ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

改めて初夜

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博物館は小さいけれど、面白いものだった。
この地域の郷土史に関しては、土地勘も知識も思い入れも何もないけれど、その規模の割に近代史の展示物がとても充実しているようだ。

僕は博物館大好き少女の玉に頼まれて、地元の市川・松戸・流山などの市立博物館を時々一緒に訪れる。
彼女はその展示物と解説を納得のいくまで見て読み込むのが好きだ。
あまりの熱心さに、普段は座っているだけの解説員さんの方から、玉に近寄ってあれこれ説明を始めた事もある。

市川は博物館の敷地内にある貝塚を、松戸は市内に実際にある公団住宅の実物大セットを、流山は近藤・土方別離の地な事から新撰組をといったように、その土地その土地の特色をメインに据えている。

ここは昭和民俗に重点を置いているようだ。
そしてそれは玉の大好物。
何故なら、彼女は浅葱屋敷の中を毎日掃除している(最近電気掃除機を導入した)けれど、玉の時代にも現代にも無いものだらけだから、僕が庭でぽん子と遊んでたりしていると、必ず質問魔の声が座敷から聞こえるわけだ。

「とぉのぉ!これなんですかぁ?」
「はいはい。姫のお呼びだね。ちょっと行ってくるよ。」
「わふ」

さて、スマホでは簡単な検索しか出来ないのだけど、それでも気になる画像が出てきた。
中世以降、茨城や千葉の低湿地では干拓が進み、それまでの湖沼地を田畑にして生産力を上げて行った、その治世者と住民の苦労は各地で語られている。
元々太平洋と直結し、水が出る土地だったのに、徳川家が無理矢理利根川を掘った為、令和の今でも治水が完璧ではないのが関東平野だ。

そして、この龍ヶ崎のあたりがどうだったのかと言うと。
その資料では、水に沈んでいだ。
ここは水辺に面した山だった。

ふむふむ。
さてさて、これはどういう事だろうか?

「殿!」
ベンチですっかり寛いで考え事をしていたら、見学を終えた玉がとてとて走って来た。
後から青木さんが呆れ半分でついてくる姿が少し面白い。本当に付き合いの良い人だこと。お疲れ様。

ぽむん。
走って来た玉は、そのまま僕に抱きつく。僕はベンチに座ったままなのに。
「えへへへへ。」
僕の手を両手で掴み、ぶんぶん振り始めた。なんだこれ。変にテンションが高い。
「やっぱり殿の手を握れます。嬉しいなぁ。」
全く照れずに好意を口に出す玉を、僕はなんだかフラットに捉えていた。

別に幼女ではなく、普通に小柄な中学生といった雰囲気の人なんだけど、あまりの無邪気さに、いやらしさが一切感じない不思議。

★  ★  ★

さてさて帰り道。
千葉県内に戻れば、◯ックオフに更に2軒寄り道出来ると、HPを見て気がついた青木さんが、何故かウキウキし出した。しずさんに何かプレゼントをしたいらしい。

実は、青木さんとしずさんって仲良いんだよね。主婦スキルが足りない青木さんが殆ど弟子入りする勢いで、家事を毎朝習っているから。

まだ若いのに、そんなに主婦スキル上げてどうすんのよ。
「ボソ(貴方の為でしょ。)」
「ん?なんか言った?」
「別に。なぁんにも。」

ウキウキしているところを申し訳ないけど、◯ックオフに行く前に、ちょっととある店に寄ってもらう事にする。
それは、お値段以上のコピーでお馴染みの家具屋さん。
古本屋からは、さして離れていない国道16号沿いにある。
週末という事もあって、駐車場はいっぱい。入り口から離れた端っこにやっと停める事が出来たよ。

「いいけど、なして?」
「ベッドを買いに。」
「ベッド?」
さて、今日持ち帰れるタイプのベッドはあるかしら。
パイプベッドと、マットレスはとりあえずエアマットが有れば、今夜は気持ち良く眠れるでしょ。

店内案内図を確認。
寝具は2階か。

「なしてベッドを買うの?」
「あのね。」

隣で見本お高め羽毛布団の手触りを試していた同居人の頭を軽くぽんぽんと叩く。
「筑波山神社の境内だからと思っていたけど、この通り、いつでもどこでも、今は玉と普通に触れ合えるの。だったらもう同じ布団で寝るわけにいかないでしょ。」
「?。玉は構いませんよ。というか、殿と別のお布団で寝る気はありませんけど?」
「僕が構うの!」
「とは仰っても、玉と殿が同衾している事は、佳奈さんもお婆ちゃんも知ってますし。」
「いやいやいやいや。」
「お婆ちゃんには、従姉妹は結婚出来るって聞いたので、世間的には玉は殿のお母さんの妹さんの子供って事になりました。頑張りなさいって。」

なりましたって何それ?
あと何を頑張るの?

「それに、玉のお母さんが殿をお婿さんにしてるんですから、全部今更です。」

いやいやちょっと待て。あのババア、否、大家さん。玉に何を吹き込みやがりましたか。
「大家と言えば親同然、店子と言えば子も同然!だそうですよ。」
それは江戸時代の掛け言葉だなぁ。

助けを求めて、あと多少は嫉妬なり常識なりを期待して、青木さんを見つめてみる。でもね。

「ん?別に良いんじゃない?今はただ、玉ちゃんとの歳の差に、心理的だか倫理的だかのブレーキが掛かってるだけで、いずれはちゃんと責任を取るんでしょ?」

嗚呼、この世界には、僕の味方はいなかった。

「………。それはまぁ。」

否定をする気はない。
そんな気があれば、親娘共々彼女達が本来暮らしていた時代に、捨てて来ただろうし。
それでも、なんだかんだ言って、素直で健気で一生懸命な玉との生活は楽しいし、既に彼女が僕の一部になっている事は否定出来ない。
今突然、僕の前から玉が居なくなったら、間違いなく僕は寂しくてしばらく魂が抜けた様になるだろう。
……一緒にまだ4ヶ月も経って無いのになぁ。
いつのまにか、僕の中で玉という少女の存在がかなり大きくなっていたらしい。

「ついでに私もずっと待っているので、早いとこ宜しくお願いします。あまり歳取ると、膜が固くなるそうだし。」
いけしゃあしゃあと、とんでもない事を言い出しやがりましたな。お前。
あと、女性が膜言うな。

ああ。とりあえず。
ベッドは買い足さない方向に決められました。…女性陣の猛反対で。
本当に尻に敷かれているな、僕は。

★  ★  ★

◯斗の拳愛蔵版全巻とアニメのDVD-BOXという、若い女性の買い物とは思えない買い物(結構値段したよ)を見つけて買って、ほくほく顔の青木さん。

あの漫画は、確かにしずさんの愛読書でもあるんだよね。初期のJCで何冊か自分で選んで買ってたし。
家に転がっている単行本でも見かけて、話でも盛り上がったのかな。

ていうか、完結してかなり経つバトル漫画の話を異世界でしている主婦とOLの図ってなんなんだよ。

助手席の玉も、いつものお出かけバックに入り切らない量の本を買い溜めて嬉しそう。

なんだこの車。
せどり屋の遠征みたいだな。

あと、あんみつ屋の件ですけどね。
「寒天と白玉なら私作れるよ。」
って立候補をした青木さんがいるので、スーパーで黒蜜と白玉粉と寒天の元だけ買って帰りました。
フルーツ缶なら、過去に中元歳暮で貰ったから、僕の力でいくらでも出せるし。

◯斗の拳で数千円使って、食材3人合わせて税込800円以内で収まる我が家。

★  ★  ★

「鍋に寒天粉5グラムを水500ccでゆっくり溶かして、かき混ぜながら中火で煮ます。」
「はい、佳奈さん!じっくりじっくり。」
「寒天が完全に液状になったら、砂糖を加えてさらに煮ます。この時、絶対に沸騰させちゃ駄目。お砂糖が焦げ臭くなっちゃうから。」

帰って早々に我が家の台所を占領されましたよ。
あぁでもまぁ。若い女性がエプロン(玉は頭巾付き割烹着だけど)でガス台に向かっている後ろ姿は、それは絵になるので。

僕は、フルーツ缶でも出そうかと記憶を漁っていたら、林檎と桃とパイナップルが丸ごと(勝手に)茶箪笥の大皿を収納してる下段からフルーツ盛りで出てきたので、これを切り分けてシロップ漬けにしている最中。

茶箪笥を開けたのは、寒天のカタに何か空いたタッパーでもないかなぁと思ったからです。
何しろ料理に関してのみだけど、家主の僕どころか居候が好き勝手やりたい放題しても、部屋や家具の方が忖度してくれる大馬鹿仕様なので。

「白玉粉は同じ分量の水で溶いて下さい。」
「ねりねりですね。ねりねり。」
「丸めた白玉をお湯で湯掻けば白玉だんごの出来上がりです。」

…考えてみたら、あんみつに白玉だんごは入れないなぁ。
けどあの2人は、しずさんの分まで作っているようだから、ぜんざいにでもするのかな。
今の畑だと、枝豆とさつまいもで餡が作れるか。
正当的に小豆と栗も育てますかね。
ずんだも芋餡も好きだけど、基本はやっぱり黒い小豆餡だから。

栗は動物達がイガで怪我するといけないから、浅葱屋敷の敷地外にだけ作るか。
…栗ってどうやって育てるんだ?
栗の実が種だよな。
あれ、植えるの?

調べてみたら、◯マゾンで苗木が売ってたから、早速ポチッてみた。
明日、植える場所を探しに行こうっと。  

★  ★  ★

「不束者ですが、宜しくお願いします。ふかぶか。」

あぁまぁなんだ。
就寝時間を迎えて、ピンクのパジャマの玉さんが、ベッドの上でふかぶかと言いながら、深々とお辞儀をした。
というか、正座してお辞儀だから、それはもう土下座だよ。

「エッチな事はしませんよ。」
「えぇ!しないのぉ?」
「しません。」  

なんだうちの女性陣の発情っぷりは。

「基本に立ち返りなさい。玉。君は荼枳尼天と一言主に仕える巫女だ。神職なんだよ。世間的にも4月からは神道系の高校に通う僕の姪っ子設定だ。」
「別にお子を作らなければ良いだけですよう。もしかして、巫女は純潔じゃないといけないとお思いですか?」

それはないな。
日本にも「歩き巫女」という人たちがいた。色々な言われ方をしているけれど、彼女達の中には、神職と同時に売春をしていた人も多い。
現代の巫女さんは大体アルバイトらしいけど、彼女達の採用条件が「処女である事」とかあったら大問題だ。

「こういうのはね。お互いの気持ちが大切だから。」  
「殿のお身体に問題があると。」
「違う。」 
なんて事言いやがる。

「僕は玉の事も、しずさんの事も、大切な家族だと思っている。だから何事も大切にしたいんだ。しずさんにも言われているんだよ。玉に手をつけても構いませんけど、もっと沢山勉強させて、もっと沢山遊ばせて欲しいって。」

だから子作りはしばらく待って欲しいって、本当は繋がるんだけど、それは内緒。

「今の僕は、玉の将来をきちんと見据える事で精一杯なんだよ。玉が僕の奥さんになりたいって言ってくれる気持ちは嬉しいけど、僕に玉を受け入れる、その覚悟がまるで出来てない。」

当たり前だ。
玉を拾って、どれだけの月日が経過したよ。季節が一個、変わっただけだ。
僕はそんなに肝の座った男じゃないぞ。

「という訳で、しばらく待ってくれ。僕自身まだ解決しなければならない事が多いし、いつか落ち着いたらお願いするよ。」 
「………しょうがないですねぇ。まぁ良いです。殿のお考えをちょっと聞けたし。」

それだけ言うと、玉は僕に口付けをしてきた。
まぁそのくらいなら。
僕も逃げる事なく、玉を受け入れた。

「よろしいですか?玉はいつまでも殿のおそばにいます。必要と思われましたら、いつでも玉をお呼び下さい。それまで玉は、沢山勉強して、沢山遊んでますね。」
「ありがとう。」

…女の子にこんな事言わせるって、僕は何様のつもりなんだよ。
それと。
改めて、僕に逃げ場の無い事を理解させられる夜だった。
なんだかなぁ。

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