ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

引越し

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「率直に申し上げまして、弊社では貴方を以下の条件にてお招きしたいと思っております。」
「はぁ。」

来週にクリスマスを控えて、いよいよ忙しなくなって来た12月のある日、僕は市川の自宅に来客を迎えていた。

平日の昼間に、玉という明らかに義務教育期間年齢の少女が応対した事には驚いたようだけど、彼女の所作や言葉遣いが洗練されている事や、台所で淹れるお茶の仕草が落ち着いている事から、どうやら浮ついた関係ではなく、きちんとした、ちゃんとした家族、またはそれに準ずる存在なのだろうと判断した様だ。
ならば口を出す必要も、目の前にいる男(つまり僕の事だ)の評価を変える必要もない、と。
むしろ彼女の躾や教育が行き届いている事から、自分が容易に判断を下せる家庭環境には無いとでも思ったか。

来客は、玉に対して、過不足のない対応をすると決めたらしい。

★  ★  ★

来客者、お客さんって言うのは、あの日、前社・前職で僕らに対して会社の事実上の倒産を中村次長に代わり僕らに告げた女性だった。
前の会社は、事業を整理・縮小して、とあるメガバンクの系列に落ち着きそうと言う事だった。
彼女は、そのメガバンクの人事部の次長職に当たるらしい。

どう見ても30代入り口に見える容姿でメガの次長ってのは、どうやったらそんな出世が出来るんだ?
僕なんか熊本大学を並みの成績で卒業出来て、なんとか雇って貰えた会社を28でリストラされたわけだけど、最終職位が係長だったぞ。
中村次長が終戦少尉みたいに、退職金や次の履歴書の為に部下の昇格申請出しまくって、全部否決されたうちの1人だぞ。

「リストラと言いましても、弊社で是非引き取りまして、引き続き当グループで活躍して頂きたい方を、実は予めリストアップしておりました。菊地さんはそのリストのトップグループにいらっしゃいます。」
「はぁ。」

なんだろう。
何か凄い事を言い出しているのはわかるけど、邪魔にならない様に別室に下がった玉が気になってしょうがない。
ごめんな。
昨日おもちゃ屋で買った、リバーシゲームにハマって、今さっきまではしゃいでいたのに。

「それにしても探しましたよ。どなたにも告げず、千葉の方に越されていたとか。興信所の方も苦労されてました。」
「まぁこちらにはご縁がありましたから。個人的な。」
ご先祖様の導きと言う、個人的過ぎる縁がね。

「弊社として、菊地さんの勤務状況・成績・規定OJTを上回る資格取得状況に非常に高い評価をしております。前職では係長でしたが、弊社としては代理待遇でお迎えする所存です。」

やれやれ。 
どいつもこいつも、僕を買い被り過ぎだ。

★  ★  ★

「是非、前向きなお答えをお待ちしております。」
「わかりました。検討させて頂きます。」

あの日はあれだけ傲慢チキに見えたひっつめ髪の女性は、水呑鳥の様に腰をカクカク折り曲げて去って行った。
僕の手元には、彼女が残して行った銀行のロゴが入った紙袋。
今時ねぇ。
粗品のタオルや来年のカレンダー・手帳なんかと一緒に、銀行の業務実績がまとめられた分厚い冊子が何冊か。
あれだけ経費削減経費削減ペーパーレスペーパーレスうるさかったのに。

「やれやれ。」
彼女の姿が完全に見えなくなるまで見送ると、改めて口に出して頭を掻いた。

★  ★  ★

「また、綺麗な女性でしたね。どこから引っ張り込んだんですか?」
「でも、ちょっと目つきがキツイよね。怒られると怖そう。」
「………。」
「………。」

まぁ、いきなり現れて、変なことを言い出す知り合いは1人しか、ひとりしか、あれ?3人くらい思い付くぞ。

「何故驚かないの?」
「君と玉の足音は個性的だからね。そっちを見なくてもわかるよ。」

多分、驚かせようとして、人の死角から近寄って来たんだろうけど、たんとんたんとん変なリズムを刻む足音の持ち主は、このアパートの関係者では青木さんだけ。 
(因みに玉はとてとて歩く)
本人は、学生時代に部活で足を怪我した名残りだと言ってたけど。
まぁ、僕と玉には、青木さんの足音は判別出来る身近さの証拠だ。

「あ!佳奈さん、こんにちは。」
「こんにちは、玉ちゃん。なんだかんだで半月ぶりくらい?」
「ですよう。おかげで畑の方、すっかり変わっちゃいましたよ。後で来てください。」
「ごめんなさい。ほんとに、多分生まれてこの方、一番忙しかったかも。」

玄関先の騒ぎを聞きつけて、玉が飛び出して来た。
青木さんと、ムギューっと抱きつく。
なんなのかね。この仲良し姉妹は。

まぁ仲良き事は良き事哉。
色紙に茄子の絵でも描こうかね。
などとニコニコと姉妹を眺めていると。

「初めまして。」
「わぁ!」
後ろから改めて話しかけられて、今度は本気で驚いた。 
誰?
気配を全く感じなかったんだけど?

そこには、50絡みのフランケンみたいな男性が立っていた。
えーと、どなた?

「お父さん。ただでさえ迫力がありすぎる人なんだから、ヌッと急に顔を出して驚かさないでよ。」
慌てて青木さんが突っ込んできた。
「お父さん?」
「です?」
「はい。」

そそくさと父と称する人の隣に並んだ青木さんは。
「不肖の父です。こら、お父さんも頭を下げて。」
「あ、ああ、わかった。…でも、なんで?」
「なんでもいいから。並んできちんと挨拶するの!」

青木さんの、僕に対する扱いが多少乱雑な原因がわかった様な気がした。

★  ★  ★

とりあえず、部屋に上がってもらう。
話はそれからだろう。

台所のテーブルに座ってもらい、僕はさっき貰ったメガバンクのロゴがついた紙袋を居間に置き、玉はまだ洗っていない先のお客さんのお茶碗を片付け出す。

青木さんは……。
まぁ、勝手知ったる我が家なので、茶箪笥からお煎餅と大学芋を取り出している。
「こら、佳奈!失礼な事を!」
「良いから良いから。」
「良くないぞ。」
思わず突っ込んだ。
我が家と青木さんの関係を、なんと思われるんだよ。

玉が新しい茶碗に新しいお茶を淹れて、やっと一息。
なんだか来客ばかりで忙しい日だ。

「改めて紹介致します。私の父の登と申します。」
「改めまして。初めまして。青木登です。なんでも今の賃貸が契約更新になるからと、友達がいるこちらに越すとの事で。ご挨拶にお伺いしに来ました。ちょっと娘に急に言われたもので、手ぶらでの来訪をお許しください。」
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます。私はこの部屋の主の菊地と申します。こちらは私の姪の玉。」
「玉です。進学の準備の為にこちらにお世話になっております。佳奈さんには仲良くして頂いています。」

面倒くさい関係性を説明する為に作った設定を、若干盛りながらも、玉はすらすらと話して行く。
なんか凄え。

「私は庭いじりとか、家庭菜園が趣味なんですけど、そちらの縁で、ここの大家さんと佳奈さん、3人で仲良くなったんです。それで、隣の部屋が空いているから、越して来たら?って話になりました。」

………。

まぁ、嘘ではないな。うん。

「いつの間にか、コッチに友達増えちゃってね。むしろ矢切の方には知り合い居ないから、だったらコッチ来ちゃえってね。」
すかさず話を合わせる青木さん。
まぁ確かに。知り合いに菅原さんや飼育員さんまで混ぜれば嘘じゃないか。

彼女達の連携が凄いのは、そこに僕と言う男の存在を消した事だ。
娘の引越し先の隣に、僕の様な平日の昼間から在宅している怪しい無職が居たら、人の親ならばそれは普通に反対要因になるだろう。

しかしこうなれば、うちの娘達のターン。
せっかく連れてきた父親を置いて、新しく植えた花の話に夢中になった。
…それはいいけど、放置されたお父さんの面倒は僕がみろと言う事か?

もう一回。
やれやれと心の中で呟いた時に、チャイムが鳴って、大家さんの声がした。
「こんにちは菊地さん。」
あぁ、嫌な予感がするけど、まさかあの2人。鍵の受け渡しを忘れてうちに来たんじゃ無かろうな。

その通りだった。
ゴツい顔をしたお父さんが、さっきのメガバンクの人みたいに腰を二重八重に折り曲げて謝っている。

「良く、1人暮らしさせる気になりましたね。」
とか、お父さんに言える訳ないから黙ってるけど。
青木さんはかなりのうっかりさんだ。
…だってまだ、玉との話に夢中になってて出てこないもん。
お父さん達は隣の部屋に行くのに。

★  ★  ★

「菊地さんは銀行の方なんですか?」
「いえ。私は先日リストラに遭いまして。ご存知かも知れませんが、数ヶ月前に破綻した証券会社で働いていたんです。ところが先程、親会社の銀行からスカウトが来た、と言う訳ですよ。」

僕の怪しさで、青木さんの引越しが不許可にされたら堪らないので、一応言い訳しておく。

「そうですか、あの会社にねぇ。それはついていませんでしたね。」
別に悪さをした訳でもないので、そこら辺は平気。

「娘に聞いているところですと、市営動物園からもスカウトされていらっしゃるとか。」
待て待て。どこまで僕の事を喋ってんだ?オタクの娘さんは。
内見をさっと終わらせて、お父さんは僕に深々と頭を下げた。

「そこで、一つ。貴方様にお願いがあるんですが……。」
ほら、また何か始まった。
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