりましたよ。ご試食お願いしますね。はい、あーん。」
あーん。
口を開けたら焼きたてのパンが入って来た。
何パンなのかは知らないけど(玉が言う通りならバケットなんだろう)、荼枳尼天の加護がついた釜で焼くパンで、それも焼きたてならば美味いに決まってる。
動物達が騒ぎ出したのは、玉への催促だ。
ふう。やっと解放されそうだ。
「玉ちゃんも動じないわね。」
「だって殿ですよ?」
「何その異様な説得力?」
お前ら、失礼だぞ。
…口に出して言えるわけないけど。
………
「たぬきち君、美味しいですか?」
「わふ!」
試食用とはいえ、ちょうどプチトマトがあるので、簡単な野菜サンドを作った。
胡瓜とキャベツを畑から摘んできて、胡麻ドレッシングで味付けしただけの簡単な物。
こっちにも冷蔵庫が置いてあるので、冷えた牛乳と一緒に頂いた。
へぇ。意外とイケるね。
何度も言いますが、僕はフランスパンは苦手の部類に入るんだけど。
あと、純粋な野菜サンドなのだけど。
雑食の狸はともかく、肉食の梟や貂が美味しく食べているのは、彼らが荼枳尼天の眷属化しているから。
野生よりも、僕らが作る料理に身体を進化させた(両方の意味で)変態仕様の動物達です。
最初はさぁ、フクロウ君のご飯をどうしようとか考えたんだよ。
でも、本来霊験あらたかで祟り神の性格を持つ筈の神様(と一番の眷属)の食い意地が張ってるせいで、とにかくご飯。美味しいご飯。
「ご飯第一・健康第二」
がスローガンになっている、神様が支配する聖域なんです、ここ。
今、玉がお皿に野菜サンドを乗せて社に奉納しに行きましたけど、明日の朝にはきちんとなくなってます。
物理的に食べるんですよ、うちの神様。
「でもバケットって、こんなに美味しかったんだ。」
たぬきちとフクロウ君とテンの親子と並んで、川沿いでのんびり頂く野菜サンドうまぁ。
「僕が今まで食べていたフランスパンってなんだったんだろう?」
「あれ?貴方、フランスパンが美味しいの知らなかった?」
「いつも言ってるでしょ。僕の食生活は貧困だったの。」
「貧困でもバケットくらい食べるでしょ。そこらのコンビニに売ってるし。」
「パンなんか気が向いた時しか買わなかったもの。買うとしても、菓子パンか惣菜パンだし。」
女性の私生活はよくわからないし、今までお付き合いした事のある女性達の食生活でも、主食にパンってなかったなぁ。
フランスパンとか、クロワッサンとか、自分の意思で買った事ないもん。
下手すると、小学校の給食まで遡らないと、食べてないかもしれない。
クロワッサンなんか、そのままボンと出されたから菓子パンの一種かと思って食べても。食べても食べても、甘さも塩っぱさも出ないまま、カスだけバサバサ落ちて終わっちゃってガッカリしたぞ。
クロワッサンと甘食。
この2つは、腹に溜まらないから僕的には不人気なパンだった。
だったら、今思えば膨張剤で膨らんだのでスカスカになっただけのコッペパンに、ジャムやマーガリンを付けて食べる方が、腹が膨れた!うんうん。
「パンと僕」!
ご清聴ありがとうございました。
わふ。
『結局のところ、給食は物足りないと』
食べ盛りだったからね。
て言うか、ほんとに聞いてんなや、たぬきち。
「でも貴方のうちって、朝は大体パンよね。」
「毎日じゃないよ。」
2日に1遍。和食とパン食が入れ替わる。
別に決めたわけじゃない。
いつのまにか、それが我が家の風習になって行った。
「玉がぱんを焼く様になってから、そうしたんですよ。お魚料理とおみおつけも勉強したいし、じゃむと目玉焼きの勉強もしたいし。」
玉さんさぁ、生きてるネズミを尻尾からぶら下げてるんじゃありませんよ?
「お社にいたから捕まえました。フクロウ君食べますか?」
ひぅ。
『頂きます』
なんだかなぁ。ネズミを平気で捕まえるんじゃありません。
青木さんが引き気味です。
「手を洗ってきまぁす。」
はいはい。
「でもなんでぱんを食べる様になったんでしたっけ?」
「あぁ多分、僕に玉を驚かす料理のレパートリーが無くなったので、適当に選んだんじゃないかなぁ。」
昔の玉は、何を作っても新鮮に感激してくれて、僕の分まで沢山食べて、丸々太って居間に転がってたね。
「今じゃ、新しい料理を玉が覚えて殿を驚かす毎日です。」
「………それは結構、私に対するプレッシャーにもなるわね。私の得意料理なんてたかが知れてるし。」
「だったら、殿に聞くといいですよ。今晩何を食べたいですか?」
「なんでもいい。」
「…駄目亭主です!」
「玉ちゃんが甘やかし過ぎなのよ。」
「ん?玉は殿の内儀になっても、ずっと殿を甘やかすつもりですよ。だって玉は殿のモノですから。殿の躾は佳奈さんにお願いします。」
「それ、私だけ損だよぅ。」
「あぁ、そう言うのは結婚してから考える。とりあえず僕はモラトリアム中なの。真面目な事考えている暇あったら、たぬきちと遊んでるよ。」
わふ!
たぬきちが僕に飛び付いて来た。
ひぅ
くぅ
くぅ
くぅ
…たちまち他の仔達も飛び付いてきて、僕はまた動物塗れになるのでした。
★ ★ ★
あぁびっくりした。
あの人の口から、結婚って言葉が出て来た。
顔が上気したの、自分でもわかったわ。
バレてないよね。
いや、玉ちゃんはあの人のお嫁さんになる気満々だし、お母さんもずっと前から婿殿って婿呼ばわりだ。だから話の流れで結婚って言葉が出ても全く不思議ではないんだけどね。
そもそも玉ちゃんには戸籍がないから、正式な結婚っていうものは出来ない。
でも、事実婚って言葉はある。
あの人と玉ちゃんは、まだなのか、もうなのか、エッチな関係を結んでいるのかは知らない。
あれから私も聞いてないし。
でもあの2人は一緒に寝ているし、玉ちゃんはあの人の世話をずっと、楽しそうに嬉しそうに焼いている。
で、私だ。
さっきあの人は、私を見た。
絶対に見た。
見てくれた。
「駄目亭主です!」って苦笑いをした時に。
あれは、佳奈さんも、殿の世話を請け負いなさいって、目が語ってたし。
済まん、頼むって顔を私に向けてくれた。
そうよね。
私も。私だって、妹さんにあの人を頼まれたし、お父さんも私の為に頭を下げてくれた。
それはもう、私も公認を貰ったって事でいいのよね。
大体、私から告白したじゃない。
なのに、その返事をまだ貰ってない……って、私が聞いてないんだけど。
あの時のメール、まだ残してくれているかな?
私は夢中になって書いて送ったから、今読むと「てにをは」がめちゃくちゃだし、自分でも何書いてんだかわからない。
でも、私は消してない。
消さない。
消すもんか。
貴方からきちんと返事をもらうまでは。貴方の奥さんに、女房になるまでは。
絶対にあのメールは消さない。
決めた。
今決めた。
そう決めた。
貴方は面倒くさいと言いながら、玉ちゃんの願いを、しずさんの願いを全部叶えてくれた。
そして私の願いを「既に半分」叶えてくれた。
私の「もう半分」が叶う時は、私が青木ではなく、菊地の姓を名乗るとき。
気がついてる?
気づいてないだろうなあ。
だって貴方だもん。
貴方に告白したあの晩から、私は貴方を菊地さんじゃなく、貴方って呼んでるんだよ。
結構、勇気要ったんだよ。
でも、貴方は何も言わずに受け入れてくれた。
あのね。
私は貴方を、最終的には「あなた」って呼びます。
呼びたいです。
呼ばいでか。
その為にも、もう少し女を磨きます。
待っててね。
あなた。
最近、ちょっとお洒落なパン屋だと惣菜パンの生地によく使われている。
僕が子供の頃は、まとめてフランスパンって言われてた固いパンで、僕的にはそんな好きなパンじゃない。
のだけど。
「発酵、大丈夫かな?大丈夫かな?」
「ここの気温なら大丈夫よ。」
わふ?
「あぁ、彼女達は今まで作ったことないパンに挑戦してんだよ。」
ここに置いたピザ釜は荼枳尼天の仕業で、ホームセンターで買った安物キットが、耐火煉瓦使用のプロ仕様になっている。
茶店でゴソゴソ何かやっている姿を不審に思ったたぬきちが、僕にお手をしながら首を傾げてます。
普段なら、祝詞をあげて掃除とみんなにご飯をあげたら、しずさんに逢いに行く玉と青木さんが、いつまでも茶店から出て来ないから。
ミニトマトを収穫している僕にたぬきちが聞いて来たわけですよ。
「お姉ちゃん達、何してんの?」
って。
今日は朝から(正解には生地作りは夕べから)、玉と青木さんがバケット作りに興じていてね。
ついこの間、青木さんがお昼用にコンビニで買ったのはいいけれど、食べる暇が取れずに帰宅してしまったとかで、チーズとハムのバケットサンドを玉に食べてもらおうと急遽お土産にしてくれました。
はい。
初めての食感に玉さんたら夢中になりましたとさ。
もいち度言います。
僕はあまり好きじゃないです。
ないですけど、食べ物に関してはうちの女性陣が動き出したら止められないので。
わふ。
『情け無いぞ』
たぬきち、それを言うな!
同居人には逆らわない事が、僕の家庭円満のコツなのだよ。
くぅ。
『そうですよ』
やぁ、テンのお母さんが味方してくれたぞ。
わふ。
『本当に、ありとあらゆる女性を味方につけるよね』
待て待て。
誤解を招く言い方しなさんな。
ひぅ
『なんでこの人間は動物達と口論してんだろう』
くぅ
『だって浅葱家の殿様だよ』
くぅ
『ね』
くぅ
『浅葱の殿様に何言っても無意味でしょ』
待て待て待て待て。
君らにとって、僕はなんなんだ?
わん。ひぅ。くぅ。くぅ。くぅ、
『聞きたい?』
あぁ、えぇと。
…遠慮しときます。
「僕はここの動物達よりも立場が下らしい。」
…………
「この人は、なんで少し目を離すと、動物塗れでになってるのかしら。」
満杯になった真っ赤なプチトマトの籠を高々と上空に差し上げたまま、たぬきち達の下敷きになって寝転んでいる姿に、青木さんが呆れ返っているらしい。
らしいと言うのは、テンの子供達に顔中舐め回されて目が開けられないから。
手が軽くなったので、籠を受け取ってくれたのかな。
「殿。ばけっとが焼き上がりましたよ。ご試食お願いしますね。はい、あーん。」
あーん。
口を開けたら焼きたてのパンが入って来た。
何パンなのかは知らないけど(玉が言う通りならバケットなんだろう)、荼枳尼天の加護がついた釜で焼くパンで、それも焼きたてならば美味いに決まってる。
動物達が騒ぎ出したのは、玉への催促だ。
ふう。やっと解放されそうだ。
「玉ちゃんも動じないわね。」
「だって殿ですよ?」
「何その異様な説得力?」
お前ら、失礼だぞ。
…口に出して言えるわけないけど。
………
「たぬきち君、美味しいですか?」
「わふ!」
試食用とはいえ、ちょうどプチトマトがあるので、簡単な野菜サンドを作った。
胡瓜とキャベツを畑から摘んできて、胡麻ドレッシングで味付けしただけの簡単な物。
こっちにも冷蔵庫が置いてあるので、冷えた牛乳と一緒に頂いた。
へぇ。意外とイケるね。
何度も言いますが、僕はフランスパンは苦手の部類に入るんだけど。
あと、純粋な野菜サンドなのだけど。
雑食の狸はともかく、肉食の梟や貂が美味しく食べているのは、彼らが荼枳尼天の眷属化しているから。
野生よりも、僕らが作る料理に身体を進化させた(両方の意味で)変態仕様の動物達です。
最初はさぁ、フクロウ君のご飯をどうしようとか考えたんだよ。
でも、本来霊験あらたかで祟り神の性格を持つ筈の神様(と一番の眷属)の食い意地が張ってるせいで、とにかくご飯。美味しいご飯。
「ご飯第一・健康第二」
がスローガンになっている、神様が支配する聖域なんです、ここ。
今、玉がお皿に野菜サンドを乗せて社に奉納しに行きましたけど、明日の朝にはきちんとなくなってます。
物理的に食べるんですよ、うちの神様。
「でもバケットって、こんなに美味しかったんだ。」
たぬきちとフクロウ君とテンの親子と並んで、川沿いでのんびり頂く野菜サンドうまぁ。
「僕が今まで食べていたフランスパンってなんだったんだろう?」
「あれ?貴方、フランスパンが美味しいの知らなかった?」
「いつも言ってるでしょ。僕の食生活は貧困だったの。」
「貧困でもバケットくらい食べるでしょ。そこらのコンビニに売ってるし。」
「パンなんか気が向いた時しか買わなかったもの。買うとしても、菓子パンか惣菜パンだし。」
女性の私生活はよくわからないし、今までお付き合いした事のある女性達の食生活でも、主食にパンってなかったなぁ。
フランスパンとか、クロワッサンとか、自分の意思で買った事ないもん。
下手すると、小学校の給食まで遡らないと、食べてないかもしれない。
クロワッサンなんか、そのままボンと出されたから菓子パンの一種かと思って食べても。食べても食べても、甘さも塩っぱさも出ないまま、カスだけバサバサ落ちて終わっちゃってガッカリしたぞ。
クロワッサンと甘食。
この2つは、腹に溜まらないから僕的には不人気なパンだった。
だったら、今思えば膨張剤で膨らんだのでスカスカになっただけのコッペパンに、ジャムやマーガリンを付けて食べる方が、腹が膨れた!うんうん。
「パンと僕」!
ご清聴ありがとうございました。
わふ。
『結局のところ、給食は物足りないと』
食べ盛りだったからね。
て言うか、ほんとに聞いてんなや、たぬきち。
「でも貴方のうちって、朝は大体パンよね。」
「毎日じゃないよ。」
2日に1遍。和食とパン食が入れ替わる。
別に決めたわけじゃない。
いつのまにか、それが我が家の風習になって行った。
「玉がぱんを焼く様になってから、そうしたんですよ。お魚料理とおみおつけも勉強したいし、じゃむと目玉焼きの勉強もしたいし。」
玉さんさぁ、生きてるネズミを尻尾からぶら下げてるんじゃありませんよ?
「お社にいたから捕まえました。フクロウ君食べますか?」
ひぅ。
『頂きます』
なんだかなぁ。ネズミを平気で捕まえるんじゃありません。
青木さんが引き気味です。
「手を洗ってきまぁす。」
はいはい。
「でもなんでぱんを食べる様になったんでしたっけ?」
「あぁ多分、僕に玉を驚かす料理のレパートリーが無くなったので、適当に選んだんじゃないかなぁ。」
昔の玉は、何を作っても新鮮に感激してくれて、僕の分まで沢山食べて、丸々太って居間に転がってたね。
「今じゃ、新しい料理を玉が覚えて殿を驚かす毎日です。」
「………それは結構、私に対するプレッシャーにもなるわね。私の得意料理なんてたかが知れてるし。」
「だったら、殿に聞くといいですよ。今晩何を食べたいですか?」
「なんでもいい。」
「…駄目亭主です!」
「玉ちゃんが甘やかし過ぎなのよ。」
「ん?玉は殿の内儀になっても、ずっと殿を甘やかすつもりですよ。だって玉は殿のモノですから。殿の躾は佳奈さんにお願いします。」
「それ、私だけ損だよぅ。」
「あぁ、そう言うのは結婚してから考える。とりあえず僕はモラトリアム中なの。真面目な事考えている暇あったら、たぬきちと遊んでるよ。」
わふ!
たぬきちが僕に飛び付いて来た。
ひぅ
くぅ
くぅ
くぅ
…たちまち他の仔達も飛び付いてきて、僕はまた動物塗れになるのでした。
★ ★ ★
あぁびっくりした。
あの人の口から、結婚って言葉が出て来た。
顔が上気したの、自分でもわかったわ。
バレてないよね。
いや、玉ちゃんはあの人のお嫁さんになる気満々だし、お母さんもずっと前から婿殿って婿呼ばわりだ。だから話の流れで結婚って言葉が出ても全く不思議ではないんだけどね。
そもそも玉ちゃんには戸籍がないから、正式な結婚っていうものは出来ない。
でも、事実婚って言葉はある。
あの人と玉ちゃんは、まだなのか、もうなのか、エッチな関係を結んでいるのかは知らない。
あれから私も聞いてないし。
でもあの2人は一緒に寝ているし、玉ちゃんはあの人の世話をずっと、楽しそうに嬉しそうに焼いている。
で、私だ。
さっきあの人は、私を見た。
絶対に見た。
見てくれた。
「駄目亭主です!」って苦笑いをした時に。
あれは、佳奈さんも、殿の世話を請け負いなさいって、目が語ってたし。
済まん、頼むって顔を私に向けてくれた。
そうよね。
私も。私だって、妹さんにあの人を頼まれたし、お父さんも私の為に頭を下げてくれた。
それはもう、私も公認を貰ったって事でいいのよね。
大体、私から告白したじゃない。
なのに、その返事をまだ貰ってない……って、私が聞いてないんだけど。
あの時のメール、まだ残してくれているかな?
私は夢中になって書いて送ったから、今読むと「てにをは」がめちゃくちゃだし、自分でも何書いてんだかわからない。
でも、私は消してない。
消さない。
消すもんか。
貴方からきちんと返事をもらうまでは。貴方の奥さんに、女房になるまでは。
絶対にあのメールは消さない。
決めた。
今決めた。
そう決めた。
貴方は面倒くさいと言いながら、玉ちゃんの願いを、しずさんの願いを全部叶えてくれた。
そして私の願いを「既に半分」叶えてくれた。
私の「もう半分」が叶う時は、私が青木ではなく、菊地の姓を名乗るとき。
気がついてる?
気づいてないだろうなあ。
だって貴方だもん。
貴方に告白したあの晩から、私は貴方を菊地さんじゃなく、貴方って呼んでるんだよ。
結構、勇気要ったんだよ。
でも、貴方は何も言わずに受け入れてくれた。
あのね。
私は貴方を、最終的には「あなた」って呼びます。
呼びたいです。
呼ばいでか。
その為にも、もう少し女を磨きます。
待っててね。
あなた。
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