ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

仔牛

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◯マゾンで5本ばかり買った栗の苗木から栗の実が収穫出来て、というか、5本の栗の木が(勝手に)18本に自然分株して30坪くらいの空き地に小さな栗林が出来た頃。

殿。新しいご飯をありがとう。

……栗の木にたかるカミキリムシの駆除に、山鳥やハクセキレイが大活躍を始めた頃。

ついでに「編み物職人親娘」の作品により、ぽん子にはピンクと白のストライプ模様セーターを着て僕にドヤ顔を見せて、僕にはやたらと長いマフラーがそれぞれ編み上がり、玉と青木さんの3人で巻き巻きする小っ恥ずかしい刑を食らって、しずさんにも拍手喝采をもらったりしていた、そろそろ1月も終盤に差し掛かったある日、僕のスマホが鳴った。


「殿ぉ。お電話ですよ。」
お風呂上がりに、バスタオルで頭を拭き拭きしている玉が、洗面所から顔だけ出した。
という事は、あの野郎、今全裸だな。

そんな事は割とどうでもいい(って口に出して言うと怒られるけど)ので、竹輪とカニカマとレタスのホワイトサラダを混ぜていた菜箸を置いて、居間のテーブルにある充電器までやってきた。

「玉、扉をちゃんと閉めなさい。」
「もう、ぱんつとぶらじゃあは付けてるから平気ですよ。」
「僕があんまり平気じゃありません。」
「あんまりですと!もっと積極的に平気じゃなくなりなさい。」

結局怒られました。
理不尽だ。

さて、誰からかな。
おや、石工宗次郎さんからだ。

………

石工家は、浅葱家の分家。
元々紀州で神官をしていた浅葱本家は、時の勢力争いに巻き込まれて、それぞれ浅葱家は肥後に、石工家は下総に逃げた。

それぞれはそれぞれ地でそれぞれの歴史を作り、歴史を辿り、この令和の世の中で、

「滅びようとしている」。

別に大した理由があるわけじゃないよ。
単にどちらも少子化の末に、後継者が絶えようとしているだけだ。
戦前みたいな家長制があるわけでなしね。
浅葱本家は、僕とは殆ど面識の無い叔父が1人苗字と不動産を継いでいるだけだし、石工家は本家が絶え、分家筋も房総の山の中で、一族が長年住みついていた谷が限界集落になった。

石工本家が途絶えた時、たまたま面識のあって(菊地姓だけど)東京で暮らしていた、浅葱の血を継ぐ僕が、遺品整理を手伝う羽目になった。
旧家のネットワークがどうなっているのか知らないけど、石工さんの方から接触があったんだ。
一応、フィナンシャルプランナーや司法書士・行政書士の資格を持つ僕が、実務なんかサッパリだけど、知識だけはあったから、宗次郎さんを始めとする郷の人の協力を仰いで、なんとか整理を終わらせる事が出来た。

因みにその石工家の土地は僕が相続「させられて」いる。
田舎過ぎて、自治体が寄付を受け付けてくれなかったんだ。
固定資産税は大した額じゃないから、まだ良いけど。
この土地、どうしよう。

………


『夜分申し訳ありません。若』
若、とは僕の渾名。
本物の浅葱さんがいるのに、菊地さんの僕が浅葱本家の若殿って扱いにされてるらしい。

殿だの、若だの。
ずっとぶつぶつ言い続けるに違い無いぞ自分。

「いえ、まだ宵の口ですから。」
『あの、少々厄介な事になりまして。』
なんだなぁ。

僕の周辺に起こるキーワードはいつも「厄介」だなぁ。

「何かあったんですか?」
『牛が産気付きました。』
「はい?」

牛の妊娠期間は人間より少し短くて300日弱。
牛の妊娠を聞いたのは、晩秋にキャンプに行った時だった。
あれからまだ2ヶ月弱。
当然、その前から妊娠はわかっていたにしても全部で3~4ヶ月だろ。
早産ってレベルじゃないぞ。

「それは流産ではありませんか。しかもどちらかと言えば、母体に負担のかか…
『おとさん産まれたよ!』
「………はい?」
電話の向こうから、宗次郎さんの奥さんの声が聞こえてきた。
『ちょっと小さいけど、元気だよ。もう立ち上がってる。ただ母牛のおっぱいがあまり出ないみたいだから、あたしが牛乳をあげるよ。』
『なんとまぁ、廃牛もいいとこの年寄りだかんなぁ。仕方ないか。』

という訳で、約束通り産まれた仔牛を引き取る事になるわけですが。
出だしから出鱈目です。
なんだこりゃ。

★  ★  ★

「という訳で(重複)、産まれたばかりの仔牛をこちらで引き取る事になります。」

翌日、朝のルーティンを終わらせた僕らはもう一度浅葱屋敷に潜ってます。

「牛?牛飼うんですか?」
「ええ、明日から。」
玉の事以外では滅多に動じない、さすがのしずさんも、目を白黒させている。
考えてみれば、牛を引き取る算段は、僕と宗次郎さんの間でしか話してなかった気がする。
玉を見ると、よく理解してないみたいだし。
あと、聖域の方だと人が常駐してないし、荼吉尼天の悪戯で特殊な牛になっちゃうかもしれないから。
大威徳明王とかまで来たら、もう手に負えないぞ。お寺まで作らないといけないし。←心配するところが違う。

「母牛が高齢過ぎて、乳の出が悪いみたいなんですよ。初乳は出たみたいですけど、今は飼主のお婆さんがあげているそうです。」
調べたら、授乳は1日2~3回あげれば育つみたいで、そんなに世話焼く必要もないらしい。
幸い、宗次郎さんがお付き合いのある酪農組合から、仔牛用の粉ミルクを分けてもらえる事になった。
一山でもあれば、僕がいつものインチキパワーでいくらでも増やせるからね。
空いてる花壇あたりを牧草地にでもすれば良いけど、まだ先の事だろう。

えぇと。
畜舎は元々あったんだよね。
長屋門の側に、隠居部屋と一緒に別棟として建っていた。
…今は、温泉と脱衣場になってるけど。
んだから。
蔵を少し北にずらして、同じものをもう一棟建てれば良い。

その前に。

「ほい、ちょいと巣を移動させるよ。」

わぁなになに?
あっ、殿!もうすぐ生まれますよ。

裏庭です山鳥のつがいが営巣しているので、陽当たりを考えて、少しずらす事にした。そうか、もうすぐ孵るのか。
それは楽しみだ。
大体3メートルくらい、蔵が北にズレてくるからね。(相変わらず意味不明な日本語だな)

蔵と温泉の間に、前のままの畜舎をそのまま現出させる。
因みに、ぽん子は庭で日向ぼっこしてるし、ちびはぽん子のお腹を枕にして寝ている。
モルちゃんは玉の腕の中でキューキュー鳴いてご機嫌そうだし、他の動物たちはみんな庭の芝生で遊んでいる。

今更、建物が移動しようが増えようが、誰も気にしていない。
うむ。
良い傾向だ。

「牛を育てるなんて、いつ以来かしら。」
「あれ?お母さん、牛を飼った事あるんですか?」
「玉が生まれる前までね、お父さんが小さな牧場を作ってたの。」

うわぁ、凄く身に覚えがある。
平政秀さんとこに行った時(花火で撃退した時)、勝手に、というか多分、荼吉尼天の眷属たる御狐様とフクロウ君の仕業で、周囲数キロにいた野生の馬と牛を集めた事があった。

たしか、玉のお父さんに世話させろって言い残して帰っちゃって、そのまんまだった。
そうか、政秀さんご丁寧に約束を守ってくれたんだな。

★  ★  ★

そんな感じで、仔牛をお迎えする準備が出来たので、翌日早速迎えに行きます。

ここまで青木さんは蚊帳の外。
今朝はいきなり増えた建物と、仔牛が来る知らせに、しずさんと同じく目を白黒させていたけど、宗次郎さんの頼みと聞くと。

「仕方ないか。」

と、ため息一つして、僕らを送ってくれた。
というか、僕の車で駅まで送ったけど。

「私ももっと積極的に絡ませて下さい。」
って、軽いクレームを残して、京成の駅に消えて行った。

さて。
石工さんちは大多喜の上総中野駅から更に車で10分ほど入ったところにある。
高速を使うと玉さんに

「殿、無駄遣いはめっですよ。」 

と叱られるので、下道をどんぶらこ、どんぶらことのんびり走っていく。

同じ千葉県内だし、2時間強で着くのだけど。
道の駅や、ドライブインなどで、屋台や露店が見えると、

「殿との殿との!」

とはしゃいで車を停めさせる。
そのたんびに、お漬物や手作り紫蘇ジュースや煮物をニコニコして買い集めてくる。
念の為に持って行ったクーラーボックスが既に満杯だ。

それは無駄遣いでは無いのか?
なんて事を言って、更に叱られる真似はしないのです。
玉が古本屋以外で積極的にお小遣いを使ってくれるのは、保護者としても嬉しいので。
…ただし、僕も青木さんもしずさんも大家さんも食べるので、自分にお土産では無いのが、いかにも玉ですけど。

結局、石工さんちについたのは、昼前になりました。

★  ★  ★  

ええと。
牛が門のところで待っているんだけど?

もう。
『娘を宜しくお願いします』
もう。
『良い仔です。乳も沢山出すし、健康な子供も沢山産めますよ』
生後2日の仔牛に、嫁入りの話を持ちかける親牛って何?

「わ、若!済みません。普段は小屋か原っぱにしか行かないのに。」
もう。
もう。
あの、牛夫婦から手から顔からペロペロ舐められているんですけど。

「おとさん、赤ちゃんそっち行ったで。」
もう。
奥さんが哺乳瓶片手に追いかけて来た。
あの仔か。
確かに牛(ホルスタイン種)にしては小さいな。
ヤギみたいだ。
僕らの前で立ち止まると、頭をコクリと下げた。

もうもう。
『こんにちは若。宜しくお願いします!』
「お母さんから離れるけど、寂しくないの?」  
もう。
「狐さんが、若の家には優しいお母さんと、小さな動物達が沢山居て、遊んでくれるって言ってたよ』
狐さんね。
僕は、少し離れた石工屋敷跡の方を見た。
あの御狐様だろうなぁ。荼吉尼天の残り香があるって言ってたし。

「あれまぁ。若様。たちまち仔牛が懐いてるな。うちの牛達もだ。」 
「若は、浅葱こそ名乗ってないが、多分浅葱の血が凄く濃いんだ。歩いているだけで、動物達が寄ってくる。」
少しは否定の一つもしてみたいのだけど、初対面の牛がお手をしているので、否定出来ねえ。

………

「しかし若。見たところ軽自動車の様ですが、それでこの仔を運ぶんですか?ちょっと無理が有りませんかね。」
「あぁ、大丈夫。ちょっと御内密にね。」 
「はぁ。」

「僕はこの仔を運ぶから、宗次郎さん達は玉頼む。」 
「畏まりました。」

こんな時の為にね。
今日は水晶を持って来ました。
御内密にね、と言ったけど、どうせこの後起こる事を誰かに言っても、人差し指をこめかみの横でクルクル回されて終わるだろう。

「留守番を頼むよ。直ぐ戻るから。」
もう。
『どうせ集落の人しか居ないから平気です』
牛さんの呑気な返事を聞いて、僕らは水晶の中に潜って行った。

★  ★  ★

殿だ
殿、遊ぼ
殿、うちの仔が飛ぶ訓練を始めたの

いつものように、たちまち動物達に囲まれる僕。
ハクセキレイの雛たちはそろそろ巣立ちか。
巣立っても、そこら辺に居るんだろうけど。
「今日はお客さんがいるから、ちょっと待ってくれ。」

え?お客さん? 
あ、お爺さんとお婆さんだ。
あ、玉ちゃんだ! 
牛もいるよ、仔牛さん

「あんぐり。」
あれま。2人とも口が開きっぱなしだ。 
「お母さぁん。お客さぁん。」
玉さんは、しずさんのとこに走っていっちゃった。

「まぁ、色々お考えはあるでしょうけど、ここは浅葱に認められた者だけが住まうことを許される空間なんですよ。この仔達は、僕らと遊びたくて、ここで暮らしたくて集まった仔達です。」

「ここは、石工屋敷に、いや違うな山がもっと迫っているし、建物が多い。」
「あぁ、そこは温泉が沸いてるので、住民のお風呂にしてます。あと、奥の建物は神社です。浅葱の力の源泉の一つと思われる神様を祀ってます。」

ぽん子が尻尾ふりふり抱っこを求めて来たので、両手を下に突き出すと、ひょいと腕の中に飛びついてくる。
ついでにちびも来たので2匹いっぺんに抱っこ。
お揃いの首輪と、お揃いのセーター(ちびも腹巻きから進化したらしい)を来客者に見せつけていたり。
その為に来たんか。君達。
恐る恐るぽん子の頭を撫でて、宗次郎さんは僕の顔を見る。
ぽん子は気持ちよさそうに目を閉じて、嫌がってはいないみたい。
僕のお客さんだとわかっているからね。
「…狸に見えますが…。」
「狸ですよ。」
「狸って人に慣れましたっけ?」
「犬科ですから。」
それを言うなら、野生のテンの親子を抱っこしてましたけど?

仔牛は、既に楽しそうに庭の芝生を歩いている。
後ろを大小のうさぎとミニ豚が行列をしているぞ。
早速、仲良くなれたみたいだ。
良かった良かった。

「あぁえぇと。良かった良かった。」
「んだね。」

はい。理解を放棄しちゃいました。
正解だと思います。






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