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第一章 開店
そう言う事かよ2
しおりを挟む「……お父さん……。」
玉の口から、小さな声が漏れる。
『くにゃ』
「大丈夫ですよ。」
心配した御狐様が首を回して玉の顔を見るが、玉は気丈に御狐様の頭を撫でる。
御狐様の鳴き声は玉には聞こえていないと思うけれど、水晶の動物達と意思疎通が出来る玉なので、その能力は御狐様にも通用したのだろう。
「拾い子?」
「数年前に落武者狩をしていた時に、両親の死骸を守っていたところを拾いました。まだ子供でしたが、泣かずに目を光らせていたので。かと言って殺気を漏らす訳でなく。親を弔う事を条件に引き取りました。当年12歳になり、元服も先ですが、賢く力のある子供なので、某の屋敷で育てております。」
ふむ。
この時代、というか昭和の戦後になるまで、男手は働き手として重宝されて来た。
それが賢く力持ちであれば、使い勝手も良かろう。
将来の人材として「使える」と判断されるのならば、それは無駄飯を食べさせる理由にはなる。
「その子は戦力になるのか?」
「難しいところです。うちのものが読み書きを教えたところ、うちの子達よりも早く覚えました。頭の良い子ではありますが、不器用です。力はあっても刀の素振りは落ち着かないし、弓も下手くそです。ただ、捨て置くには惜しい。そう思い、某の判断で飯を食わせております。」
『くにゃ』
ふむふむ。荼枳尼天の判断はそうか。
『くにゃ』
わかった。わかったよ。
僕は再び刀を空高く掲げた。
★ ★ ★
空からは幾つか布が降ってくる。
その布にはとある模様が書かれていた。
黒揚羽
平氏の家紋は蝶を使う。
平氏ではなく平家。つまり現在最後の隆盛を誇る京都・平清盛は揚羽蝶を図案化したものを家紋とする。
また、平氏から分家したいわゆる坂東八平氏は、星や桐など平氏とは違う紋を創設している。
どうせ家系だの何だの、言ったもん勝ちの時代だ。
だったら平姓を名乗っているこの一党に、このくらいのインチキは許されよう。
と言うのが御狐様の判断だ。
「政秀殿。」
「はっ。」
「これを遣わす。」
思わず時代がかった口調になっちゃたけど、僕が彼にあげたのは反りの少ない直刀と言われる日本刀。
それもかなりの古刀だ。
「小鳥丸と言う。世にそう何本も無い銘刀だ。帝より平氏に下賜された名刀でもある。政秀殿が平氏の名を汚さず武者働するのであればやろう。」
「は、ははぁ。」
ええと。
いきなり物凄い知識が頭に流れ込んで来て、左手に持つ華奢な浅葱の刀と対照的なゴツい刀が現れたよ。
背中を御狐様が口で突くので、何だかペラペラ喋っちゃったけど、正解らしい。
『くにゃ』
はいはい。
同時に。ほれ!
浅葱の刀を振り回すと、僕らの背後にお馴染みの建物が現れた。
茶店と社だ。
野伏達から声が上がる。
けど無視。
「おいで。」
「ヒヒン?」
「モー?」
政秀さんが乗って来た馬くんと、茶色の牛くんが牛馬を代表して来てくれた。
「君達はここで暮らさないか?牧草と水は豊富にあるよ。」
馬くんと牛くんはお互いの顔を見た後、大いに頷いてくれた。
これはこれでヨシ。
「政秀殿。」
「はっ。」
「この家を杢兵衛君にあげる。彼に茶店を経営させて、牛馬の世話をさせなさい。杢兵衛を中心に人を雇うがいい。無論、政秀殿なりが責任者となるがいい。」
もう一度刀を振ると、燃え殻と化した茅から真竹がニョキニョキ生えてくる。
うんうん。
浅葱の山で筍掘りしていて良かった。
ついでに野伏達は何も言わなくなってるぞ。
色々昔の人を驚かす為に、浅葱の力を無駄遣いするとか考えてたけど、もう飽きられたか。
つまらない。
「殿に呆れただけかと思います。」
『くにゃ』
うるさいですよ。
「政秀殿。馬を育て、弓矢を作りなさい。村人を使うもよし。家人だけで行うもよし。ただし、急ぎなさい。」
「急げとは?」
「まもなく南より軍勢が来ます。清和源氏が一流・河内源氏義朝が三男、源頼朝を旗頭に桓武平氏良文流・千葉常胤の軍勢です。坂東平氏はこの頼朝公の白旗の元に集結するでしょう。平政秀殿。平将門が家臣、平行秀の裔として黒揚羽の旗を掲げるがよい。また、臣下に合力する際にここで育てた馬匹と、ここで作った弓矢を捧げるが良い。杢兵衛はより良い馬と弓を作ろう。牛を育てよう。背後の茶店と社は自由に使え。使わずともよい。強制はしない。」
もし平氏豪族として合力するならば
「平馬飼政秀とでも名乗れは良い」
とだけ言い残して。
僕らは帰途に着いた。
★ ★ ★
と言うわけで、ひとまず終わり。
対人間だから、知恵と勇気で何とかなると、しずさんに言った通りで終わり。
で、玉とフクロウくんと一緒に聖域に帰って来た。
何故かと言うと、そりゃ御狐様に裾を引っ張られてたから。
「殿。」
「まぁ、質問は受け付けますよ。」
聖域に帰って来たらオネムになったフクロウくんを、寝所にしているウロに返した後でね。
「ひぅ」
「はい、ありがとうね。おやすみ。」
ついでに御狐様も、くわぁと大欠伸して社に帰って行ったので、いつもの川沿いの縁台に座って一休み。
お茶を淹れましょう。
って玉はりんごを剥いてるし。
………
「これは荼枳尼天様の御用なんですね?」
「直接頼んで来たのはしずさんだけどね。それもまだ、ほんの一部だ。まだまだ僕と玉でやらなければならない事はある。」
「あんな風に、誰かに攻め込まれたりするんですか。」
「多分ね。だから荼枳尼天は、しくじれば僕らの命は無いと言って、しずさんが取り乱した事がある。」
「お母さん……」
しゃりしゃり。
うん?蜜入りになってるぞ、このりんご。元は少し酸味がある林檎だった筈。
「殿?」
「りんごが変質してて美味しいよ。」
「玉はお父さんに逢えないんですか?」
「逢えないんじゃなくて、逢っちゃいけないんだよ。」
それだけ言うと、玉の口にに蜜入りりんごを押し込む。
「むしゃむしゃ。」
「むしゃむしゃ。」
「簡単に言えばだ。あの時だから玉はお父さんに逢っちゃいけない。あの時はまだお父さんに未来がある。そして玉にも未来がある。」
「……つまり、縁を作っちゃいけないんですね。」
玉は相変わらず理解が早い。
親子だし、杢兵衛さんが玉に惚れたりしたら厄介な事になる。
肉親だから、精神的繋がりを得て深める事は容易だろうし。
「殿の時代だと、玉は殿と一緒になれないと言う事と同じです、か?」
「わからないよ。多分その解釈で合っていると思うけど、僕にもその原理原則はわからない。」
「………。」
「あと、もう一つわかった。さっき、あそこに僕は社を出すつもりはなかった。」
「………。」
「つまり、社をあそこに出した奴、出させないとまずいと思った奴がいる。」
「それは、荼枳尼天様ですね。」
「多分ね。玉のお父さんが居る時代にあの社が顕現した。つまり、玉のお父さんとあの社に縁付かせた。」
「………。」
「つまり、玉が荼枳尼天の社に閉じ込められる遠因を作ったのは僕だ。」
「!そ、そんなこと!」
「そんな事あるんだよ。」
ずずっ。
うん。お茶を淹れる水が美味しいから、部屋で飲むお茶とは茶葉が同じでも、明らかに美味しいぞ。
それに。
こっちで玉と2人きりと言うのも久しぶりかもしれない。
動物達はみんな寝てるし。
「僕はね。何故、玉が祠に閉じ込められていたんだろうって、ずっと考えていた。僕がこの街に引越して来た理由。僕は単にご先祖様の導きとか、浅葱の力とか思ってた。」
ずずっ。
「………。」
「それは玉が閉じ込められた祠があるから。だと思ってた。」
「………。」
「でも、さっきの経験で一つ思いついた。玉のお父さんと僕との間には、何かの縁がある。荼枳尼天とお父さん、或いは荼枳尼天と僕と三角形を描いている。だから、あの時代で玉に縁がある人にばかり出逢った。荼枳尼天との縁で、呼んでも居ない社が顕現した。」
「………。」
「だから。玉は多分、僕との縁で祠に閉じ込められた。玉が1,000年もの間、辛い生活を送り続けていたのは、僕の責任だ。」
「だからと言って、玉に謝ったりしたら、玉、怒りますよ!」
「玉?」
「殿のお力は、玉にもわかりませんし、玉が巻き込まれてしまったのも事実かもしれません。でも!でも!」
「殿は玉を迎えに来てくれました。玉を家族って言ってくれました。毎日、玉を守ってくれてます。」
「今日の日を迎える為に、あの祠の日があるんだったら、殿の元に来るためにあの祠に閉じ込められたんだったら、玉は一つも後悔する事なんかありません。」
玉の声は、最後、涙声になっていた。
★ ★ ★
玉の声を聞いて、たぬきちとテン達が飛び出して来た。
テンの子供は玉に飛びついて、玉を慰めようとする。
それを見て、たぬきちは僕の膝に前脚を乗せた。
『どうしたの』
「ごめんね。起こしちゃったか。」
『玉姉ちゃんの何かが爆発したから、起きちゃった』
「ん?玉がね。多分初めて自分の感情を爆発させたんだ。いつも優等生で真面目で優しい女の子でもね。いつかはこうなる日も来ると思ってたけど、こんなふうになったかぁ。」
「婿殿が優しすぎるから、玉はどこまで甘えていいのかわからなくなっただけですよ。」
『アレ?』
たぬきちをひょいと抱き上げたのは、しずさんの実物だった。
なるほど。
御狐様が僕を引っ張って来たのは、そのせいか。
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