ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

親娘

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青木さんの新居は、僕の部屋と同じ間取り、和・洋・DK(6・6・6)の2DK。
僕と玉でも住みきれない広さの部屋は、家具も何も無い事もあって果てしなく見えた。
そんな洋間の真ん中で、私用だと言うのにきちんとネクタイを締めたスーツ姿の、青木さんのお父さん、青木登さんに背筋を伸ばし深々と頭を下げられた。

あぁ。割と困るな、これ。

僕にとっては、登さんは知り合いの娘さんのお父さんでしかなくて、(今後の未来はともかく)別に緊張を要する人じゃ無いし、登さんからすれば僕は礼儀を尽くす存在でも無い筈だ。
なのに、ねぇ。

「菊地さん。娘は貴方に並々ならぬ想いを抱いている様です。…私は、そう言う方面はまるで朴念仁で、ここまで全て妻に引っ張ってこられた男ですけど。」
「はぁ。」
「ですから、娘が貴方に対して恋愛感情を抱いているのかは、私には分かりません。でも、貴方に対する感謝と尊敬については、私と妻の前で明言しました。私は菊地さんに2度助けられた、と。」

また2度目だ。
僕には覚えが無い。

「私は自分のなりたい私になる為に沢山努力したけど、身につけられた事はほんのちょっとだ。」

「でも菊地さんは、私より余程つらくてキツい人生を、自分の努力で切り拓いて、そして、いつも誰かを護っている人だ。って。」

「買い被り過ぎですよ。僕はただ夢中で生きて来ただけです。そう、せざるを得ない人生だっただけです。」
「それが娘には出来ないのでしょう。私だって菊地さんよりは長く生きてますが、妻にも娘にも自慢出来る人生なんか、まるで歩んで来ませんでしたよ。」


「先程から随分と、娘は歳上の菊地さんに対して失礼な事をしていますが、娘は普段、私に対しても妻に対しても、私達以外の誰にも、あんなに砕けた態度を取る事は有りません。女子校に通わせたせいもあるのかもしれませんが、いつも常に、誰に対しても礼儀正しく、むしろ誰にも心を開いて無いんじゃないかと、ずっと心配していた程です。」
「………。」
「でも、安心しました。娘は、貴方と玉さんに対しては心を開いている。だらしがない程に。…情け無い話ですが、あんなに安心し切った笑顔は、娘が思春期を迎えて以降、見た事が有りませんでしたよ。」
「………。」
「良かった。佳奈は、あんな素敵な笑顔で笑えるんですね。」

まぁ。
僕にも玉にも、辛い過去があった。
それを乗り越えて、こうやって仲間たちに囲まれて穏やかに生活してる訳だけど、青木さんだってそりゃ、なんらかの過去を抱えていて当たり前だろう。

「お願いです。娘を。…いや、これじゃ誤解を招きますね。今のままで、娘をお願いします。」
「…と言われましても、私はこの通り、暇なんだか多忙なんだか、真面目なのか不真面目なのか、我ながらあやふやな立ち位置の人間なんですが。」
「構いませんよ。菊地さんのお立場がどうであろうと、娘は菊地さんの側に出来るだけ居たいと決めた様です。父親として出来る事は、その娘の居場所、環境を確認して、整えてあげるだけです。でも。」

ここまで来て、登さんはようやく頭を上げた。

「知らないうちに、娘は独力で自分の居場所を整えているようです。…私がお願いしたいのは、菊地さん。貴方は貴方でいて下さい。今後の事は娘が考えて判断する事で、親が口出しする事では有りません。菊地さんも菊地さんの判断で娘と接して下さい。……なんでしょうかね。色々と話したい事はあった筈ですが、菊地さんと実際にお会いしたら、どうでも良くなりました。」

今度は登さんは、僕の隣に居た大家さんにも頭を下げる。
「娘を宜しくお願いします。」

「大丈夫ですよ。菊地さんはね。みんなの中心なんです。菊地さんが居るから、玉ちゃんが居て。ここに、菊地さんと玉ちゃんが居るから、私や青木さんが来るんです。」

大家さんは、それだけ言うと、ただニコニコ笑うだけだった。

★  ★  ★

「必勝法って何ですか?」

正式な引越しは明日だそうで。
青木さん達は、挨拶だけ終えると、さっさと帰って行った。
なんでも旧居の荷造りが終わっていないらしい。
娘の引越し作業に手を出せないお父さんは、おとなしく北春日部へ帰るそうだ。
なんだかなぁ。
あんなところから、車まで出して。
親って、大変だなぁ。

と言う事で、僕と玉は飲み物を入れ直してリバーシゲームに戻った。
そして、玉が5連敗したあたりで、必勝法の話になった訳だ。
もっとも、そこから更に5連敗して、漸くやっと諦めた玉の質問タイム開始だ。

「パズルゲームには、幾つかの必勝法則があって、その法則に当てはまるところまで、状況に応じながら、ゲーム中に一から組み立てて行くんだよ。」

任天◯の定番アクションゲームや、青木さんとネット接続して遊んでいるRPGと違って、対戦型パズルゲームは玉には初めての体験だったそうだ。
パックギャモンとはかエジプト文明(ツタンカーメンの墓所からも原型ゲームが出土してる)の頃からあるし、調べたら将棋盤が正倉院にあるそうだけど。
大昔から、人は遊んでいた。

でも、ま。
基本的に貴族様の遊びだよね。
あと、玉は「双六」の存在は知っていた。

「物語に書いてありましたから。」 

玉の言う物語とは、源氏物語の事。
神職ゆえ知識階層ではあった玉の家には当時の写本が仕舞われているらしい。
今、市場に出したらどうなるんだろ。

へぇと思ったけど、考えてみたら高校時代から大してバージョンアップされていない僕の古典知識でも有名な一節が記憶にあったじゃん。
平家物語の冒頭で白河院が「加茂川の水と賽子の目と比叡山が管理出来ない(意訳)」って、嘆いてたじゃん。

そんな話に花が咲いたので、昨日おもちゃ屋に行って、幾つかのボードゲームやカルタなどを買って来た訳ですよ。

で、初っ端のリバーシに大ハマりした玉さんでした。

まぁ、これだけルールが簡単で、しかも奥深いゲームもなかなか無いよね。

「この盤上で、絶対に駒が取られない枡があります。どこでしょう?」
「それは見てわかります。角です。」
「逆に言えば、角を取れば?」
「あ、なるほど。そう言う事ですか。」
「ゲームには相手がいますから、ゲーム展開の中で、如何に角を取れるか思考が必要になるんです。ただ、わーいこの辺全部白です、しめしめです!とか思ってると、最後に逆転される訳です。」
「玉の思考を読まないで下さい。」
「いつもの仕返しです。」
「あと、玉の真似が微妙に似てるし。」
「毎日ずっと一緒に居ますから、玉の細かい口調や仕草やアクセントは全部知ってます。僕の中に入ってます。」
「………なんか、そう言うとこ、殿狡いです……」
「…?何処が?」
「なんでも有りません!さぁ、また始めますよ。必勝法を知った玉に、もはや死角は有りません!」
「わっはっは。受けてたとうぞ。」

実際、僕の2連勝の後は、玉に全く勝てなくなりました。
柔軟な若い脳みそには、おじさんの硬直した脳みそでは勝てませんな。
わっはっは。

★  ★  ★

他に買って来たのは、◯生ゲームとか、ジェ◯ガとか、黒◯危機一髪とか、将棋とか、トランプとかUNOとか、本当に定番品ばかり。

個人的には、時計が盤面を走り回ったり、時間が来ると駒が盤面から飛び出したり、箱庭に作ったアスレチックでパチンコ玉を飛んだり跳ねたりするゲームが懐かしい。
残念ながら、荷物が多くなり過ぎるから今回は諦めたけど、それはそれとして、いつかは手に入れようかな。
大人の財力で。(無職だけど)

因みに玉が一番興味を惹かれていたのは、子供向け種類広範お安めお易め鉄道模型、つまり◯ラレール。
男児向けおもちゃなんだけど、いつまでもショーケースの中を走るディスプレイに見惚れていた。

そういえば、玉と鉄道に乗った事、なかったね。

ふむ。
元祖シミュレーションみたいなものだし、この部屋に敷くにはスペースが足りないけど、浅葱屋敷なら使って無い部屋がたっぷりあるし(ていうか、居間と寝床にしてる和室の2部屋以外全部空いてる)、そのうち◯ラレールの部屋とか作ろうかね。
やべぇ。
僕が一番楽しみにしてるぞ。

★ ★ ★

晩御飯はうどん。
話の流れから、手打ちうどん。
なんで?

「ねぇ殿。お蕎麦作らなくていいんですか?」
「蕎麦は僕の大好物だし普通に食べたいけど、作らなくていいんですか?とは?」
勝手に増えるカップ麺を勝手に食い荒らしているのを見てもわかる通り、玉は麺類が大好き。  
長ければ、糸蒟蒻にも顔色を変える程の麺お化けだ。

「だって、明日佳奈さん越して来るんですよね。」
「あぁ、引越し蕎麦は越して来る方が、先住民に振る舞うものだよ。今後とも末長くお付き合いくださいって意味で。」
「そっか。引越しにはとにかく蕎麦って、玉、勘違いしてました。」
「……要は、蕎麦が食べたいんですね。」
「蕎麦っぽければ、なんでもいいです。」

なんだその、蕎麦っぽければって日本語は。
まぁそう言う事ならば、早いとこ手を出してみたかった食材が一つある。

聖域産小麦粉だ。

聖域産小麦は無事収穫を終え、浅葱屋敷の蔵に転がっていた石臼で引いた小麦粉で作った生地を、謎パワー(笑)でパワーアップした石窯で焼いて、それはそれは美味しいパンになった。
大家さんが悲鳴を上げた程だ。
嬉しい悲鳴はあるけど、美味しい悲鳴ってものがある事を、僕は初めて知った。
玉ジャムと共に、菊地家特製朝食セットが完成し、「玉朝ご飯総支配人」は、新しいパンやジャムの研究に毎日余念がない。

と言っても、始めてからせいぜい2週間じゃ、食パンとロールパンを作るあたりで、小麦粉自体の活用は殆ど手付かずだ。

と言う事で、一番簡単な料理にします。
床下収納庫を開けると、糠漬けの隣に発酵中の生地玉が沢山あるので(なんなの?うち。)その中から一つ取り出します。
「最適な冷暗所なんですよ、殿。」
「そうですか。」

テーブルの上に、のし板と麺棒を乗せる。

「ばばん。」

すかさず玉のオノマトペが入る。
いや、そんな盛り上げてもね。
小麦作りを開始した時に、コレ用に探しておいた物で、浅葱屋敷の台所に転がっていた麺棒と、蔵に立て掛けてあった板っ切れに鉋を掛けただけのものなんだけど。
廃品再利用。
廃品再利用。

………

うどん

1.生地を何度か折り返し、菊練りします
2.菊練りした生地を10分程寝かせます
3.のし板に打ち粉を撒き、生地を麺棒で伸ばします
4.円形に伸ばしたら、生地を折り畳みます
5.包丁でお好きな太さに切って、出来上がり

後は、少し塩を落とした鍋でぐつぐつ煮たら、ほらもう美味そうじゃん。

因みに我が家は、別にうどん屋では無いし、僕も玉も食通とか言う人種には程遠い人間なので、冷蔵庫に常備してある麺つゆを鍋に開けて、温めたら終わり。

ネギや生姜の薬味は玉が用意しているので、僕は天ぷらでも作りますか。

って決意しただけで、我が家の冷蔵庫が一瞬、ブンって光りました。
…初めて見たかも。
「玉は盗み食いする時に、よく見ますよ。」
「よく見るほど、盗み食いしないでください。」
玉の健康は大丈夫なのだろうか。

改めて冷蔵庫を開くと。
ブラックタイガー・モンゴウイカ・飯蛸なんて海鮮物が一番前に並んでました。はい。
…モンゴウイカはゲソを除いた切身で。
…あと、飯蛸?天ぷらの具かなぁ、これ?
ブンって光るって、そう言う事ですか。

聖域産小麦粉で天ぷら粉を作り、高温油で揚げて出来上がり。
煮立てた麺つゆに、うどんを入れて、揚げたての天ぷらを乗せて。
玉が刻んでくれたネギとすりおろし生姜を乗せて、簡単?天ぷらうどんの完成。

天ぷらを揚げている間、こちらも浅葱畑産大豆を使って作った豆腐に、更に手を加えて作ったお稲荷さんを、玉が作ってくれたので、いつもの漬物も添えて、結構豪華な晩御飯になりましたね。

では、いただきます。
「いただきまぁす。」
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