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第二章 戦
北へ
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外に出て、北の空というか、すぐ上を眺めた。
目の前は、観音様の御御足(裸足)で視界を塞がれているから。
確かにアレは、そこの仏殿に納められている馬頭観音だな。
20世紀の巨大スーパーロボットみたいだけど。
特に額に付いている馬の首が、◯ジンガーZのホバー◯イルダーに見えるとか、顎に付いてたら勇者◯イディーンだなとか、不敬な事を考えていたら。
「あれよね。ほら、東京湾観音とか牛久大仏が、敵が攻めて来た時、動き出して日本を守るみたいなギャグ。定番よね。」
「鎌ヶ谷の大仏様は、仮面◯イダーですかねえ。」
うちの女性陣の方が罰当たりでした。
特に1人は神職の筈ですけど。
確かに鎌ヶ谷大仏は、仏像上大仏の基準となる「丈六」よりも2回り小さいので、円谷や東宝よりも東映でしょうしねぇ。
鎌ヶ谷大仏は、玉やしずさんを連れて時々行く古本屋巡りの途中にあるの露座の小さな大仏様(矛盾)。
ちょうど踏切と、大きめの交差点が続く渋滞ポイントでもあるので、神道の巫女親娘は、信心深さから車内から会釈してるんです。
馬鹿な事を考えていても仕方ない。
さて、状況を観察してみよう。
せいぜい標高2~30メートルしかない周りの山(丘陵)と比較しても、高さは◯ンバトラーVくらいあるみたい。
谷の人は、呆然と立ち尽くしたまま見上げているけど、僕らにはよくある事(よくあっても困るんだけど)。
しかし、何故デカくなった?
地震は起きた後だぞ。
でも、僕を呼んだのはこの人(この仏様)だよなぁ。
うちに騒がしい神様が2柱ばかりいるけれど、この仏様は全然喋らない。(普通はそう)
つまり、僕の前で巨大化した事に意味があるという事だ。
…無闇に巨大化されてもなぁ。
確かに謎パワーで合体して巨大化するロボットアニメは、80年代くらいに幾つかあったらしいけど。
僕は、スーパーロボットが大戦するゲームでだけ知ってる。
普通こういうパターンだと、僕が空を飛んで吸い込まれるか、リモコンで操縦するか、巨人の意思で僕の命令を聞くかだけど。
でも今のところは、観音様からは全く接触がない。
ただデカいだけ。
木偶の坊として、突っ立ってるだけ。
次の展開を待つ玉も青木さんも、早くも飽きて来たようだ。2人して、和室でリラックスし過ぎたせいか、僕の来ているシャツの襟が中に折れてたり、裾がはみ出たりしてるのを、せっせと直している。
「殿、だらしがないですよ。」
「貴方はシャツの裾をインするのかしないのか、はっきりしなさい。」
「朝来てた服は畑仕事で汗かいたから、玉に無理矢理脱がされて洗濯されちゃったんだよ。適当に箪笥から出して適当に来たからなぁ。用事もなくてボンヤリしてたし。」
あぁこら、玉は僕のベルトを緩めようとしないの!
「ちゃんと履きなさい。」
ええと。もとい!
話を戻すぞ。
目の前には身長57メートル(推定)の巨大仏。
周りには、腰を抜かしたり、口を開けて固まってたり、正座して拝んでる村人達。
嫁(笑)達に世話焼かれてる僕。
僕らだけ、緊張感ないなぁ。
やがて。
少しずつ、馬頭観音が姿勢を変えていった。
南を向いていた観音様が少しずつ右回りに回転して行く。
こんなデカい巨体(重複)が回転する割には音がない。
特撮映画だとSEが入るとこだけど、念仏を唱えるお婆さんの声と、鳥の鳴き声が呑気にギャーギャー響く以外に音なんかしない。鳴き声からすると百舌鳥かなんかかなぁ。
普段の玉なら、どーんどーんとかオノマトペを付けるんだろうけど、なんか僕の身だしなみを整える事に夢中になってるし。
…そんなにだらしがなかったのかな。
「迫力ねぇなぁ。」
「ね。」
「仏様が顕現されているのに、迫力はいりませんよ。」
僕らの呑気な感想を玉が注意する。けど、小声で
「糊を浸けてアイロン掛けした方が良かったですかね。」
と、僕のシャツの心配の方が大切的な独り言を言ってるし。僕の背中の皺を伸ばしながら。
あと、ネルシャツだからアイロン掛けはいらないよ。
………
ぐるっと、だいたい80度くらい回って、観音様は動きを止めた。
角度は観音様の背中の見え方から、僕が勝手に判断した。
「何処かに歩いて行くんですかねぇ。」
「玉ちゃん。それは迷惑だと思うよ。」
大地震の直後に、巨大観音像が縦横無尽に動き出したら、それはもう千葉県は全滅だな。
でも。
観音様は歩き出すそぶりは見せない。
そのかわり。
観音様の目から、光が溢れ出した。
幸い、背を向けているから、その閃光を浴びる事はない。
光は直ぐに収束して、北を向けて飛んでいった。
うむ。光子力ビー◯だ。
「何呑気な事言ってんの?あの光、なんなの?」
「破壊光線ですか?」
「君達は、昭和の小学生男子ですか?」
「お母さんに教わりました。」
「はい?」
「あぁあのね。しずさんってアニメが好きみたいでね。私が買ってくる格安DVDにハマってるみたいよ。」
「うちのお母さんは、漫画とかあにめとかにハマりすぎです。」
凝り性な人だとは思っていたけど、オタク的な面がやっぱりあったのか。しかし◯斗の拳とかロボットアニメとか、思考と嗜好が成人女性じゃないなぁ。
馬鹿話をしている間に、目からの光が消え、そのまま観音様も煙のように消えていった。
一応、念のために堂内を覗いてみる。
そこには、前のまま木彫の馬頭観音が静かに微笑んで…はいない、
馬頭観音は憤怒の表情をしている事が珍しくない。
今日も静かに、参拝者を睨んでいた。
そして、僕は。
馬頭観音の企みと願いが、突然全てわかっていた。
全く。だったら、最初からそう言いなさいっての。
準備の一つもして来たでしょ。
★ ★ ★
荼枳尼天や一言主と違い、馬頭観音はその願いを話すことはせずに、僕の脳内に直接練り込んで来やがった。
全く、僕が僕じゃなかったら、脳が焼き切れてるぞ。
何しろ僕は、人より無駄に無意味な体験をしている。し過ぎている。
28歳という年齢以上に落ち着いているとか、爺むさいと青木さんやしずさんに言われるけど、人の数倍抱えている情報量を適切に判断するには取捨選択が必要になる。
その訓練だけはやたらとして来たんだ。
だって坂本龍馬が転んで袴の膝を破った目撃情報なんか、後生大事に抱えてたって意味無いじゃん。
だったら取引先の営業マンの顔とか、玉とした午後からの約束の方が大事だ。
体験して来た経験がどれだけ意味もなく多かったか。まったくもう。
それでと。馬頭観音のお言葉はですね。
「サンスケさん。」
「はっ。こちらに。」
この人、半農半漁な人の筈だけど、僕お付きの家老みたいになってるな。
これじゃサンスケじゃ無くてサンダユウだ。
「あなた、奥さんとお子さんを助けたいですか?」
「はい?」
★ ★ ★
「色々な事がまとめて頭に入って来ましてね。整理するのが一苦労なんですけど、一つだけはっきりしています。サンスケさん。」
「はい。」
「祠に囚われていた他の方とは違う特徴が貴方にはあります。それは、貴方はこの時代に生きていた人だという事です。」
祠にはそれぞれ違う。
定置に定住する祠。
時間と空間を無視して飛び回る祠。
前にも言ったと思うけど、玉が閉じ込めらせた祠が前者、青木さんが閉じ込めらせた祠が後者だ。
サンスケさん達が囚われていた祠も後者。
この時代の東国を中心に、数十年の規模で放浪を繰り返していたらしい。
それを教えてくれたのが馬頭観音だった。馬頭観音は、既に祠に飲み込まれてこの世から消滅した、とある商人の念持仏として存在したらしい。
ご本人(本仏)が言うには。
それを結果として助け出したのは僕だけど、祀り護って来たのはサンスケさんを始めとする、この谷の村人建。
そしてサンスケさんは、唯一この時代に、2年後のこの年に取り込まれた人だった。
「た、助けたいというのは?」
「まもなく、サンスケさんの奥さんとお子さんは、津波と水害に飲み込まれます。覚えていますか?故郷を。」
僕の言葉に、サンスケさんが止まった。
両目をグッと瞑っている。
涙で見えていなくても、瞼の裏には見えているのだろう。
台地と台地に挟まれた、でも決して狭くはない谷間。
太平洋から霞ヶ浦を経て、牛久沼に繋がる谷。
牛久沼から西も、鬼怒川や小貝川のもたらす水がある。
それは令和の現在でも、水治に難のある地形。
フィールドワークをしておいてよかった。
あの地形で低地に住む人間は、水害の前には間違いなく溺死する。
台地上は古城があり、地頭などの権力者達が暮らしている筈だ。
庶民が高地で暮らしているとは思えない。
「殿。ありがたいお申し出でありますが、私にはこの村があります。周囲の村とも助け合って、私らはここまで来ました。今、この非常時に長である私が離れるわけにはいきません。」
そうくると思った。
日本人は昔からなんでこうかね。
「ヨネさん?」
「あ、はい!」
「サンスケさんの代理になる人はいますか?」
「そうですね。」
「あ、こら!」
さっき、観音様巨大化の知らせを持って来た年配の女性に話しかける。
横でサンスケさんがわちゃわちゃ騒いでいるけど無視無視。
「殿に助けられた男がもう1人います。普段は、山仕事をしている事が多いので、うちは三助が治め、そとを治める男がいます。」
あぁそういえば、あの時祠から助け出した男性は2人いたな。
「その人は何処に?」
「こぶを冷やしてますよ。」
…ちょっと待て。
それはあれか?頭に菱餅をぶつけた唯一の怪我人の彼か?
「大体、三助は固いんです。私も権太も郷の者と縁付いて、新しい家族を作っています。なのに三助だけ独り身のまんま。そんなに恋しい女房子供が居るなら、さっさと迎えに行けば、助けに行けば良いんです。もう1人2人増えたところで、この村は大丈夫です。三助自身がそう育てて来たのですから。」
「………。」
サンスケさんは俯いたまま、何も言わない。
サンスケさんも彼なりに、過去に踏ん切りを付けて来たのだろう。
2年という歳月は、その為には充分過ぎる時間だ。
でも、僕らはそんなサンスケさんをふんじばってでも、彼の女房子供の元に連れて行く。
この村がサンスケさんを必要としているなら、縄に括りつけてでも家族丸ごと引っ張ってくる。
それが、馬頭観音の望みだ。
あぁもう、面倒くさい。
だったら先に言ってくれよう。
ここから龍ヶ崎まで徒歩でどれだけ時間がかかると思ってんの?
玉と青木さんの脚力を考えたら、絶対に連れて来なかったぞ。
「何やらまぁ、相変わらずやっておるな。」
色々考えていると、また面倒くさいのが出て来たよ。
「神に向かって面倒くさい言うな!」
「だからこの非常時に、神様がポイポイ出てこられると、説明が面倒くさいんですよ。貴方何しに出て来たんですか?」
はい。一言主様ご顕現です。
いや、あんた今回全く関係ないだろう。
「そこなる馬頭観音に呼ばれたでな、あんな光をぶつけられちゃ堪らんての。そしたら光の下に懐かしい奴がおるでな。」
「懐かしい言われても、私は多分ずっと未来の人間なんですが。」
「神に時間の概念なぞないわ。お主と、うちの巫女と、うちの畑を面倒見とる女性(にょしょう)がいれば、儂がここにくる理由には充分じゃ。」
どんな理由だよ。仲良しか?
「仲良しで悪いか?」
「開き直りやがった。神様なのに。」
…考えてみれば、正月に参拝に行った一言主神社の創建は9世紀。
今現在の正確な年代はわからないけれど、さっきの光子力◯ームが放たれた方向に一言主神社はもうあるだろう。
それよりも、みんな固まってるぞ。
なんだよ。大地震に観音巨大化に神様降臨て。僕でさえ脳みそが攣りかけてるぞ。
「移動手段に困っどったんじゃろ。ほれ、儂の空飛ぶ船があるでの。」
一言主さんが人差し指を立てたので、上を見た。呆れた。あのね。
抗議だ抗議。
また説明に困るものを持ち出しやがった。
「人はあれを宝船と言いますが、移動手段として使おうと考えた人は、有史以来皆無だと思いますよ。大体、何故貴方の船なんですか?」
「何、ただの共同オーナーじゃよ。」
なんだその、仲間と出資しました的な発言は?
「忘れたのか?儂は恵比寿神の化身じゃぞ。」
…そうでした。この神様、本地垂迹説でえべっさんでした。
さて。
この滅茶苦茶な状況、どう収拾つけようか。
周りの人はサンスケさんもヨネさんも、感情が崩壊している。
どうしよう。
「いつもの事でしょ。」
「殿はやっぱり殿ですね。」
そこ2人、呆れる事を諦めないで!
目の前は、観音様の御御足(裸足)で視界を塞がれているから。
確かにアレは、そこの仏殿に納められている馬頭観音だな。
20世紀の巨大スーパーロボットみたいだけど。
特に額に付いている馬の首が、◯ジンガーZのホバー◯イルダーに見えるとか、顎に付いてたら勇者◯イディーンだなとか、不敬な事を考えていたら。
「あれよね。ほら、東京湾観音とか牛久大仏が、敵が攻めて来た時、動き出して日本を守るみたいなギャグ。定番よね。」
「鎌ヶ谷の大仏様は、仮面◯イダーですかねえ。」
うちの女性陣の方が罰当たりでした。
特に1人は神職の筈ですけど。
確かに鎌ヶ谷大仏は、仏像上大仏の基準となる「丈六」よりも2回り小さいので、円谷や東宝よりも東映でしょうしねぇ。
鎌ヶ谷大仏は、玉やしずさんを連れて時々行く古本屋巡りの途中にあるの露座の小さな大仏様(矛盾)。
ちょうど踏切と、大きめの交差点が続く渋滞ポイントでもあるので、神道の巫女親娘は、信心深さから車内から会釈してるんです。
馬鹿な事を考えていても仕方ない。
さて、状況を観察してみよう。
せいぜい標高2~30メートルしかない周りの山(丘陵)と比較しても、高さは◯ンバトラーVくらいあるみたい。
谷の人は、呆然と立ち尽くしたまま見上げているけど、僕らにはよくある事(よくあっても困るんだけど)。
しかし、何故デカくなった?
地震は起きた後だぞ。
でも、僕を呼んだのはこの人(この仏様)だよなぁ。
うちに騒がしい神様が2柱ばかりいるけれど、この仏様は全然喋らない。(普通はそう)
つまり、僕の前で巨大化した事に意味があるという事だ。
…無闇に巨大化されてもなぁ。
確かに謎パワーで合体して巨大化するロボットアニメは、80年代くらいに幾つかあったらしいけど。
僕は、スーパーロボットが大戦するゲームでだけ知ってる。
普通こういうパターンだと、僕が空を飛んで吸い込まれるか、リモコンで操縦するか、巨人の意思で僕の命令を聞くかだけど。
でも今のところは、観音様からは全く接触がない。
ただデカいだけ。
木偶の坊として、突っ立ってるだけ。
次の展開を待つ玉も青木さんも、早くも飽きて来たようだ。2人して、和室でリラックスし過ぎたせいか、僕の来ているシャツの襟が中に折れてたり、裾がはみ出たりしてるのを、せっせと直している。
「殿、だらしがないですよ。」
「貴方はシャツの裾をインするのかしないのか、はっきりしなさい。」
「朝来てた服は畑仕事で汗かいたから、玉に無理矢理脱がされて洗濯されちゃったんだよ。適当に箪笥から出して適当に来たからなぁ。用事もなくてボンヤリしてたし。」
あぁこら、玉は僕のベルトを緩めようとしないの!
「ちゃんと履きなさい。」
ええと。もとい!
話を戻すぞ。
目の前には身長57メートル(推定)の巨大仏。
周りには、腰を抜かしたり、口を開けて固まってたり、正座して拝んでる村人達。
嫁(笑)達に世話焼かれてる僕。
僕らだけ、緊張感ないなぁ。
やがて。
少しずつ、馬頭観音が姿勢を変えていった。
南を向いていた観音様が少しずつ右回りに回転して行く。
こんなデカい巨体(重複)が回転する割には音がない。
特撮映画だとSEが入るとこだけど、念仏を唱えるお婆さんの声と、鳥の鳴き声が呑気にギャーギャー響く以外に音なんかしない。鳴き声からすると百舌鳥かなんかかなぁ。
普段の玉なら、どーんどーんとかオノマトペを付けるんだろうけど、なんか僕の身だしなみを整える事に夢中になってるし。
…そんなにだらしがなかったのかな。
「迫力ねぇなぁ。」
「ね。」
「仏様が顕現されているのに、迫力はいりませんよ。」
僕らの呑気な感想を玉が注意する。けど、小声で
「糊を浸けてアイロン掛けした方が良かったですかね。」
と、僕のシャツの心配の方が大切的な独り言を言ってるし。僕の背中の皺を伸ばしながら。
あと、ネルシャツだからアイロン掛けはいらないよ。
………
ぐるっと、だいたい80度くらい回って、観音様は動きを止めた。
角度は観音様の背中の見え方から、僕が勝手に判断した。
「何処かに歩いて行くんですかねぇ。」
「玉ちゃん。それは迷惑だと思うよ。」
大地震の直後に、巨大観音像が縦横無尽に動き出したら、それはもう千葉県は全滅だな。
でも。
観音様は歩き出すそぶりは見せない。
そのかわり。
観音様の目から、光が溢れ出した。
幸い、背を向けているから、その閃光を浴びる事はない。
光は直ぐに収束して、北を向けて飛んでいった。
うむ。光子力ビー◯だ。
「何呑気な事言ってんの?あの光、なんなの?」
「破壊光線ですか?」
「君達は、昭和の小学生男子ですか?」
「お母さんに教わりました。」
「はい?」
「あぁあのね。しずさんってアニメが好きみたいでね。私が買ってくる格安DVDにハマってるみたいよ。」
「うちのお母さんは、漫画とかあにめとかにハマりすぎです。」
凝り性な人だとは思っていたけど、オタク的な面がやっぱりあったのか。しかし◯斗の拳とかロボットアニメとか、思考と嗜好が成人女性じゃないなぁ。
馬鹿話をしている間に、目からの光が消え、そのまま観音様も煙のように消えていった。
一応、念のために堂内を覗いてみる。
そこには、前のまま木彫の馬頭観音が静かに微笑んで…はいない、
馬頭観音は憤怒の表情をしている事が珍しくない。
今日も静かに、参拝者を睨んでいた。
そして、僕は。
馬頭観音の企みと願いが、突然全てわかっていた。
全く。だったら、最初からそう言いなさいっての。
準備の一つもして来たでしょ。
★ ★ ★
荼枳尼天や一言主と違い、馬頭観音はその願いを話すことはせずに、僕の脳内に直接練り込んで来やがった。
全く、僕が僕じゃなかったら、脳が焼き切れてるぞ。
何しろ僕は、人より無駄に無意味な体験をしている。し過ぎている。
28歳という年齢以上に落ち着いているとか、爺むさいと青木さんやしずさんに言われるけど、人の数倍抱えている情報量を適切に判断するには取捨選択が必要になる。
その訓練だけはやたらとして来たんだ。
だって坂本龍馬が転んで袴の膝を破った目撃情報なんか、後生大事に抱えてたって意味無いじゃん。
だったら取引先の営業マンの顔とか、玉とした午後からの約束の方が大事だ。
体験して来た経験がどれだけ意味もなく多かったか。まったくもう。
それでと。馬頭観音のお言葉はですね。
「サンスケさん。」
「はっ。こちらに。」
この人、半農半漁な人の筈だけど、僕お付きの家老みたいになってるな。
これじゃサンスケじゃ無くてサンダユウだ。
「あなた、奥さんとお子さんを助けたいですか?」
「はい?」
★ ★ ★
「色々な事がまとめて頭に入って来ましてね。整理するのが一苦労なんですけど、一つだけはっきりしています。サンスケさん。」
「はい。」
「祠に囚われていた他の方とは違う特徴が貴方にはあります。それは、貴方はこの時代に生きていた人だという事です。」
祠にはそれぞれ違う。
定置に定住する祠。
時間と空間を無視して飛び回る祠。
前にも言ったと思うけど、玉が閉じ込めらせた祠が前者、青木さんが閉じ込めらせた祠が後者だ。
サンスケさん達が囚われていた祠も後者。
この時代の東国を中心に、数十年の規模で放浪を繰り返していたらしい。
それを教えてくれたのが馬頭観音だった。馬頭観音は、既に祠に飲み込まれてこの世から消滅した、とある商人の念持仏として存在したらしい。
ご本人(本仏)が言うには。
それを結果として助け出したのは僕だけど、祀り護って来たのはサンスケさんを始めとする、この谷の村人建。
そしてサンスケさんは、唯一この時代に、2年後のこの年に取り込まれた人だった。
「た、助けたいというのは?」
「まもなく、サンスケさんの奥さんとお子さんは、津波と水害に飲み込まれます。覚えていますか?故郷を。」
僕の言葉に、サンスケさんが止まった。
両目をグッと瞑っている。
涙で見えていなくても、瞼の裏には見えているのだろう。
台地と台地に挟まれた、でも決して狭くはない谷間。
太平洋から霞ヶ浦を経て、牛久沼に繋がる谷。
牛久沼から西も、鬼怒川や小貝川のもたらす水がある。
それは令和の現在でも、水治に難のある地形。
フィールドワークをしておいてよかった。
あの地形で低地に住む人間は、水害の前には間違いなく溺死する。
台地上は古城があり、地頭などの権力者達が暮らしている筈だ。
庶民が高地で暮らしているとは思えない。
「殿。ありがたいお申し出でありますが、私にはこの村があります。周囲の村とも助け合って、私らはここまで来ました。今、この非常時に長である私が離れるわけにはいきません。」
そうくると思った。
日本人は昔からなんでこうかね。
「ヨネさん?」
「あ、はい!」
「サンスケさんの代理になる人はいますか?」
「そうですね。」
「あ、こら!」
さっき、観音様巨大化の知らせを持って来た年配の女性に話しかける。
横でサンスケさんがわちゃわちゃ騒いでいるけど無視無視。
「殿に助けられた男がもう1人います。普段は、山仕事をしている事が多いので、うちは三助が治め、そとを治める男がいます。」
あぁそういえば、あの時祠から助け出した男性は2人いたな。
「その人は何処に?」
「こぶを冷やしてますよ。」
…ちょっと待て。
それはあれか?頭に菱餅をぶつけた唯一の怪我人の彼か?
「大体、三助は固いんです。私も権太も郷の者と縁付いて、新しい家族を作っています。なのに三助だけ独り身のまんま。そんなに恋しい女房子供が居るなら、さっさと迎えに行けば、助けに行けば良いんです。もう1人2人増えたところで、この村は大丈夫です。三助自身がそう育てて来たのですから。」
「………。」
サンスケさんは俯いたまま、何も言わない。
サンスケさんも彼なりに、過去に踏ん切りを付けて来たのだろう。
2年という歳月は、その為には充分過ぎる時間だ。
でも、僕らはそんなサンスケさんをふんじばってでも、彼の女房子供の元に連れて行く。
この村がサンスケさんを必要としているなら、縄に括りつけてでも家族丸ごと引っ張ってくる。
それが、馬頭観音の望みだ。
あぁもう、面倒くさい。
だったら先に言ってくれよう。
ここから龍ヶ崎まで徒歩でどれだけ時間がかかると思ってんの?
玉と青木さんの脚力を考えたら、絶対に連れて来なかったぞ。
「何やらまぁ、相変わらずやっておるな。」
色々考えていると、また面倒くさいのが出て来たよ。
「神に向かって面倒くさい言うな!」
「だからこの非常時に、神様がポイポイ出てこられると、説明が面倒くさいんですよ。貴方何しに出て来たんですか?」
はい。一言主様ご顕現です。
いや、あんた今回全く関係ないだろう。
「そこなる馬頭観音に呼ばれたでな、あんな光をぶつけられちゃ堪らんての。そしたら光の下に懐かしい奴がおるでな。」
「懐かしい言われても、私は多分ずっと未来の人間なんですが。」
「神に時間の概念なぞないわ。お主と、うちの巫女と、うちの畑を面倒見とる女性(にょしょう)がいれば、儂がここにくる理由には充分じゃ。」
どんな理由だよ。仲良しか?
「仲良しで悪いか?」
「開き直りやがった。神様なのに。」
…考えてみれば、正月に参拝に行った一言主神社の創建は9世紀。
今現在の正確な年代はわからないけれど、さっきの光子力◯ームが放たれた方向に一言主神社はもうあるだろう。
それよりも、みんな固まってるぞ。
なんだよ。大地震に観音巨大化に神様降臨て。僕でさえ脳みそが攣りかけてるぞ。
「移動手段に困っどったんじゃろ。ほれ、儂の空飛ぶ船があるでの。」
一言主さんが人差し指を立てたので、上を見た。呆れた。あのね。
抗議だ抗議。
また説明に困るものを持ち出しやがった。
「人はあれを宝船と言いますが、移動手段として使おうと考えた人は、有史以来皆無だと思いますよ。大体、何故貴方の船なんですか?」
「何、ただの共同オーナーじゃよ。」
なんだその、仲間と出資しました的な発言は?
「忘れたのか?儂は恵比寿神の化身じゃぞ。」
…そうでした。この神様、本地垂迹説でえべっさんでした。
さて。
この滅茶苦茶な状況、どう収拾つけようか。
周りの人はサンスケさんもヨネさんも、感情が崩壊している。
どうしよう。
「いつもの事でしょ。」
「殿はやっぱり殿ですね。」
そこ2人、呆れる事を諦めないで!
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