ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

生簀

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イメージ、イメージ、イメージ。

今まで、池は2つ作った。
1つは聖域の、よくある日本庭園をモデルにした瓢箪池。
もう1つは、ここの畑の水源とする為のぐるぐる円形池。
どちらも今では、水棲生物が盛んに出入りして、ビオトープの様相を呈している。
だったら、この屋敷に足りない芸術性(かなぁ)を重視して、人が住みやすい場所として整備すべきか。

ふむ。
ならば瓢箪池に太鼓橋を架けるか。
聖域の橋も、畑の橋も、石盤を1枚渡しただけの、装飾性もカケラもない物だから、意匠に少し凝ろうか。

だったら。
排水を考えて、梅林の側に作ろうと思ったけど、一言主の社の前に作ろう。
参道みたいになって厳かっぽくなる。
もはや、浅葱の庭なんだか、仲良し動物ランドなのか、境内なのか。
自分でもよく分からない有り様だけど。

あ、モルモット達ミニミニ動物が落ちない様にしないとな。

では行くぞ。
イメージ、イメージ、イメージ。

『殿がまた何か始めたよ。お姉ちゃん』
『気にしない方がいいわよ』

2人(2匹)して酷い事言うなぁ。
別にまぁそこまで集中する必要も無いか。
一度作ってるしね。
生簀という事で、聖域の池より2回りくらい大きく、地面をボコんと凹ませる。
よしよし。空いた空いた。
ここの土地モデルは九州なので、地中からは安山岩がいくらでも取れる。
阿蘇山の噴火で出来た岩だ。
その安山岩で池の底と側面に蓋をする。
そしたら、聖域の川からバイパスでこちらの池に水を引く。
穴を大きめに開ける。
ほら、出来た。

イワナやヤマメが、鰻が、虹鱒が。
どんどん入ってきちゃ、ある者は池を周遊し、ある者は排水口から聖域に戻っていく。

「網。」

網は子供の頃のザリガニ取りから、近年の渓流釣りのタモ網まで、色々使ってきたので浅葱の力でよりどりみどりだ。

『お魚』
『お魚』

あぁコラコラ。
君達は後でしずさんに、焼き魚でも煮物でも作って貰いなさい。

『はぁい』
『はぁい』

…………

「婿殿。暖簾をかける竹竿下さいな。…何してるんですか?」
「よいっと。」
池から網を上げると、あれ?鮎?
鮎なんかいたっけ?
「…池なんか作ってどうするんですか?」
「ご飯のおかずですよ。野菜だけじゃ味気ないでしょ。玉も今頃、冷蔵庫を開けて今晩の献立を考え込んでるでしょうから。魚料理なら僕も多少は知っていますし、帰ったら玉に献立を調べさせます。明日にでも、お2人で作ってみては如何でしょうか。」

もう一本、網を出す。
網の竿を竹竿に流用します。

「婿殿。小さな仔が落ちない様に、柵か何か作ってくれませんか?」
「はいはい。」
「はいは1回ですよ。」
「…はい。」

僕から竹竿を受け取ると、暖簾を通しながら、しずさんは温泉に向かって行った。
その後を、ぽん子とちびが追いかけて行く。
やれやれ。

とりあえず、イワナをもう2匹捕まえると、魚籠に入れて、家の入り口に置いておく。

「さて。」

首をコキコキ鳴らしながら、柵をどうするか考える。

落ちるとしたら、鶉・ミニ豚・ミニうさぎ・モルモットってとこか。
僕の力で出せるものは、と。
ブロック?
板?
畳?
石板?

あ、土嚢袋があったじゃん。
実家の倉庫に、お袋が買った奴が詰め込まれていたな。
早速、土嚢袋(なんと中身入)を取り出して、池の周りにぐるりと、トーチカみたいに渡してっと。
ふむ。このくらいの高さなら、和服でも着てない限りは、女性でも問題なく跨げるだろう。
それでも一応、入り口用に一部を低くしておくか。
うんうん。出来上がり。
白い土嚢袋丸出しだと興が削がれるので、土を盛って。あと芝生…芝生…芝生は出せないか。
足元に幾らでも生えているんだけどな。

とりあえず、聖域に片腕だけ突っ込んで、一輪草を何本か採取して植え替えた。
この一輪草は、玉の思い出の野草。
前に自分の時代に戻った時に、大切に持ち帰って、市川の庭で育てだした小さな白い花。
まぁ、僕のせいで、聖域では土が見えない程白く咲き誇っている。

玉の思い出だから、しずさんの琴線に欠片でも触れてくれれば、それで良し。

★  ★  ★

「それじゃ、帰りますよ。また明日の朝…というか、ここ日が暮れないから、時計出しときますね。大体、6時くらいになったら来ます。」
電池式のデジタル置き時計と、壁掛け時計を出しておく。

ぽん子とちびに、じゃがいもを蒸しているしずさんに声をかけて帰る事にしよう。ぽん子とちびは、食べ過ぎない様にな。
『わかったぁ』
『わかったぁ』

捕まえた魚は、既に七輪で網焼きにされていた。
塩と醤油が並べられているよ。
美味そうだな。
「ね、婿殿?」
「なんですか?」
抱っこをせびる2匹を交代交代で抱き上げていると、しずさんが結構本質に関わる質問を投げかけて来た。

「前と違って、外とここ、時の流れが連動してませんか?」

………….

そうなんだよね。
前は、水晶の中で幾ら過ごしても、外に出ると時間が経過していなかった。
青木さんなんか、リアルタイムで歳を取る心配をしていて、極力居る時間を取らない様にしていた程だ。

「私の身体が帰って来てからですかね。玉や婿殿のお話を聞いていると、どうもご飯を食べる時間が一緒の様な気がします。」
「その認識は正しいですよ。」
抱くのが面倒くさくなって、僕は芝生に胡座をかいた。
ぽん子は胡座の中に、ちびは僕の背中にぴょんと飛び付いてくる。
仔犬おんぶは、結構バランスを取る事が難しいぞ。

「幾つかのきっかけはあると思いますが、この空間と僕との縁が強化された事。この水晶を加護していた土地神が、その能力を全て解放出来た事、そして。」
あぁ、まだあまり言いたくないんだよなぁ。僕が覚悟出来ていない。

「僕と玉の縁が深まったせいだと思います。ここは僕と玉としずさんの為の空間なんです。だから、僕と玉としずさんの時間経過が同調していく事で、3人の間に生じる矛盾が減る。そして。」

あぁ、言いたくないなぁ。

「前にしずさんは、浅葱屋敷を玉の婚家って言いましたよね。いつか多分、そうなるんだと思いますよ。ここでしたら、僕と玉は普通に夫婦生活が送れます。」
「………」
「外の世界には、今なお僕と結ばれた縁は増え続けています。僕は現代の人間ですから、平安・鎌倉時代の玉との生活が主とはならないでしょう。それでも玉が僕を選ぶならば、僕はここを居場所の“1つ“にすると思います。」
「外の世界では、あの青木さんを伴侶に迎えると?」
「わかりません。」

お父さんの青木登さんだけでなく、菅原さんや市川動物園の飼育員さんの顔も浮かぶ。
知らないうちに、ほんの数ヶ月で、初めて住んだ市川という地で、僕は沢山の縁を紡いできたから。

ただ今は、玉との縁は確かな物になったんだなぁと、思う。

「いずれ、この世界に夜が来たり、季節が巡る事になるかもしれません。それは、しずさんがここに住むと決めたから。玉が僕の隣に居たいと言ってくれたから。どんな風に変わって行くのか、僕にもわかりません。でも。」

ぽん子は寝ちゃったぞ。
ほら帰るよ。
起きなさい。
「あまり無責任な事はしたくないですね。」

くすっ。
黙って僕の話を聞いていたしずさんが口元を押さえて笑った。
「婿殿は正直ですね。あまり、ですか。婿殿の力を持ってすれば、玉の妾に囲うくらい簡単でしょ。」
「……僕はそんなに器がありませんから。もしかしたら、玉を本妻にして、ここから外に出ないって選択肢を選ぶかも知れないし。」

まぁ妹の事もあるし、石工さんの件もあるし。頑張るつもりだけど。

「でしたら、婿殿に1つお願いがあります。」
「なんですか?」
「暇つぶしの材料が欲しいの。」
「はい?」

★  ★  ★

「暇つぶし、ですか?」
玉が作った今日の晩御飯は、なんとおでん。
何処で知ったんだろう。
「私わたし。なんかおでん食べたいなぁって言ったら玉ちゃんが調べて作ってくれたの。」
「でも具材は佳奈さんが買って来てくれたんですよ。玉だと知らない食材ばかりなのです。殿が居ないとどうしようもないし。」  
「うふふ、なんかね。久しぶりに玉ちゃんの上に立てた気がして楽しかった。はいはい、そこから先は言わないの!私だって自分の小ささを自覚してるから。」
僕は何も言って無いよ。

………

「前はね。しずさんから時間という概念が消えていたそうだ。だから、退屈に思う時間は殆ど無かった。玉と違って実体の無い精神体みたいなものだったから、と本人は推測している。」
「玉は身体があったから、色々考え無いとならない時間があったという事ですね。」 
「で、玉には1,000年以上祠に閉じ込められていた感覚はあったのかな?」
「それは……よくわかりません。」
「青木さんはどうなの?」
「へ?私?」
ウインナー巻きのウインナーを裸にすることに夢中になってる23歳OLに声をかけた。
…かけない方が良かったかもしれない。
その、にへらって表情を崩してた姿を見ると。

「私は4年閉じ込められていたけど、4年の意識なんかなかったよ。せいぜい数時間ってとこ。だって私、菊地さん達に助けられた時、別に成長も老化も、身体の変化は何もなかったもん。」
そうなんだよね。
あの時、青木さんは元の時間帯に戻りたいと訴えたけど、元の時間に戻っても普通に「続き」が出来ると「知って」いた。
玉にしても、千ウン十歳のお婆さんではなく、13~4歳の少女として僕の前に現れた。
うちに来て、栄養状態が良くなったからとかで、背が少し伸びたらしいけど、外見は普通の少女だ。

今のしずさんは、24時間をリアルに24時間として認識している事。
今でこそ、ぽん子やちびや、他の動物達の世話や、畑仕事、巫女仕事、家事とやる事が満載だけど。


しずさんはひとりぼっちだから。


「話し相手が居ないって言うのは、やっぱり辛いよ。毎日僕らが行くにしても、1人の無為な時間って言うのは、これからどんどん増えていく。しずさんはそこまで見越して暇つぶしの仕方を知りたがっている。多分、彼女の人生で1人という時間は初めてかもしれない。」

そう。
新しい生活が始まった。
この3人には、新しい生活が始まったんだ。
そこで起こる問題を、僕だけでなく、玉も青木さんも、自分で考えて解決させないとならないフェーズに入ったんだ。
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