ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

治承4年

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治承4年。

やるべきことをやる為に、新年早々僕は、僕らは来た。

それは、しずさんを通じて荼枳尼天に頼まれた仕事。
それは、苗字こそ菊地姓に変わったけれど、浅葱の家に生まれ、浅葱の血を引く人間の定め。
その為に、浅葱の人間は特別な力を行使出来た、って事らしい。
すべき事をする為の猶予を、代々のご先祖様達は力を使う事を許されて来た。

そんな大層な事を、僕が押し付けられて、なんでか僕が果たさないとならない。
先月、居住まいを正したしずさんに告げられてから、僕はそう、ずっと考えて来た。

そしてあれから、しずさんは僕らの前に現れない。
そんな事は、前にもあった。

棒坂での事だ。
玉と妹を背負って、僕は危険な祠を浄化した事があった。
普段の僕は、玉との新たな生活を築く方に夢中で、ご先祖の国麻呂さんや、荼枳尼天がそれとなく諭していた事を、敢えて無視していた。

毎日、一生懸命にのんびりして、毎日、一生懸命に玉に叱られる様な事をわざとして、玉に叱られる事で、玉との距離を縮めようとしていたから。
それを見抜いてくれた少女も、当初は居候として僕に遠慮がちに接していた姿は陰を潜め、素直に、気持ちも身体も目一杯体当たりしてくる様になってくれた。
結果、毎日忙しく毎日暇で、毎日無駄な事を沢山やる、意味の無い、意味の足りない毎日を2人で楽しめるようになった。

しずさん的には、僕の能力も、玉の修行も足りないものと思っていて、僕と玉を危険に晒した事に酷く恐縮していた。
僕や娘に怒られる事を恐れて、しばらく僕に会おうともしなかった。

今回のは、まさにその繰り返しだ。

自身も神職であり、新たな神社の巫女を荼枳尼天に定められながら、しずさんは、この年末年始にその姿を現さない。
合わせる顔が無い、と思っているのだろう。

………

僕が板橋から市川に引越した事。
それは国麻呂さん曰く、浅葱の力の導きらしい。
浅葱の力は、何故僕を市川に導いたか。
それは、祠から、荼枳尼天の巫女・玉を助け出す為だったとみていい。
もしかしたら、玉は僕に会う、いや、逢う為に閉じ籠められて、1,200年もの長い時を無為に過ごし、その魂を擦り減らしたのかもしれない。

いや、多分、それは悲しいけど事実だろう。最近、そんな事に気がついてしまったんだ。
それが誰の意思かは、わからない。

荼枳尼天か、一言主か、しずさんか、国麻呂さんか。
それよりも、もっと大きな「意思」か。

どちらにせよ、浅葱の血を引く僕と、荼枳尼天の巫女を務める玉がやらなければならない事だ。

同じ浅葱の血を引く青木さんでも、妹でも無い、僕と玉がやり遂げないとならない仕事だ。

★  ★  ★

治承4年。
その日、その時。
妹が送って来た絹糸の大島紬を見本に、男物・女物を綿糸でコピーした着物を着て、僕らはその場所に立った。

どうやら玉が生きていた時代よりも少し前らしい。
僕は、玉と手を繋ぎ、その玉の存在感から100%では無い、若干の違和感を感じていた。
正確に玉が生きていた時代ならば、こんな違和感はあり得ない。
水晶の中での玉とも違う。
そして。
前に訪れたこの、池の畔に立つ岩には、かつて玉が母との再会を願って掘った狐の絵は無く、玉の家があった場所には何もなかった。
つまり。
景色が違う。

「玉の知っている所ではありませんね。お山の形が違います。」
玉の右手は僕の左手をしっかり握っているので、左手で西のお山、即ち北総台地の側を指差した。
「玉が毎日見ていたお山より、少し出っ張ってます。」
つまり、多少の崩壊があったのだろう。
「うん、前に来た時には人家があったし、玉のお友達の姿もあったね。」
「お美代ちゃんです。でも今は、茅(ちがや)がいっぱい生えてるだけです。この道は道は玉の知ってる道で、池もこの岩も、玉が知ってる池と岩です。でも、誰もいません。いた形跡もありません。」

治承4年の、まだ肌寒い時期の事。
自分だけが知っている景色の差異を探そうと玉は夢中になっているけれど、僕はとある異変に気がついていた。

茅から煙が立ち昇っている事に。

★  ★  ★  

「殿?」
玉は周囲の異変よりも、僕の緊張感が上がった事により、何かが起こり始めている事に気がついた。
何度でも言ってやる。
玉という女の子は、そういう女の子だ。
僕を第一に考えて、僕を信頼し切って信用し切っているから、僕のほんの少しの変化にも、気がつく事が出来る女の子だ。

玉は素早く僕の前に移動して、僕を庇う体勢を取ってくれた。
残念ながら、玉の身長は僕より頭一つ低いので、あまり頼りにはならないんだけど。
「ありがとう。よっこらせ。」
頼もしい小さな従者を抱き上げると、僕の背後に隠して、左手を頭上に上げた。

途端に十数本の矢衾が僕らのいる場所にだけ降り注ぐ。
つまり、その程度しか射出者が居ない事、そして弓の腕はそれなりにある事を表している。
そんな事を瞬時に判断出来る程、僕は冷静だった。

僕の左手に、浅葱の刀が顕現する。
コイツが居る限り、僕は“人間程度には“負ける筈がない。
矢衾に向かい刀を振るだけで、全ての矢は両断されて、力無く地面に落ちた。

更に刀を水平に振ると、ブスブスと立ち昇っていた煙が、一気に燃え上がった。  
僕らを中心に、半径200メートルくらいだろうか、高さも人も2倍くらいの炎の壁が付近を取り囲んだ。

余程慌てたのだろう。
敵は何の警戒も見せず、そのまま騎馬ごと突っ込んで来た。

ほい。
こんな時の為に買い溜めしておいた物がある。
初めて玉が言った我儘の時に思いついた物だ。
すなわち、「ロケット花火」。
花火を連中に向けて発射した。
同時に爆竹も盛大に放り投げる。

火薬兵器は元寇の際に、初めて日本人は知った。
今はまだ鎌倉幕府成立直前。
都では、平家が全盛を誇っていた頃だ。
大きな破裂音を出すだけの、殺傷能力のカケラもないオモチャに、彼らは簡単にパニックに陥った。

「馬くんさ、そんなの振り落として、こっち来ないか?美味しい馬草をあげるよ?」
馬上の人間と違い、僕が話かけると直ぐに落ち着いた馬達は、馬上の人間を振り落とすと、全頭僕らの前にトコトコ歩いてきた。

「にんじんでもあげようかな。」
「ええと、殿?いきなり戦が始まりましたけど。今、玉達は襲われてるんですよね。野伏に。」
「花火一つで撃退してるけどね。そうだ玉!荼枳尼天の巫女として、荼枳尼天の眷属を呼んでみなさい。今ならまだ、あの連中を無傷で撃退出来る。」
「ええと、今周りが火事だから…」
放火されて火の海になっている戦場を、火事と評する呑気な巫女さんだった。

この時代の馬は小さな日本馬だ。
その体格故、聖域産の立派なにんじん一本食べるのに一苦労している馬達の立髪を撫でていると、荼枳尼天の巫女が荼枳尼天の小刀を空に掲げた。

「フクロウさん、来て下さい!」 

森の哲学者・フクロウは肉食であるが、普段は温厚で大人しい動物だ。
うちのフクロウくんもそう。
僕や玉や、同居する仲間たちを自らの爪や嘴で傷つけない様に、いつも細心の注意を払ってくれている。
けど、その裏には獰猛な本能も隠されている。
雛や仲間を守る時、彼らは猛禽類である事を思い出すんだ。

そして今は。
荼枳尼天の巫女、玉が野伏に襲われている。(戦況の実情はともかく)
いつもニコニコ笑って、美味しいササミをくれる、フクロウくんの「大切な大好きな」女の子が助けを求めている。
それだけで、フクロウくんが怒る条件は充分だった。
 
下総の、上総の、安房の。
千葉三国に住むフクロウが、下総国分寺下の茅原に瞬時に集結した。

「ひゅう」
「ひゅう」
「ひゅう」
「ひゅう」

空がフクロウと煙で、真っ暗だ。
「ひん?」
あぁ大丈夫。馬くん達は、なんなら江戸時代あたりに逃がせるから。
確かもう少し北の松戸のあたりは、徳川家経営の牧場だった筈だ。うん。
「ひん」
ん?あんなんでも、僕らの主人だから、あまり苦しませないでって?
助けてじゃないんだ。
「ひん」
僕らの新しい主人は貴方です?
そう言われてもなぁ。

僕が面白半分に打ち上げてるパラシュート花火にみんな腰を抜かしてるし。
平時だったら、玉がパラシュートを追いかけ出すだろう。
「ひゅう」
あぁ、フクロウくん達の威嚇も効いてるね。
大量の梟が頭上空中に浮遊停滞して睨んでたら、現代人でもビビるだろうね。
ヒッチコックの「鳥」だよ。うん。
玉がもう少し攻撃的な性格だったら、あの辺は肉片の山になってただろう。

さて、火事をそろそろ何とかしないとな。息苦しくなって来た。
「どうしましょうか。」
「このまま現代に戻っちゃえばいいかなって思ってたんだけどね。」
火をつけたのは野伏だろうし。
ただ、馬くんに頼まれちゃったからなぁ。

「どの手」で行こうかなぁ?

などと考えていたら、もう一匹。いや、失礼。もう一体、いやいや、もう一柱の眷属が現れた。

『くにゃ』

★  ★  ★

狐は良くコンコンと鳴くと言われる。
でもそれは嘘だ。
確かにコンコンに近い鳴き声をする事もあるけれど、「ネコ目イヌ科」という分類を示す通り、猫と犬の中間みたいな鳴き方をする。
その一つが『くにゃ』だ。
たぬきちやぽん子が、わんわんと鳴くのと比較すると、狐の鳴き方は随分と複雑だ。

そして、僕らの前で『くにゃ』と普通に(僕だけに聞こえるように)鳴く狐はあの仔だけだ。
荼枳尼天曰く、「僕に餌付けされた神狐」。名前は知らない。
稲荷神・荼枳尼天の眷属にして、何故か時々主人を疎かにして僕に尻尾を振る白い御狐様の降臨だった。

空を飛ぶ白い狐が飛んだ後は、一瞬の豪雨となり、茅原を炭にしていた炎が速やかに消える。

野伏に正対した馬が僕らの前に整列し、馬の背中には梟がとまった。

刀を無造作に肩に担ぐ僕。
小刀を顔の前で構える玉。

やがて全ての火を消した御狐様が、静かに僕らの横に浮いて並んだ。

迷信を迷信とせずに、他人の嘘や戯言すらも本気にするこの時代。

狐と梟を使役し(ているように見える)、自らの馬に集団で裏切られ、謎の呪術(花火)を使う僕らは、神の使いか、鬼の使いか。
計14人の野伏は、全員座り込んだまま、ただ呆然としていた。
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