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第二章 戦
お呼び出し
しおりを挟むそれは突然の事だった。
★ ★ ★
暦は2月に入って最初の日曜日。
空は雲一つ無い快晴!冬晴れ!
冬咲きのシクラメンは玉と大家さんの丁寧な世話で、その白い花は今が盛りと咲き誇り、園芸トンネルの中は玉が懐かしい自分の家の側から植え替えた野草、一輪草で同じく真っ白になっている。
玉が僕の家に来て最初に買ったカゲツ、いわゆるカネノナルキは、丸く厚い葉っぱを大量に繁らせて、和室の窓際に置かれている。
だって毎朝、玉が嬉しそうに楽しそうに、水をあげたり肥料をあげたり。
大切に世話してれば、植物だって応えてくれるよ。
寒いからと言ってエアコンを入れる事が殆どない和室の片隅でも、陽の光をたっぷり浴びて元気に伸び伸びと育っている。
とっくにガーデニングと言う域を超えている庭(椿やセージと言った灌木は、大家さんが、農家である自分の家から持ってきた)を見ながら、僕はコーヒーカップを片手にのぉんびりと日向ぼっこ。
青木さんの部屋の庭も、毎朝スコップ振り回して3人で造成中。悪戯娘たち(ただし1人は高齢者)3人がやりたい放題してるから、精神衛生上、僕はなるべく見ない様にしてる。
左隣の菅原さんも 、
「私には洗濯物を干すスペースだけあればいいから、こっちも使って良いわよ。どうせ何もしてないし。置くものもないし。玉ちゃんなら無茶しないでしょ。」
と言ってくれてるとか。
で、クリスマスローズという花を端っこにベルトの様に植えた。
おかげで、出勤前にジョウロで水をあげる菅原さんの姿が見られるようになったとか。(僕はその時間は朝ご飯作りに追われているから見たことない)
あと、僕なら無茶しそうな言い方はなんだ?グビ姐。
でさ、だから僕らが引越したら、あとどうするんだよ。
敷金で取られるのか?これ。
それはともかく。
このコーヒーは、青木さんが豆を厳選して(嬉野珈琲店とか言うとこから通販してるそうだ)、都度都度手回しミルで挽き、コーヒーメーカーを使わず手でドリップしているこだわりコーヒーなので、そこらの喫茶店より美味い。
僕がコーヒー好きなのを玉も青木さんも知っているので、「美味しいコーヒーを佳奈さんがいない時は、玉が殿にご馳走するのです!」と玉さんたら弟子入りしていたりするそうです。
さてその師弟姉妹はというと。
隣の居間で嫁会議中。
入るな危険!だそうですけど、襖開いてるんですけど?丸聞こえですけど?
あと玉さん。あまり不思議な日本語を勝手に作らないで下さい。
「むむ、鶏皮のわさび和えですと?鶏の皮は殿の一番の大好物なのです。早速今晩にでも作りましょう。」
「鶏皮って、脂ぎっちゃうし火の通し方間違えると固くなるから大変なのよ。ていうかあの人、鶏皮が大好物なの?安くない?」
「殿は食べ物に関しては、かなりお安く買収出来ますよ。」
あのね玉さん。
僕を食欲魔神みたいに言いますけどね。
君は確か、厚揚げステーキに釣られて僕んちに取り憑きましたよね。
あと荼枳尼天と、その眷属も。
「だから殿はお力のとりがぁを食欲にしたんです。そのためにも毎日美味しい物を一杯食べるんです。おかげで玉も幸せです。」
「似た物夫婦だもんね、あなた達。」
「はい、なのです。佳奈さん?夫婦和合の秘訣は2人の価値観を揃える事ですよ。」
「………鋭意、努力します……」
おかしな方向に話が捻じ曲がる師弟だね、どうも。
彼女達は、僕が今朝、聖域で収穫してきた山葵の使い道について話し合っているはずだけど。
蕎麦と刺身で利用してはいるけど、買うとなかなかお高い生山葵の料理法を探してんだとさ。
クックなパッドを2人して調べてたし。
まぁ、あの中に僕が加わっても軌道修正は出来ない力関係なので。
僕は隣の部屋で、コーヒーを楽しむ訳です。
ふひぃ。ほえほえ。
★ ★ ★
昼飯は何にしようかなぁとか。
あぁ、まだしずさんにテーブルを作って無いや。ホームセンターまで行くのも面倒なので、スマホで◯マゾンでも漁ろうかしらんとか。
そんなふうに。
暖かな日差しの中でまったりしていたら、突然背後から「光」に突き飛ばされた。
またもや変な日本語だけど、事実だ。
胡座をかいていた僕の上半身が、光の圧で前につんのめった。
また何か始まったのやらと、我ながら器用にも、顔中に怪訝と書いて振り返ると、いつも水晶を4つ並べている小さな床の間の違い棚から、その「圧力」を感じる光はあふれている。
左から3つ目の水晶、僕が新しい村と呼ぶ、あの棒坂に繋がる水晶から、その光は溢れていた。
あまりの異様な現象に気がついた玉が何も言わずに飛び込んで来て、僕を背中に隠す。
けど、10センチ以上身長差があるので、目から上が全然隠れない。
でもその気持ちは嬉しいぞ、我が従者(自称)。
「何なに?」
呑気な自称婚約者(笑)が、何やらスティック菓子を咥えたまま後を追って来た時は、既に光は収束して、ただ水晶が軽く輝くだけになっていた。
「ふむ。」
自称従者の頑張りに、頭をくしゃくしゃする事で礼をした僕は、水晶に近づいてみた。
「殿!」
「だ、大丈夫なの?」
大丈夫も何も、6畳間でこれ以上何かあっても逃げ出せないぞ。
日向ぼっこしていた窓は、鍵閉めてるし。
「ああ。左手がなんとも無いから、少なくとも僕らに害が及ぶことはないだろう。」
僕の左腕には、なんだかよくわからないけど、どうやら浅葱家と縁深い、って事は一言主神と縁深い「謎の御神刀」が宿っている。半分僕の意思を無視して、僕の危機にはみょぃぃぃんと勝手に握らされたりする謎刀だ。
無敵超人ザ◯ボットスリーか、帰ってきた◯ルトラマンか、僕は(例えが古い)。
あと、玉には荼枳尼天から直接下賜された謎の小刀が、時間と空間を超えて主人を救いにやってくる。
巫女少女を護る為に、彼女を主と認めた小刀が時空を超えて、やって来る。
設定だけ聞くと、原作100巻以上になるトンチキファンタジー小説だけど、玉的には、そんなものよりも使いやすい包丁の方が便利で大事なので、荼枳尼天の社の祭壇に祀ったままほったらかし。
僕としても、同居して同衾している女の子が得体の知れない刀を持って、うふふふふとか笑い出したら、一目散に熊本まで走って逃げるぞ。
馬鹿な事をつらつらと考えたのは、僕らには危険は無く、危機に対処する能力があると再確認したからだ。
玉の御神刀が来ないって事は、玉には危険が及ばないって事だし。
何せ今日は、玉だけでなく、青木さんもいるから。
……危ないかもしれないからって置いてったら、また何かブーブー言い出すだろうなぁ。
「殿?」
以上の事を考えたのは一瞬なのだけど、玉は焦れたみたい。
僕の右手を引っ張って、次の反応を求めている。
青木さんを見ると、「ふんぬ」って鼻息を出しているし、こりゃ仕方ないだろう。僕は諦めた。いろいろ。
「サンスケさんとこに、何かあったのだろう。一応聞いておくけど、来るか…
「当たり前です。玉はいつもいつでも殿のお側にいます。」
「行くわよ、当然!」
…彼女達に食い気味に喋られるのは、何度目だろう。
★ ★ ★
新しい村は水晶の登録がある上に、馬頭観音の導きがあるので、トリガーが要らない。…この馬頭観音からも何らかの繋がりがあるらしいと、一言主か誰かが言っていた覚えがあるから、光ったっちゅう事は、何らかの意思表示なんだろう。
神仏が身の回りにやたらめたらインフレ状態なので、もう脳みその記憶容量が追いつかない。
そして今日は何回、不思議な日本語を使う羽目に陥いるんだろう。
まぁともかく、僕は両手に嫁(笑)の手を取って、水晶の中に入って行った。
………
「ここは……、お社?いつもお参りする…?」
お参りと言う言葉に変な違和感があるぞ。でも、質問には誠実に答えねばなるまい。
それが、僕の頭の整理整頓に繋がるから。
「青木さんがここに来るのは初めてだったね。ここは新しい村。令和の頃で言うならば千葉県長生郡長南町、時々行く大多喜町の北にあたる場所だ。因みに今がいつなのかは確認してないから知らない。」
「お母さんの無茶振りで、殿と玉と殿の妹さんがうっかり巻き込まれた事件現場です。」
一行の中で、うっかり矛盾した事を言う玉さんだけど、しずさんの無茶振りの一言で青木さんは納得したようだ。
ダメな方にも信頼があるな、しずさん。
「つまり、貴方の力で現出させた神社であるって事か。」
「ここの本尊は観音様だから、お寺だけどね。僕に寺社仏閣の知識が無いから、聖域の社をそのまんまコピーしたものだよ。」
「でも殿。観音様の前にはお花とお線香がありますし、お護摩を焚いてますね、これ。」
「つまり村人には大切に信仰されているって事だね。」
「です。」
馬の頭部を乗せた冠を被る観音様が珍しいのだろう。
青木さんがしげしげと眺めている。
馬頭観音は観世音菩薩の変化仏の一種類で、馬匹が大切な移動手段であり、労働力であった時代。家族として可愛がった馬が死んだ時に供養の象徴として、或いは旅の最中に馬が死んだ時の供養碑として、路傍に石で作る事が普通で、馬頭を乗せた観音像は旧寺に木造として納められている事が多い。
普通の若い女性が、仏像に興味を保つ事もそうそう無かろうし、珍しかろう。
さて、いつまでもここにいるわけにもいかない。
扉を開けて、僕らは外に出た。
★ ★ ★
「うぎゃあ!」
僕らを出迎えてくれたのは、お婆さんの悲鳴と、腰を抜かしたご本人だった。
「何奴!」
同時に刀が降って来たけど、瞬時に僕の左手に顕現した刀が、その刀を切り捨てる。…縦に。
あぁ、つまりなんだ。
刀の刃を2枚に裂いちゃった。
これぞ奥義、刀の二枚下ろし!ってわけでなく、僕の刀の斬れ味が良すぎる様だ。
実戦(?)で使ったのは初めてだけど、カッターナイフで手紙を開ける様に、斬鉄しちゃった様だ。
見ると古刀で、同田貫のようにゴツいけど、横尾忠則のイラストの様に先っぽからYの字になってる。
「ほい。」
僕が刀を横に振ると、相手の刀はバラバラになって壊れちゃった。
「弱いなぁ。」
「殿が強すぎるのでは?」
「これは、私もどうしたらいいのかわかりません。」
「また呆れられちゃったなぁ。」
剣道とか居合道とかした事ないし、チャンバラごっこなんかもした事ない。
身体が勝手に反応しただけなんだけどなぁ。
「ば、ば、ば。」
失礼な。うちの女性陣はばばあじゃないだろ。ばばあなら、そこで白眼剥いてるじゃないか。
「化け物だああああああ!」
叫んでるのは、見覚えのない、結構恰幅の良いおじさんですね。
さて、どうしようか。
付近を見渡すと、新しい村がある谷間には間違いない。
あ、サンスケさんが凄い形相と凄い勢いで走って来た。
んじゃ、待ちますか。
ちん。
軽い金属音を立てて刀を鞘に納めた。
「名人は音させちゃいけないんだっけ?」
「薙刀の鞘って、革製だったり木製だったりするし、片手で仕舞うって事無いから。」
「相変わらず、殿は凄すぎてズレてます。」
うっさいよ。
みょぃぃぃぃん。
思い出したかのようにみょんみょん言い出した刀さん。
伏線の回収なら、しなくていいです。
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