ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

再び棒坂へ

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「殿の時のお引越しって、どうだったんですか?」
クックなパッドを調べては、ノートに鉛筆で書き出すという、デジタルなんだかアナログなんだかわからない作業をしながらの玉に話しかけられた。
 
「うん?見ての通りだよ。ベッドもテーブルも分解出来るから僕の車で運んだ。それに、前の家の荷物は粗方の物は処分したからね。寮を開ける予算が計上されてたから、使い古しや使用頻度が減っていた電化製品は全部捨てた。冷蔵庫だけ処分の仕方が面倒くさそうだったから業者に頼んで運んでもらったけど、あとは全部、自分の車で運んだよ。」

おかげで、ガソリン代を除けば、引越代は7,700円(税込)で済んだ。

「お得ですねえ。」
「独身だし、物を持たないからね。」
「確かに。このお部屋も、もう玉の物が多いです。無駄遣いし過ぎです。殿!めっ!」
めっって叱られてもなぁ。

さて、隣が騒がしいから逃げるか。
聖域と浅葱、どっち行こうかなぁ。
「お蕎麦はいいんですか?佳奈さんは殿におねだりしてるっぽいですけど。」
「あの娘はなんなんだろね。」

蕎麦か。
蕎麦ね。
浅葱の力を使えば、生麺でも乾麺でも自在に出てくるけど、実は僕が蕎麦の気分じゃないんだ。

★  ★  ★

「と、殿!」
「神様?神様!」
「お久しゅうございます!」
「神様だ。神様だ。」

「ほへぇ。」

なんか変な事になっているけど、結局来たのは「棒坂」の村。
しばらく(この時間帯ではどのくらい経っているのかは不明)来ないうちに、旅人が増え、街道は整備され、のちに棒坂と呼ばれる峠道の整備が始まっていた。

棒坂の向こうは、この近辺ではかなり広い大多喜盆地に繋がる谷筋になる。
広い盆地は当然人が沢山住んで、生産力もある。
この村から北や北西に向かうと、房総丘陵を抜けて、この時代の上総・下総の中心部である、元・上総国府や千葉や元佐倉の街に繋がる。

「ほへぇ。」

その旅の入り口に、温泉と地場産業のある宿場がある。それがここだ。
新しい道が開かれたら、その先に桃源郷があった。
付近の人には、そう思えただろう。
夷隅や安房の旅人には、この村に寄り、この村の温泉に入り、この村で一泊して旅を続ける、有力かつ大切な中継点として認知・機能され始めているそうだ。

「ほへぇ。」

何よりも、僕みたいに「おかしな」存在が「馬頭観音」としてこの村を守っているという、彼らのよくわからない考えが、強力な団結力を生み出しているらしい。
なんだかな。
まぁ、流れとはいえ救った人達が平和に穏やかに暮らしている事は良い事だ。
(実際に、馬頭観音か何かの神様か仏様の加護に守られている事は内緒。)

温泉に入って一休み、もいいけど。
ここに来たのは理由がある。
あぁだからサンスケさん、顔を上げて。

「今日、来たのは君達に新しい種を上げようかな、てね。」
「ほへぇ。」
「は。有難き幸せ。殿のお力を持って、既に当地では蜂蜜や薬が名物となっております。温泉にて湯治を行い、蜂蜜で滋養をつけ、薬で治療する、というのが、当地の商売の柱となっております。」
へぇ。
さすがは農林業のプロフェッショナル達だね。
目の前に材料があり、僕の半端なヒントでそこまで行ったか。

蜂蜜は養蜂すれば良い。
野生の葛が生えているんだから、育成・精製すれば葛餅と葛根湯の材料になる。
それだけではない。
ドクダミ・スミレ・アケビ・枇杷など、この山で採れる野草・山菜にも薬になる物は多いし、いつのまにか街道の景色と生活用水として整備した小川には魚影が濃くなっている。

軒先には、芋が干してあるし、人々の顔色を見ても、栄養が不足している様子がない。
炭水化物の確保が一番心配だったんだけど、他村との交易や自然薯など、この地に生きる人だから得られる栄養補給をしているみたいだ。
蜂蜜もあるしね。

「ほへぇ。」
「玉、そろそろ正気に戻りなさい。」
 
★  ★  ★

麻の小袋を二つ。
村長(むらおさ)みたいになっているサンスケさんにあげると、サンスケさんは頭上高々受け取り、胸に推し懐いた。

「殿、こちらは?」
「片方には米の種籾、片方には小麦の種が入っています。穀物の栽培が上手くいけば、この村の食糧事情も格段に改善される筈です。…誰か、育てた経験のある者は居ませんか?」 
「残念ながら私は漁師兼だったので、でも。」
サンスケさんが後ろを振り返ると、数名の、特に女性陣から手が上がった。 
まだ皆んな若いのだけど、それは現代人の目から見たから。
玉が結婚を普通に意識している様に、この時代の人々の人生感と人生経験は、僕の認識より10年早く見ても、決して早すぎる事はない。

「ならば、お願いしますね。来年、見事に実ったら、新しい知恵を授けに来ますから。」

「は。」
「ははあ。」

全員が頭を下げた瞬間、僕は玉の手を握って時間旅行。

サンスケさん達が顔を上げたら、そこには誰もいないわけだ。
そうなった時の顔も見てみたいけど、また一つ面白い事を始めるわけで、さぁ忙しい。うっふふ。
「殿、悪い顔してますよ。」
うっふっふ。

★  ★  ★

で、僕らは一回現代に戻って来た。
何故か? 
調べ物があるから。
平安だか鎌倉時代だかにググる先生はいないので。

で、帰って早々、開け放しの窓からお隣の会話が聞こえて来た。

「随分と地味な絨毯ですね。貴女本当にハタチそこそこの若い独身女性ですか?カーテンもなんですか?白と黒の二重?カーテンレールもわざわざ2本付けてますね。」
「お母さんみたいに、世界の名画が描かれたカーテンじゃ落ち着きません!あと、黒い方は遮光カーテンです!」
「そんなもの、雨戸閉めれば良い事です。」
「面倒くさいんです!」
「佳奈?洗濯機の排水ホースはどこにあるんだ?」
「別の、その黄色い箱に、水回りのものは全部まとめてあります。」

………

「絨毯やカーテンのやり取りは、玉と同じ事を交わしたことありますね。」
「……玉と佳奈さんのお母さんって、中身同じなのかな?」


さてと。
いつものソファに腰掛けてスマホを開く。
玉は冷蔵庫から、ペットボトルのお茶を何本か取り出して隣に差し入れに行こうとして、辞めた。
うん。
作業員が何人いるかわからないし、玉と青木さんは仲が良いけど、他の人は全部他人だ。
余計なお節介になるからね。 
結局、2本だけ出して、ガラステーブルに運んで来たのを受け取る。
「ありがと。」
「はい。」
玉は夕べから読み刺しの本に戻った。
せっかく買ったキンド◯が丸々遊んでいるので、月1万円くらいは買う事を厳命したので、渋々と、でも楽しそうに電子書籍選びをしていた玉さんだ。

で、僕はというと。
適当に検索した画像に直ぐ正解を見つける事が出来た。
というか。
アレ?これ、浅葱の蔵にあったな。
ええと。  
うん。やっぱりそうだ。
浅葱の屋敷にあるなら、棒坂の熊野村からでも引き寄せる事が出来る。

あとは、操作の仕方を熟知する事だ。

………

「ここ、駐車場遠くありませんかね?」
「菊地さんが停めているところだから慣れてます。」
「何故、引越し先の駐車場利用に貴女が慣れているんですか?」
「本当に軽で良かったのか?もっと大きな車の方が安全だぞ。」
「この辺、道狭いでしょお父さん。」
「貯金下ろしてもいいのに…。」

………

「……佳奈さん、車買ったみたいですね。」
「話聞く限り、お父さんが無理矢理資金提供したっぽいけどね。」
「ぽいぽいぽいぽい。」
「……気に入ったの?」
「ぽいって言うと、なんか口が気持ちいいです。」
「ですか。」
「です。」

★  ★  ★

しばらく休んだら、またまた時間旅行。
棒坂の水晶を基準に行えるので、深く考えなくてもある程度特定の時間帯に跳べるので楽。
これが歴史的事件を見学に行く時は、実は割と大変だった。
たかが、幕末・明治でも、予め調べておいた日時が定説よりズレている事はしょっちゅうだったから。
正確な日時が表示される計測機器とか、誰かくれないかなぁ。
で、見覚えのある場所に僕らは現れる。

「殿。ここって。」
「うん、観音様のお堂だね。水晶を通して覗いた外は初夏の葉の色だ。米はこれからだけど、小麦はそろそろ収穫時期だ。」
一応、バレない様に玉が隙間からそっと外を覗く。
「人、増えてますね。」
「そうだね。」
最初、十数人しか居なかったこの村に、建物が増え、天秤棒を持った見知らぬ人が走っている。
つまり、商業の発達が始まり、それを養うだけの食糧が賄えているって事だ。

それを万全なものにしちゃおう、というのが、今日の企みだ。

「よいさっと!」

デン!ででん!

馬頭観音のお堂にとある木製の道具が現れた。  
大きさにして、縦横1.5メートルくらいある三角柱を横にしたスケルトン形状に木を組み合わせたものだ。

「これは…お蚕様の糸紡ぎですか?織機にも見えます。」
ふむふむ、と玉が突きながらあれこれ眺めている。
糸紡ぎってのは近いかな。

「これはね、玉。素麺を作る道具なんだ。」
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