ご飯を食べて異世界に行こう

compo

文字の大きさ
上 下
120 / 234
第一章 開店

そう言う事かよ

しおりを挟む
「親方、ありゃ一体なんだよ?」
「わからねえわからねえわからねえわからねえわからねえわからねえ。わからねえよ!」
「だ、大丈夫か親方!わしらは大丈夫なんか?」
「わからねえよ。何がなんだかわからねえ!」

よしよし。
パニクってるパニクってる。

玉を(浅葱の力で)巫女装束に着替えさせ、白く輝く神狐の(御狐様の意思で)背に彼女は跨がり。
御神刀を油断なく構えさせる。
14頭の馬に囲まれ(各馬の背には梟が留まるだけ留まり)、僕の周囲には馬に乗り切れなかった梟が浮遊する中、刀の棟で肩をトントン叩きながら、僕らは彼らに近づいた。

野伏達はすっかり腰が抜けてしまい、僕らが近づくとともに、刀を捨てて土下座し始めた。

さて、ここでトドメを刺そう。
火を付けたネズミ花火を盛大に放り投げた。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
ぴゅーぴゅーぴゅーぴゅー。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱん。

「ぱんぱん。」 
「玉さん。一応結構な山場だから、気の抜けるオノマトペはね。」
「でも殿。みんな気絶してますよ。」
「ひぅ」
「ひん」
「あれま。」

フクロウくんや馬くんに、こんなに力の差があるなら来る必要なかったじゃん?とか、やりすぎじゃん?とか言われてるけど知らん知らん。

あのね。あのですね。
僕は別に正義のヒーローでも無ければ、悪の怪人でもないの。
得体の知れない力に振り回されている、ただのリストラされたサラリーマンなの。
誰かを殺すとか、誰かを負傷させるとか、例え絶対バレない状況で、一方的に無双が出来る状態だろうと、そんな気はさらさら無いの。
本当にヤバかったら、いくらでも逃げる事は出来るの。
最初はその気満々だったの。

「ひぅ」
いや、信じられないって言われてもね。
僕は昔から逃げてばかりだよ。

武装した武士14人対丸腰のおっさん1人とローティーンの女の子1人だぞ。
火攻めの奇襲を食らったんだぞ。
圧倒的に武力に差があるから、絶望的な武力返しをしただけだ。

武力ったって、日本刀一振りに小刀一振り、あと、猛禽類の皆さんだけだったんだ。
まさか御狐様が顕現するとは想定外だ。

『くにゃ』

いや、助かったけど。
ありがとうだけど。
何しに来たの?

『くにゃ』

あぁ、そうですか。
仕方ないなぁ。

………

僕らは野伏達を丸く囲んだ。  

『くにゃ』

え?まだ呼ぶの?
もう彼らの心はバキバキに折ったよ。

『くにゃ』

あぁそう言う事ですか。
だったら。

僕は刀を高々と天に掲げて、気合いを中空に吐き出した。

やがて。

地響きが北から西から東から。
すなわち南の海以外から、地面を揺らす地響きがみるみる近づいてくる。

「どどどどどどど。」

すっかり呆れ返った玉さんが地響きのオノマトペを奏でながら、御狐様の頭を撫でている。
御狐様も玉とは顔見知りであり、僕を介さないとならないくらいの距離はまだあるけど、毎日美味しいお供物をくれて、社を綺麗に掃除をしてくれる玉を慕ってはいるので、玉の手に優しく頭をくいくい押し付けて歓迎を表している。
ほら、玉の顔がパァっと明るくなった。

ここは戦場って、さっきうちの巫女さんが言ってたはずですが。
僕が居て、御狐様がいて、フクロウくんがいるせいで、最初の一瞬以外はリラックスしっぱなし。
緊張感とか、どっか行っちゃった。

さて、野伏達を起こすか。

『くにゃ』

はいはい。
僕は再び刀を高々と天に掲げる。

途端に豪雨が、野伏達の頭上にだけ降り注いだ。野伏達は飛び上がって目を覚ました。

「痛い痛い!」
「何故俺たちにだけ降ってんだ?って動けねぇ?」
「親方、何か近寄ってきます。」
「次はなんだよ。」

あ、親方と言われてる人が諦めモードに入って投げやりになってる。
全員目を覚ましたので、雨を止ます。
何度目かの、なんだその変な日本語?と自分にセルフツッコミ。

「殿。来ました、た?」
玉の日本語もおかしいぞ。

呼んだのは、この辺にいた野生の馬と牛。
牛がいたのはびっくりだけど、南総を中心に千葉県は日本で一番最初に牧畜が始まったので、逃げて野生化したのがいたらしい。
らしいと言う理由は、御狐様の指令だから。

『野生の馬と牛が結構いるので集めなさい。走って来る牛は迫力があるよ。』

『くにゃ』を訳すと、随分とフレンドリーなお願いを、荼枳尼天の眷属が言ってるのですよ。
いや、迫力があるよって言われても。
確かに闘牛とか迫力あるけど。
あと、文字数が合わないとか言わないの。
御狐様の意思がわかっちゃうんだから仕方ないでしょ。

地響き達は、たちまち僕らを追い抜くと、彼らのいななきと怒号が野伏達を包んだ。
あれま。
彼らがどうなっているのが見えないや。

「ちょっと退いて?中見して。」   
「ぶもももも」
「ヒヒン」

僕が声をかけると、馬と牛がサッと避けてくれた。

「ありがとう。」
「ありがとうね。」

僕と御狐様に跨った玉が、モーゼの海割りみたいになった牛馬の海を進んでいくと。

親方と言われる男を先頭に、14人の野伏達が改めて綺麗な土下座を見せていた。
親方の前には、同田貫みたいに太く無骨な刀が並べられていた。
束が全てこちらに向けられているのは、降伏の証と見ていいのだろうか。
あと、豪雨で濡れ鼠になったせいか、怯えか、はたまた両方か。
彼らは全員、ブルブル震えていた。

「ぶるぶる。」   
本人達の矜持を尊重はしても我慢は出来なかったと見える玉が、口の中だけでオノマトペを呟いている。
『くにゃくにゃ』
いや、君までオノマトペを言い出してどうすんの?

★  ★  ★

「お見それしました。俺たちはこの辺りを治める者にございます。」
はあ。

さっきも言った通り、僕らは身を守れればいいだけなので、敵愾心を捨ててくれれば別に対立する気はない。
というか、状況把握の為にむしろ彼らとは積極的なコミュニケーションを取るつもりだった。
だって折角この時代に来たのに、誰もいなかったんだもん。

「某の名は平政秀、平姓は曾祖父さんが将門様より賜ったもので、以来この地を代々継いでおります。」
「ふうん。平政秀ねぇ。」
信長さんとこの傅役と一文字違いか。
平、秀ねぇ。
「ひょっとして通字は秀か?」
「は。平を名乗った行秀より、代々秀を諱としております。」

「!!」
玉の顔色が変わる。
けど、賢い玉は口を挟まない。
その代わり、僕の顔と政秀の顔を見比べている。
その眼にははっきりと意思があり、先に話を進める事を促している。
はいはい。わかってるよ。

「政秀とやら。平を名乗る武者が、何故こんな野盗の様な真似をする?お前の先祖、平行秀を私は知っている。武者の生まれでは無いが、将門を敬い、身分の低さから決して側に寄れなかったが、戦場での槍働は常に目を見張るものがある、勇者だと聞く。悲運にして将門公身罷れた後は、将門公の菩提を弔い、また将門公の無念を癒す社を創建されたと聞く。」

土下座しててもわかる。
政秀さんの顔がみるみる赤くなっていく。

この男は恥を知っている。
この男は現状と現実に強い不満を持っている。
この男はただの野伏では無い。

そして、この男は「平政秀」と言う名前に強烈な矜持と誇りを持っている。

『くにゃ』

…そう言う事か。
考えてみれば、僕は「場所だけ設定して、年代はいい加減に設定して」ここに来た。この時代に来た。
これは浅葱の力の特性上、あり得ない事だ。
僕は常に場所と時間をある程度決めてから時間旅行に出る。
そうで無ければ、時間の潮流に流されて迷子になる可能性がある事を、「知っていた」から。
なのに今回は、ただ治承4年。治承4年を繰り返すだけだった。
そもそも今は治承4年で正しいのか?

つまり、この場所、この時間に来たと言う事は。
呼んでもいない荼枳尼天の眷属、御狐様が顕現したと言う事は。

この場所・この時間に僕との強烈な縁(えにし)があり、そして荼枳尼天にも用があるって事か。
 
★  ★  ★

馬くん牛くん達には下がってもらい(浅葱の力でたっぷり牧草を出して)、うちのフクロウくん以外のフクロウくん達には、新鮮なハツカネズミをたっぷりお土産に山にお帰り願いました。
って言うか、うちのフクロウくんは時間も空間も超えて助けに来てくれたのか。

「ひぅ」
「ありがとうね。君は立派な荼枳尼天の眷属であり、玉のナイトだ。僕の手が届かない時は玉をお願いね。」 
「ひぅ!」
おお、フクロウくんが空中でダンスを踊っている。
ご機嫌フクロウくんだ。

さて、もうひと働きだ。
本当ならば浅葱の力で色々引き寄せて準備しないといけないけど、今は御狐様が座すのでインチキな謎パワーを使いたい放題だ。

轟音と共に巨大な火柱があがる。
これなら濡れ鼠の彼らも乾くだろう。
13人の野伏は不安そうに火柱を見ていたけど、政秀は顔を上げて僕の顔をじっと見始めた。
ふむ。 
男の僕から見ても惚れ惚れする、男の顔が火柱の照り返しを浴びている。 
ならば。

「政秀。いや、平政秀殿。男を挙げる気はあるか。」
「は、行秀殿の名を出されて変えぬ変わらぬ男は我が家にはおりません。」

ふむ。
玉親娘が慕い、数代後の子孫が名前だけで姿勢を正す。  
結構な男だった様だ。 
だったらもう一つ。

「もう一つ問う。杢兵衛という名に覚えはあるか?」
「!!」
再び玉の顔色が変わる。
玉の記憶にすら薄れている玉の父の名は杢兵衛。
当初、玉は自分が早くに亡くした父の名前を知らなかった。
それ程までに、玉が父と過ごした日々は遠い過去になっていた。
今、玉が父の名を知っているのは、玉との生活の中で結ばれて行った縁によるもの。
そして、玉が毎日自分の家(のコピー)を掃除して、以前にはなかった仏壇に祀られる父の位牌に手を合わせているから。

仏壇に添える花は、玉が以前に本物の自分の家に行った時に摘んできた一輪草。 
一輪草は、聖域に植え替えて今や白い絨毯みたいに増えている中から、毎朝丁寧に選び抜いている。
市川の庭にも、浅葱の畑にも玉の植えた一輪草は咲いているけど、玉は荼枳尼天の巫女として、荼枳尼天の加護がある聖域の一輪草だけを毎朝父に捧げている。
それは、既に顔すら忘却した父との絆を確認する、玉の大切なこだわり。
多分、母親のしずさんも、その玉の姿を見ている筈だ。  

そして、政秀さんの返答は簡潔なものだった。

「知っております。某の屋敷で預かっている拾い子です。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...