ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

大きな栗の木の下で

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「ヘタレ!」 
「うるさい。」 
「わふ?」

浅葱屋敷の入り口、長屋門の外、道路の向かい。 
掛け流しの温泉が流れる排水溝の先は、現実世界ではお向かいさんの農家が建っていたけど、こっちは休耕田みたいな空き地になっていた。 
ただし、道より若干高く盛られている。

ここならば、うちの動物達も立ち入らないだろう。
基本的に、敷地から出てこない仔ばかりだし。  


わふん。
『お風呂、熱いもん』

ぽん子さんが、恐る恐る湯気の立つ排水溝に近寄っている。
いや、井戸や生活排水も混じっているから、かなり緩いくらいなんだけど。

なので、ぽん子を抱っこして排水溝を越えた。
ふむ。
陽当たりは良いし、土は耕せば問題は無さそうだ。

わん!
『だね!ほら!』

ぽん子が地面を一掻きするだけで、大きなミミズが出てきた。
よしよし。土壌の栄養も豊富そうだ。

「ここには栗の木を植えるから、君達は入っちゃ駄目だぞ。足の裏が痛い痛いになるからな。」

わふ!
『うん、弟にも言っとくね』

弟と言うのは、ちびの事らしい。
ちびもぽん子を、お姉ちゃんって言ってるしな。
アイツはまだ仔犬なだけに好奇心旺盛で、ぽん子に叱られる事を時々するらしい。
しずさんじゃなくて、ぽん子が叱るってあたりが、いかにも我が家らしくて面白い。

とかやってたら、後から突っ込まれましたよ。えぇえぇ。
青木さんはともかく(全然ともかくじゃ無いな)しずさんまでオカンムリなのは何故?

「婿殿。何故、玉を伽に呼ばないのですか!」
「これこれ。母親の言って良い事じゃ無いぞ?」
「何の為に、新しいベッドを買うのを拒ませたのよ!」
「君も言っている事がおかしい。」

何故、僕が異世界の休耕地て襟首掴まれて、身体をガタガタ揺さぶられなくはならないんだ?

あ、こらぽん子。
知らん顔して、ミミズ掘りに熱中するな、裏切り者ぉ。

………

どうやらやっと落ち着いてくれたらしい。
しずさんが、深々と頭を下げてくれた。
「ごめんなさい婿殿。玉の事なので、熱くなってしまいました。」

わふ。
『ごめんね。あのね、お母さん、怖かったの』
はいはい。

「で、どうしてそうなった?わざわざこんなとこまで来て。」
しずさんも青木さんも、基本的に長屋門から外には出てこない。
門の外には未舗装の道路が走っているのだけど、誰かが通り過ぎた日には、それは怖いだろう。
そもそもこの道路が何処から来て何処に行くのか、僕ですらわからない。

こんな得体の知れない空間に、しずさんはよくぞまぁ1人で暮らせるものだ。

でも実際、土地神がいる敷地内は敷地外より明らかに爽やかなんだよね。
僕は毎日、聖域かここのどちらかで毛氈を地面に敷いて寝転んでいる。
(そのたびに狸や貂やうさぎや仔犬や、その他諸々に埋もれるけど)
もっと言うなら、市川の現世よりもだ。

やはり、神様(笑)が加護する世界と、雑多な現実とは違いがあるのだろう。
ぽん子にしたって、僕がいるから、門を抜けて後をついて来てるだけだし。

「玉ちゃんに聞いたのよ。夕べどうだったって。そしたら不思議そうな顔して、いつも同じですよ?って言われたわ。」
「その玉は何してんですか?」

こんなに厄介な人達をほっといて。

「お屋敷の方で、布団干してるわよ。」
「…干すとこなんかありましたっけ?」
「座敷の引戸を全部外して、縁側に乗るようにこう…。」
「あぁはいはい。」

青木さんの布団を敷いてる仕草で想像ついた。
陽の当たる場所をとにかく作って、布団に当ててるんだ。
そういえば、この家に物干し場って無かったな。
しずさんも、自分の家の南側に荒縄を張ってるし。
後で出しておこう。
熊本の実家の庭にあった、ステンレス製の物干し台と竿なら出てくる筈だ。

「あのね。単純にエッチするだけなら、ここでも出来るの。こちらの世界なら僕と玉は触れ合えていたし。しずさんは屋敷には上がってこないし。だから現世でも触れ合える様になったから、さぁしましょうって訳でも無いんだよ。」

ぽん子を抱っこしてあげようとすると、本人というか本狸は脚が汚れている事を気にして遠慮しているけど、知らん顔して抱き上げる。
そしたら、自分で脚をぱんぱん叩き出した。泥を必死ではたいている。
頭とお行儀が良いけど、どんな狸なんだ。

「勿論、玉がまだ(僕から見たら)若過ぎるって事もあるけど。一番の原因は、お互いがお互いを分かり合い過ぎたって事かな。」

寝る時も、ご飯を食べる時も、24時間殆ど一緒にいるから、遠慮するラインも我儘を言えるラインも、知らないうちにお互いが心得ている。
実際にあの後玉も、無理に迫って来なかった(処女に迫られるとかたまったもんじゃないけど)のも、僕が玉を真摯に受け止めている事が、玉にも理解出来ているからだろう。

「玉はね。僕には無理は言いたくないんです。ずっとひとりぼっちで辛い想いをしていたけど、今はやっとお母さんに逢えた。仲良くしてくれる人も沢山出来た。
「でもそれは、あくまでも僕を媒介としている。僕の気分を損ねたら、今の幸せな生活が全て消えて、また1人だけ祠に閉じ込められて、そのままになるかも知れない。
「夕べ玉は、まだそれを恐れていると言ってましたよ。」

「そんな事、あるわけ無いじゃん!」
青木さん、声が大きい。
出来れば、玉には聞かれたく無いんだけどな。
「貴方や私が玉ちゃんをまたそんな境遇に陥れる訳無いじゃん。それに。」
左手の薬指にはめた小さな水晶の指輪を僕としずさんに見せる。
「この指輪があれは、いつでもココに来れるじゃん。」
まぁね。でもね。

「自分が存在していいのか?存在価値でも存在意義でもなく、観念的な意味で、玉は僕らの隣にいていいのか?僕らと同じ時間軸に存在していいのか?それを玉はずっと怖がっているんですよ。神様の加護なんか関係なく。僕らと離れたく無いんです。」
「そんな事ないのに。お母さんがどうしてココにいるか、考えればわかるじゃない。みんな玉ちゃんと離れたくないのに。」

わふ。
「そうだよな。お前も玉の友達だもんな。」
私もと、ぽん子が前足を挙げてる。

「それとね。君達の言う通り、多分玉はもう大丈夫なんだと思う。そうならどうする?僕は玉が居るから、みんなから働け働け言われても働きに行けなかった。でももしかしたら、もう1人で働きに出れるのかも知れない。玉は玉で居られるだろうし、僕と離れても大丈夫だろうから。でも、僕が働きに出ている間、玉は何してりゃ良いんだ?
「戸籍がないから、出来る事は限られている。聖域やココにいても、出来る事は大して変わらない。いずれ本当に僕と玉の間に子供ができても、現代社会に於いては私生児以下の存在しちゃいけない子供になるだけだ。部屋で育てる事も世間様の目があるだろう。
「ならば玉はどうする?そもそも玉は何がしたい?僕の奥さんとしか考えてないみたいだったから、夕べきちんと聞いてみた。君にはやりたい事がないのか?お母さんが居なくなって、祠に囚われる前、君に夢ってなかったのか?ってね。」

「あのさ。」
青木さんが挙手した。
「はい、青木さん。」
「真面目か!」
「真面目だ!」

そろそろね。
僕は再就職を考えないとならないし(失業保険もらう為だけにハローワークで求職活動してるフリしてるけど、関係ないとこから引き合いが来ているし)、玉にも進学って世間様向けの設定があった。

「青木さん。君が隣に越して来た様に。また、しずさんがココに越して来た様に。君達には新しい生活が始まっている。同じ様に僕と玉にも、新しい生活が始まるんだ。“今までの様に”は行かなくなるんだよ。」

「それは、僕と玉が、自分で考えて選ばないといけないから。」

「私はね。婿殿。玉が選んで婿殿が許可することなら、母親としてどんな事でも認めて後押ししますよ。玉も婿殿も、道に外れた間違った事は絶対にしないって知ってますから。ねっ、ぽんちゃん。」
「わふ。」
「……私も何か考えないといけないのかなぁ。」

あぁ、君は君のやりたい様にやれば良いんじゃない?
少なくとも玉は君を信頼しているし、君は常に玉の手本・見本になってくれていたから。

★  ★  ★

なんて事があった日曜日。
今日は小豆の種を買いに近くのホームセンターにお出かけ。
知ってる道なので玉は、最初から地図を持ってこなかった。

車は僕の軽ワゴンで。
オーナー(ドライバー)同士の話し合いの結果、3人で出掛ける時はお互いテレコで車を出そうと言う事です決まりましたとさ。

「お布団干しっぱなしだから、3時くらいには帰りたいですよ殿。」
「はいはい。」
僕がわりかし浅葱屋敷をほったらかしっぱなし(庭で動物塗れになっている事が多い)な分、玉がこまめに掃除して、押入や物入れの中を整理してくれている。
のはいいのだけど。

「殿?この掛け軸なんですか?」
「これは………南州翁って書いてあるな。しかも肉筆だ。落款にも南州の文字が読み取れる。敬天愛人って……どうしよう、熊本の家に実際あるのかなぁ?」
「はて?」
「とりあえず玉さん。世の中に出たら面倒くさい代物なので、見なかった事にします。」 
「???はい?。」

なんて事がよくある。
西郷隆盛の書くらいなら、実は九州を中心に結構残されているんだけど、麟伯軒とだけ署名が残っている文書まで出てきた事がある。
おいおい。
本物なら、雷切りのあの戦国武将だぞ。
熊本菊地家を滅ぼしたアイツなのか?

この家からは何が出てくるかわからない。
だから
「とぉのぉ?これなんですかぁ?」
て声が響くと、ちょっとドキドキ。

「すぐ帰りますよ。小豆の種を買いに来ただけだから。」
「小豆?お豆さん?」
「なんでまた?」

後部座席から、女子2人の疑問符が飛んで来た。はてなはてな。

「君らが昨日、白玉だんごを作ってたろ。餡子は缶詰(井◯屋のゆであずき)のを使って食べたけど、考えてみたら、ウチの畑で餡子が作れると、しずさんが楽しめる“甘味“が増えるなってさ。」
ぶっちゃければ市販品を冷蔵庫に入れておけば、しずさんもアチラで自由に使える滅茶苦茶仕様なんだけど、水晶の中の畑で作った作物って美味いんだ。 
一度食べたら、現世の「高級品」なんかペペペのぺだ。

「餡子ですか。それは食べたいですね。」
「真空パックの切餅で、お汁粉やぜんざいも作れるだろ。栗の苗木はもう注文してある。小豆の種も一緒に注文しても良かったけど、久しぶりに店で種を漁ろうかなと。」
「それでさっき、門の外に居たんだ。」
「あそこには栗を植えるよ。栗があると、作れる料理が増えるし。」
「栗きんとんと栗ごはんが作れますね。」
「貴方は何処から、そんな発想が出てくるの?私じゃちっとも思いつかなかったわよ。」
「んん?白玉だんご見て、あとしずさんが畑でなんでも作りたがる人な事も知ってるから。餡子で考えただけだよ。今だと枝豆と芋から作れるだけだろ?だったら黒い餡子を食べたいじゃん。」
「賛成でぇす。殿!」
「お母さん名前出されちゃ、うんとしか言えないなぁ。」

別にまぁ。
ひと騒動あったけど、なんにも変わらない日々が、もうちょっとだけ続くんじゃ。

後日。
餅米から作った皮と、畑で作った大豆の餡子と、桃栗3年の筈が1週間で出来た栗を使って「栗モナカ」を作りました。
 
そしたら荼枳尼天と御狐様が大喜びしましたとさ。
相変わらずだよ、我が家。
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