147 / 233
第二章 戦
ある日の聖域での話(ヒント:何も起きない)
しおりを挟む
今日は聖域の茶店に1人で来ている。
外(市川)は冷たい雨が夜半からしとしと降り続けているので、部屋から100メートル程離れた台地下の駐車場に行く気力もなく、特に出かける用事もなく。
いや、無くは無いんだけどね。
ホームセンターを覗いてみたいし。
普通こんな日は、朝の家事を終わらせた玉は部屋で読書を楽しむ事が多いんだけど、新しく仲間になった仔牛の世話がしたくて、朝ご飯が済んだらもう、しずさんのところに行っている。
今頃、きゃあきゃあ笑いながらブラッシングをしているだろう。
なんだろう。
腰を抜かして、芝生の上でヒクヒクしているぽん子とちびが頭の中に見えるぞ。
一応ね。
昨日考えた2×4材でテーブル作成をとか、通販にキットは無いか探そうとか、予定は立ててたんだ。予定は。
まぁ、僕の場合、予定は未定なわけで。
肌寒い中を1人で出掛ける気にもならないし。
だって玉が一緒に行かないんだもん。
かと言って、玉を1人にして時の狭間に消えちゃったりしても溜まったもんじゃないので。
もう玉が大丈夫なのか確信はしているけど、確定も確認もしてないからね。
さてと。
実はこの茶店。最初は水道と茶釜くらいしかなかったのだけど、いつの間にやらピザ釜が(しかも日に日に勝手にバージョンアップしていく、川向こうの神社に祀られている食いしん坊の仕業)置かれ、冷蔵庫が置かれて、それなりの厨房が出来始めている。
火鉢と七輪を持ち込んでいるので簡単な料理は出来るのだけど、いっそのことちゃんとしたガス台を作っちまおうと、◯ワタニのカセットコンロを持ち込んでいた。
…それは、おとといの事。
昨日は宗次郎さんとこに出掛けるから、玉のお勤めの他、僕はたぬきち達と遊ぶだけで、特に何もしなかった。
だから今日は、雑草抜きや野菜の収穫を昨日の分までしに来た訳だ。
何しろ荼吉尼天さんが自分の神威を作物や魚に使いまくっているらしいので、これがまた育つ育つ。育ち過ぎる。
ついでに美味で栄養豊富、滋養強壮にもってこいなものばかりだ。
おかげで収穫量も多いし、あれこれ手間もかかる。
なので、僕の手が足りない時は、狸が自ら畑仕事をしている変な空間だ。
自分のおやつにして良いよ、とあらかじめ教えてある果樹は、たぬきち達が自分で収穫するけど、玉がスムージーなどというものを作って、神棚に奉納したせいで、時々籠に盛られていたりする。
朝行くと、狸と梟と貂が並んでお座りしてるんだぜ。梟のお座りってなんだよ。
あと、神様と御狐様が動物達と並んでたりする。
おねだりされたら、仕方あるまい。
というか、玉は嬉しそうにスムージーや、冷蔵庫を置いた事もあってシャーベットを作ったりしてるもんだから。
電気も引いたから、ジューサーミキサーもありますよ。えぇえぇ。
つまりは、茶店がどんどん充実してきた理由は君らにもあるぞ。神様とその眷属~ズ。
で、だ。
僕は、いつものように今日も頭を抱えていた。
目の前にあるものは、おとといは市販のカセットコンロだったんだ。
ガスをインチキパワーで引くというのもアリかも知れないけど、水道や電気と違って、ガスは気体だし爆発するし、管理が大変そうだなぁって思って、水晶世界には一切持ち込もうとは思ってない。
色々好き放題してるけどきちんとリスクは管理した結果選んだ仕様がこれ。いわばオール電化だ。
今のところ電気代の請求は来てないし、ブレーカーが落ちるって事もない。
配電盤もブレーカーもないけど。
あと、部屋の電気代に充当されてるかも知れないけど。
冷蔵庫が2つ増えただけだし大丈夫でしょ。
そしたらさ。
なんでカセットコンロのボンベがプロパンガスのボンベ大になってるの?
犯人は、さっきまで玉特製羊羹を食べてた神様だろうけどさ。
今日ここに来るのは2度目なので、たぬきち達はおやすみ中。
朝、玉がお勤めで祝詞を上げて、みんなにおやつをあげたら、皆さん寝ちゃうので。
ふむ。
ならばいっそのこと、システムキッチンにしちゃおうかな。
新しい村とか杢兵衛さんちとか、過去にこの茶店のでコピーを作ったけど、今のところ素体、つまり最初のままの茶店しかコピー出来ていない。
水道もサイディングも無い。
ただの土間しか無い建物だ。
つまり、ここの茶店をどれだけいじっても、オリジナルはオリジナルとして独立してるって事。
しずさんも便利過ぎる環境は嫌ってるし。ここはここでやりたい放題しますねぇ。
あれ?川辺をもずくガニが歩いてるじゃん?
たぬきちの餌にちょうどいいかな。
人間が食べても美味しいんだよね、これ。上海ガニの仲間だから。
どれどれ。
ふむぅ。川の中にも何匹かいるな。
適当に駆除しとこうかね。他の魚や、たぬきちやテンの子供には危険そうだ。
あ、でもフクロウ君ならば…
「ひゅう?」
「ありゃ、起きてたの?」
「ひゅう」
「そっか。…これ、食べる?」
「ひゅう♪」
僕が川の中を覗いている姿が、ちょうどフクロウ君の巣穴から見えたそうで、起きちゃったついでに、興味本意で出て来たそうな。
生の蟹だけど、眷属化してなんでも食うし、野生状態でも蟹は食べる筈だ。
うん。コリコリと美味しそうに食べてるよ。
ご機嫌そうだ。
「そうだね。増えすぎる様なら、適当に間引いてくれるかい?」
「ひゅう!」
はい、良い返事を頂きました。
「………部屋にもお母さんのところにもいないから、玉ちゃんに頼んで来てみれば、フクロウに蟹をあげてました。フクロウと会話してました。なかなか無い光景よね。」
川にかかる一枚板の岩橋の上で、ジーンズにパーカーというラフな格好の青木さんが立ってました。
「あれ?会社行ったんじゃ無いの?」
「働き方改革ってのが、ウチみたいな会社でも始まってましてね。年次有給休暇の強制消化が決まってるの。私は年間ノルマも達成しているから、無理矢理にでも休まされる方。」
まだ1月末だから、締めは年度末なんだろうけど、相変わらずこの人、僕の前以外では優秀な人だね。
あ、部屋に行ったら、というのは、僕の部屋の鍵を彼女が持っているから。
因みに彼女の部屋の鍵も、僕は持っている。というか、玉も両部屋の鍵を持っている。
いつのまにか、そんな馴れ合いの関係にズブズブと沼の如くのめり込んでいる訳だ。
やれやれ。
玉が独り立ち出来る可能性が高まったので、念の為とスペアの鍵を渡したら、それを見ていた青木さんも欲しがった。
独身男の部屋の鍵を欲しがる独身女性というのも、世間様的には褒められたもんじゃ無いと思うけどねぇ。
で、近くのスーパーに出店しているスペアキー制作コーナーで幾つか余計に作る事となった。
…何故なら、大家さんまで欲しがったから。いや、あなた自分の不動産なんだから、マスターキー持ってるでしょ。
「管理会社が持ってるの。個人情報だの、プライベートだの、ウンタラカンタラ面倒くさいのよ、お父さん。」
いや、店子の部屋に入る用事なんてそうそうあるものでも無いでしょ。
「でも、欲しいもん。」
もうすぐ後期高齢者の方に、可愛らしく“もん“とか言われた日にゃ、僕は何て答えりゃいいんだよ。
★ ★ ★
まぁついでだ。
もずくガニを一つ料理でもしてみるか。
まぁ塩茹でだよね。
一応泥抜きせんとね。
冷たい清水に浸けて、しばらく放置が必要か。
ただ、「ここ」だからなぁ。自然岩で3面張りにしてあるから川底に泥なんて溜まってないし、水苔は魚や川エビが綺麗に食べてるし。
「また仲間外れにされました。」
網で数匹掬って、バケツの中にぽいぽい放り込んでいると、そのバケツを持っていた青木さんに愚痴られました。
「うぅんと。僕も玉も、君を仲間外れにしているつもりはないんだけど?」
「知ってる。」
「知ってるんかい!」
「でもさ。」
泥抜きは、要はアサリの砂抜きと同じなので、綺麗な水に浸けときゃ水が濁ってくる。濁らなくなったら完了って事なので、蟹入りバケツを青木さんは湧水口(岩壁に開いた穴)まで運ぶ。
僕とフクロウくんはなんとはなしに後をついて行った。
「今回だって、仔牛をお迎えして、石工さんをお迎えして、神様が来ちゃうとか、そうそうあり得ない体験だと思うのよ。」
「いや、そうそうどころか、普通の人はクスリでもキメて無い限りないんだけど。君だって、あちこちで僕らと変な体験してんだろ?」
「わかってるわよ。だから愚痴って言ってるでしょ。なんか私がいない時に話が進んでいる気がするのよ。」
「そりゃあ。」
無職の僕とは違って、君はきちんと会社に勤めるマトモな人だから。
暇に任せてウロチョロして、訳の分からない体験をしてる僕らとは違うんだよ。
「全部、ぜぇんぶ知ってる。私のわがままな事も、貴方が私とも玉ちゃんとも
分け隔てなく接してくれている事も。」
「だったら何故言う?」
「たまには愚痴を言わせろ!」
「聞かねえよ!」
一見、口喧嘩が始まった様に見えるけど
全然違う。
何故なら、次の瞬間2人とも吹き出したから。
あと、人の感情に機敏なフクロウくんが、僕の足元で僕らを無視してカマキリを捕まえ出したから。
犬でも喰わねえ喧嘩に付き合うほど馬鹿馬鹿しい事もあるまいって、フクロウにすらバレてる。
勿論僕だって、彼女以外にはこんな乱暴な口のきき方をしない訳で。
どうやら、彼女は彼女で色々溜まっているみたいだから、しばらくは彼女の言う事を素直に聞く事にした。
女性の言う事は、否定せずに黙って聞くべし。間違っていても、頓珍漢な事言っても無視。
これ、僕の対女性向け処世術。
青木さん自身も自分の言ってる事が
単に玉親娘と親密になっていく僕へのヤキモチだと、自分でも認識しているので。
「で、玉は何してんの?」
愚痴りたいだけ愚痴って、どうやらスッキリしたようなので、話を変えてみた。
青木さんが個人で来れるのは、浅葱の水晶だけであって、こっちには来れない筈だけど。
「玉ちゃんなら、私をこっちに連れてきてくれて、すぐお母さんのところに帰ったよ。」
「牛の世話したいんだな。」
「というか、ちびもぽんちゃんも、うさぎもモルモットも、芝生の上でヒクヒク痙攣してた。」
あぁ、ブラッシングの餌食にされたか。なまんだぶなまんだぶ。
「玉ちゃんって、あんな貴方みたいに動物に好かれる人だっけ?」
ん?そうだよ。
玉は動物に好かれる子だ。
僕は浅葱のなんとかパワーが出ているせいだろうけど(時間旅行能力と何の関係があるのかは不明)、玉の場合は動物達が本能的に玉の優しさを受け取るんだろう。
「忘れたかい?浅葱の庭にいるハクセキレイのうち、一羽は直ぐ玉に懐いていただろ。」
そう、僕が市川動物園の駐車場で数羽のハクセキレイに纏わりつかれていた時、一羽は玉の肩に止まっていた。
「あったね。小動物コーナーは玉ちゃんにみんな集まって来てた。」
迂闊に僕が近寄ってパニックになってしまってからは、以降玉がそこにいる間、僕は離れたベンチに腰掛けて待っている。
…冬だからまだ良いけど、今でもいくと雀が僕の頭や肩で一休みしていて、受付で僕の来園を知って駆けつけた飼育員さんに呆れられたりしている。
「小動物ってのは普通、捕食される方の、弱い動物だ。その分臆病だし、人に慣れるのには時間がかかる。だから毎日きちんと餌をあげて、巣の掃除をして、脅かさない存在である事を理解して、動物達は少しずつ信頼をしていく。」
完全に信頼を勝ち取った時に、動物達はベタ慣れしてくれる。
甘えてくれる。
「ぽん子とハクセキレイ以外は、全部玉について来たんだよ。元々玉はそう言う子だ。モルモットなんか、日本に放したらカラスにたちまち食べられるだろう。食物ピラミッドの中でも底辺に近い。なのにモルちゃんと名付けられた仔は向こうから玉に近寄ってきて、そのまま懐いたんだ。…まぁしずさんといい巫女さんをしてるから、善良な電波でも出てんじゃない?知らんけど。」
荼枳尼天は、玉をずっと心配して見守っていたそうだ。
「そうか。私だけ普通なんだ。」
青木さんが落ち込み気味に視線を下げたけど、んなわけ無かろうもん。
あなたが普通だとはとても思えん。
「ひゅう」
ほら、フクロウくんが否定した。
青木さんは青木さんにしか無い能力があるし、僕らはそれに助けられてきた。
とは、本人には直接言わない。
「君は真面目な会社員。居候の巫女さんを理由にモラトリアムを決め込む僕とは違うでしょ。それとも仕事辞める?」
「んんと、それはまだ無いかな。結果が出てるから仕事は楽しいし。」
「それは結果が出なくなったら辞めると聞こえるけど?」
「そりゃ、私は女だし。結婚に憧れますから。そうなったら専業主婦に落ち着いて子供を可愛がる所存で御座います。」
なるほど。年頃の女性として真っ当な欲望ですね。
「だから早く子供を作ろう。私はいつでもどこでもOKです。避妊なんかしませんよ。」
なるほどらない。年頃の女性としてけしからん欲望だ。
まぁそんな際どいジョークをジョークとして済ませられるのが僕らだ。
…多分。
勿論、その後は健全にお茶を淹れて、何事もなくのんびり過ごしましたよ。はい。あ、あともずくガニは泥が出ませんでしたから晩御飯のおかず行きです。
「ひゅう」
だからそこ、へタレとか言わないの。
外(市川)は冷たい雨が夜半からしとしと降り続けているので、部屋から100メートル程離れた台地下の駐車場に行く気力もなく、特に出かける用事もなく。
いや、無くは無いんだけどね。
ホームセンターを覗いてみたいし。
普通こんな日は、朝の家事を終わらせた玉は部屋で読書を楽しむ事が多いんだけど、新しく仲間になった仔牛の世話がしたくて、朝ご飯が済んだらもう、しずさんのところに行っている。
今頃、きゃあきゃあ笑いながらブラッシングをしているだろう。
なんだろう。
腰を抜かして、芝生の上でヒクヒクしているぽん子とちびが頭の中に見えるぞ。
一応ね。
昨日考えた2×4材でテーブル作成をとか、通販にキットは無いか探そうとか、予定は立ててたんだ。予定は。
まぁ、僕の場合、予定は未定なわけで。
肌寒い中を1人で出掛ける気にもならないし。
だって玉が一緒に行かないんだもん。
かと言って、玉を1人にして時の狭間に消えちゃったりしても溜まったもんじゃないので。
もう玉が大丈夫なのか確信はしているけど、確定も確認もしてないからね。
さてと。
実はこの茶店。最初は水道と茶釜くらいしかなかったのだけど、いつの間にやらピザ釜が(しかも日に日に勝手にバージョンアップしていく、川向こうの神社に祀られている食いしん坊の仕業)置かれ、冷蔵庫が置かれて、それなりの厨房が出来始めている。
火鉢と七輪を持ち込んでいるので簡単な料理は出来るのだけど、いっそのことちゃんとしたガス台を作っちまおうと、◯ワタニのカセットコンロを持ち込んでいた。
…それは、おとといの事。
昨日は宗次郎さんとこに出掛けるから、玉のお勤めの他、僕はたぬきち達と遊ぶだけで、特に何もしなかった。
だから今日は、雑草抜きや野菜の収穫を昨日の分までしに来た訳だ。
何しろ荼吉尼天さんが自分の神威を作物や魚に使いまくっているらしいので、これがまた育つ育つ。育ち過ぎる。
ついでに美味で栄養豊富、滋養強壮にもってこいなものばかりだ。
おかげで収穫量も多いし、あれこれ手間もかかる。
なので、僕の手が足りない時は、狸が自ら畑仕事をしている変な空間だ。
自分のおやつにして良いよ、とあらかじめ教えてある果樹は、たぬきち達が自分で収穫するけど、玉がスムージーなどというものを作って、神棚に奉納したせいで、時々籠に盛られていたりする。
朝行くと、狸と梟と貂が並んでお座りしてるんだぜ。梟のお座りってなんだよ。
あと、神様と御狐様が動物達と並んでたりする。
おねだりされたら、仕方あるまい。
というか、玉は嬉しそうにスムージーや、冷蔵庫を置いた事もあってシャーベットを作ったりしてるもんだから。
電気も引いたから、ジューサーミキサーもありますよ。えぇえぇ。
つまりは、茶店がどんどん充実してきた理由は君らにもあるぞ。神様とその眷属~ズ。
で、だ。
僕は、いつものように今日も頭を抱えていた。
目の前にあるものは、おとといは市販のカセットコンロだったんだ。
ガスをインチキパワーで引くというのもアリかも知れないけど、水道や電気と違って、ガスは気体だし爆発するし、管理が大変そうだなぁって思って、水晶世界には一切持ち込もうとは思ってない。
色々好き放題してるけどきちんとリスクは管理した結果選んだ仕様がこれ。いわばオール電化だ。
今のところ電気代の請求は来てないし、ブレーカーが落ちるって事もない。
配電盤もブレーカーもないけど。
あと、部屋の電気代に充当されてるかも知れないけど。
冷蔵庫が2つ増えただけだし大丈夫でしょ。
そしたらさ。
なんでカセットコンロのボンベがプロパンガスのボンベ大になってるの?
犯人は、さっきまで玉特製羊羹を食べてた神様だろうけどさ。
今日ここに来るのは2度目なので、たぬきち達はおやすみ中。
朝、玉がお勤めで祝詞を上げて、みんなにおやつをあげたら、皆さん寝ちゃうので。
ふむ。
ならばいっそのこと、システムキッチンにしちゃおうかな。
新しい村とか杢兵衛さんちとか、過去にこの茶店のでコピーを作ったけど、今のところ素体、つまり最初のままの茶店しかコピー出来ていない。
水道もサイディングも無い。
ただの土間しか無い建物だ。
つまり、ここの茶店をどれだけいじっても、オリジナルはオリジナルとして独立してるって事。
しずさんも便利過ぎる環境は嫌ってるし。ここはここでやりたい放題しますねぇ。
あれ?川辺をもずくガニが歩いてるじゃん?
たぬきちの餌にちょうどいいかな。
人間が食べても美味しいんだよね、これ。上海ガニの仲間だから。
どれどれ。
ふむぅ。川の中にも何匹かいるな。
適当に駆除しとこうかね。他の魚や、たぬきちやテンの子供には危険そうだ。
あ、でもフクロウ君ならば…
「ひゅう?」
「ありゃ、起きてたの?」
「ひゅう」
「そっか。…これ、食べる?」
「ひゅう♪」
僕が川の中を覗いている姿が、ちょうどフクロウ君の巣穴から見えたそうで、起きちゃったついでに、興味本意で出て来たそうな。
生の蟹だけど、眷属化してなんでも食うし、野生状態でも蟹は食べる筈だ。
うん。コリコリと美味しそうに食べてるよ。
ご機嫌そうだ。
「そうだね。増えすぎる様なら、適当に間引いてくれるかい?」
「ひゅう!」
はい、良い返事を頂きました。
「………部屋にもお母さんのところにもいないから、玉ちゃんに頼んで来てみれば、フクロウに蟹をあげてました。フクロウと会話してました。なかなか無い光景よね。」
川にかかる一枚板の岩橋の上で、ジーンズにパーカーというラフな格好の青木さんが立ってました。
「あれ?会社行ったんじゃ無いの?」
「働き方改革ってのが、ウチみたいな会社でも始まってましてね。年次有給休暇の強制消化が決まってるの。私は年間ノルマも達成しているから、無理矢理にでも休まされる方。」
まだ1月末だから、締めは年度末なんだろうけど、相変わらずこの人、僕の前以外では優秀な人だね。
あ、部屋に行ったら、というのは、僕の部屋の鍵を彼女が持っているから。
因みに彼女の部屋の鍵も、僕は持っている。というか、玉も両部屋の鍵を持っている。
いつのまにか、そんな馴れ合いの関係にズブズブと沼の如くのめり込んでいる訳だ。
やれやれ。
玉が独り立ち出来る可能性が高まったので、念の為とスペアの鍵を渡したら、それを見ていた青木さんも欲しがった。
独身男の部屋の鍵を欲しがる独身女性というのも、世間様的には褒められたもんじゃ無いと思うけどねぇ。
で、近くのスーパーに出店しているスペアキー制作コーナーで幾つか余計に作る事となった。
…何故なら、大家さんまで欲しがったから。いや、あなた自分の不動産なんだから、マスターキー持ってるでしょ。
「管理会社が持ってるの。個人情報だの、プライベートだの、ウンタラカンタラ面倒くさいのよ、お父さん。」
いや、店子の部屋に入る用事なんてそうそうあるものでも無いでしょ。
「でも、欲しいもん。」
もうすぐ後期高齢者の方に、可愛らしく“もん“とか言われた日にゃ、僕は何て答えりゃいいんだよ。
★ ★ ★
まぁついでだ。
もずくガニを一つ料理でもしてみるか。
まぁ塩茹でだよね。
一応泥抜きせんとね。
冷たい清水に浸けて、しばらく放置が必要か。
ただ、「ここ」だからなぁ。自然岩で3面張りにしてあるから川底に泥なんて溜まってないし、水苔は魚や川エビが綺麗に食べてるし。
「また仲間外れにされました。」
網で数匹掬って、バケツの中にぽいぽい放り込んでいると、そのバケツを持っていた青木さんに愚痴られました。
「うぅんと。僕も玉も、君を仲間外れにしているつもりはないんだけど?」
「知ってる。」
「知ってるんかい!」
「でもさ。」
泥抜きは、要はアサリの砂抜きと同じなので、綺麗な水に浸けときゃ水が濁ってくる。濁らなくなったら完了って事なので、蟹入りバケツを青木さんは湧水口(岩壁に開いた穴)まで運ぶ。
僕とフクロウくんはなんとはなしに後をついて行った。
「今回だって、仔牛をお迎えして、石工さんをお迎えして、神様が来ちゃうとか、そうそうあり得ない体験だと思うのよ。」
「いや、そうそうどころか、普通の人はクスリでもキメて無い限りないんだけど。君だって、あちこちで僕らと変な体験してんだろ?」
「わかってるわよ。だから愚痴って言ってるでしょ。なんか私がいない時に話が進んでいる気がするのよ。」
「そりゃあ。」
無職の僕とは違って、君はきちんと会社に勤めるマトモな人だから。
暇に任せてウロチョロして、訳の分からない体験をしてる僕らとは違うんだよ。
「全部、ぜぇんぶ知ってる。私のわがままな事も、貴方が私とも玉ちゃんとも
分け隔てなく接してくれている事も。」
「だったら何故言う?」
「たまには愚痴を言わせろ!」
「聞かねえよ!」
一見、口喧嘩が始まった様に見えるけど
全然違う。
何故なら、次の瞬間2人とも吹き出したから。
あと、人の感情に機敏なフクロウくんが、僕の足元で僕らを無視してカマキリを捕まえ出したから。
犬でも喰わねえ喧嘩に付き合うほど馬鹿馬鹿しい事もあるまいって、フクロウにすらバレてる。
勿論僕だって、彼女以外にはこんな乱暴な口のきき方をしない訳で。
どうやら、彼女は彼女で色々溜まっているみたいだから、しばらくは彼女の言う事を素直に聞く事にした。
女性の言う事は、否定せずに黙って聞くべし。間違っていても、頓珍漢な事言っても無視。
これ、僕の対女性向け処世術。
青木さん自身も自分の言ってる事が
単に玉親娘と親密になっていく僕へのヤキモチだと、自分でも認識しているので。
「で、玉は何してんの?」
愚痴りたいだけ愚痴って、どうやらスッキリしたようなので、話を変えてみた。
青木さんが個人で来れるのは、浅葱の水晶だけであって、こっちには来れない筈だけど。
「玉ちゃんなら、私をこっちに連れてきてくれて、すぐお母さんのところに帰ったよ。」
「牛の世話したいんだな。」
「というか、ちびもぽんちゃんも、うさぎもモルモットも、芝生の上でヒクヒク痙攣してた。」
あぁ、ブラッシングの餌食にされたか。なまんだぶなまんだぶ。
「玉ちゃんって、あんな貴方みたいに動物に好かれる人だっけ?」
ん?そうだよ。
玉は動物に好かれる子だ。
僕は浅葱のなんとかパワーが出ているせいだろうけど(時間旅行能力と何の関係があるのかは不明)、玉の場合は動物達が本能的に玉の優しさを受け取るんだろう。
「忘れたかい?浅葱の庭にいるハクセキレイのうち、一羽は直ぐ玉に懐いていただろ。」
そう、僕が市川動物園の駐車場で数羽のハクセキレイに纏わりつかれていた時、一羽は玉の肩に止まっていた。
「あったね。小動物コーナーは玉ちゃんにみんな集まって来てた。」
迂闊に僕が近寄ってパニックになってしまってからは、以降玉がそこにいる間、僕は離れたベンチに腰掛けて待っている。
…冬だからまだ良いけど、今でもいくと雀が僕の頭や肩で一休みしていて、受付で僕の来園を知って駆けつけた飼育員さんに呆れられたりしている。
「小動物ってのは普通、捕食される方の、弱い動物だ。その分臆病だし、人に慣れるのには時間がかかる。だから毎日きちんと餌をあげて、巣の掃除をして、脅かさない存在である事を理解して、動物達は少しずつ信頼をしていく。」
完全に信頼を勝ち取った時に、動物達はベタ慣れしてくれる。
甘えてくれる。
「ぽん子とハクセキレイ以外は、全部玉について来たんだよ。元々玉はそう言う子だ。モルモットなんか、日本に放したらカラスにたちまち食べられるだろう。食物ピラミッドの中でも底辺に近い。なのにモルちゃんと名付けられた仔は向こうから玉に近寄ってきて、そのまま懐いたんだ。…まぁしずさんといい巫女さんをしてるから、善良な電波でも出てんじゃない?知らんけど。」
荼枳尼天は、玉をずっと心配して見守っていたそうだ。
「そうか。私だけ普通なんだ。」
青木さんが落ち込み気味に視線を下げたけど、んなわけ無かろうもん。
あなたが普通だとはとても思えん。
「ひゅう」
ほら、フクロウくんが否定した。
青木さんは青木さんにしか無い能力があるし、僕らはそれに助けられてきた。
とは、本人には直接言わない。
「君は真面目な会社員。居候の巫女さんを理由にモラトリアムを決め込む僕とは違うでしょ。それとも仕事辞める?」
「んんと、それはまだ無いかな。結果が出てるから仕事は楽しいし。」
「それは結果が出なくなったら辞めると聞こえるけど?」
「そりゃ、私は女だし。結婚に憧れますから。そうなったら専業主婦に落ち着いて子供を可愛がる所存で御座います。」
なるほど。年頃の女性として真っ当な欲望ですね。
「だから早く子供を作ろう。私はいつでもどこでもOKです。避妊なんかしませんよ。」
なるほどらない。年頃の女性としてけしからん欲望だ。
まぁそんな際どいジョークをジョークとして済ませられるのが僕らだ。
…多分。
勿論、その後は健全にお茶を淹れて、何事もなくのんびり過ごしましたよ。はい。あ、あともずくガニは泥が出ませんでしたから晩御飯のおかず行きです。
「ひゅう」
だからそこ、へタレとか言わないの。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~
釈 余白(しやく)
ライト文芸
今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。
そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。
そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。
今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。
かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。
はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。
rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

農民の少年は混沌竜と契約しました
アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた
少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された
これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる