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第二章 戦
雪
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皮を剥いた魚肉ソーセージは、斜め切りにして、中火で炒める。
味が染み込み易い様に、隠し包丁を入れる一手間を。
これは一人暮らしで身に付けた、あまり(全然)意味のない裏技。という程でもない。どっちだよどっち独りツッコミ。
でもまぁ、食べ飽きた食材でも、ひと工夫でわりかし新鮮な味わいを感じられるのですよ。
火が通ったら、醤油をどばどばぐるぐるとフライパンに掛け回したら出来上がり。
マヨネーズや辛子、或いは七味を掛けてもいい。
夜中に食べたらメタボ一直線な究極のジャンクフードだ。
でもビールのアテには最高なんだよ、コレ。
夏の暑い夜に、わざとエアコンを消して、扇風機の風に煽られながら、下品に、パンツ一丁とかで楽しむ晩酌は、それはそれで最高な時間だった。
さすがにたまにしかやらなかったけど。
使ったフライパンは、水を入れて七輪の上で煮立てて洗う事。
ここの流しは、温泉の排水溝に繋げてあるので、多少の脂は環境に問題なし。
…無しなわけないと思うんだけど、土地神がそう言ってるから、そう言う事で。
揚げ物した後の油は凝固剤で固めて、野焼きにしろってさ。
玉が毎日ゴミの分別を丁寧にして(おかげで僕が個人で出すゴミも玉さんに管理されている。もう我が家の母ちゃんだ)いる市川より、よっぽど楽だぞ、ここ。
「なるほど。私達はお水が勿体ないし、油を調理に使うって習慣があまり無かったから目から鱗ですよ。」
「お母さん。殿の部屋はお湯が自動で出るんですよ。ままれもんとすぽんじでお茶碗を洗うと気持ちいいです。」
「温泉は硫黄泉じゃなくてアルカリ泉だから、あっちで洗ってもいいけど、持って行くの面倒でしょ。だったら、こっちの流しで洗える工夫をしてみました。」
「あらあら。私はそんなにものぐさではありませんよ、婿殿。」
「ままれもんとすぽんじの気持ち良さを、お母さんも味わえばいいです。」
「わかったわかった。ほれ。」
ママレモンとスポンジは浅葱の力で出せるので。
この3人はこの3人で、ある種のリズムが出てきた気がするなぁ。
★ ★ ★
「あ、美味しい。これ。」
「うん。これならご飯のおかずになりますね、婿殿。」
お手軽な試食会を開催です。
この時間は動物達は大抵寝ているのですけど、なんか最近は起きて活動しているとか。
やっぱり、しずさんが居て、畑仕事したり、庭を竹箒で掃いたりしてるからかな。
いつもはなかなか出てこない小動物ゾーンから離れて、うさぎもモルモットも走り回ったり、しずさんを追いかけ回したり、鶉とぽん子とちびが追いかけっこしたり、疲れるまで騒いでるそうだ。
人間はしずさん1人しかいないけど、賑やかに暮らせているみたいで、それはそれでホッとした。
玉もよく来ていて、寂しいとか暇とかは今んとこ無いみたい。
良かった良かった。
試食会なので、ここぞとばかりにサラダ菜を投入。草食さん大喜び。
雑食さん達には、小田原名物鈴◯の蒲鉾を。
あくまで試食だけね。
『美味しいよ。これ』』
『材料、お魚かなぁ』
『この菜葉美味しい』
『やばい。チモシーより美味い、コレ』
ふむ。
蒲鉾もサラダ菜も動物達に好評の様だ。
庭に出したテーブルには3人。
まぁ、これはこれで、ある種の家族団欒って事で。
僕らの周りには、ぽん子にちびにうさぎ大小・ミニ豚・モルモットが足元で寛いでいる。
玉お気に入りのモルちゃんは玉の膝でサラダ菜をぽりぽり食べちゃ、時々玉の顔を見上げて、玉の手をペロリと舐めて、またサラダ菜に取り掛かる。
取りゃしないから、ゆっくり食べなさい。
…呑気だ。平和だ。
「お母さん、もっと焼こう。」
「駄目ですよ。まだお昼には時間ありますから。」
わんわん
きゅーきゅー
ぶうぶう
動物達もおかわりを頼んでくる。
…なんだかなぁ。
庭に敷かれた芝生はしずさんと動物達が落ち葉を毎日丁寧に取り除いているけど、緋毛氈を取り出して、その上に寝転んだ。
荼枳尼天が保養地として自ら整備する聖域ほどでは無いにせよ、こちらの空間も気持ちいい。
最初は、風も吹かず、鳥の鳴き声もしない「凍った」空間だったのに、取り戻した土地神の力と女性陣の尽力で、今ではぶっちゃけ現実世界よりもう快適だろう。
緋毛氈に寝転がるのは、聖域でもしている僕のリラックスタイムだ。
「やれやれ。」
そんな僕のだらしがない姿を見て呆れる玉だけど、それでも僕のお腹に頭を乗せて寝転んで来た。
こっちなら、玉は僕に触れるから。
あ、私も
あ、僕も
反対側にはぽん子とちびが同じ格好をしてくる。
のはいいけど、動けないぞ。
「あらあら、婿殿はモテモテですね。」
しずさんがお茶を啜って揶揄ってくる。
これで「私も」とか来られたら困り果てたとこだけど、一応そこは娘婿に甘える事はせず、テーブルに両肘を立てて湯呑みを持って笑っている。
「婿殿は、部屋ではきちんと腰掛けているのに、荼枳尼天様の所といい、ここといい寝ますね。」
「気持ちいいじゃないですか。それにぽん子達も喜んでいるし。」
「玉も殿に甘えられて、満足ですよ。」
「…母親の前でそんな事を言われて、僕はどう返したらいいの?」
「出来れば、玉に対する本音を。」
「言う訳ないでしょ。」
「うふふ。」
………。
まぁ、平和だ。
「うわぁああああああ!」
平和だと思った直後に、直ぐそこで女性の悲鳴が響いて、……水音がなった。
しずさんちの軒先に吊るした時計を見ると、11時ちょい前。
変な時間だな。
殿、殿、殿、殿
殿、殿、殿、殿
あの人が降ってきた
池に落ちた
ばちゃばちゃしてる
うさぎも鶉もミニ豚も、みんなしてご注進に来ちゃった。
殿、卵生まれた!
1人おめでたを知らせに来た山鳥が、お腹にいるけど。
「おめでとう。母体は大丈夫かな?」
母卵共に健康です。
「そうですか。」
卵の健康って、わかるんだ。
殿。ご主人様が池に落ちてる。
頭だけ上げて様子を伺ったちびが、状態を教えてくれた。
聞いたことある声だから、わかってたけどね。
「やれやれですねぇ。」
そう言う玉も、僕から離れないんですけど。
みんなが僕を枕にしてるので、動けません。
「あらあら。」
しずさんが1人で様子を見に行ってくれました。
…湯呑みを持ったまま。
緊張感ないな、僕ら。
★ ★ ★
「……池なんか、あったっけ?」
全身ずぶ濡れの23歳OLが、両手で自分を抱きしめて震えながらやって来た。
まぁ、生簀の深さは青木さんでも腰下くらいまでしかないし、底も岩を敷いてあるから、溺れる心配はない。
ないから、僕も玉も、ぽん子もちびも寝転がったまんまな訳で。
「おととい、婿殿が作ってくれたんですよ。お社の境内にある池として。魚も獲り放題です。」
「気がつかなかったなぁ。」
「貴女は仔犬を慈しむ他は、畑に出てますからねぇ。」
「手を掛ければ野菜は美味しくなるし、花はプロが作った市販の花より綺麗に咲くって知っちゃったから。しかも、手を掛ければ掛けるほど、野菜も花も応えてくれるから。」
「生物ってそう言うものです。」
わんわん
ちびが面倒くさそうに主人に声をかける。
「ちびちゃんは、なんで助けに来てくれないの?って言うか、なんでみんなして寝てるの。」
わふわふ
わんわん
「殿と、主従の交わりでぇす。」
「動けない。」
とは言っても濡れてる女性をほっぽらかすわけにもいかない。
しずさんは青木さんを温泉に案内して、玉が着替えを取りに帰った。
「佳奈さんのお泊まりせっとが、玉の箪笥に入りっぱなしなので。」
「引越して来たのに、持って帰ってないんだ。」
「玉が洗濯して乾燥機にかけてるので、結局玉の箪笥に入れ替わります。」
……やっぱり彼女は、うっかりさんと言うか残念さんだ。
濡れた下着は玉が持ち帰り、部屋の洗濯機に放り込んで来た。
これでまた、代わりの下着が我が家から離れないのか?
浅葱屋敷の箪笥を漁ったら、新品の野良着が出て来たので、着替えとして籠に入れて貰おう。
割とちゃんとした着物もゴロゴロ出て来たけど、着物出されても困るだろう。
因みに着付けは、僕も玉もしずさんも青木さんも、みんな出来る。
現代社会では役に立つかわからないけど、何げに僕らは高スキル揃いだったりする。
さてと。
玉は自宅で洗濯をしてる。
青木さんは温泉から出てこない。
しずさんは、青木さんのスーツを、皺が寄らない様に伸ばして干している。
僕だけ何もしてない。
ってわけにもいかないし、お昼の準備でもしようかな。
魚肉ソーセージならぬ魚肉ハンバーグで。
1.魚肉ハンバーグを厚さ5ミリ幅に切る
2.カレー粉と小麦粉をハンバーグの両面につける
3.中火で炒める
4.マヨネーズを添えて
魚肉ハンバーグのカレー風、完成。
ご飯はしずさんがいつも使っているお釜ではなく土鍋で炊こう。
これは前にキャンプに行った時に、一度経験してるから、おこげの作り方も完璧に行ける。
シーチキンの缶詰を開けて、新キャベツの柔らかい葉の上に、とうもろこしと刻み蒲鉾と一緒に乗せて、胡麻ドレッシングをかければ、お手軽(手抜き)シーフードサラダの出来上がり。
「婿殿。婿殿。玉に負けない糠漬けを作りましたよ。乾燥椎茸と大根の葉っぱです。」
「むむ。玉のは王道の茄子と人参です。」
「母の味を思い知りなさいな。」
「玉の味を思い知り…知ってますね。」
「まぁ、玉のお漬物は毎食食べてるからね。」
メニューがパン食でも。
「………お風呂から上がってみたら、なんで3人でご飯作ってるの。私も混ぜてください。」
だから髪を濡らしたまま、温泉から走って来なさんな。
風邪引くぞ。
…………
「雪、か。」
「そ。朝から降ってた雨が急に雪になっちゃった。天気予報でも今夜半からって言ってたけど、半日早まっちゃったみたい。年明けでまだ仕事が薄かったし、会社が女子社員を特別早退させてくれたんだけど、京成が止まってたから跳ねて来たの。」
ふぅん。
京成が止まるってのは、あまり聞かないな。
「雪ですか?」
「ん?お母さん、雪見たい?」
「そうね。雪が降ったのは見てましたけど、この身体で触れれるのは何年ぶりかしらね。」
何年というか、多分1,200年ぶり。
しずさん自体は時々市川の僕の部屋に来てたし、玉が雪や台風を窓から眺めていた時にもいたんだろう。
「ご飯食べ終わったら行きますか?」
「あぁいや。私はあまりそちらに行かない方がいいでしょう。あくまでも玉とは別居している母親という設定なのでしょう。」
「なら、夜に来ませんか。防火壁の内側なら、庭に出てもお隣さん(菅原さん)に見られないでしょうし。」
多分、雨戸も閉めているだろうし。
「うふふ。私は優しい婿殿を持って幸せですよ。」
まぁ一応、僕の義母さんらしいし。
味が染み込み易い様に、隠し包丁を入れる一手間を。
これは一人暮らしで身に付けた、あまり(全然)意味のない裏技。という程でもない。どっちだよどっち独りツッコミ。
でもまぁ、食べ飽きた食材でも、ひと工夫でわりかし新鮮な味わいを感じられるのですよ。
火が通ったら、醤油をどばどばぐるぐるとフライパンに掛け回したら出来上がり。
マヨネーズや辛子、或いは七味を掛けてもいい。
夜中に食べたらメタボ一直線な究極のジャンクフードだ。
でもビールのアテには最高なんだよ、コレ。
夏の暑い夜に、わざとエアコンを消して、扇風機の風に煽られながら、下品に、パンツ一丁とかで楽しむ晩酌は、それはそれで最高な時間だった。
さすがにたまにしかやらなかったけど。
使ったフライパンは、水を入れて七輪の上で煮立てて洗う事。
ここの流しは、温泉の排水溝に繋げてあるので、多少の脂は環境に問題なし。
…無しなわけないと思うんだけど、土地神がそう言ってるから、そう言う事で。
揚げ物した後の油は凝固剤で固めて、野焼きにしろってさ。
玉が毎日ゴミの分別を丁寧にして(おかげで僕が個人で出すゴミも玉さんに管理されている。もう我が家の母ちゃんだ)いる市川より、よっぽど楽だぞ、ここ。
「なるほど。私達はお水が勿体ないし、油を調理に使うって習慣があまり無かったから目から鱗ですよ。」
「お母さん。殿の部屋はお湯が自動で出るんですよ。ままれもんとすぽんじでお茶碗を洗うと気持ちいいです。」
「温泉は硫黄泉じゃなくてアルカリ泉だから、あっちで洗ってもいいけど、持って行くの面倒でしょ。だったら、こっちの流しで洗える工夫をしてみました。」
「あらあら。私はそんなにものぐさではありませんよ、婿殿。」
「ままれもんとすぽんじの気持ち良さを、お母さんも味わえばいいです。」
「わかったわかった。ほれ。」
ママレモンとスポンジは浅葱の力で出せるので。
この3人はこの3人で、ある種のリズムが出てきた気がするなぁ。
★ ★ ★
「あ、美味しい。これ。」
「うん。これならご飯のおかずになりますね、婿殿。」
お手軽な試食会を開催です。
この時間は動物達は大抵寝ているのですけど、なんか最近は起きて活動しているとか。
やっぱり、しずさんが居て、畑仕事したり、庭を竹箒で掃いたりしてるからかな。
いつもはなかなか出てこない小動物ゾーンから離れて、うさぎもモルモットも走り回ったり、しずさんを追いかけ回したり、鶉とぽん子とちびが追いかけっこしたり、疲れるまで騒いでるそうだ。
人間はしずさん1人しかいないけど、賑やかに暮らせているみたいで、それはそれでホッとした。
玉もよく来ていて、寂しいとか暇とかは今んとこ無いみたい。
良かった良かった。
試食会なので、ここぞとばかりにサラダ菜を投入。草食さん大喜び。
雑食さん達には、小田原名物鈴◯の蒲鉾を。
あくまで試食だけね。
『美味しいよ。これ』』
『材料、お魚かなぁ』
『この菜葉美味しい』
『やばい。チモシーより美味い、コレ』
ふむ。
蒲鉾もサラダ菜も動物達に好評の様だ。
庭に出したテーブルには3人。
まぁ、これはこれで、ある種の家族団欒って事で。
僕らの周りには、ぽん子にちびにうさぎ大小・ミニ豚・モルモットが足元で寛いでいる。
玉お気に入りのモルちゃんは玉の膝でサラダ菜をぽりぽり食べちゃ、時々玉の顔を見上げて、玉の手をペロリと舐めて、またサラダ菜に取り掛かる。
取りゃしないから、ゆっくり食べなさい。
…呑気だ。平和だ。
「お母さん、もっと焼こう。」
「駄目ですよ。まだお昼には時間ありますから。」
わんわん
きゅーきゅー
ぶうぶう
動物達もおかわりを頼んでくる。
…なんだかなぁ。
庭に敷かれた芝生はしずさんと動物達が落ち葉を毎日丁寧に取り除いているけど、緋毛氈を取り出して、その上に寝転んだ。
荼枳尼天が保養地として自ら整備する聖域ほどでは無いにせよ、こちらの空間も気持ちいい。
最初は、風も吹かず、鳥の鳴き声もしない「凍った」空間だったのに、取り戻した土地神の力と女性陣の尽力で、今ではぶっちゃけ現実世界よりもう快適だろう。
緋毛氈に寝転がるのは、聖域でもしている僕のリラックスタイムだ。
「やれやれ。」
そんな僕のだらしがない姿を見て呆れる玉だけど、それでも僕のお腹に頭を乗せて寝転んで来た。
こっちなら、玉は僕に触れるから。
あ、私も
あ、僕も
反対側にはぽん子とちびが同じ格好をしてくる。
のはいいけど、動けないぞ。
「あらあら、婿殿はモテモテですね。」
しずさんがお茶を啜って揶揄ってくる。
これで「私も」とか来られたら困り果てたとこだけど、一応そこは娘婿に甘える事はせず、テーブルに両肘を立てて湯呑みを持って笑っている。
「婿殿は、部屋ではきちんと腰掛けているのに、荼枳尼天様の所といい、ここといい寝ますね。」
「気持ちいいじゃないですか。それにぽん子達も喜んでいるし。」
「玉も殿に甘えられて、満足ですよ。」
「…母親の前でそんな事を言われて、僕はどう返したらいいの?」
「出来れば、玉に対する本音を。」
「言う訳ないでしょ。」
「うふふ。」
………。
まぁ、平和だ。
「うわぁああああああ!」
平和だと思った直後に、直ぐそこで女性の悲鳴が響いて、……水音がなった。
しずさんちの軒先に吊るした時計を見ると、11時ちょい前。
変な時間だな。
殿、殿、殿、殿
殿、殿、殿、殿
あの人が降ってきた
池に落ちた
ばちゃばちゃしてる
うさぎも鶉もミニ豚も、みんなしてご注進に来ちゃった。
殿、卵生まれた!
1人おめでたを知らせに来た山鳥が、お腹にいるけど。
「おめでとう。母体は大丈夫かな?」
母卵共に健康です。
「そうですか。」
卵の健康って、わかるんだ。
殿。ご主人様が池に落ちてる。
頭だけ上げて様子を伺ったちびが、状態を教えてくれた。
聞いたことある声だから、わかってたけどね。
「やれやれですねぇ。」
そう言う玉も、僕から離れないんですけど。
みんなが僕を枕にしてるので、動けません。
「あらあら。」
しずさんが1人で様子を見に行ってくれました。
…湯呑みを持ったまま。
緊張感ないな、僕ら。
★ ★ ★
「……池なんか、あったっけ?」
全身ずぶ濡れの23歳OLが、両手で自分を抱きしめて震えながらやって来た。
まぁ、生簀の深さは青木さんでも腰下くらいまでしかないし、底も岩を敷いてあるから、溺れる心配はない。
ないから、僕も玉も、ぽん子もちびも寝転がったまんまな訳で。
「おととい、婿殿が作ってくれたんですよ。お社の境内にある池として。魚も獲り放題です。」
「気がつかなかったなぁ。」
「貴女は仔犬を慈しむ他は、畑に出てますからねぇ。」
「手を掛ければ野菜は美味しくなるし、花はプロが作った市販の花より綺麗に咲くって知っちゃったから。しかも、手を掛ければ掛けるほど、野菜も花も応えてくれるから。」
「生物ってそう言うものです。」
わんわん
ちびが面倒くさそうに主人に声をかける。
「ちびちゃんは、なんで助けに来てくれないの?って言うか、なんでみんなして寝てるの。」
わふわふ
わんわん
「殿と、主従の交わりでぇす。」
「動けない。」
とは言っても濡れてる女性をほっぽらかすわけにもいかない。
しずさんは青木さんを温泉に案内して、玉が着替えを取りに帰った。
「佳奈さんのお泊まりせっとが、玉の箪笥に入りっぱなしなので。」
「引越して来たのに、持って帰ってないんだ。」
「玉が洗濯して乾燥機にかけてるので、結局玉の箪笥に入れ替わります。」
……やっぱり彼女は、うっかりさんと言うか残念さんだ。
濡れた下着は玉が持ち帰り、部屋の洗濯機に放り込んで来た。
これでまた、代わりの下着が我が家から離れないのか?
浅葱屋敷の箪笥を漁ったら、新品の野良着が出て来たので、着替えとして籠に入れて貰おう。
割とちゃんとした着物もゴロゴロ出て来たけど、着物出されても困るだろう。
因みに着付けは、僕も玉もしずさんも青木さんも、みんな出来る。
現代社会では役に立つかわからないけど、何げに僕らは高スキル揃いだったりする。
さてと。
玉は自宅で洗濯をしてる。
青木さんは温泉から出てこない。
しずさんは、青木さんのスーツを、皺が寄らない様に伸ばして干している。
僕だけ何もしてない。
ってわけにもいかないし、お昼の準備でもしようかな。
魚肉ソーセージならぬ魚肉ハンバーグで。
1.魚肉ハンバーグを厚さ5ミリ幅に切る
2.カレー粉と小麦粉をハンバーグの両面につける
3.中火で炒める
4.マヨネーズを添えて
魚肉ハンバーグのカレー風、完成。
ご飯はしずさんがいつも使っているお釜ではなく土鍋で炊こう。
これは前にキャンプに行った時に、一度経験してるから、おこげの作り方も完璧に行ける。
シーチキンの缶詰を開けて、新キャベツの柔らかい葉の上に、とうもろこしと刻み蒲鉾と一緒に乗せて、胡麻ドレッシングをかければ、お手軽(手抜き)シーフードサラダの出来上がり。
「婿殿。婿殿。玉に負けない糠漬けを作りましたよ。乾燥椎茸と大根の葉っぱです。」
「むむ。玉のは王道の茄子と人参です。」
「母の味を思い知りなさいな。」
「玉の味を思い知り…知ってますね。」
「まぁ、玉のお漬物は毎食食べてるからね。」
メニューがパン食でも。
「………お風呂から上がってみたら、なんで3人でご飯作ってるの。私も混ぜてください。」
だから髪を濡らしたまま、温泉から走って来なさんな。
風邪引くぞ。
…………
「雪、か。」
「そ。朝から降ってた雨が急に雪になっちゃった。天気予報でも今夜半からって言ってたけど、半日早まっちゃったみたい。年明けでまだ仕事が薄かったし、会社が女子社員を特別早退させてくれたんだけど、京成が止まってたから跳ねて来たの。」
ふぅん。
京成が止まるってのは、あまり聞かないな。
「雪ですか?」
「ん?お母さん、雪見たい?」
「そうね。雪が降ったのは見てましたけど、この身体で触れれるのは何年ぶりかしらね。」
何年というか、多分1,200年ぶり。
しずさん自体は時々市川の僕の部屋に来てたし、玉が雪や台風を窓から眺めていた時にもいたんだろう。
「ご飯食べ終わったら行きますか?」
「あぁいや。私はあまりそちらに行かない方がいいでしょう。あくまでも玉とは別居している母親という設定なのでしょう。」
「なら、夜に来ませんか。防火壁の内側なら、庭に出てもお隣さん(菅原さん)に見られないでしょうし。」
多分、雨戸も閉めているだろうし。
「うふふ。私は優しい婿殿を持って幸せですよ。」
まぁ一応、僕の義母さんらしいし。
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