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第一章 開店
お母さんお母さんお母さん
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「………。」
「………。」
テンくん達、こっちおいで。
たぬきちも逃げる準備はしておいてね。
「お、お、お…。」
「はい。」
「お母さん…。」
「そうですよ。」
今だ!
テンの子供達は素早く僕の膝に逃げて、たぬきちはしずさんの腕の中から、するりと抜ける。
まさにその瞬間、玉がしずさんの胸の中に飛び込んだ。
「お母さんお母さんお母さんお母さん。」
「はい。お母さんですよ。」
「触れる。声が聞こえる。あったかい。お母さんだ。お母さんだ。玉のお母さんだ。」
「はい。」
「お母さん!」
そう絶叫すると、玉は大声で泣き始めた。
ずっと待っていた。お母さん。
ずっと探していた。お母さん。
姿が見えても、近寄れ無かった。
姿が見えても、声が聞こえなかった。
でも、でも今は。
声が聞こえる。
玉は忘れませんでした。
玉はお母さんの声を、ずっとずっと。
ある日、家からお母さんが居なくなって。
毎日、日が暮れるまでお母さんを探して。
毎日、あの岩にキツネを掘って、お母さんと逢える事を祈願して。
ふと、気がついたら、お社に閉じ込められられてました。
どこか岩に囲まれた所に、玉とお社は閉じ込められました。
それから何をしたでしょうか。
出口も探しました。でも有りません。
お社の中を覗きました。何も有りません。
境内を歩きました。
大して広くない境内には、狛犬がありませんでした。
ううん。
石造りの御狐様なら、境内の隅にありました。
でも、玉の力では、御狐様の像を持ち上げる事も、動かす事も出来ませんでした。
他に玉に出来る事、何かないかな。
そうだ。
草むしりをしよう。
少しだけど、雑草が生えてるから。
お腹は減りません。
喉も乾きません。
雨も降らないので、境内の隅っこで横になって寝ます。
起きます。
何も変化はありません。
あ、雑草がまた生えてます。
抜かないと。
抜かないと。
抜かないと。
抜く雑草がなくなってしまいました。
でも大丈夫。
もう一回寝れば、また生えてます。
寝なきゃ。
抜かなきゃ。
寝なきゃ
抜かなきゃ
寝なき
抜かな
寝な
抜か
寝
抜
ね
ぬ
…
…
…
…
…
…
毎日寝て。
毎日起きて。
草をむしります。
今日も草をむしります。
あ、お社が傾いてます。
どうしよう。
直したいけど、板がありません。
そもそも、玉には直せません。
でも。
どうしよう。
でも。
どうしよう。
寝て、起きて、寝て、起きて、寝て…
屋根が落ちて、その破片やゴミがお社を汚してました。
玉は神様に謝りました。
ごめんなさい。
玉にはどうすることも出来ません。
玉がお社に上がる事は殆ど無いのですが、この時は上がって掃除しました。
箒が無いので、玉の手で埃をかき出しました。
その他に、玉に出来る事が思いつかなかったのです。
そんな日々を送っていたある時、知らない男の人が立っていました。
男の人は不思議そうに境内を見渡します。
そして、あの御狐様の像を見つけました。
玉は思わず叫びました。
御狐様を台に上げて下さい。
玉の声が聞こえたみたいです。
その男の人は、おっかなびっくり、でも慎重に、玉には動かす事の出来ない石像を台座に上げてくれました。
御狐様の像を上げてくれた優しい男の人こそ、殿です。
殿は私を助けてくれました。
傾いたお社を直してくれました。
神様を呼んで来てくれました。
そして。
殿は温もりの塊のような人です。
玉は殿が大好きになりました。
殿は教えてくれました。
お父さんは亡くなられているけど、お母さんは生きてるよ。
殿は玉に嘘は言いません。
殿は本当にお母さんに逢わせてくれました。
もっとお母さんと一緒に居たいなら、巫女修行を頑張りなさい。
殿の言葉を信じて、今日も玉は祝詞を詠みます。
荼枳尼天様のお社だけでなく、土地神様のお社も殿は作ってくれました。
だから、玉は毎日2回、祝詞を詠みます。
そうすれば、いつかお母さんに逢えるから。
そう。
いつか。
★ ★ ★
「寝ちゃったか。」
「泣き疲れて寝ちゃうとか、玉はまだまだ子供ですね。」
緋毛氈の上。
緋傘の下。
いつも、毎朝、みんなでお茶会(人間3人に狸に梟に貂がみんなの内訳)する川沿いの休息ポイント。
ここを作ったせいで、茶店の方は干し柿や干し芋を作る作業場になってたりする。
雨が降らず日も暮れないからこそ出来る、露天の、そして荼枳尼天主従も時々降臨する、みんなの場所。
しずさんの膝枕で玉は目の周りに涙を残したまま、寝てしまった。
玉に頭をつけるようにして、たぬきちもテンくん達も昼寝に入っている。
「さっきまで戦場にいましたからね。気疲れもあるんでしょう。」
「さっきも、そしていつも。婿殿は玉を護ってくれます。母親として御礼を言わせてもらいますよ。」
「まぁ、家族だし庇護者だからね。」
正直なところ、玉の心にどれだけ負担をかけているのか、心配なんだよ。
玉は弱音を吐かない。
愚痴を言わない娘だから。
「ところで、しずさん。僕は玉と同じで、貴女にも触れられないようですが。実体化と言う判断で良いのですか?」
「はい。私は今、何処からも何の力の支持を得ずとも、肉体を持っています。」
「わからない。何がどうなってこうなったんだろう。」
「私は以前、婿殿にこう言いました。」
娘の髪を撫でながら、娘の寝顔を覗き込みながら、しずさんは静かに語り出した。
「私が身体を取り戻すには2つの方法がありますと。1つは玉の巫女修行。玉と荼枳尼天様のご縁を深める事で、荼枳尼天様のご加護に縋ろうと言う事です。」
子供達が帰って来ないので様子を見に来た母テンが、僕らの姿を見て僕の膝の上で丸まって寝てしまった。
なんだかなぁ。我が家。
「その時、私はもう一つ手っ取り早い方法があるけど、それは置いておくと言ったと思います。その方法とは、婿殿と玉が契りを交わす事です。」
まぁ、そんな事だろうとは思ったけどさ。
「玉のお腹に稚児が出来れば、例え流れても、育たなくても、婿殿と玉の縁(えにし)は強固に確定します。その結果、婿殿の力を借りて、玉の存在は確定して、同時に私の存在も確定するのです。」
「あのねぇ。」
「わかっておりますよ。婿殿が玉を無碍に扱う事は無いし、いずれそうなってくれたら嬉しいなって、自分勝手な母の希望です。ですから口にしませんでした。」
そんなに深く考えてないんだけどな。
玉を助けて、玉と暮らし始めて、せいぜい3ヶ月だ。
玉はいい子だけど、今すぐエッチな事しなさいって言われて、はいそうですか、とはならないよ。
歳も離れているし。
色々、条件を整える必要があるし。
「ところが婿殿は、私も荼枳尼天様も、考えもしていなかった、第3の方法を見つけ出してしまったんです。私の亡き夫と、行秀様の血筋と、荼枳尼天様を正式に縁付けるという。行秀様自身は、荼枳尼天様を勧請される前に亡くなられたそうですね。」
「別にねぇ。僕はただ、治承4年と言うキーワードに引き回されただけですよ。想定していたのは、源頼朝に直接会う事だったし。」
「そこで、新しい縁(えにし)を作るのが婿殿なんですよ。それは荼枳尼天様のご加護か、一言主様のご加護か、婿殿自身の浅葱の力なのか。私は、どれでもない、婿殿の力だと思います。」
「買い被りすぎですよ。」
はっきり言って、僕はそこまで深く考えてないもん。
「買い被りだろうが、なんだろうが、私と玉は貴方に救われたんですよ。荼枳尼天様は私達親娘を救ってくれた婿殿を信じないでどうすると仰りました。そしてもう一つ。」
もう一つ?まだあんの?
「玉が女になったんです。」
「手は付けてませんよ。」
「ヘタレ婿。」
「うるさい。」
「玉があそこまで、はっきり自己主張して、婿殿に物を申した事は初めてだと思います。」
「あぁ、まぁ、確かに。」
玉はいつも、遠慮がちの女の子だし。
「あれはね。婿殿に対する遠慮を捨てたって事です。玉はやっと、婿殿の家族になる事を心の底から決心出来たって事です。もう、玉は婿殿の居候ではなく家族なんです。それはね。玉にとっては貴方の子を宿したと同じ事になったんです。口だけでなく、貴方を大切な人に昇華させたんです。玉は。」
話を終わらせるつもりなんだろう。
しずさんは、玉を揺り起こし始めた。
「婿殿。貴方は、私達にそれだけ信頼心を植え付けました。」
「むにゃ。お母さん?」
「うふふ。責任とって下さいね。」
★ ★ ★
ええと。
性質は玉と同じ。
水晶には自分の力で出入り出来ない。
以前は主に、玉の巫女装束を依代にして、市川の部屋にも、聖域にも、浅葱の屋敷にも行く事が出来たけど、肉体を取り返したら、聖域からも出られない。
とさ。
「どうします?」
「婿殿の部屋で、玉の邪魔はしたくありませんし、ここではお布団がありません。出来れば、私達の家に連れて行って頂けると。」
「いつの?」
「今の。ならば、玉は毎日いつでも来れるでしょ。」
「お母さん。」
「だから、あっちにいる動物達を紹介して下さいね。」
と言う事で、玉が僕の袖を掴み、しずさんが玉の袖を掴んで、聖域から浅葱屋敷に移動。
………,
ペタペタ
「………。」
ペタペタ
「…あのぅ。」
しずさんに、顔をペタペタ触られているんだけど?
「うん。やっぱり、婿殿に触れますね。」
「お母さん、殿はあげないよ。」
「取りはしませんよ。」
どうやら、いつも手を繋いでくる玉と同じく、こちらでは僕に触れる事を確認しただけらしい。
長屋門からのんびり歩いて行くと、玉砂利をチャカチャカ走る足音がして、ぽん子がやって来た。
うん、昼だからね。
大体みんな寝てるけど、ぽん子はいつも迎えに来てくれる、る。る?
「わふ?」
「あら、ぽん子さん。」
「わん」
『どうして身体があるの?』
僕の顔を見て質問してくる。
あれま、紹介する必要無いじゃん。
「しずさん。ぽん子はしずさんの事、知ってますよ。」
「あらあら。」
「わん」
『こんにちは、お母さん』
ぽん子は僕や玉と同じ様に、しずさんの胸に飛び込んで、頭を擦り付け始めた。
はい。しずさんもぽん子のマーキング対象です。
「わんわん」
もう一匹。わんわん鳴く小さいのが走って来た。ちびだ。
「わぁ、ちびちゃん!」
こちらは泣いたばかりの玉さんがしゃがんで迎えます。
ハクセキレイや山鳥は、昼寝はしてないので。
こんにちは
こんにちは
赤ちゃん大きくなったの
もうすぐ巣立ち
うちは卵が生まれました。
だからごめんなさい。私は直ぐ帰ります。
みんな挨拶に来てくれます。
朝以外に行くと、毎日こんな光景が広がります。
で、多分、この中にしずさんが混じるんだろうなあ。
「お早う御座います。婿殿。」
とか言われながら。
たぬき塗れ、シェルティ塗れになった親娘は、1,200年ぶりに、自宅に帰って行った。
さて、親娘水入らずにして、僕はしばらく席を外しますかね。
「………。」
テンくん達、こっちおいで。
たぬきちも逃げる準備はしておいてね。
「お、お、お…。」
「はい。」
「お母さん…。」
「そうですよ。」
今だ!
テンの子供達は素早く僕の膝に逃げて、たぬきちはしずさんの腕の中から、するりと抜ける。
まさにその瞬間、玉がしずさんの胸の中に飛び込んだ。
「お母さんお母さんお母さんお母さん。」
「はい。お母さんですよ。」
「触れる。声が聞こえる。あったかい。お母さんだ。お母さんだ。玉のお母さんだ。」
「はい。」
「お母さん!」
そう絶叫すると、玉は大声で泣き始めた。
ずっと待っていた。お母さん。
ずっと探していた。お母さん。
姿が見えても、近寄れ無かった。
姿が見えても、声が聞こえなかった。
でも、でも今は。
声が聞こえる。
玉は忘れませんでした。
玉はお母さんの声を、ずっとずっと。
ある日、家からお母さんが居なくなって。
毎日、日が暮れるまでお母さんを探して。
毎日、あの岩にキツネを掘って、お母さんと逢える事を祈願して。
ふと、気がついたら、お社に閉じ込められられてました。
どこか岩に囲まれた所に、玉とお社は閉じ込められました。
それから何をしたでしょうか。
出口も探しました。でも有りません。
お社の中を覗きました。何も有りません。
境内を歩きました。
大して広くない境内には、狛犬がありませんでした。
ううん。
石造りの御狐様なら、境内の隅にありました。
でも、玉の力では、御狐様の像を持ち上げる事も、動かす事も出来ませんでした。
他に玉に出来る事、何かないかな。
そうだ。
草むしりをしよう。
少しだけど、雑草が生えてるから。
お腹は減りません。
喉も乾きません。
雨も降らないので、境内の隅っこで横になって寝ます。
起きます。
何も変化はありません。
あ、雑草がまた生えてます。
抜かないと。
抜かないと。
抜かないと。
抜く雑草がなくなってしまいました。
でも大丈夫。
もう一回寝れば、また生えてます。
寝なきゃ。
抜かなきゃ。
寝なきゃ
抜かなきゃ
寝なき
抜かな
寝な
抜か
寝
抜
ね
ぬ
…
…
…
…
…
…
毎日寝て。
毎日起きて。
草をむしります。
今日も草をむしります。
あ、お社が傾いてます。
どうしよう。
直したいけど、板がありません。
そもそも、玉には直せません。
でも。
どうしよう。
でも。
どうしよう。
寝て、起きて、寝て、起きて、寝て…
屋根が落ちて、その破片やゴミがお社を汚してました。
玉は神様に謝りました。
ごめんなさい。
玉にはどうすることも出来ません。
玉がお社に上がる事は殆ど無いのですが、この時は上がって掃除しました。
箒が無いので、玉の手で埃をかき出しました。
その他に、玉に出来る事が思いつかなかったのです。
そんな日々を送っていたある時、知らない男の人が立っていました。
男の人は不思議そうに境内を見渡します。
そして、あの御狐様の像を見つけました。
玉は思わず叫びました。
御狐様を台に上げて下さい。
玉の声が聞こえたみたいです。
その男の人は、おっかなびっくり、でも慎重に、玉には動かす事の出来ない石像を台座に上げてくれました。
御狐様の像を上げてくれた優しい男の人こそ、殿です。
殿は私を助けてくれました。
傾いたお社を直してくれました。
神様を呼んで来てくれました。
そして。
殿は温もりの塊のような人です。
玉は殿が大好きになりました。
殿は教えてくれました。
お父さんは亡くなられているけど、お母さんは生きてるよ。
殿は玉に嘘は言いません。
殿は本当にお母さんに逢わせてくれました。
もっとお母さんと一緒に居たいなら、巫女修行を頑張りなさい。
殿の言葉を信じて、今日も玉は祝詞を詠みます。
荼枳尼天様のお社だけでなく、土地神様のお社も殿は作ってくれました。
だから、玉は毎日2回、祝詞を詠みます。
そうすれば、いつかお母さんに逢えるから。
そう。
いつか。
★ ★ ★
「寝ちゃったか。」
「泣き疲れて寝ちゃうとか、玉はまだまだ子供ですね。」
緋毛氈の上。
緋傘の下。
いつも、毎朝、みんなでお茶会(人間3人に狸に梟に貂がみんなの内訳)する川沿いの休息ポイント。
ここを作ったせいで、茶店の方は干し柿や干し芋を作る作業場になってたりする。
雨が降らず日も暮れないからこそ出来る、露天の、そして荼枳尼天主従も時々降臨する、みんなの場所。
しずさんの膝枕で玉は目の周りに涙を残したまま、寝てしまった。
玉に頭をつけるようにして、たぬきちもテンくん達も昼寝に入っている。
「さっきまで戦場にいましたからね。気疲れもあるんでしょう。」
「さっきも、そしていつも。婿殿は玉を護ってくれます。母親として御礼を言わせてもらいますよ。」
「まぁ、家族だし庇護者だからね。」
正直なところ、玉の心にどれだけ負担をかけているのか、心配なんだよ。
玉は弱音を吐かない。
愚痴を言わない娘だから。
「ところで、しずさん。僕は玉と同じで、貴女にも触れられないようですが。実体化と言う判断で良いのですか?」
「はい。私は今、何処からも何の力の支持を得ずとも、肉体を持っています。」
「わからない。何がどうなってこうなったんだろう。」
「私は以前、婿殿にこう言いました。」
娘の髪を撫でながら、娘の寝顔を覗き込みながら、しずさんは静かに語り出した。
「私が身体を取り戻すには2つの方法がありますと。1つは玉の巫女修行。玉と荼枳尼天様のご縁を深める事で、荼枳尼天様のご加護に縋ろうと言う事です。」
子供達が帰って来ないので様子を見に来た母テンが、僕らの姿を見て僕の膝の上で丸まって寝てしまった。
なんだかなぁ。我が家。
「その時、私はもう一つ手っ取り早い方法があるけど、それは置いておくと言ったと思います。その方法とは、婿殿と玉が契りを交わす事です。」
まぁ、そんな事だろうとは思ったけどさ。
「玉のお腹に稚児が出来れば、例え流れても、育たなくても、婿殿と玉の縁(えにし)は強固に確定します。その結果、婿殿の力を借りて、玉の存在は確定して、同時に私の存在も確定するのです。」
「あのねぇ。」
「わかっておりますよ。婿殿が玉を無碍に扱う事は無いし、いずれそうなってくれたら嬉しいなって、自分勝手な母の希望です。ですから口にしませんでした。」
そんなに深く考えてないんだけどな。
玉を助けて、玉と暮らし始めて、せいぜい3ヶ月だ。
玉はいい子だけど、今すぐエッチな事しなさいって言われて、はいそうですか、とはならないよ。
歳も離れているし。
色々、条件を整える必要があるし。
「ところが婿殿は、私も荼枳尼天様も、考えもしていなかった、第3の方法を見つけ出してしまったんです。私の亡き夫と、行秀様の血筋と、荼枳尼天様を正式に縁付けるという。行秀様自身は、荼枳尼天様を勧請される前に亡くなられたそうですね。」
「別にねぇ。僕はただ、治承4年と言うキーワードに引き回されただけですよ。想定していたのは、源頼朝に直接会う事だったし。」
「そこで、新しい縁(えにし)を作るのが婿殿なんですよ。それは荼枳尼天様のご加護か、一言主様のご加護か、婿殿自身の浅葱の力なのか。私は、どれでもない、婿殿の力だと思います。」
「買い被りすぎですよ。」
はっきり言って、僕はそこまで深く考えてないもん。
「買い被りだろうが、なんだろうが、私と玉は貴方に救われたんですよ。荼枳尼天様は私達親娘を救ってくれた婿殿を信じないでどうすると仰りました。そしてもう一つ。」
もう一つ?まだあんの?
「玉が女になったんです。」
「手は付けてませんよ。」
「ヘタレ婿。」
「うるさい。」
「玉があそこまで、はっきり自己主張して、婿殿に物を申した事は初めてだと思います。」
「あぁ、まぁ、確かに。」
玉はいつも、遠慮がちの女の子だし。
「あれはね。婿殿に対する遠慮を捨てたって事です。玉はやっと、婿殿の家族になる事を心の底から決心出来たって事です。もう、玉は婿殿の居候ではなく家族なんです。それはね。玉にとっては貴方の子を宿したと同じ事になったんです。口だけでなく、貴方を大切な人に昇華させたんです。玉は。」
話を終わらせるつもりなんだろう。
しずさんは、玉を揺り起こし始めた。
「婿殿。貴方は、私達にそれだけ信頼心を植え付けました。」
「むにゃ。お母さん?」
「うふふ。責任とって下さいね。」
★ ★ ★
ええと。
性質は玉と同じ。
水晶には自分の力で出入り出来ない。
以前は主に、玉の巫女装束を依代にして、市川の部屋にも、聖域にも、浅葱の屋敷にも行く事が出来たけど、肉体を取り返したら、聖域からも出られない。
とさ。
「どうします?」
「婿殿の部屋で、玉の邪魔はしたくありませんし、ここではお布団がありません。出来れば、私達の家に連れて行って頂けると。」
「いつの?」
「今の。ならば、玉は毎日いつでも来れるでしょ。」
「お母さん。」
「だから、あっちにいる動物達を紹介して下さいね。」
と言う事で、玉が僕の袖を掴み、しずさんが玉の袖を掴んで、聖域から浅葱屋敷に移動。
………,
ペタペタ
「………。」
ペタペタ
「…あのぅ。」
しずさんに、顔をペタペタ触られているんだけど?
「うん。やっぱり、婿殿に触れますね。」
「お母さん、殿はあげないよ。」
「取りはしませんよ。」
どうやら、いつも手を繋いでくる玉と同じく、こちらでは僕に触れる事を確認しただけらしい。
長屋門からのんびり歩いて行くと、玉砂利をチャカチャカ走る足音がして、ぽん子がやって来た。
うん、昼だからね。
大体みんな寝てるけど、ぽん子はいつも迎えに来てくれる、る。る?
「わふ?」
「あら、ぽん子さん。」
「わん」
『どうして身体があるの?』
僕の顔を見て質問してくる。
あれま、紹介する必要無いじゃん。
「しずさん。ぽん子はしずさんの事、知ってますよ。」
「あらあら。」
「わん」
『こんにちは、お母さん』
ぽん子は僕や玉と同じ様に、しずさんの胸に飛び込んで、頭を擦り付け始めた。
はい。しずさんもぽん子のマーキング対象です。
「わんわん」
もう一匹。わんわん鳴く小さいのが走って来た。ちびだ。
「わぁ、ちびちゃん!」
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こんにちは
こんにちは
赤ちゃん大きくなったの
もうすぐ巣立ち
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だからごめんなさい。私は直ぐ帰ります。
みんな挨拶に来てくれます。
朝以外に行くと、毎日こんな光景が広がります。
で、多分、この中にしずさんが混じるんだろうなあ。
「お早う御座います。婿殿。」
とか言われながら。
たぬき塗れ、シェルティ塗れになった親娘は、1,200年ぶりに、自宅に帰って行った。
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