ご飯を食べて異世界に行こう

compo

文字の大きさ
上 下
110 / 233
第一章 開店

動き始める物語

しおりを挟む
「此処はこうしてこうかなぁ。」
「駄目ですよ、佳奈さん。それじゃ洗濯物を干すのに、陽当たりが遮られます。」 
「そうねぇ。うちのアパートは台地の端で南側は崖下だから、日照だけが取り柄なのよね。」
「うぅん。前の部屋は部屋干しだったからなぁ。乾燥機もあったし。」
「殿の部屋にも乾燥機はありますけど、玉がお日様で干したいので、殆ど使ってませんよ。」
「玉ちゃん、お掃除とお洗濯好きよねえ。菊地さんが追い出されて、なんか外で立ってるのを時々見るわ。」
「家主が追い出されてるって…。」
「邪魔するなら、佳奈さんも追い出しますよ。」
「げっ。玉ちゃん私の部屋にも来るの?」
「当然です。佳奈さんどうせ仕事だぁっ寝坊だぁって、朝騒ぎそうですし。」
「…何故分かるし?」
「玉ちゃん、早起きだもんね。」
「雨降りの日は、玉起きませんよ。そんな朝は殿がゴミ捨てしてくれます。」
「あら、良いわね。うちの宿六なんか9時になっても10時になっても起きやしない。よし、逝ったかなと思った頃にのそのそ起きて来やがる。」

朝の掃除と布団干しで埃が立った事もあり、僕の部屋と隣の部屋の窓は全部開けっぱなし。
なので、隣の部屋で悪巧みをしている悪女3人(玉・大家さん・青木さん)の話し声が丸聞こえです。
あと、大家さん怖いです。

最初は、青木さんちの庭をどうするかって話をしていたのに、あっという間に世間話に花が咲く的な展開に。

女性の無軌道なお話についで行ける程、人間の出来ていない僕は、さてどこかに逃げる事にしようか。
巻き込まれたら、たまったもんじゃ無いからね。
とはいえ、玉からあまり離れる訳にもいかないので、と。


「それならば、お社に来て頂けませんか?」
おや、しずさん。
随分と久しぶりですね。
棒坂の一件以来、全く姿を見せなくなっちゃって。
玉もすっかり、…ええと、すっかり。
…すっかり気にして無いな。
あれでいて、結構薄情なのかな?

「うふふ。玉は玉で、婿殿との生活が充実している様ですね。あんなに料理が上達するとは、実の母でもびっくりです。」

なお、僕は今、壁にかかっている巫女装束と話している訳で。
しずさんは、声はすれど気配だけ。
つまり、どういう事なんだ?

「だから、お社までご足労くださいね。」
まぁ、隣の部屋に置いてある水晶に触ればいいので、良いか。玉との物理的距離は数メートルだ。

★  ★  ★

聖域にはさっき来たばかりだけど。
みんな寝ちゃってるなぁ。
狸も梟も貂も本来なら夜行性だしね。
たぬきちはぽん子と違って、頑張って起きてくるって事はしないので、ケージの中で大の字になっている。
背骨の形状上、犬科の生物は大の字にはなれないと言う説があるらしいけど、普通に腹を出して、スピスピ鼻提灯も出しているぞ、うちのたぬきちは。
うちの仔達の野生は何処行った?

テンの一家は、僕が持ち込んだ古毛布の中に埋もれて姿が見えないし、フクロウ君は止まり木代わりに植えてみた樫の木のうろで頭だけ見えてる。

聖域は、家族となる動物こそ少ないけど、生物の姿がとても濃い。
川と池には魚をはじめとする水棲生物の影が、採っても獲っても、食べても食べても減らないし。
果樹や畑の実りは常に全力・全開。

最近では、しずさんまで収穫に加わっては、浅葱の水晶の家で料理をしているらしい。
らしいというのは、ご本人となかなか会えないけど、毎朝掃除に行く玉が、嬉しそうに料理を乗せたお皿を持ってくるから。

昨日は、僕が新たに見つけて栽培を始めた蓮根といつもの筍、人参を使ってきんぴらを作ってた。

「殿、牛蒡も植えましょう。玉はきんぴら牛蒡が食べたくなりました。」
「牛蒡って種かしらね。」
「あと、辛味が足りません。」
「鷹の爪でも植えますかね。」

そう。玉としずさんは、しずさんの料理を通じて親娘の会話をしている訳だ。
お母さんが作ってくれる料理って、それは記憶のどこかにあるよね。

うちの母親は早くに亡くなったけど、それでもまだ小さかった妹は、母の作るカレーとか、お味噌汁とか覚えてるもん。
僕の作る料理を妹が好むのは、母の味を僕が継いでいるから。
多分、記憶の混乱や混入があるにせよ、僕の作る一部の料理についで妹は、

「我が家の味だね!」

と言って、とても喜ぶ。
不思議なのは、ご家庭の主婦として、近年では母として経験を積みスキルを磨いているはずなのに、我が家の味が作れない事。
味噌や水を同じ物で作っても、味が違う。本人は悔しがっているけど、それが妹の味なんだからいいでしょ。

「でも、玉ちゃんは作れるもん。女の先輩として悔しいじゃん。」

そうだけど。
四六時中、一緒に居て、同じ台所で同じ食材を使って、僕の真似をしていれば、それは覚えるし、玉の身体に染み込んでますよ。
玉はもう、自分の味を身につけているから、しずさんの味も分かるんだろう。
僕はそう思っている。

たぬきち達を起こさない様に、静かに社の扉を開く。
祠に閉じ籠められていた時の玉は、社の中に入る事を畏れ多いと思っていたそうだけど、今では毎日毎朝、たぬきち達と一緒に社ので中で祝詞をあげている。

そうする事を荼枳尼天が喜ぶと教えたから。

★  ★  ★  

「しばらくぶりにございます。婿殿。」
社の中では、拝壇を背に、完全に実体化した様に見えるしずさんが、折り目正しい正座で迎えてくれた。
何故実体化がわかったかと言うと、蝋燭に照らされた室内に、しずさんの影がはっきり映っているから。

しずさんの後方には、荼枳尼天が静かに顕現していた。

「婿殿のご推察通り、現在の私には肉体があります。しかし、この肉体は仮初の物。荼枳尼天様の巫女として存在を許された物にございます。」
「はぁ。」
「私の存在は、玉の固定・確定により初めて定まる物にございます。今の私は、荼枳尼天様の加護により、この世に繋ぎ止められているだけです。荼枳尼天様の加護ではなく、玉が次代の巫女を継承する事により、その全ては定まります。(本当はもう一つ簡単な方法があるんですけどね。)」
「なんか言いましたね。」
「いいえ。…疑問系ではなく確信なんですね。」
「玉が僕の考えを読む様に、実は僕も玉の考えている事がある程度わかりますから。玉のお母さんの考えも大差ないですし。」
「たかだか3ヶ月一緒に暮らしただけで、古女房みたいですか。」
「玉がそういう子な事は、貴女が一番ご存知でしょう。」
「神職に生きる者ですから、勘の一つも良くないとね。」
「はぁ。」
 
僕は何の為に呼び出されたんだ?
「今言いますよ。」
「そうですか。」

しずさんは、後ろを振り返り、荼枳尼天を伺う。
荼枳尼天は静かにかぶりを縦に振った。
「婿殿にお願いがございます。」

ここは姿勢を正した方が良いだろう。
それまでボサッと突っ立っていたけど、改めて正座をした。
ら、御狐様がひょいと宙を前脚を掻いたら僕の尻の下に、フカフカの座布団が現れた。
「ありがとう。」
「くにゃ」
荼枳尼天が苦笑しながら、軽く御狐様の頭を叩く。
当代のあの荼枳尼天巫女のしずさんが板の間に直接座っているのにねぇ。
ちょっと居心地悪いぞ。

もっとも、巫女よりも神狐に僕が懐かれているのは周知の事実なので、しずさんも顔色一つ変える事無く、そのまま話を続けた。  
いかんな。
色々、麻痺し過ぎている。
 

「一つ。土地神のお社を建立し、祀るべし。神主、巫女は置かず、見習い巫女・玉の後継承認の後、しずを神主とする。
「一つ。熊野の清水に作った店をもう一店出店すべし。年は治承4年。場所は市川国府。人は自由にせよ。自由に使え。
「……以上です。」

「……おいコラ、治承4年て“あの年“じゃねぇか。」
「これ、婿殿!神様の御前ですよ。」
「良い良い。キクチも足を崩すが良い。儂とキクチの仲じゃ。儂ら的にはキクチを怒らせて供物が無くなる方が嫌じゃ。」
「くにゃ」
「全く、うちの婿殿はどこまで規格外なのかしら。」 
「まぁそう言うな、巫女よ。これは浅葱の血を引く者と、将門との縁を持つ者が集った故の定めじゃ。これを乗り越えん事には。」




「浅葱も浅葱を慕う娘達も、全員死ぬ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。

rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...